華ノ道標-華罪捜査官-

山茶花

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標的の花

怪しい香り

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前を行く特捜班は、足音を立てないよう忍び足で進む。
会議の行われる部屋まではまだ距離がある。

人の話し声が聞こえてこないのは、壁が厚いからなのか。



「伏せろっ!!」

「危ない!!」



すると突然、何本もの鋭い矢がこちらに飛んできた。

咄嗟に頭を伏せる捜査官たち。
どこから飛んできたのか分からない速さだった。


梅乃は矢を見て以前鹿戸に来た時のことを思い出した。
矢には鷲の羽根がついていたのだ。

あの時も屋敷の前に鷲の羽根が落ちていた。
やはり矢が放たれたのはこの屋敷だったのかもしれない。



「完全にこちらを警戒しているな」

「このまま進んで大丈夫でしょうか…」

「特捜班は俺たちより遥かに強い。
 それにここに来た意味はもう一つあるだろう」



この屋敷には部外者の侵入を防ぐ仕掛けがなされているのだろうと他の捜査官も話す。

その仕掛けに気をつけながら、また前へ進む。


そう、ここに来た目的はもう一つ、京の髪の毛を持ち帰るという重要な任務。

一本でも研究室へ持ち込むことが出来れば検査は容易なのだ。


そしてこの屋敷の一番奥の部屋が目的地である。
襖は閉まっていて明かりが漏れている。

そこからは小さな話し声が聞こえた。
間違いなく人が居る。



「何かしらの攻撃をまた仕掛けてくるかもしれない。
 心してかかれ、行くぞ」



特捜班の班長が捜査官全員に合図した。
同時に襖を勢いよく開ける。


中にいたのは案の定瞼にバツ印のある華狩の男たち。

一斉にこちらに目を向けた。



「やっぱり来やがったな…」

「こちらの台詞だ。かかって来い」

「袋叩きにしてやるよ!!」



部屋にいる華狩の幹部たちは全部で5人。
かなり少なく見えた。

屋敷に入っていった人数は明らかにもっと多かったはず。

梅乃はその矛盾に違和感を感じながらも、目の前の敵を倒す為に竹刀を構えた。



「女…俺が相手だ!」

「私は、負けない!!」



梅乃に向かって突っかかる華狩。
それに負けまいと強く竹刀を振る。

やはり幹部だけあって動きも強さも下っ端とは違う。

しかし今回は味方の数も多い。
諦めない心をもって華狩に挑んでいた。


そして前田や銀壱も他の捜査官と一緒に闘っていた。



特捜班と梅乃たちは次々と華狩を倒し、意識を失った幹部たちを外へ運んだ。

全員を確保できたのは大きな成果だが、やはり京の姿が見当たらない。



「前田さん、京が居ないですね…」

「そうだな。俺たちに気付いて逃げたのかもしれん」

「…何か、花の香りがしませんか?」

「確かにするな」



華狩の幹部が居なくなった部屋。
ほのかに、花の香りが漂い始めた。

部屋には梅乃と前田、銀壱だけ。


すると、花の香りと足音がこちらに近づいてきた。



「あら、またお会いできて嬉しいわ」

「京…!」

「悪いけど、私はその女の子と話がしたいの。
 他のお二人は席を外してくださる?」

「早河、大丈夫か?」

「私は大丈夫です。ここは指示通りに…」



あの花の香りは、京の着物についているお香の香りだったようだ。


京を刺激しない為に、梅乃は前田たちに屋敷から出るよう促した。

自分が狙われているのかもしれない、だとしたら助かる命はできるだけ敵から遠ざけたい、梅乃はそういう考えだった。



「分かった。俺たちは外へ出る。
 早河を傷つけたらすぐに駆けつけるからな」

「心配いらないわ。さようなら」



京は前田と銀壱が部屋から出るとすぐに部屋の襖を閉め、梅乃に近づいてきた。



「話とは、何でしょうか」

「今日、私の可愛い部下がたくさん捕まった。
 そして会議も中止…悲しいわ」

「あなた方が罪を犯すのを見逃す訳にはいきません。
 私たちの使命なのです」

「でも私にとっては大切な仲間なの。
 ひとつ、頼みを聞いてくれないかしら」



京は梅乃の右手を握って話し始めた。

花の香りが更に強くなる。
以前会った時には感じなかった香り。


京のように悪の組織に属しながら、怖いもの知らずで捜査官にここまで近づくなど、有り得ないことだ。



「頼み…ですか」

「ええ。今日捕まった5人を解放してくれたら、
 今後、華罪を犯さないと誓うわ」

「そんな言葉…私が信じると思いますか!!」


――バチン!!


梅乃は心底怒った。
腸が煮えくり返るとはまさにこの事だ。

挑発するような京の口調に、竹刀を振るわずには居られなかった。


あっという間に壁まで京を追いやり、形相を変えた梅乃が更に言葉を放つ。

京も突然の変貌ぶりに驚いているようだった。



「悪が許される世の中ではありません!
 あなたの仲間は解放しませんし、
 あなたもいずれ私たちが逮捕します!」

「生意気ね…!もういいわ。
 私の頼みを聞かなかったこと、後悔するわよ」

「痛っ!」



京は懐から小さな睡眠薬が入った注射器を出し、梅乃の首に針を刺した。

竹刀を握っていた手も力を無くして梅乃は膝から崩れ落ちた。
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