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デレるくらいなら死ぬ
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激励会の時に起こったことを思い出すと、今でも吐き気がするくらい怒りが湧いてくる。
あの日、トイレに立った佐野はなかなか戻らなかった。
慣れていないだろう飲み会の場で、飲むペースがいつもより早かった佐野のことが心配になり様子を見に行った。
すると、今にも中村に殴り掛かりそうになっている佐野の姿があった。
その雰囲気から、中村が佐野を怒らせるような何かをしたのだということは予測できた。
家以外で感情を顕にすることがない佐野の、怒りに震える姿がそれを証明していた。
殴ろうとするのを咄嗟に止めたものの、その後の中村が発した言葉で洲崎はそれを後悔した。
『すごいな、同期まで誑し込んでんのか?』
もう少しで自分が殴ってしまうところだった。
中村の言葉には気持ちが悪いほどの悪意が込められていて、いくら酒に酔っていたとしても許せるものではなかった。
なんとか感情を抑えてその場を治めたものの、腹の中は冷静になろうとする理性と溢れる怒りでぐちゃぐちゃになっていた。
しかし、そんな自分以上に、佐野が理不尽な思いをしていることは明白だった。
悪意に曝され動揺している。
気が付くと、抱きしめていた。
その後、急いで上司に適当に断りを入れて、帰る手筈を整えた。
途中、何食わぬ顔で席に座っている中村を見つけて、再び怒りが込み上げた。
睨みつけることしか出来ない自分が情けなかった。
家に帰り着いてからも、しばらく佐野は俯いていた。
涙で濡れた顔を見ると心臓が痛かった。
それは、今まで感じたことのない痛みだった。
ようやく落ち着いてきた頃には、夜中になっていた。
佐野は、事の経緯をぽつりぽつりと話してくれた。
自分は温厚だと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
話の内容に、殺意に近い怒りを感じた。
「もう、こんな見た目嫌だ」
消えるような声で言った。
これまでにも、その見た目ゆえに理不尽な経験があったのだろう。
「つらかったな…」
何と声をかけるのが正解かは分からない。
ただ、目の前にいる佐野の痛みを出来るだけ取り除いてあげたかった。
(嫌なことなんて、全て忘れられればいいのに…)
そうすることが出来るのなら、どんなことだってしたい。
しかし、それが出来ないむなしさが、洲崎の心を悔しさで一杯にした。
泣き疲れたのか、いつの間にか佐野から寝息が聞こえる。
涙にまみれた顔をそっと、タオルでふいてやると少し穏やかな表情になった。
それを見て、洲崎はようやく気持ちが凪いだ。
同時に、もう二度と佐野が悲しむ姿は見たくないと思った。
出来ることなら、あらゆる悪意や理不尽から佐野を遠ざけたい。
(でも、お前を守りたい、なんて言ったら殴られそうだな)
怒る佐野がすぐに想像できて、少し笑いが込み上げる。
また、いつもの、強気で口が悪くてめんどくさがりな佐野に戻ってほしい。
そう願っているうちに、洲崎も眠りについた。
朝、目が覚めると、ちょうど佐野も起きたところだった。
「おはよう。ぶっ、お前ひどい顔してるぞ」
佐野の顔は泣き腫らしたせいでひどく腫れていた。
「笑うな」
枯れた声で佐野は言った。
いつものように強がってはいるものの、元気がない。
やはり昨日のことが尾を引いているようだった。
その様子に心が痛んだけれど、洲崎はいつもどおり振る舞うように努めた。
佐野も、そのつもりのようだった。
しかし、心労の大きさは隠せない。
食欲は落ちて、残さず食べようとする努力はしているけれど、以前のような思い切りのいい食べっぷりではなかった。
それに一人でいるのが不安な様子だった。
出かける準備をしていると、
「…帰るのか?」
本人はいたって普通に声をかけたつもりだろうが、その眼には不安の色がにじんでいた。
「着替えを取りに一旦帰る。今日からここでお泊りパーティーするつもりだからな」
ふざけて言うと、佐野はほっとしたのを隠すように「勝手にしろ」と言った。
ちょうど週末だったことを神様仏様に感謝した。
ずっとそばにいてあげることができる。
いや、単純に洲崎が佐野のそばにいたいだけなのかもしれない。
(こんなに、誰かのそばにいたいと思ったのは初めてだ)
急いで戻ろう、と洲崎は足早に自宅へと向かった。
あの日、トイレに立った佐野はなかなか戻らなかった。
慣れていないだろう飲み会の場で、飲むペースがいつもより早かった佐野のことが心配になり様子を見に行った。
すると、今にも中村に殴り掛かりそうになっている佐野の姿があった。
その雰囲気から、中村が佐野を怒らせるような何かをしたのだということは予測できた。
家以外で感情を顕にすることがない佐野の、怒りに震える姿がそれを証明していた。
殴ろうとするのを咄嗟に止めたものの、その後の中村が発した言葉で洲崎はそれを後悔した。
『すごいな、同期まで誑し込んでんのか?』
もう少しで自分が殴ってしまうところだった。
中村の言葉には気持ちが悪いほどの悪意が込められていて、いくら酒に酔っていたとしても許せるものではなかった。
なんとか感情を抑えてその場を治めたものの、腹の中は冷静になろうとする理性と溢れる怒りでぐちゃぐちゃになっていた。
しかし、そんな自分以上に、佐野が理不尽な思いをしていることは明白だった。
悪意に曝され動揺している。
気が付くと、抱きしめていた。
その後、急いで上司に適当に断りを入れて、帰る手筈を整えた。
途中、何食わぬ顔で席に座っている中村を見つけて、再び怒りが込み上げた。
睨みつけることしか出来ない自分が情けなかった。
家に帰り着いてからも、しばらく佐野は俯いていた。
涙で濡れた顔を見ると心臓が痛かった。
それは、今まで感じたことのない痛みだった。
ようやく落ち着いてきた頃には、夜中になっていた。
佐野は、事の経緯をぽつりぽつりと話してくれた。
自分は温厚だと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
話の内容に、殺意に近い怒りを感じた。
「もう、こんな見た目嫌だ」
消えるような声で言った。
これまでにも、その見た目ゆえに理不尽な経験があったのだろう。
「つらかったな…」
何と声をかけるのが正解かは分からない。
ただ、目の前にいる佐野の痛みを出来るだけ取り除いてあげたかった。
(嫌なことなんて、全て忘れられればいいのに…)
そうすることが出来るのなら、どんなことだってしたい。
しかし、それが出来ないむなしさが、洲崎の心を悔しさで一杯にした。
泣き疲れたのか、いつの間にか佐野から寝息が聞こえる。
涙にまみれた顔をそっと、タオルでふいてやると少し穏やかな表情になった。
それを見て、洲崎はようやく気持ちが凪いだ。
同時に、もう二度と佐野が悲しむ姿は見たくないと思った。
出来ることなら、あらゆる悪意や理不尽から佐野を遠ざけたい。
(でも、お前を守りたい、なんて言ったら殴られそうだな)
怒る佐野がすぐに想像できて、少し笑いが込み上げる。
また、いつもの、強気で口が悪くてめんどくさがりな佐野に戻ってほしい。
そう願っているうちに、洲崎も眠りについた。
朝、目が覚めると、ちょうど佐野も起きたところだった。
「おはよう。ぶっ、お前ひどい顔してるぞ」
佐野の顔は泣き腫らしたせいでひどく腫れていた。
「笑うな」
枯れた声で佐野は言った。
いつものように強がってはいるものの、元気がない。
やはり昨日のことが尾を引いているようだった。
その様子に心が痛んだけれど、洲崎はいつもどおり振る舞うように努めた。
佐野も、そのつもりのようだった。
しかし、心労の大きさは隠せない。
食欲は落ちて、残さず食べようとする努力はしているけれど、以前のような思い切りのいい食べっぷりではなかった。
それに一人でいるのが不安な様子だった。
出かける準備をしていると、
「…帰るのか?」
本人はいたって普通に声をかけたつもりだろうが、その眼には不安の色がにじんでいた。
「着替えを取りに一旦帰る。今日からここでお泊りパーティーするつもりだからな」
ふざけて言うと、佐野はほっとしたのを隠すように「勝手にしろ」と言った。
ちょうど週末だったことを神様仏様に感謝した。
ずっとそばにいてあげることができる。
いや、単純に洲崎が佐野のそばにいたいだけなのかもしれない。
(こんなに、誰かのそばにいたいと思ったのは初めてだ)
急いで戻ろう、と洲崎は足早に自宅へと向かった。
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