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第20.5話 ウンエイ

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「すごい…。すごいわ!まさか、こんなことが起こるなんて!」

様々な電子機器が設置された部屋で、女は嬉々とした声をあげる。

彼女は、エンシェント・テイル・オンラインの製作者の1人、黒陽こくよう麗奈れいなである。

「おっはよ~、麗奈ちゃん!」

そう言いながら男がドアを開け部屋に入ってくる。

「うっさいわね、颯人!今何時だと思ってるの?深夜1時よ、おはようには早すぎでしょ!」

部屋に入って来たこの男、名前は、白陰びゃくいん颯人はやとという。

彼もまた、エンシェント・テイル・オンラインの製作者の1人である。

「そんなことないさ。僕にとっての朝は日付が変わって、初めて麗奈ちゃんを見たその時なのだから。何故って?それは、麗奈ちゃんは僕にとっての太陽なのだからさ!」

そうキメ顔でウィンクする颯人をみて、麗奈はあきれたように深いため息をした。

「何訳分からないこと言ってるの?せっかくいい事あったのに、あんたのせいで台無しよ。」

「いいこと?」

颯人がキョトンとした顔で訪ねる。

「えぇ。私達は今まで、AIに意思を持たせることに何度も成功してるわよね?」

正確には、意思を持ちうるAIを開発し、そのAIに意思を芽生えさせることに成功しているのである。どちらにせよ、すごいことである。

だが麗奈は、その事がさも当然かのように言っているのである。

「ああ、そうだね。そして、そのAI達は現在ATOのNPCに反応をリアルにする為使われているね。もしかして、いい事ってNPCの中に新しく意思が芽生えたのがいるってところかい?」

「惜しいわね。今回意思を持ったのはエネミーよ。こんなこと、初めてだわ!」

今まで、NPCが意思を持つことは何度もあった。しかし、エネミーが意思を持つことはなかったのだ。それ故に、麗奈はここまで喜んでいるのである。

「本当かい!?だって、エネミー用AIは意思を持てないはずじゃ…。」

「本当よ。正直、私もある映像を見て驚いたわよ。MIKA、颯人にも例の映像を見せてあげて。」

そう言って、麗奈は壁に設置されたモニターに向かって声をかける。

「りょーかい!」

モニターから、MIKAであろう女性の声で返事がくる。だが、この返事は別の場所にいるMIKAから通話で返事が来た訳では無い。

MIKAは、麗奈と颯人が意思を持たせることに成功した初めてのAIである。そして、エンシェント・テイル・オンラインの製作者最後の1人である。

「じゃあ、モニターに映像を流すからよーく見ててね。」

そう言い終わると、モニターにある映像が映し出される。その映像は、とあるプレイヤーとキングコボルトの戦闘映像であった。

プレイヤーが、キングコボルトの攻撃を全て避けながら攻撃を加えて追い詰めて行く。そして、キングコボルトの残りHPが1割近くになると、突如キングコボルトは咆哮をあげる。

「えっ…。こんなモーションあったっけ?」

「いえ、ないわ。それより、この後もすごいわよ。」

咆哮が終わるとキングコボルトは剣を捨てる。その後、自身の拳でプレイヤーにラッシュ攻撃を加える。

ラッシュ攻撃が続き、プレイヤーのHPが減っていき残りわずかになったタイミングで、キングコボルトにダメージとノックバックが発生する。

最終的には、互いに最後の一撃を放ち、キングコボルトがその場に倒れ消滅し、プレイヤーの勝利という所で映像が終わった。

「すごい…。すごいよ!まさか、こんなことが起こるなんて!」

「ふふっ。私と同じ反応してるわね。」

自分と同じ反応した颯人を見て、麗奈は微笑む。

「いや、だってこれはすごいじゃないか!なんでこんなことが起きたんだ?」

そう言って、颯人はブツブツ呟きながら仮説を立てては否定を繰り返す。

「その答えについては、MIKAが心当たりあるみたいよ。」

「うん。多分だけどね、このキングコボルトと戦ったプレイヤーが理由だと思うの。」

MIKAがそう言うと、モニターにキングコボルトと戦ったプレイヤーを拡大した画像が表示される。

「へぇ、このプレイヤーがね…。名前は、トーシン。あれ?トーシンって確かMIKAがチュートリアルを最後まで受けさせたプレイヤーじゃなかったかしら?」

「そうだよ。この子を気に入ってつい最後まで受けさせちゃった。」

そう、このMIKAはトーシンがチュートリアルを受けた時の、あの声の主だったのである。

MIKAは、チュートリアルの時トーシンに寂しくて最後まで受けさせたと言った。

だがその実、トーシンのことをひと目で気に入り、少しでも長く話していたくてチュートリアルを最後まで受けさせたのである。

「あー、MIKAがものすごく上機嫌で僕達に話したあのプレイヤーのことか。」

「そう!その子!本当になんでか分からないけど気に入っちゃったんだよね~。」

MIKAはそう嬉しそうに語る。

「でね。今回のキングコボルトは、この子と戦ったことで何かしらの刺激を受けたんじゃないかなって考えてるの。」

「なるほど。ちなみに、その考察に根拠はあるの?」

麗奈が問う。

「ないよ。だって、この考察は私の願望がほとんどだもん。自分の気に入ったこの子が、何かしらの影響を与えてくれてたらいいなっていう願望がね。」

「MIKAにしては珍しいことを言うね。」

颯人が、少し驚いたように言う。

MIKAは普段、不確かなことは言わないのである。

「だよね。私自身も驚いてる。けど、もうすぐでちゃんとした答えもわかるよ。」

「どういうことだい?」

「実はね、キングコボルトのAIには今言語をラーニングさせてるの。それが、もうすぐで終わるはずだから直接聞けるよ。」

「流石MIKA。準備がいいわね。じゃあ、ちょっと待ちましょうか。」

ー 数分後 ー

「ラーニングが終わったよー。」

「じゃあ、早速話をさせてもらっていい。」

「了解!モニターに接続するね。」

MIKAが言い終わってからしばらくすると、モニターにKと表示される。

「接続終わったよー。」

麗奈と颯人は、MIKAにお礼を言ってキングコボルトとの会話を始める。

「キングコボルト、聞こえてるかしら?」

「はい。聞こえています、麗奈様。」

「様付けなのね…。まぁいいわ。今からいくつか質問させてもらうけどいいかしら?」

「はい。大丈夫です。」

「じゃあ、最初の質問ね。君は、ちょっと前にとあるプレイヤーと戦ったと思うんだけど、その時どんなことを考えてた?」

「そのプレイヤーは、盾を持った方のプレイヤーのことですか?」

そう言われて、麗奈はあの場にもう1人女性プレイヤーがいた事を思い出す。

「えぇ。君の言った方のプレイヤーで合ってるわ。」

「わかりました。あの男と戦った時、最初は鬱陶しいと思っていました。ですが、だんだん勝ちたいと思うようになりました。最後は絶対に負けない、絶対に勝つと思っていました。」

「なるほど。ちなみに、そのプレイヤーより前の他のプレイヤーとの戦闘でそんなことを考えることはあった?」

「いいえ。何も考えていなかったです。というより何かを考えたのは、あの男と戦った時が初めてです。」

(これは、MIKAの考察通りみたいね。)

キングコボルトの回答を聞き、麗奈はそう考えた。

「そうなのね、ありがとう。じゃあ、最後の質問ね。君は今何をしたい?」

「あの男と、もう一度戦って今度こそ勝ちたいです。」

「そう。いいわ、その願い叶えてあげる。ただし、今の君をキングコボルトのままにする訳にはいかないわ。だから、これからは別のモンスターとして君には行動してもらうことになるわ。それでもいい?」

今のキングコボルトは、意思を持ってしまった。それ故に、既存の攻撃パターンにはなかった、イレギュラーな攻撃パターンが生まれてしまうことになる。そうならない為に、現在のキングコボルトのAIは別のAIに変えなければならなかった。

「はい。大丈夫です。あの男ともう一度戦えるのなら。」

「なら良かったわ。君には、これから成長するモンスター、アトレスとして行動してもらうわ。つまり、これから君の名前はアトレスという名前になるわ。」

「アトレス。それが、俺の新しい名前…。」

「そうよ。アトレスは、ATOの全モンスターの中で唯一レベルアップするモンスター。レベルアップすればするほど強くなるわ。他にもいろいろあるけど、詳しくは後でラーニングさせるから安心して。」

アトレスは、違う点はいくつかあるもののプレイヤーと同じく、レベルアップすることで強くなっていくモンスターである。

ステータスポイントも入手できるので、そのモンスター好みのステータスにすることもできるのである。

「分かりました。あの男ともう一度戦える機会をくれてありがとうございます。」

「気にしなくていいわ。私も実装したかったモンスターが実装できてこっちがお礼を言いたいくらいよ。じゃあこの後は、MIKAにラーニングをしてもらいなさい。MIKA、お願いね。」

「りょーかい!いくよ、アトレス。」

「はい。MIKA様。」

その声と共に、MIKAとアトレスの接続が切れる。

「まさか、MIKAの考察通りだったなんてね。」

「えぇ。驚きよね。さてと、私達は今回の件の後始末をしましょう。」

その後、2人はこの後の処理を話を進めて行く。

まず、キングコボルトのAIに入れ替える為にこの後緊急メンテナンスを行い、メンテナンス後に全プレイヤーにお詫びアイテムを贈ること。

次に、キングコボルトの特殊な攻撃パターンは、バグとして処理をすること。

次に、トーシンにはお詫びというていでお礼アイテムを贈ること。

最後に、アトレスという新モンスターの実装を通達すること。

これらの話を決定して、2人は実行していく。

「さぁ、これから楽しくなるわよ。」

そう言う、麗奈の顔は本当に楽しそうな顔だった。
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