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一日目
第5話 一日目 5/5
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「ふぃ~……、と」
緊張から解放され、気の抜けた自分の吐息を聞くと一日の区切れを実感する。
たっぷりと張られた浴槽のお湯が、リラックスに持って来いな温度で僕の全身を包む。
そうして、その日の疲労を湯気に変えていずこかへ消し去ってくれるのだ。
なので身体的な疲労はまぁ、和らいでいくのだが。
「はぁ~……。どうするかな」
この溜め息は気持ち良さから来たものではない。
リラックスを促してくれるお湯に唯一浸かれていない部位、すなわち僕の頭は依然、堂々巡りを続けていた。
悩みの議題はもちろん日乃実ちゃんのことだ。彼女の進路をどう見るか。
僕は日乃実ちゃんの血縁でも、ましてや教師でもないので口出しするなんておこがましいが、それでも考えずにはいられなかった。
「カレーはうまかった。これはうん、文句ないだろ? そんでもって食べる人を第一に考える、これも立派だ……うん」
日乃実ちゃんの料理の腕とマインドは申し分ない、と思いたかった。
目標に向けて具体的に実践もしているし、彼女がこのスタンスのまま行動し続けられるなら、専門だろうと何だろうと安心、ではないだろうか?
「保障はないんだよな……当たり前だけど」
数年先を断言することはできない。
予測はいくらでも立てられるが、確固な根拠のない想定はいわゆる机上の空論なので、やはり不安になるのも仕方ない。
で、不安になると思考をひどく巡らせてしまうのが僕の悪いクセで――――疲れるまで考えまくって、やがて神経までもが摩耗していき、
「あぁやめろやめとこう、こんなん僕が考えても仕方ない……」
あくまで最後に決めるのは日乃実ちゃんで、僕は結論に至るまでを手伝うだけの立ち位置のはずだ。
客観的に言うべき意見は伝えるし、逆に彼女に委ねるべき場面で余計なことは言わない。それ以上は考える必要なしと今朝、そう決めたはずだった。
「風呂、もう上がっちゃおうかいね……」
長風呂して日乃実ちゃんを待たせるのも気が引けるのでとっとと身体を拭いて居間へ戻った。
だが、部屋のどこにも日乃実ちゃんの姿はなかった。昼間の状況が思い出される。
「キレイに食べ終わったお皿は見るのも洗うのも大好きっ」
らしいので洗い物は全て日乃実ちゃんに任せていたが、さすがにもう洗い終わったはず。では、どこへ行ったというのか。
キッチンに、居間に、書斎に、日乃実ちゃんはいない。
「風呂空いたぜー。てか、どこにいるんだ~?」
「んー、いまいくからー!」
返事はあっさり返ってきた。声の出所は遠くベランダから。
開いたベランダへのガラス戸から外を見やる。
夕暮れをとうに過ぎた空は彼方まですっかり夜に変わっていた。
都心の空には光の気配など粒ほどもなく、星の光に代わり地上からビル明かりが主張する。地元の星空と違って、ビルの照明を見ても特に感慨はなかった。
そんなマンションのベランダから望んだ、なんてことない景観を前に日乃実ちゃんはいた。五月とは言え冷たい夜風に――僕としては湯冷めしそうだ――吹かれながら、彼女は暗いばかりの景色に瞳を合わせている。
その様子が昼間に見た憂げな彼女の後ろ姿と重なる。
「うぁうっ寒ぃ~、寒くねぇか~……。で、何か面白いもんでもあったかいね?」
「シンタロー……なんていうかほら、あそこ」
そういう彼女は多分ビルを指さしている。暗いせいで、どのビル影を示したかは大雑把にしかわからなかったが、ビルの明かりと空のほかに見える物などなかった。
「私、明日からあそこのオープンキャンパスに行くわけだけどさ……」
「ああ、あのビルがね……それで、行くわけだけど?」
オープンキャンパス。要するに体験授業だ。ということは、僕がぼんやり目にしてるあのビルは学校だったのか。
校舎の真っ黒い影の中には、ちらほら白い照明で色づいた窓もあった。居残り勉強をしている生徒でもいるのだろうか。
「なんか……キンチョーしてきたかも」
「うん? なんだか日乃実ちゃんらしからぬ単語が聞こえた気がするな、気のせい?」
「からかってからにー。今日会ったばっかのくせしてっ」
「いやいや、日乃実ちゃんの性格なんてもう前からわかってたって。メッセージと電話越しでも100%で伝わってたから」
実際に会わずとも、日乃実ちゃんが東京に来る来ないの相談を受けた頃から彼女とはちょくちょくコミュニケーションは取っていた。
頻出する絵文字の数々とオーバーリアクションの応酬から、当時の自分は「クラスに一人はいる元気なやつ。中心人物。わんぱく」と想定していた。実際会ってみてもその通りだった。
「意外だったんだよ。僕は今日一日、日乃実ちゃんの自信満々な姿ばかり見ていた気がするから」
「へ? 自信って私が? どゆこと?」
どのあたりが? と自覚なさそうに小首を傾げるので、僕は指を折りながら一つ一つ述べてみる。
「食材選びじゃ、全部の野菜の良し悪しと選んだ理由をすらすら言えてただろ。あれは料理の出来をちゃんと見据えてこそ成せることじゃないか。実際食べてみて、日乃実ちゃんの狙い通りに仕上がっていたのがわかるし、何より美味しかった」
「えへへ……褒め上手め、もぅ……」
聞くや否や日乃実ちゃんは視線を自身の手元へと落とし、その指をちょこちょこイジイジ触りだした。
横顔を、部屋から漏れる暖色の照明が映やしている。
彼女に限って、他人から褒められ慣れていないというわけでもないだろうに、照らされた頬はなぜか照明の黄色以上に朱色に染まっているようにも見えた。
「あと、晩ご飯を作ってくれてるときもずっと鼻唄混じりだったろ? あんなに楽しそうに作られちゃあ、『娘を東京に通わせる手伝いをしてくれ』って親父さんが言うのも納得だよ」
「それって自信とかとはビミョーに関係なくない?」
「専門に進むって話なら、やっぱり料理しない子より楽しそうに作る子の方が説得力あるじゃん?」
今度も褒めているつもりだったが、日乃実ちゃんの反応にさっきほどの手ごたえがなかった。ハッとしたかと思えば、その後は照れるでも胸を張るでもなく、また暗い街並みを見つめてしまった。
虚空を彷徨うその視線はつまり、明日からのことを考えてキンチョーしてるだけ、とは思えなかった。
「風呂空いたってご報告だけのつもりだったのに、思ったより長話になっちまったな。部屋に戻ろうや、湯冷めしそうだ」
二人してガラス戸のレールを跨ぐ。暗い景色とはうって変わって、居間の黄色い照明が目に刺さる。
「シンタローは反対なんでしょ? 私の進学のこと」
「お……っと、まぁでも」
進学するしないにあたって、日乃実ちゃんなりに抱えるものがあるのはわかっていた。
が、その話題を飛ばされるとやはり答えに窮する感覚がある。
「別にはっきり反対ってわけでもないよ」
喉に引っかかったままな言葉で応える。
「でも前はあんまり乗り気じゃなかったんでしょ、知ってる」
「それは確かにそうなんだよな。娘を寄越すから泊めてくれなんて、かなりぶっ飛んだ提案だったし。それに実を言うと、専門に進学ってのも個人的には……オススメはしない、ってとこかな」
この通り、以前は日乃実ちゃんを部屋に招くことすら断っていた。
だが彼女の両親の説得を聞くうちに、頭ごなしに拒否するのも何だか気が引けてしまうようになったので、当時の僕は一つ、指針を立てたのだった。
「でも、とりあえず色々意見するのは日乃実ちゃんを間近に見てからにしようって決めたんだ。ひょっとしたら日乃実ちゃんは超天才、なのに僕がケチなせいで夢へのチャンスを逃してしまった、なんてこともあり得るだろ?」
これが当時の指針。
本当は現在進行形で悩みの種なのだが、彼女の進学について現段階での自分の考えを伝えようとすると、どんな言葉を使ってもしっくりこないので喋らないでおく。
「……そっか、私を泊めてくれること……改めて、どうもありがとうっ」
若干照れてこそいるが、日乃実ちゃんの頭は誠実に床を見つめる。
「それとっ、改めてこれからお世話になりますので、よろしくシンタロー!」
しおらしくなったかと思った次の瞬間にはもう、今日ですでに何度も見た表情が日乃実ちゃんの顔に戻ってきた。
ちょっと真剣な話になったからか、その笑顔が妙に久しく感じる。
「こちらこそよろしく。でももし怠けたところを見せたらソッコー実家に追い返してあげるよ……なんてな」
「そこらへんは問題なしだよ。私だってジョーダンで東京まで来たわけじゃないもんっ」
日乃実ちゃんの自信に満ちた力こぶのポーズに、思わず口角が上がる。
「それじゃっ、お風呂いただいてきま~っす」
着替えを持った彼女がとととっ、と浴室に向かっていく。日乃実ちゃんが浴室の戸を閉め切るまで、僕はその背を見送る。
中学生相応の小さな背中だった。
日乃実ちゃんはまだ幼いばかりのその双肩で、たった一人で東京に出向いてまでして、もう自分の将来を背負おうとしている。
なればこそ、僕も悩んでばかりはいられないな。彼女のために、僕にできる限りのことをしよう。
そのためにもまずは明日からのオープンキャンパスだ。
日乃実ちゃんのこと、進学希望の学校のこと。僕なりに色々見極められることがあるはずだ。
僕は記者だ。津々浦々の現場を聞いて回った、曲りなりにも知識人。
その経験をここで活かさないでいつ活かすのか? 日乃実ちゃんのために、僕なりのベストを尽す――――。
居間の片隅に、本来登山用と思しきリュックとキャリーバッグ、加えて宿題らしきテキストやその他の生活用品などが置かれている。
全て日乃実ちゃんの持ち物だ。
何十リットルもするであろう大荷物。僕にはそれが、日乃実ちゃんの覚悟を表しているように見えた。
緊張から解放され、気の抜けた自分の吐息を聞くと一日の区切れを実感する。
たっぷりと張られた浴槽のお湯が、リラックスに持って来いな温度で僕の全身を包む。
そうして、その日の疲労を湯気に変えていずこかへ消し去ってくれるのだ。
なので身体的な疲労はまぁ、和らいでいくのだが。
「はぁ~……。どうするかな」
この溜め息は気持ち良さから来たものではない。
リラックスを促してくれるお湯に唯一浸かれていない部位、すなわち僕の頭は依然、堂々巡りを続けていた。
悩みの議題はもちろん日乃実ちゃんのことだ。彼女の進路をどう見るか。
僕は日乃実ちゃんの血縁でも、ましてや教師でもないので口出しするなんておこがましいが、それでも考えずにはいられなかった。
「カレーはうまかった。これはうん、文句ないだろ? そんでもって食べる人を第一に考える、これも立派だ……うん」
日乃実ちゃんの料理の腕とマインドは申し分ない、と思いたかった。
目標に向けて具体的に実践もしているし、彼女がこのスタンスのまま行動し続けられるなら、専門だろうと何だろうと安心、ではないだろうか?
「保障はないんだよな……当たり前だけど」
数年先を断言することはできない。
予測はいくらでも立てられるが、確固な根拠のない想定はいわゆる机上の空論なので、やはり不安になるのも仕方ない。
で、不安になると思考をひどく巡らせてしまうのが僕の悪いクセで――――疲れるまで考えまくって、やがて神経までもが摩耗していき、
「あぁやめろやめとこう、こんなん僕が考えても仕方ない……」
あくまで最後に決めるのは日乃実ちゃんで、僕は結論に至るまでを手伝うだけの立ち位置のはずだ。
客観的に言うべき意見は伝えるし、逆に彼女に委ねるべき場面で余計なことは言わない。それ以上は考える必要なしと今朝、そう決めたはずだった。
「風呂、もう上がっちゃおうかいね……」
長風呂して日乃実ちゃんを待たせるのも気が引けるのでとっとと身体を拭いて居間へ戻った。
だが、部屋のどこにも日乃実ちゃんの姿はなかった。昼間の状況が思い出される。
「キレイに食べ終わったお皿は見るのも洗うのも大好きっ」
らしいので洗い物は全て日乃実ちゃんに任せていたが、さすがにもう洗い終わったはず。では、どこへ行ったというのか。
キッチンに、居間に、書斎に、日乃実ちゃんはいない。
「風呂空いたぜー。てか、どこにいるんだ~?」
「んー、いまいくからー!」
返事はあっさり返ってきた。声の出所は遠くベランダから。
開いたベランダへのガラス戸から外を見やる。
夕暮れをとうに過ぎた空は彼方まですっかり夜に変わっていた。
都心の空には光の気配など粒ほどもなく、星の光に代わり地上からビル明かりが主張する。地元の星空と違って、ビルの照明を見ても特に感慨はなかった。
そんなマンションのベランダから望んだ、なんてことない景観を前に日乃実ちゃんはいた。五月とは言え冷たい夜風に――僕としては湯冷めしそうだ――吹かれながら、彼女は暗いばかりの景色に瞳を合わせている。
その様子が昼間に見た憂げな彼女の後ろ姿と重なる。
「うぁうっ寒ぃ~、寒くねぇか~……。で、何か面白いもんでもあったかいね?」
「シンタロー……なんていうかほら、あそこ」
そういう彼女は多分ビルを指さしている。暗いせいで、どのビル影を示したかは大雑把にしかわからなかったが、ビルの明かりと空のほかに見える物などなかった。
「私、明日からあそこのオープンキャンパスに行くわけだけどさ……」
「ああ、あのビルがね……それで、行くわけだけど?」
オープンキャンパス。要するに体験授業だ。ということは、僕がぼんやり目にしてるあのビルは学校だったのか。
校舎の真っ黒い影の中には、ちらほら白い照明で色づいた窓もあった。居残り勉強をしている生徒でもいるのだろうか。
「なんか……キンチョーしてきたかも」
「うん? なんだか日乃実ちゃんらしからぬ単語が聞こえた気がするな、気のせい?」
「からかってからにー。今日会ったばっかのくせしてっ」
「いやいや、日乃実ちゃんの性格なんてもう前からわかってたって。メッセージと電話越しでも100%で伝わってたから」
実際に会わずとも、日乃実ちゃんが東京に来る来ないの相談を受けた頃から彼女とはちょくちょくコミュニケーションは取っていた。
頻出する絵文字の数々とオーバーリアクションの応酬から、当時の自分は「クラスに一人はいる元気なやつ。中心人物。わんぱく」と想定していた。実際会ってみてもその通りだった。
「意外だったんだよ。僕は今日一日、日乃実ちゃんの自信満々な姿ばかり見ていた気がするから」
「へ? 自信って私が? どゆこと?」
どのあたりが? と自覚なさそうに小首を傾げるので、僕は指を折りながら一つ一つ述べてみる。
「食材選びじゃ、全部の野菜の良し悪しと選んだ理由をすらすら言えてただろ。あれは料理の出来をちゃんと見据えてこそ成せることじゃないか。実際食べてみて、日乃実ちゃんの狙い通りに仕上がっていたのがわかるし、何より美味しかった」
「えへへ……褒め上手め、もぅ……」
聞くや否や日乃実ちゃんは視線を自身の手元へと落とし、その指をちょこちょこイジイジ触りだした。
横顔を、部屋から漏れる暖色の照明が映やしている。
彼女に限って、他人から褒められ慣れていないというわけでもないだろうに、照らされた頬はなぜか照明の黄色以上に朱色に染まっているようにも見えた。
「あと、晩ご飯を作ってくれてるときもずっと鼻唄混じりだったろ? あんなに楽しそうに作られちゃあ、『娘を東京に通わせる手伝いをしてくれ』って親父さんが言うのも納得だよ」
「それって自信とかとはビミョーに関係なくない?」
「専門に進むって話なら、やっぱり料理しない子より楽しそうに作る子の方が説得力あるじゃん?」
今度も褒めているつもりだったが、日乃実ちゃんの反応にさっきほどの手ごたえがなかった。ハッとしたかと思えば、その後は照れるでも胸を張るでもなく、また暗い街並みを見つめてしまった。
虚空を彷徨うその視線はつまり、明日からのことを考えてキンチョーしてるだけ、とは思えなかった。
「風呂空いたってご報告だけのつもりだったのに、思ったより長話になっちまったな。部屋に戻ろうや、湯冷めしそうだ」
二人してガラス戸のレールを跨ぐ。暗い景色とはうって変わって、居間の黄色い照明が目に刺さる。
「シンタローは反対なんでしょ? 私の進学のこと」
「お……っと、まぁでも」
進学するしないにあたって、日乃実ちゃんなりに抱えるものがあるのはわかっていた。
が、その話題を飛ばされるとやはり答えに窮する感覚がある。
「別にはっきり反対ってわけでもないよ」
喉に引っかかったままな言葉で応える。
「でも前はあんまり乗り気じゃなかったんでしょ、知ってる」
「それは確かにそうなんだよな。娘を寄越すから泊めてくれなんて、かなりぶっ飛んだ提案だったし。それに実を言うと、専門に進学ってのも個人的には……オススメはしない、ってとこかな」
この通り、以前は日乃実ちゃんを部屋に招くことすら断っていた。
だが彼女の両親の説得を聞くうちに、頭ごなしに拒否するのも何だか気が引けてしまうようになったので、当時の僕は一つ、指針を立てたのだった。
「でも、とりあえず色々意見するのは日乃実ちゃんを間近に見てからにしようって決めたんだ。ひょっとしたら日乃実ちゃんは超天才、なのに僕がケチなせいで夢へのチャンスを逃してしまった、なんてこともあり得るだろ?」
これが当時の指針。
本当は現在進行形で悩みの種なのだが、彼女の進学について現段階での自分の考えを伝えようとすると、どんな言葉を使ってもしっくりこないので喋らないでおく。
「……そっか、私を泊めてくれること……改めて、どうもありがとうっ」
若干照れてこそいるが、日乃実ちゃんの頭は誠実に床を見つめる。
「それとっ、改めてこれからお世話になりますので、よろしくシンタロー!」
しおらしくなったかと思った次の瞬間にはもう、今日ですでに何度も見た表情が日乃実ちゃんの顔に戻ってきた。
ちょっと真剣な話になったからか、その笑顔が妙に久しく感じる。
「こちらこそよろしく。でももし怠けたところを見せたらソッコー実家に追い返してあげるよ……なんてな」
「そこらへんは問題なしだよ。私だってジョーダンで東京まで来たわけじゃないもんっ」
日乃実ちゃんの自信に満ちた力こぶのポーズに、思わず口角が上がる。
「それじゃっ、お風呂いただいてきま~っす」
着替えを持った彼女がとととっ、と浴室に向かっていく。日乃実ちゃんが浴室の戸を閉め切るまで、僕はその背を見送る。
中学生相応の小さな背中だった。
日乃実ちゃんはまだ幼いばかりのその双肩で、たった一人で東京に出向いてまでして、もう自分の将来を背負おうとしている。
なればこそ、僕も悩んでばかりはいられないな。彼女のために、僕にできる限りのことをしよう。
そのためにもまずは明日からのオープンキャンパスだ。
日乃実ちゃんのこと、進学希望の学校のこと。僕なりに色々見極められることがあるはずだ。
僕は記者だ。津々浦々の現場を聞いて回った、曲りなりにも知識人。
その経験をここで活かさないでいつ活かすのか? 日乃実ちゃんのために、僕なりのベストを尽す――――。
居間の片隅に、本来登山用と思しきリュックとキャリーバッグ、加えて宿題らしきテキストやその他の生活用品などが置かれている。
全て日乃実ちゃんの持ち物だ。
何十リットルもするであろう大荷物。僕にはそれが、日乃実ちゃんの覚悟を表しているように見えた。
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