苦手な君と異世界へ

波辺 枦々

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八日目、結合わせの儀

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水が跳ねるような音がして目が覚めた。
寝ぼけた視界は湯煙で霞んで、すぐには夢か現実か判断出来なかった。

「少し眠ってましたね」

頭の後ろの方から声がした。
心地よく響く拓海の声。
智也は、拓海に背中を預けて入浴している最中だった。

「ごめん、寝てた」

出してみて分かったことだが、声は思った以上にかすれていた。

「いや、俺のせいなんで」

拓海の手が許しを乞うように、智也の肌を撫でた。

確かに拓海のせいだった。
最早、何回致したか覚えていない。
最後の記憶は「もうさすがに何も出ない」と言って入浴することにしたはずなのに、いつの間にか浴場で繋がっていたところで終わっている。

体の栄養が全て吸い取られたかのように、力がでない。
どこの関節も動かせる気がしないほど、体は疲れきっている。

まさかこんなに激しい初体験になるとは思わなかった。

(あの夢、だいぶ端折られてたな)

毎晩見ていたあの夢は、神からの啓示か予知夢みたいなものだと思う。
ただ、序盤も序盤のシーンだけだった。
あの夢の続きがこんなにも衝撃が強いものだったとは、夢にも思わなかった。

智也はつい、笑ってしまった。

「どうしたんですか?」
「いや、夢も規制とかあるのかなって」

拓海は首を傾げた。

「よくわからないですけど、笑う元気があって安心しました」

どうやら智也を心配していたらしい。
大事なものを扱うように、そっと抱きしめられた。

「そういえば、今何時くらいなんだろう?」
「さっぱりですね…そろそろ出ましょうか」

そうしよう、と立ちあがろうとした智也だったが、案の定自力では立てなかった。

「自分の体がこんなに重いなんて知らなかったよ」
「…ほんとすみません」

少し意地悪を言ってみた。
しょげながらも体を支えてくれる拓海が愛おしかった。





浴場から出る扉を開けると、窓辺を塞いだ戸の隙間から眩しいほどの光が差していた。

もしかすると、と慌てて窓辺に行こうするが足元がおぼつかない。
拓海が急いで智也を抱きかかえ、窓辺へ向かう。
戸を開けると、眩しさで目がくらんだ。


智也は歓喜で震えた。

「戻ってる…!」

朝日に紛れて、辺り一面がキラキラと輝いていた。
光の泉は、激しい水飛沫を上げながら空高くまで噴き出している。
二人は顔を見合わせた。

「良かった!本当に良かった…!」

拓海に力いっぱい抱きついた。
拓海も智也を強く抱きしめる。

しかし、いつまでも喜んでいる場合ではなかった。

「入野君、急がないとやばいかも」
「そうだった…」

二人は次の儀式を始めなければいけなかった。



*****



「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですって。あ、その神服が入った袋は背負ってもらって良いですか?」
「わかった。他に忘れ物ないよね?」
「たぶん大丈夫です。行きましょう」

智也は十数年ぶりにおぶわれた。
夜宮の地下にある隠し通路から神の滝へ向かうためだ。

「ごめん、重いよね」
「いや、小学生の低学年くらいの重さじゃないですか?」
「さすがにそれはないよ…」

小柄とはいえ成人男性だ。
しかし、重いはずなのに拓海の足取りには安定感があった。
逞しい背中にくっ付いていると、微塵も不安を感じない。


「交わりの儀」から「結合わせの儀ゆあわせ   」は連続して行われる。

交わりの儀を終えた神子達はそのまま、遠くはなれた神の滝へ行かなければいけない。
最後の神事の舞台が、神の滝だった。


神の滝へ行ったことがある拓海は頼もしかった。
迷いなく突き進む姿は、格好良すぎて大声で叫びたくなる。

長い地下通路を抜けると、岩山が見えた。
見上げるほどの高さの山の麓には洞穴が見える。
そこに近づくと、暗かった洞穴の内部に青い松明の火が灯った。
その明かりがあっても、先が見えづらい。
一人だったら怖気付きそうな雰囲気だ。

「拓海君、ここを一人で通ったんだね…ありがとう」

申し訳ない気持ちや有難い気持ちで胸が一杯になる。

「そうですね。もうすぐ交わりの儀だぞ、と思ったら頑張れました」
「なんだそれ…」

冗談だか本気だかわからない言葉に、智也は耳を赤くした。


しばらく歩くと、先に自然の光が見えた。
洞穴の出口が近いらしい。

「この音、もしかして…」
「そうです。滝の音」

かすかに水の音が聞こえた。
神の滝に近づいている、という実感がわいた。
洞穴を出ると、予想していなかった光景が広がっていた。

「森だ…」

この星にこれだけ緑の溢れた場所があるとは思わなかった。
見たことのない木や花、鳥のような動物がそこに生きている。

「驚きました?でもそのうち、もっと驚きますよ」

拓海が楽しそうに言った。
拓海がそう言うくらいだから、きっと凄いんだろう、と期待で胸が高鳴る。

湿度の高い森は、地面が泥濘んでいて、木の根がさらに足場を悪くしていた。

「拓海君、そろそろ自分で歩けそうだから降ろしてもらって良いかな?」
「いや、転ぶ未来しか見えないんでダメです。もうすぐ森抜けるんで、じっとしててください」

確かに転ぶと思う。
智也は良いが、背負っている神服が汚れてしまうのはいただけない。
拓海の言葉に素直に従うことにする。

森の中を進んでいると、一際巨大な木が目の前に現れた。
根本には扉があり、拓海が手をかざすと鍵が開いたような音がした。

「今の魔法?すごくない?さっき言ってた驚くやつってこれ?」
「いや、日本にもあるでしょ、自動ドア。それと同じじゃないですか?原理はわかんないけど。あと、驚くやつはこれじゃないです」

扉を開けると、中には石段が果てしなく上まで続いていた。

「さすがに降りるよ。自分で登る」
「その細っこい足で登れます?」
「し、失礼だな!拓海君より速く登ってやる!」

最初は二段飛びで登っていた智也だったが、途中から息切れし始めた。
後ろにいたはずの拓海が、いつの間にか並んでいる。
まだ石段は中腹くらいだろうか。
智也は焦りを感じていた。

「置いて行っちゃいますよ」

拓海が智也の手を取った。
智也の手を引っ張って、登る手助けをしてくれる。

「優しいなぁ、俺の彼氏は」

結局、拓海は優しい。
拓海は黙って登っている。
智也は顔がニヤけるのを抑えられなかった。

拓海の助けもあって、石段の頂上が見えてきた。
石の扉が見える。

その扉の前にある踊り場で、一旦休憩することになった。
冷たい石の上に体を投げ出す。
疲れが溶け出るようで気持ち良かった。

「着替えなきゃいけませんね」
「そうだった」

智也は疲労ですっかり忘れていた。
袋から神服を取り出し、拓海の分を渡す。

「藍色じゃないんだ…」

手に取った神服は白かった。
純白の布地に青く光る糸で刺繍が施されている。
刺繍の模様に見覚えがあった。
セイランから見せてもらった神託の石版に記されたものと同じだ。
来ていた服は袋にしまい、神服を纏う。

着るのに手間取ったが、なんとか形になった。

「綺麗です、本当に」

いつの間にか拓海が見ていた。

「…拓海君こそ。格好良いよ」

拓海の日に焼けた肌に、白色が映えている。
最後の儀式に相応しい、神聖な雰囲気が漂う。

「行きましょうか」
「うん」

二人で石の扉の前に立つ。
扉は重たい音を立てて、左右に開いた。




(うわぁ…)

本当に美しいものを見ると、言葉は出なくなるらしい。

岩で出来た洞穴の中は、青い光で輝いていた。
光を放つ石が、星空のように瞬いている。

「入野君と一緒に見られて良かった」

拓海が微笑んでいた。
驚くやつ、というのはこのことだったらしい。

「こんな綺麗なもの、初めてみた…」

しばらく立ったままだった。
この景色を目に焼き付けるように、瞬きを忘れて見ていた。


「足が動かないね」
「抱っこしましょうか?」
「いや、そういうことじゃなくて」

まだ儀式は終わっていない。
きっとこの洞穴の奥には滝がある。
水の流れ落ちる音が近い。

「行きましょう」

青い光の中を二人で歩く。
淡いその光は何かに似ていた。

濡れた地面が続いている。
進んでいるうちに、次第に足元の水の量が増えていった。
とうとう水位が膝下辺りまで増えてきた。
進む速度が遅くなる。
足を動かす度に、弾けるように空気が輝く気がする。

「もしかして、この石が泉が光る元?」
「たぶん、そうでしょうね」

今いる岩山は光る石で出来ているらしい。
不思議な水だと思っていたが、この石の成分があの輝きの元になっているとわかって納得した。

水をかき分けるように歩いていると、前方から日の光が差し込んでいるのが見えた。
進むうちに眩しさが強くなる。
水の音も大きくなった。
轟音と言っていいほどの音が、滝が近いことを教えてくれている。

「段差があるから気をつけて」
「ほんとだ」

光に目が眩んで足元に目が行ってなかった。
一人だったら絶対に転んでいた。
足元に気をつけながら進むと、肌に細かい水の粒が当たり始めた。

「着きましたよ」
「これが神の滝…」

厳かな存在感を放つ、巨大な滝が目の前にあった。
天に届くほど高い山から、豊かな水量が優雅に流れ落ちている。
滝壺は、青い光を放っていた。
細かい飛沫が空気中に漂って、肌に優しくまとわり付く。
智也達を祝福するかのように、光が満ちている。

「たぶん滝の裏に祭壇があるはずです」

拓海も祭壇に足を踏み入れるのは初めてらしい。
今日の儀式まで入ってはいけないと、セイランから伝えられていたそうだ。
滝壺の端を歩いて、滝の裏にまわる。
滝のカーテンで隠されていた場所には、目を見張るほどの荘厳な祭壇があった。

「これは…」
「すごい…」

白い石造りの大きな祭壇は、細かい彫刻が全体に施されていた。
一体何年がかりで作られたのか想像も出来ないほどの装飾に、体が震える。

祭壇の中央には青く光り輝く鐘があった。
近づくと、同じように輝く鐘を鳴らす撞木のような棒がある。

「始めようか」
「そうですね」

二人は鐘の前に跪き、深く礼をした。
棒を二人で持ち、息を合わせて鐘を叩く。

祭壇に、静かに低い音が鳴り響いた。
一度叩いただけなのに、その音は長い時間空気を振動させている。

棒を元の場所に戻すと、手を繋ぎ滝へ向かった。
いつの間にか流れ落ちる滝の水量が増えていた。
祭壇にも大量の水が流れて込んでくる。
流れに逆らうように足を進める。

拓海の手を握る右手に力が入る。
それ以上に強い力で智也の手は握り返された。

滝の中に青い光の輪が見える。
不思議と不安な気持ちはなかった。
拓海となら何でも出来る気がする。

二人は顔を見合わせて頷く。
同時に滝の中へ飛び込むと、抱き合い、唇を重ねた。




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