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デレるくらいなら死ぬ
4☆
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金曜日。
定時で仕事を終わらせて、会社のロビーで待ち合わせることになっていた。
「お疲れ。ごめん、待ったか?」
「いや、大丈夫だよ」
先に待っていた真澄に洲崎が声をかける。
社を代表する二大王子が一緒にいることは珍しい。
いくつもの視線を感じたけれど、真澄は気にしないふりをして会社を出た。
しかし、その後も洲崎が目立つせいか、道ゆく人の視線が気になった。
当の本人は慣れているのか、全く気にするそぶりがないのが憎たらしいくらいだ。
慣れない状況に真澄はそわそわしながら歩く。
「ここだよ」
洲崎に案内されたのは、小さな和風居酒屋だった。
(良かった~!普通の飯食えそうで。洲崎みたいなやつはどうせ、創作イタリアンだかフレンチだかの聞いたことない食材に花びら乗っけて皿の余白が多い料理が出てくる店選ぶと思ってたわ)
「雰囲気の良いお店だね」
真澄の味覚は小学生の時からほぼ成長がない。
本音を言えば、好きな食べ物は誰がなんと言おうと寿司とカレーとハンバーグだ。
見た目こそ「朝はスムージー飲んでそう」とか「冷蔵庫にスパークリングウォーターいっぱい詰めてそう」と言われるが、そんなもの飲んだことすらない。
水は水道水で良いし、冷蔵庫は缶ビールとつまみしか入っていない。
「だろ?料理も美味いんだ。でもワインはあんまり無いけど、良かったか?」
「え?ワインは飲まないから大丈夫だよ」
「そうなのか?佐野は家にワインラックとかありそうだと思ってた」
(なんだそのイメージは!悪かったな、ワインラック無くて。そもそも置く場所ねぇわ、てか俺は嫁一筋だから浮気はしねぇんだよ)
と思いつつも今日は久しぶりの居酒屋なので瓶ビールに浮気することにした。
とりあえず乾杯して、洲崎のおすすめをいくつか注文してもらう。
実家の母親よりお母さん感がある女将が運んでくる料理は、小学生舌の真澄でもおいしいと感じるものばかりだった。
「俺、ラッキーだな。だって佐野、いつ誘っても飲み会とか来ないだろ?同期も、うちの課の人たちもみんな佐野と飲みたがってるから自慢しようかな」
砕けた笑顔でそう言いながら、洲崎は慣れた様子で真澄のグラスにビールを注いでいる。
「あぁ、ごめんな。俺そんなにお酒強くないから、飲み会とか苦手なんだ」
(まぁ、ビールは毎晩がぶ飲みしてるけどな!でもこう言っておけば今後誘われることもないだろ)
勝手に自分の理想を押し付けてくる人間が、真澄は心底嫌いだ。
その理想と現実が違った時、勝手に失望する人間はもっと嫌いだ。
だから他人と距離が縮まるイベント事は積極的に避けてきた。
「じゃあ今日は本当にレアなんだな。うれしいよ」
洲崎は酒が強いらしく良い飲みっぷりをしていた。
それに食事も美味しそうに食べるので、不思議と見ていて気分が良い。
「洲崎君、今日は珍しくお連れさんがいると思ったら、えらいイケメンさん連れてきたわね」
女将が洲崎に話しかける。よほど常連なのか親しげにしている。
真澄には常連になるような店はコンビニくらいしかないので、洲崎が自分とはまるで違う生き物のように感じた。
「でしょ?彼が我が社のさわやか王子」
「ちょっと、恥ずかしいからやめてくれよ」
(まじで言うな、このタコ!社外にまでおかしなあだ名広めようとすんじゃねぇよ!)
真澄の脳内の声が洲崎に伝わるはずもなく、さわやか王子が照れてる、とのんきに言っている。
「そういえばこの間、佐野がうちの課に来た時、女性陣が『さわやか王子が通った後はイングリッシュガーデンのホワイトローズの香りがした』とか言ってたよ」
真澄はビールを吹き出しそうになった。
「やめてくれよ。大げさだな」
(おい、誰だそんなこと言ったやつは!ホワイトローズの香りなんて嗅いだことないだろ。全員まとめてイングリッシュガーデンに埋めてやろうか)
真澄の脳内罵詈雑言は危うく漏れ出すところだったが、なんとか留めることが出来たようだ。
本当に王子様みたいねぇ、と女将は楽しそうにニコニコしている。
「そうだわ!今日ね、良い日本酒が入ったのよ。とっても珍しいの。せっかくだからサービスさせて」
そう言って女将は綺麗なグラスに入った酒をそれぞれに持ってきてくれた。
「良いんですか?やったな、佐野。これ本当に手に入らないやつだぞ!女将さんありがとう」
「あ、ありがとうございます」
礼は言ったものの、ビール党の真澄はそのありがたさを実感できずにいた。
日本酒なんて酒が飲めるようになった頃に味見した程度だ。
ましてや自分のような小学生舌にあの透明な液体の良さがわかるはずはない。
しかし、期待に満ちた洲崎の視線を感じる。
飲まないわけにはいかない。
恐る恐る、グラスに口をつける。
「うまい…!」
思わず声が出ていた。
「だよな?びっくりするくらい…。幻の酒って本当だったんだな」
嫁に申し訳ない、と思いつつも止まらない。
気付けば一滴残らず舐めるように飲んでいた。
「お、佐野けっこう日本酒いけそうだな。他にもおいしい日本酒あるんだ。飲んでみないか?」
「うん、飲んでみたいかも」
そのあとは、日本酒に詳しい洲崎に教えてもらいながら、普段は飲まない酒の味を楽しんだ。
料理ごとに合う酒を選んでもらって飲んでは、また別の料理を頼んで…を繰り返す。
(あれ?めっちゃ楽しいな…酒はうまいし料理もうまいし洲崎はまぁまぁ、悪い奴ではなさそうだし…あれ、俺、今めちゃくちゃ楽しんでるぞ…!)
食べて、飲んで、話して。
真澄は自分でも信じられないほどに楽しんだ。
きっと、それがいけなかったのだ。
定時で仕事を終わらせて、会社のロビーで待ち合わせることになっていた。
「お疲れ。ごめん、待ったか?」
「いや、大丈夫だよ」
先に待っていた真澄に洲崎が声をかける。
社を代表する二大王子が一緒にいることは珍しい。
いくつもの視線を感じたけれど、真澄は気にしないふりをして会社を出た。
しかし、その後も洲崎が目立つせいか、道ゆく人の視線が気になった。
当の本人は慣れているのか、全く気にするそぶりがないのが憎たらしいくらいだ。
慣れない状況に真澄はそわそわしながら歩く。
「ここだよ」
洲崎に案内されたのは、小さな和風居酒屋だった。
(良かった~!普通の飯食えそうで。洲崎みたいなやつはどうせ、創作イタリアンだかフレンチだかの聞いたことない食材に花びら乗っけて皿の余白が多い料理が出てくる店選ぶと思ってたわ)
「雰囲気の良いお店だね」
真澄の味覚は小学生の時からほぼ成長がない。
本音を言えば、好きな食べ物は誰がなんと言おうと寿司とカレーとハンバーグだ。
見た目こそ「朝はスムージー飲んでそう」とか「冷蔵庫にスパークリングウォーターいっぱい詰めてそう」と言われるが、そんなもの飲んだことすらない。
水は水道水で良いし、冷蔵庫は缶ビールとつまみしか入っていない。
「だろ?料理も美味いんだ。でもワインはあんまり無いけど、良かったか?」
「え?ワインは飲まないから大丈夫だよ」
「そうなのか?佐野は家にワインラックとかありそうだと思ってた」
(なんだそのイメージは!悪かったな、ワインラック無くて。そもそも置く場所ねぇわ、てか俺は嫁一筋だから浮気はしねぇんだよ)
と思いつつも今日は久しぶりの居酒屋なので瓶ビールに浮気することにした。
とりあえず乾杯して、洲崎のおすすめをいくつか注文してもらう。
実家の母親よりお母さん感がある女将が運んでくる料理は、小学生舌の真澄でもおいしいと感じるものばかりだった。
「俺、ラッキーだな。だって佐野、いつ誘っても飲み会とか来ないだろ?同期も、うちの課の人たちもみんな佐野と飲みたがってるから自慢しようかな」
砕けた笑顔でそう言いながら、洲崎は慣れた様子で真澄のグラスにビールを注いでいる。
「あぁ、ごめんな。俺そんなにお酒強くないから、飲み会とか苦手なんだ」
(まぁ、ビールは毎晩がぶ飲みしてるけどな!でもこう言っておけば今後誘われることもないだろ)
勝手に自分の理想を押し付けてくる人間が、真澄は心底嫌いだ。
その理想と現実が違った時、勝手に失望する人間はもっと嫌いだ。
だから他人と距離が縮まるイベント事は積極的に避けてきた。
「じゃあ今日は本当にレアなんだな。うれしいよ」
洲崎は酒が強いらしく良い飲みっぷりをしていた。
それに食事も美味しそうに食べるので、不思議と見ていて気分が良い。
「洲崎君、今日は珍しくお連れさんがいると思ったら、えらいイケメンさん連れてきたわね」
女将が洲崎に話しかける。よほど常連なのか親しげにしている。
真澄には常連になるような店はコンビニくらいしかないので、洲崎が自分とはまるで違う生き物のように感じた。
「でしょ?彼が我が社のさわやか王子」
「ちょっと、恥ずかしいからやめてくれよ」
(まじで言うな、このタコ!社外にまでおかしなあだ名広めようとすんじゃねぇよ!)
真澄の脳内の声が洲崎に伝わるはずもなく、さわやか王子が照れてる、とのんきに言っている。
「そういえばこの間、佐野がうちの課に来た時、女性陣が『さわやか王子が通った後はイングリッシュガーデンのホワイトローズの香りがした』とか言ってたよ」
真澄はビールを吹き出しそうになった。
「やめてくれよ。大げさだな」
(おい、誰だそんなこと言ったやつは!ホワイトローズの香りなんて嗅いだことないだろ。全員まとめてイングリッシュガーデンに埋めてやろうか)
真澄の脳内罵詈雑言は危うく漏れ出すところだったが、なんとか留めることが出来たようだ。
本当に王子様みたいねぇ、と女将は楽しそうにニコニコしている。
「そうだわ!今日ね、良い日本酒が入ったのよ。とっても珍しいの。せっかくだからサービスさせて」
そう言って女将は綺麗なグラスに入った酒をそれぞれに持ってきてくれた。
「良いんですか?やったな、佐野。これ本当に手に入らないやつだぞ!女将さんありがとう」
「あ、ありがとうございます」
礼は言ったものの、ビール党の真澄はそのありがたさを実感できずにいた。
日本酒なんて酒が飲めるようになった頃に味見した程度だ。
ましてや自分のような小学生舌にあの透明な液体の良さがわかるはずはない。
しかし、期待に満ちた洲崎の視線を感じる。
飲まないわけにはいかない。
恐る恐る、グラスに口をつける。
「うまい…!」
思わず声が出ていた。
「だよな?びっくりするくらい…。幻の酒って本当だったんだな」
嫁に申し訳ない、と思いつつも止まらない。
気付けば一滴残らず舐めるように飲んでいた。
「お、佐野けっこう日本酒いけそうだな。他にもおいしい日本酒あるんだ。飲んでみないか?」
「うん、飲んでみたいかも」
そのあとは、日本酒に詳しい洲崎に教えてもらいながら、普段は飲まない酒の味を楽しんだ。
料理ごとに合う酒を選んでもらって飲んでは、また別の料理を頼んで…を繰り返す。
(あれ?めっちゃ楽しいな…酒はうまいし料理もうまいし洲崎はまぁまぁ、悪い奴ではなさそうだし…あれ、俺、今めちゃくちゃ楽しんでるぞ…!)
食べて、飲んで、話して。
真澄は自分でも信じられないほどに楽しんだ。
きっと、それがいけなかったのだ。
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