デレるくらいなら死ぬ

波辺 枦々

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デレるくらいなら死ぬ

23☆

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真澄は深く頭を下げると、さっそく営業課に向かおうとした。

「ちょっと待て。そもそも言い出しっぺは俺だぞ?佐野だけカッコつけるなよ。俺も行く」

斉藤が肩を掴んで引き留めた。

「私も行く。乗りかかった船には乗らなきゃ」

松田は微笑みながら、腕で力こぶを作るポーズをして見せた。

「二人とも…ありがとうございます」

胸がじんわりと温かい。
頼もしい二人が協力してくれることは、何よりも心強かった。





「じゃあ、松田さんはここで見張りをお願いします」
「まかせて」

念のため、松田にはフロア入り口で見張りをしてもらう。
中村本人に見つかってしまうことだけは避けたい。

斉藤と二人で中村のデスクへ向かう。
営業課のことについては、斉藤が熟知しているから頼もしい。

「これだ」

斉藤が引き出しから例の書類を見つけた。

「忙しい中こんなに細かくデータ出して作った資料、無駄にさせるなんて…あの野郎、本当に営業マンの風上にも置けないやつだよ」

斉藤の言葉には悔しさが滲んでいた。
確かに良く出来た資料だった。
洲崎本人の気持ちを想像すると、胸が苦しい。

「とりあえず、回収は成功だな」
「あぁ、ありがとう。そうだ、なにか代わりになるような書類とかないか?」

おそらく、中村はいつか証拠を処分しようとするはずだ。
ダミーがあれば、運が良ければ本物が無くなったことにすら気付かないかもしれない。

あるぞ、と斉藤は自分のデスクから書類を取り出した。

「どうせ、あいつのことだから中身なんて見ずに捨てるだろ。俺が作った誤字脱字だらけの資料をくれてやるよ」

斉藤は叩きつけるように書類を引き出しにしまった。

「これでミッションは成功だな」
「あぁ」

二人でほっとしたのも束の間だった。


「あーれー!お疲れ様でーす、中村係長!お元気ですかー?」

フロアの外から松田の声が聞こえる。
こちらに聞こえるように、わざと大きな声で話してくれているようだ。

「どうしよう、今、中村って言ったよな?」
「あぁ、とりあえず隠れよう」

音を立てないよう、急いで中村の席から離れた場所のデスク下にそれぞれ隠れる。

「お仕事いそがしそうですねー!こんなに遅くまでお仕事してるんですかー?すーごーい」
「そ、そうなんだよ、少し忙しくてね」

松田の声はフロア中に響いている。
中にいる真澄達にもしっかり聞こえているから、廊下側では相当な音量だろう。
松田の小柄な体格からは想像できないほどの大きさだ。
中村も、その声量とすっとぼけた態度に驚いたのか、焦っているように感じる。
だが、そんなことはお構いなしに、松田は時間を稼ごうとしている。

「私はですねー、久しぶりに同期に会いたくて来たんですよー!いますかねー?どうですかねー?ちょーっと私、確認してみますねー!」

松田がフロア内に入ってきた。
真澄と斉藤が隠れているのを確認してから言う。

「ざーんねーん!だーれもいないですー!人っ子一人いないみたーい!でも後で帰ってくるかもしれないから、また来ることにしますー!お疲れ様でしたー!」
「あぁ、そう。お、お疲れ」

松田は一旦、ここ離れることにしたようだ。
松田がいなくなった途端、フロアはしんと静まり返った。
緊張で体が汗ばむのを感じる。
真澄がいるところからは中村の様子が見えないが、引き出しを開けるような音がした。

中村は今日、それを処分する予定だったのだ。
しばらくすると、中村は席を離れた。
てっきり書類は持ち帰るのだと思っていた。

(足音が近づいてくる…)

徐々に音が大きくなる。
なぜか入口とは反対側に歩いているようだ。
隣の席に隠れている斉藤の様子は、パーティションによって分からない。
不安が高まる。
足音はすぐそこまで来ている。

(ばれたか…?)

息を殺して、斉藤と自分の無事を祈る。
だが、祈りは届かなかったようだ。
中村の足が真澄の目の前で止まった。

そこはシュレッダーの前でもあったのだ。

「たしか、このボタンだったよな」

中村はぶつぶつと独り言を呟いている。
ダミーの書類をシュレッダーにかけようとしていた。

「ちっ、動かないじゃないか」

いくらボタンを押しても紙は機械に吸い込まれてくれなかった。
おそらく電源自体を切られているのだろう。
しかし、電源のボタンは低い位置にある。
そのボタンを押そうとした場合、真澄達が見つかる可能性が高い。

「電源が切れてんのか?」

(やばい、見つかる…)

中村がまさに屈もうとした時だった。

「あーれー、まだ帰ってきてなーい!あら?中村係長、何かお困りですかー?」

松田が戻ってきた。
屈もうとしていた中村の膝は直立にもどった。
そして、松田のいる方へ向き直る。
真澄はほっと胸を撫で下ろした。

「や、やぁ。また君か。そう言えば、君、管理課だったよね?」
「そうです!何かお困りごとならお任せください!」

はじめは松田の再登場に驚いていた中村だったが、何か思いついたようだった。

「そうか。じゃあ、この書類をシュレッダーにかけてくれないか?」
「この書類ですか?お安い御用です!」
「社外秘の書類だから、必ず今日中に処分してくれ。今日中だよ?くれぐれもよろしく頼むよ。じゃあ、お先に」

くどい程に念を押して、中村は去っていった。




息を吐くと同時に、体の力が抜けた。

「た、助かったー…」

息も途切れ途切れに声を出しながら、斉藤は這いつくばってデスク下から出てきた。
真澄の心拍数も、まだ高いままだ。
もしかすると腰が抜けたかもしれない、と一瞬不安がよぎったが無事だった。
真澄も這い出る。

「二人とも大丈夫だった!?もぉ、まさか本人が登場すると思わなくて、焦りに焦っちゃった!私、ちゃんと役に立った?」

松田は興奮冷めやらぬ、といった感じだ。

「松田さん、グッジョブ!それに、名演技でしたよ…な、佐野?」

斉藤が笑いを堪えながら目配せする。

「さすがでした…ただ…ちょっと、声がデカかった…ぶふっ」

中村をたじろがせるほどの名演を思い出し、思わず吹き出してしまった。
一度笑いだすと止まらない。
そんな真澄の姿に最初は驚いていた二人だったが、つられて笑い始めた。

「やだ、恥ずかしい!必死すぎてボリュームの調整ができなかったの。お願い、忘れてぇ~」
「いやいや、まじで松田さんの謎のキャラ設定、あれ何なんすか!?勘弁してくださいよ!」

気づけば三人とも床の上で笑い転げていた。
ミッションは無事に成功だ。
真澄は今までのどんな仕事よりも達成感を感じていた。

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