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期待

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「試合は、10分間」
「はい」
「2チームで、色は黄色と水色のゼッケンを使用してる」
「はい」

「春川は、黄色チームの方。残念ながら、乃田達は水色チームだ」
「…はい」
残念な気持ちが出てしまうが、そんなことで一々不機嫌になっていても仕方ない。

「早速、乃田が決めた」
えっ?乃田さん?
開始何秒?
すごい。
「流石だな」

「お、また乃田?布之に1回ボールを戻して…」
えっ?ずっと乃田さん?
「すごいな、乃田の速さは」
高杉君の感心するような声に、私の中で乃田さんがカッコよくシュートする場面が浮かんだ。
本当に、運動が得意なんだ。

羨ましい。
見えていないけれど、目の前で行われているであろう光景を想像する。
出ている選手同士の掛け声と、見学者の声援。
キュキュっと鳴る床、弾むボール、走る音。

「また決めた。狙いも良い、まっすぐにゴールに向かうシュート」
「そう、なんだ…」

色々な情報が目の前で行き交っている。
でも、音以外の情報が何も掴めない。
そんな当たり前のことに落ち込む。
俯きそうになる自分に気付き、聞こえてくる高杉君の声にじっと耳を傾ける。

「高杉君?」
「ん?」
「ありがとう」
「…急に?」

急、だったのかな?
私にしてみたら、いつも助けてもらっていて、今日だって朝にお迎えに来てくれたのに。
「朝も、お迎えに来てくれたでしょ?」
「あぁ、それはまぁ。あ、春川、点数入った」

高杉君の言葉に、慌てて体を起こし点数を入れる。
急な動きに、自分でも点数係をしていたことを思い出す。
落ち込んでいる場合じゃない。
そうだ、今の私は試合に集中。

「あ、また入った」
「はい」
勢いよく手を伸ばし、点数を入れる。
「春川、そんなに真面目な顔をしなくても、点数係はできるから」

少し、困ったような言い方だった。
「ごめんなさい」
「謝ることじゃない。もっと、肩の力を抜いて図書委員の時みたいな感じで大丈夫だから」
高杉君は、自分の点数を入れているんだろう。
静かに動く気配が、横からしている。
少し距離のある場所だからか、緊張はしない。

それは、去年もこうやって一緒に委員会で作業をしていた時間があるから。
「春川、点数が入った」
「はい」
「上手に出来てる」
「あ、ありがとう」

高杉君がいること、乃田さんと布之さんがいること。
だから、こうやって参加できていること。
私が、できなくても怒ったりしないで助けてくれること。

すごく、嬉しい。
「春川、点数が入った」
「はい」

こんなに短い時間なのに、落ち込んだり焦ったり、頑張ろうと思ったり、色んな感情が動いている。
まだ、ドキドキは残っている。
それも、高杉君が点数係に誘ってくれたからだ。

「高杉君、ありがとう」
「いや、だから急に?」
「違うよ、点数係に誘ってくれたから。私でもできていることが、嬉しい」
「そうか」

ピーッ!
終了の笛が聞こえた。
私が点数を入れたのは4回。
つまりは、8点分。

思っていたよりも緊張した。
でも、追いつかないということはなくてホッとする。
ホッとしている反面、湧き上がる感情。
隣の点数に行かなかったのを、少し残念に思う気持ち。
こうやって、小さな期待が自分にもあったことに気付く。

諦めていた学校生活じゃ、こんなことは起こらない。
床が振動し、誰かが走って来る音が聞こえた。
そのまま、私のすぐ右隣に誰かが座った。
「代わる、高杉」

まだ荒い呼吸音と、パタパタと仰ぐ音。
触れそうなほど近い位置にいるだけでも分かる、熱を持った体。
たくさん動いて、汗をかいているであろう乃田さんだった。
相手が分かっただけでも、詰めていた息が抜けていく。

「お疲れ様。乃田さん、たくさん活躍してすごかったね」
「え?」
「あ!高杉君が、教えてくれて…その、乃田さんがいっぱい活躍しているのを教えてくれてね。すごいなって、思ったから」
「あぁ、そういうこと。春川?しっかり借りは返したからな」

「何の?」
「色々と」
「そうなんだ?大変だったね?」
訪れる沈黙。
「ん?」

何か変なことを言ってしまったのかな?
興奮して、何か乃田さんを困らせることを言っている?
私も思わず沈黙する。
「一方通行だな」
高杉君がポツリと言った。

一方通行?
何が?
私の気持ちが?
戸惑う私。
乃田さんの溜め息が聞こえる。

「うるせーな、高杉も早く試合に行けよ」
「いや、俺は良い」
「待たれてんぞ?」
「いや」

私を間に挟んで、会話をしている2人。
私が邪魔にならないか気になったけれど、2人の側にいることで安心してしまう。
こんなの、私にとってご褒美なだけだ。

「高杉君も、選手なんだ?すごいね」
「だとよ」
「…いや、俺は」
「春川も、カッコイイ高杉期待してるよな?」

「うん」
「ほら、行けよ」
「でも」
「世話になったな、ありがと」

「別に、乃田のためにやったわけじゃ」
「でも、サンキュな」
乃田さんが仰いでいるのか、隣から時折風が流れてくる。
その度に、私の前髪が揺れる。

「高杉君、試合に行くの?」
「春川が行ってほしいなら」
「高杉君、バスケット上手そうだから」
「…行ってくる」

そっといなくなったのか、高杉君の声が聞こえなくなった。
「あちー」
「大丈夫?」
「うん、張り切ったおかげで高得点になったわ」
「あ!」

慌てて、得点を元に戻さないとと慌てる。
手を伸ばし、めくったはずの得点が元に戻っていることに気付く。
「高杉がリセットしてくれたよ」
「…そうなんだ」
見えていないから、こんなことでも慌ててしまう。

「…焦っちゃった」
言い訳にしたら、随分と嘘くさい。
乃田さんに、どう思われているんだろう。
近い距離に、すごくドキドキしてしまう。

「私は、また黄色チームで良いの?」
「…男子は、緑と白な」
『違う』ではなく、優しく訂正された。
「ご、ごめんなさい」

「何で謝る?色なんてどうでも良いよ。どっちかの得点が入って、その点数入れれば良いんだから」
早口の乃田さんの言葉。
「あー、私も焦ったんだな。きっと…。ほら、男子と女子じゃゼッケン?ランニングのサイズに差があるからさ」
乃田さんも焦っている?
そう、思ったら急におかしくなった。

「焦っちゃったの、一緒だね」
「…だな」
そんなことで、笑い合う。

ピーッ!
「お、早速高杉ボール持って、あいつも現金なんだから」
「何が?」
「春川に、良いとこ見せたいんだろ?」
私に?

「何で?」
「…高杉も、そういうお年頃なんだろ?」
「お年頃?」
「そ、お年頃」
「そうなんだ」

知らなかった。
ところで、お年頃って具体的に何を差すのかな?
分からないけど、悪い言葉じゃなさそうだから、良いか。

「そんなんで納得するの、春川くらいだけどな…」
「え?」
「何でもない」
乃田さんの呟きは小さくて、私には聞こえなかった。

「もう、あいつも動いたら速いんだよな」
体育館に響いている、走る音のどれかが高杉君なんだろう。
「すげーな、フェイント入れてもちゃんと軸がぶれない」
女の子達の声援が、さっきよりも多い。

「すごいな、女子の歓声が」
乃田さんの声に、コクリと頷く。
「男の子達の試合は、いつもこうなの?」
「まぁ、大体はな」

そうなんだ。
体育に参加することがほとんどないから、そんなことも知らなかった。
「春川、得点入った」
「はい」
すぐに2枚めくる。

「上手」
高杉君といい、こんなことで褒めてくれるのは乃田さんだけだろう。
「ありがとう」
でも、嬉しいのでそのままにしておく。

「春川、自分が参加しているのかってくらい、顔真っ赤」
「え?」
「いるだけなのに、何をそんなに興奮してるんだよ?」
「だって…」
「うん?」

「体育に出られるの、嬉しいから…」
「…そっか」

乃田さんが動いたのか、私の前で風が動く。
相手チームの点数が入ったんだろう。
「乃田さんと、布之さんと、高杉君と」
「うん?」
「3人も、いるから楽しい」

「サンキュ」
乃田さんが動いたのか、また風が横切る。
「ごめんなさい、乃田さん点数入れにくいよね?」
「いや、別に?」
「入れにくくないの?」

「多少、入れにくくても、春川の隣が良い」
「そんな…」
照れてしまう。
私なんかの隣が良いなんて言ってくれるのは、乃田さんくらいだろう。

「それに、これなら次にボールが飛んで来たってすぐに弾き返せるし」
乃田さんの声に、私を心配してくれていることが伝わってくる。
「乃田さん、ありがとう」
「任せろ」

「任せろって、乃田さん…」
「ボディガードみたいだろ?」
「…うん」
また、お互いに笑い合う。

「春川、点数」
「はい」
しっかりと確かめて、2枚めくる。
「高杉、今日はイマイチだな」

「え?」
何でだろう。
「アイツ、春川が見てるからって、変に緊張とかしてんのかな?」
「まさか」
見えていないのに。

今の私は、何も見えていないのに。
「そんな、私が見ていても見ていなくても…」
「変わるんだよ、気持ちが」
「そうなの?」

「そ、高杉のモチベーションのために、声援とか送ってみれば?」
女の子達の歓声は、すごく大きい。
この声援に勝てるとは思えない。
でも、言いたい。
「高杉君、頑張って」

声援じゃないけれど、ただの呟きだけど、口に出すだけで楽しい。
「それに応えるようにシュート、…で外す。けど、しっかりフォローからの、ゴール。春川、得点」
「はい」
高杉君が入れて、私がめくる。

「あ、私は高杉君のチームの得点だったんだ」
今更のことを言ってしまう。
気付けなかった。
「…そうだったな」
「じゃ、余計応援しないと」
急に、張り切る自分。

「高杉君、頑張って」
再度、呟く。
「春川、良いな。そういうの」
「…どういうの?」

「何て言うかな?こう、一生懸命な?感じ?」
「うん、高杉君はいつでも一生懸命だよね」
「いや、そっちじゃないし、高杉はどうでも良いかな?」
「そうなの?」
「そうなの」

「お、ロングシュート!入るか、決めてくるなー。春川、3点な」
「はい」
ゆっくりと、3枚めくる。
その後、また乃田さんが前を移動したのか風が動く。

「おー、行くね。春川得点。2点な」
「はい」
めくろうとして、もう最後の1枚になっていた。
こういう時は、1回全部戻して。

焦らないで、ゆっくりと。
追加で隣を1枚めくり、0のままの方も1枚めくる。
「11点」
さっきは、2ケタ行かなかったけど、今回は届いた。

「そうだな、春川得点係上手にできているよ」
「ありがとう…」
ゆっくりと、でも確実に点数を増やしていく。
このペースなら、私でも焦らないで出来る。
それが嬉しい。

「春川、2点」
「はい」
「高杉め、何でこういう時に…」
「何?」
「…何でもない」

ピーッ!

男の子の方も、終わったのだろう。
「よし、終了だ。すぐに保健室に行こう」
乃田さんの声に、ちょっと落ち込む自分。
「立てるか?春川」
「はい」
ゆっくりと立ち上がる。

「あの、片付けとか…」
「後でやるから」
「でも…」
「ふー…。仕方ないな。さっき高杉と歩いてたみたいに、棒の所持って」

「うん!」
先生の声が聞こえるけれど、体育倉庫?に片付けに行くのかな?
再度動き出す得点票。
さっきと同じで、掠れたような軽い音が響く。

そこまで動かずに、片付ける場所に来たのかな?
ひんやりとし、湿った匂いのする空間に入った。
「はい、良いよ。これでオッケ」
急に、左手を取られびっくりする。

誰かが分からないけれど、乃田さんではない感触だった。
乃田さんが何も言わないということは、布之さんなのかな?
高杉君でない。
朝に握られた時と、手の大きさと感触が違った。

そのまま、先生の所に集合し号令で解散する。
「かすみ!」
乃田さんの声に、布之さんだと分かりホッとする。
「春川、ビビってんだから何か言えよな」

「ごめんね、春川。驚かせて」
「ううん。大丈夫」
「私だけ、春川と得点係できなかったから、寂しかったの」
「ご、ごめんなさい」

「謝らなくて良いの。私が寂しかっただけだから」
布之さんの声は、ずっと落ち着いている。
だから、これは冗談なのか。
本当なのか、私には分からない。

ジャージのまま、保健室に連れて行かれる。
保健室にいる林先生は、私の目のことを知っている先生だ。
「あらら、何ですぐに冷やさなかった?」
乃田さんと布之さんにされるがままの私は、右手とおでこを差し出されるように診させられた。

「あの、体育に参加…したくて」
「その状態で?」
私のしどろもどろの返答で、林先生の声が険しくなる。
見えていない状態で、何をしている?
そう言われている気になった。

「…すみません」
「まあ、仕方ないけれど。春川手を出して」
「はい」
先生は、そう言いながらも湿布薬で処置してくれたんだろう。
指先がスースーし、ビリビリしていた感覚と、共鳴しているようだった。

「家でも、お風呂後に交換すること」
「はい、ありがとうございます」
痛いけれど、湿布薬を貼ってもらったことで安心する。

「もう、早退するんでしょ?」
「はい」
「荷物はさっき大谷先生が持って来てくれたから、もうあるよ」
「着替えに行って来ても良いですか?」

私の声に、両隣から溜め息が聞こえた。
「もう帰るだけなんだから、着替えなんか良いだろ?」
乃田さんの声。
「そういう所も真面目、良い子よ春川」
布之さんの声。

「君達は春川の保護者か」
林先生の声に、照れてしまうが嬉しくなる自分。
変なのかな?
気にかけてもらって嬉しいなんて。
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