デレるくらいなら死ぬ

波辺 枦々

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デレるくらいなら死ぬ

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朝になって、目覚めた佐野から胸ぐらを掴まれて揺すられるはめになったのだが、それも今となっては良い思い出だ。


買い物をすませてスーパーを出ると、軽い足取りで佐野の家へ急ぐ。

(佐野が餃子好きで良かった)

今朝、再び佐野の家に行くと伝えた時も本当は不安だった。
全力で拒否されたら諦めざるを得なかったけれど、餃子に対する佐野の反応は悪くなかったようだった。

まだ知らないことばかりだ。
好きなものも知らないし、嫌いなものも知らない。
これから少しずつ佐野の色々なことが知れると思うと、うれしくてしょうがない。
佐野の家に着いた。
まだ少し緊張するが、あえてここはインターホンを押さずに合鍵を使うことにする。

(チェーンはかかって…ない!良かった)

心の中でガッツポーズしつつ、平静を装って部屋に入った。

「お疲れ。遅くなって悪かったな、餃子作るからちょっと待っててな…って服着ろ」

佐野はまたパンツ一丁で座布団に寝転がっていた。
家で服を着る習慣がないようだ。
家でもしっかり着る派の洲崎にはにわかに信じがたい。
おまけに風呂上がりのようで、なぜか見てはいけないような気がして目のやり場に困る。

「あ?だから着てるって」
「だからパンツだけだろ。はい、これ」

Tシャツを渡して無理矢理着させる。
佐野はしぶしぶ着ると、また寝転がってテレビを見始めた。
一応、気を遣ってくれたのか、ビールはまだ飲んでいないようだ。

(ツンツンしてるけど、かわいいところがあるじゃないか。早く飯作ってやんないとな)

料理は得意だが、味はもちろん早さに関しても自信がある。
今朝、あらかじめ調理道具を密かに持ち込んでいたから準備は万端だ。
米を炊飯器にセットして炊き上がる頃には、餃子はもちろん副菜やスープまでなんとか完成させた。
香ばしく焼き上がった餃子を机に並べると、寝転がっていた佐野も起き上がって早く食べたそうにしている。

「今日もお疲れ。はい、かんぱーい」
「ん」

缶ビールで乾杯すると、佐野はゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいる。
よほどビールが好きなんだな、と洲崎は少し可笑しくなる。
いよいよ佐野が餃子に手を伸ばした。
そして王子らしくない大きな口を開けて頬張っている。

「どうだ?」
「…うまい」

それは良かった、と平坦に言ったものの内心では相当うれしかった。

「ちゃんと野菜も食べろよ」
「食べてるわ」
「嘘つけ、餃子ばっか食べてるだろ」
「お母さんかよ」
「お母さんだよ」
「ぶっ!お前こそ嘘つけよ」

佐野が吹き出したことがうれしくて、動画に収めたい衝動に駆られたが、その感情は表に出さないように努めた。
いつも酒のつまみしか食べていないようだったので不安があったが、箸がすすんでいるようでほっとした。
あっという間に全て平らげて、佐野は食事に満足しているようだった。
その様子を見ると、洲崎も満たされた。

後片付けをしている間に、また寝転がっていた佐野がうとうとし始めている。

「おい、食べてすぐ寝ると牛になるぞ」
「ん…もう牛で良い…」

(子どもかよ。まぁ、佐野の場合少しくらい牛に近づいても問題ないか)

ただ、平べったい座布団の上で寝るのはさすがに健康上いただけない。

「ベッドあるだろ。寝るんならベッドで寝ろよ」
「いやだ」
「駄々こねるならお姫様だっこで運ぶぞ?」

お姫様だっこが嫌だったのか、佐野はしかめ面で立ち上がると自らベッドに移動した。
もちろん冗談で言ったのだが少し寂しさを覚える。

(なんだよ…せっかく運んでやろうと思ったのに。佐野くらいの重さだったら出来るのに…って同い年の男にお姫様だっこはどうなんだ)

あまりにも行き過ぎた世話は嫌がられる。
これまでの経験からそれは実証済みだ。

(でも佐野の場合、ものすごく眠たい時とか面倒くさい時に提案すればイケるんじゃないか…?ってイケるって言い方はおかしいな)

拒否されるとかえって無性にお姫様だっこがしたくなってきたが、それは今後の目標として設定しておくことにした。
帰り支度をしながら寝ている佐野に声をかける。

「佐野、俺そろそろ帰るからな」
「ん」
「明日の朝また来るからな」
「ん」
「明日の夜も来るからな」
「ん」
「毎日来るからな」
「ん」

(良いのかよ!こいつ眠たい時のガードゆるすぎるけど大丈夫か?俺が変なおじさんだったらどうするんだ。でも俺は信頼されてるってことか?まぁ、それなら良いけど…)

すでに夢の中にいる佐野は、無防備に寝顔を晒している。

(あれ…?心臓というかみぞおちあたりが苦しい…もしかしてこれが母性ってやつか…?)

心の中で何かが溢れそうになった気がした。
おやすみ、と声をかけて電気を消す。

充実した一日だった。
今から誰もいない家に帰ると思うと寂しい。
いつか佐野がもっと心を開いてくれたなら、泊まって夜通し話をしたりするのも面白そうだな、と思う。

(とりあえず、寝ぼけてたけどまた来る約束は取り付けたから良しとしよう。さて、次は何を作ろうかな)

体は疲れているけれど、気持ちのいい疲れだ。
毎日この心地良さを味わえるなら、こんなにうれしいことはない。
満ち足りた気分で洲崎は夜道を帰った。

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