デレるくらいなら死ぬ

波辺 枦々

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デレるくらいなら死ぬ

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洲崎より少し年上に見える、明るく染めた髪色が良く似合う女性だった。
昔はやんちゃしていたような雰囲気はあるが、きれいな人だ。
隣にいる女の子は二歳くらいだろうか、じっと洲崎の顔を見つめている。

「こんにちは。この部屋に何か御用ですか?」
「ここに佐野というものが住んでるはずなんですけど…」

「佐野というもの」という近そうな言い方が気になった。
急に以前の記憶が蘇る。
佐野が嫁とか浮気だとか言っていた時の記憶だ。

(でも、あれは缶ビールのことだったはず。違うのか…?)

もしかして本当に嫁がいたのだろうか、と全身に緊張が走る。

女性は訝しげに首をかしげている。
同じく女の子も首をかしげる真似をする。

「合ってますよ。俺、友人なんですけどたまたま遊びに来てて。洲崎って言います」

とりあえず、不安な気持ちは隠して名を名乗る。

「えっ、あいつに友達…?嘘でしょ…」

信じられない、という風に口をあんぐり開けている。
佐野の本性を知っている仲なのだろうか。
ますます嫁疑惑が深まる。
この女性が何者なのか、確かめずにはいられなかった。

「…すみません、どちら様ですか?」

恐る恐るたずねた。
返ってきたのは意外な応えだった。

「あ、真澄の姉の真琴です。弟がお世話になって…」
「お姉さん!?」

驚いた。
思い返せば、佐野が一人っ子ではないのはうっすら知っていたが、姉がいる事を初めて知った。
今更になって、その事実に愕然とする。
佐野については知ったつもりでいたけれど、それは驕りだったようだ。
情報収集が出来ていないのは営業マンとして失格だ。
反省点は今後改善することにして、気持ちを新たに目の前の二人を見る。
似ている。
目元や輪郭、髪質が佐野とそっくりだった。

洲崎は急な姉の登場で焦っていた。
いずれ、佐野のご両親にご挨拶願おうと長期的な計画を立てていたものの、こんなにすぐ親族との顔合わせイベントが来るとは思っていなかったからだ。

(とにかく、悪い印象だけは与えないように頑張ろう)

あわよくば、好印象を持っていただきたい。
そして、外堀を埋めたい。

「佐野…いや、真澄君、今休日出勤でいないんですよ。良かったら上がってお茶でも」
「え?合い鍵持ってるの!?」

ナチュラルに部屋に誘導してしまったが、そもそも洲崎の家ではない。
入り浸り過ぎて他人の家という感覚がなくなっていた。

「そ、そうですね。気づいたら、いつのまにか持ってて…」
(嘘です。お姉さん、ごめんなさい)

心の中でお詫びを入れる。

「私と母さんには何回言っても渡してくれなかったのに。どういうつもりなんだか」

弟の行動が理解できない、と呆れている様子だ。
それもそのはずだ。
合い鍵は渡されたのではなく、勝手に作った代物だ。
罪悪感で胸が苦しくなりながらも、玄関のドアを開いた。

「ちょっと、嘘でしょ!?どうしちゃったの、この部屋」

玄関に入るなり、佐野の姉は驚いていた。

「きれいすぎる…もしかして、あいつ頭でも打った?」

以前の部屋を見たことがあるのだろう、変わり様に困惑している。

「俺が遊びに来させてもらう代わりに、たまに掃除とか手伝ったりしてるんです」

毎日のように隅から隅まで綺麗にしているとは言えない。
そこはオブラートに何重にも包むことにした。

「まったくもう!迷惑かけてごめんなさい。相当汚かったでしょ?まさか…弱みを握られて無理やり掃除させられてるとかじゃないよね…?」

心配をしてくれていることが、逆に申し訳なかった。
弱みを握っているのは俺の方です、とは口が裂けても言えない。
ははは、と曖昧に笑ってごまかし、お茶を淹れる。

「お子さんは何が飲めますか?麦茶とかオレンジジュースならありますけど」
「気が利くわぁ。まさかこの部屋でゆっくり飲み物が飲める日が来るとは思わなかった」

娘の名前は真瑠まるというらしい。オレンジジュースがいい、と言ったのでコップに注いであげると、目をキラキラさせて喜んでくれた。
どこか佐野の面影を感じられ、天使のようにかわいい。
それに、幼いころの弟妹達が思い出され、気持ちが和む。

「実はね、これまで定期的に私か母が掃除しに来てたの。本人は嫌がってたけど、ほっといたらゴミに埋もれて死ぬんじゃないかって心配で。それにご近所さんにご迷惑かけるわけにはいかないし。それで、久しぶりに掃除しに来たんだけど、今日はこの子もいるし、どう掃除しようかと…」

ところが、来てみたら別人の家のようにきれいになっていて拍子抜けした、と真琴は笑った。

「意外…。真澄って、だらしないくせにプライド高いでしょ?それに、人を信用しないところがあるし…うちの弟が家に人を入れるなんて、私が知る限りなかった。でも、洲崎君のことは余程心を許してるのかもね」

確かに、当初こそ無理やり居座っていたけれど、今となっては毎日のように居ても追い出されていない。
真琴の言うことが本当なら、洲崎にとってこれほどうれしいことはない。

「そうだ、洲崎君って、同じ会社なんだっけ。うちの弟、ちゃんと仕事出来てる?」
「全く心配ないですよ」

洲崎は、佐野の会社での様子を伝えた。
仕事は頭抜けて出来ること、最近も洲崎の窮地を救ったこと、社内ではさわやか王子と呼ばれるほど人気があること。
さわやか王子の話をすると、真琴は腹を抱えて笑っていた。
真瑠が心配そうに見るほどだ。

「あいつが、さわやか王子!?やだ~、面白すぎるんだけど。帰ったら旦那と父さん母さんにも報告しなきゃ」

笑い過ぎて目の端にあふれた涙を拭っていた。
要らないことを言ったかもしれない。
佐野に怒られることを覚悟した。

「でも、うまくやれてるようで良かった。昔っから外面だけはすこぶる良いけど、本当は不器用なの。それに外面が良いっていうのは、自分を見せる勇気がない、臆病ってことだと思うのよね」
「臆病…」

確かに、会社での佐野は隙がないように見える。
それだけ強固に、本来の自分を隠し、守り続けてきたのかもしれない。

「あの子、ああいう見た目でしょ?小さい時から、特に同級生の女の子たちはみんな、白馬の王子様なんじゃないかって期待して寄ってくるんだけど、真澄の中身は王子様でもなんでもない普通の男の子なのよ」

昔のことを思い出すように話し始めた。

「あの子はあの子で苦労したのかもね。気付いたら、見た目に合わせるように、勉強とかスポーツ頑張ったり、言葉遣い変えたり、愛想笑いしたり…ただ、そのせいで疲れちゃったみたい」

反動からか、家の中では言葉遣いが荒くなり、だらしない生活をするようになってしまったらしい。
気を抜ける場所が、家の中しかなかったのだろう。

「でも、やっと自分をさらけ出せる人が見つかったみたいで安心した。…って、さらけ出し過ぎて失礼なことしたりしない?大丈夫?」

安心したのもつかの間、弟の本性に危惧するところがあるのだろう。
目まぐるしく変わる表情の変化に笑ってしまった。
洲崎は、佐野が充分に自分をさらけ出すことが出来ていることを、素直に伝えることにした。

「そうですね。基本的に家の中ではパンツ一丁だったり、あと、俺を変態家事フェチ野郎って呼んだりはしてますね」

真琴は頭を抱えている。

「ほんっとうに、うちの愚弟が申し訳ない!」

土下座しそうな勢いだったので、慌てて制する。

「大丈夫です。むしろ、楽しんでます。俺、佐野と仲良くなれて、本当に良かったと思ってます」

嘘偽りない本心だった。
佐野と仲良くなってからの日常は、これまでの何倍も、何百倍も楽しい。

「だから、これからもずっと、そばにいると思います」

それは洲崎の心からの願いだった。
真琴はほっとしたように、ありがとう、とほほ笑んだ。

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