デレるくらいなら死ぬ

波辺 枦々

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デレるくらいなら死ぬ

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真琴達と打ち解けるのに、そう時間はかからなかった。
真琴は実に話上手で、佐野が自ら話すことはなさそうな貴重な思い出話をたくさん教えてくれた。
このことを知ったら佐野は怒るだろうが、洲崎としては得した気分だ。
さらに佐野に愛着が湧いたような気がする。

今は情報提供のお礼として、洲崎が作ったプリンを三人で食べている。

「真瑠ちゃん、おいしい?」
「うん」

夢中で食べる姿は、やはり佐野に似ている。
思わず口元の筋肉がだらしなくなってしまうほどかわいい。

「洲崎君、料理も上手ね。しかもこのプリンの作り方、美味しいのにめちゃくちゃ簡単。私も家で作ってみよっと」
「昔、妹達に毎日作ってたんです。早く作らないと泣き始めるから、時間との勝負で」
「分かる。結局、時短レシピが最強よね」

お客さんに出すには少々荒っぽいレシピだったが、気に入ってもらえたようだった。
現役の主婦に褒めてもらえたことは、内心飛び上がるほどうれしい。
仕事よりも達成感を感じているかもしれない。

「もし死ぬほど暇な時あったらうちで家事のバイトしない?洲崎君さえ良ければだけど。だって、私には分かる。君の家事スキルは手練れよ。プロの域。もちろんバイト代はしっかりお支払いするし」
「えっ?ありがとうございます。でも、うちの会社副業ダメなので。すみません」

突然のスカウトに苦笑する。
しかし、自分の特技に対価を支払いたいと言ってもらえたのは初めてだった。
今までただの趣味でやってきたことが、実績として身になっているようでうれしい。

「お金はいただけませんけど、お手伝いだったら大丈夫です。いつでも連絡ください」
「ダメよ!そんなただ働きみたいなことはさせられない。働いた分、お金はしっかりもらわなきゃ」

真琴の夫は運送会社を営んでいて、真琴自身もそこで働いているらしい。
そのためか、お金に対する考え方はシビアだ。

「もしかして、真澄からもただ働き同然で扱き使われたりされてない?」
「いや…それは、俺が好きでやってるんで」

これに関しては、本当の本当に本当だ。
むしろ、好き勝手している。
しかし、佐野の姉は社交辞令だと受け取ったらしい。

「もぉ!姉として本当に情けない。ごめんね、真澄には私からしっかり言っとく。っていうか合い鍵持ってる仲だったら知ってると思うけど、ここにあるお金持ってっていいから」

私が許す、と真琴は勝手にテレビ台の下から元は煎餅が入っていたであろう四角い缶を取り出した。
確かに洲崎も知っていた。
佐野はATMに行くのが面倒らしく、年に一度大量に現金を引き出してそれを缶にしまい、必要な時に取り出して使っていた。
さすがに不用心だ、と咎めたことはあったが、もし無くなるようなことがあったら犯人は洲崎しかいないから逆に分かりやすい、という謎の理論で説き伏せられた。

「残念なくらいお金に無頓着だから、ごっそり無くなっても気づかないと思うのよね…」

蓋を開けると、封筒がいくつか入っていた。
初めて掃除をした時に見つけて以来開けたことはなかったが、その時とは様子が違っている。
以前は現金がそのままの状態で入っていたはずだ。
真琴が封筒を一つ取り出す。

「なんだ、ちゃんと用意してるじゃない」

封筒には小さく「洲崎へ」と書かれていた。
少し幼さが残る字。
間違いなく佐野の字だ。
中には数枚の一万円札が入っている。

(用意してくれてたのか…)

いつものつっけんどんな態度の裏では気遣ってくれていたようだ。

「用意してるのに、渡さなかったら意味ないじゃない。本当に不器用だしバカよねぇ」

そう言いながらも真琴は、洲崎の名前が書いてある封筒を一枚一枚うれしそうに見ていた。
洲崎も胸のあたりがじわじわと温かく感じた。

その時、玄関の扉を開ける音がした。
佐野が帰ってきた。

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