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二章「憧れの裏世界」
60.計略
しおりを挟むウィルトがあの場から消えた理由は、おおよそこちらが予期していた通りの理由で間違いなかった。
あの青色の炎を纏った少年は名をゼレニと言い、ウィルトがデイヴァに居た頃からの顔見知り。そして今ここに居るもう一人の焔、黄色の炎を纏う少年ゼランの、双子の兄なのだという。
「ゼレニとゼランはここに来た時からこうでね、本人達も、自分達の生まれをよく覚えてないらしくて。そんなことだと軍に……いや、研究所の人間にバレたら研究材料にされ兼ねないだろう? だから俺達は二人をこの森の奥地にある、地上の子供達の隠れ家に住まわせていたんだ」
「えっと、ゼラン? その火って熱くないのか?」
「うん。触っても大丈夫だよ」
一度話をする為、リアの隠匿魔術の力を借りて身を潜める一行。
ウィルトの話を聞く合間、セイスは凄く気になっていたことを縮こまって座るゼランに尋ねた。頷いたゼランが触って良いよ、と近付いてきたので、セイスが小さな炎に少々ビク付きながら触れると、それは確かに熱くない。目下でゆらゆら揺れる炎は、少年の顔面を半分塗り潰す程に雄々しく燃え盛っている。だというのにゼランはさも大したことなさそうな顔をしており、それを見たセイスは何となく気が抜けて、そのままぽん、とゼランの頭を雑に撫で回した。
「……!」
「ほんとだな。どうなってんだ? これ」
「……俺もゼレニも分かんない。……お兄ちゃん達も、変だって思う?」
「不思議だとは思うけどな。俺としてはどっちかっていうと……か、格好良いかな」
宛ら、科学技術で改造されたヒーローみたいで。
そこまで言い切ったら多分怒られるので、かなり雑に言葉を濁したが、リアにはバレたようで物凄く怪訝そうな視線を送られた。セイスは潔く気付かなかった振りをして逃げた。
「……」
「ん? ゼラン?」
「格好良いって言ってくれたの、二人目なんだ」
ふわり、セイスの手に何かが触れる感覚。ゼランの頭を撫でるセイスの手を、ゼラン自身が手に取って、力なく優しく握ったのだ。
それはまるで祈りのように。
そっと、ぎゅっと。
「もう、何年も会いに来てくれない、俺達のヒーロー。……ゼレニはそれを取り戻すんだって、軍に喧嘩を売ったんだ」
「……ヒーロー。……ウィルト、それってまさか」
地上の子供達にとってのヒーロー。それが誰を指した言葉なのかなど、言われなくたって分かった。
確認の為に顔を上げウィルトを見れば、やはり彼は笑っている。その考えは間違っていないよと言う様に。
「――シルク少佐……?」
だからセイスは、彼にとってもヒーローだった筈の現王国軍佐官の名をそのまま口にした。
すると突如ばっとセイスの方を見たのはゼランだけではなく、ウィルトの横に棒立ちしていたカラもずいとセイスに詰め寄って来る。
「シルク兄ちゃんに会ったの!? 元気にしてた!?」
「え? おう、会ったけど……凄い元気そうだった気が……、なぁ?」
詰め寄る子供達の圧といったらない。その注目を何とか散らしたくて、セイスの視線は自然とリアの方へ向く。けれどリアはセイスの言葉に頷くことなく、すい、とそのまま視線をウィルトへと流した。
どういうことだ、説明しろ。――リアの視線は、間違いなくそう語っている。子供達の口から要領を得ない話を聞く時間など、ありはしないのだと言うように。
その視線の意味を正しく読み取ったウィルトは表情から笑みを消し、一度、目を伏せた。
「リア様達と別れた後、俺に気付いたゼレニは立ち止まってくれたんだ。ゼランとカラもその場に居た。そこで話を聞いたよ。今のデイヴァが置かれている、本当の状況をさ」
『俺、シルク兄ちゃんを助けるんだ』
今この場に居るゼランと瓜二つの姿をしたゼレニ。彼はウィルトとの再会を喜ぶ様も見せずに、そう言って清々しい笑顔を見せたという。
「ゼレニは俺に言いたいことだけをぶつけた後、ゼレニを探しに来たゼラン達の姿を見て、消えてしまった。もう時間が無いんだって、今管理官……スノーライン家の人間を殺さないと、シルクは戻って来ないんだって」
「……どういうことだ?」
シルクが戻って来ない。その意味がいまいち理解出来ずセイスが首を傾げると、話すウィルトに注目していたカラが再びセイスへと向き直った。
「シルク兄ちゃんは、自分の家を嫌ってた。王国軍の兵士になんて死んでもならねぇってずっと言ってた。なのに急に俺達を置いて地下に戻って、それからずっと地上にも、森の隠れ家にも、一度も顔を見せてくれなくなったんだ。そんなのおかしいだろ? あのシルク兄ちゃんが、俺達を見捨てるなんて有り得ない」
「一度も? でも、少佐は昨日も――」
「セイス」
話しながら徐々に俯いていくカラに返す言葉を紡ごうとすれば、明らかにそれを静止するリアの声にセイスは瞬きを繰り返した。くい、とこちらに来るよう指先で指示され、のこのことそちらに動く。
「何だよ」
「子供達の知る少佐殿は、恐らくあの怪しいサングラス姿の方だ。軍服を纏い媚び諂うような笑みを浮かべたアレを、子供達が少佐殿と認識出来ていないのだとすればどうだ」
子供達に背を向け、声を潜めて話すリアに耳を傾ける。
確かに彼、シルクの二つの姿にはかなりの差異があったように思える。自分達のように実際に話す機会があれば別だが、軍人となったシルクの姿を、子供達は遠目にしか目にしていないのだろう。
少なからず、シルクは地上には出てきている。それは事実だ。
だが、この森で暮らすという二人の異端児の存在を知りながら、会いに来なくなったということならば。そこには恣意的な意図が働いている可能性が高い。
「だからゼレニは、スノーラインの家が悪いんだって決め付けた。シルク兄ちゃんの家が、シルク兄ちゃんを無理矢理地下に連れ戻して、俺達からシルク兄ちゃんを奪ったんだって。だから、俺達の手が届く今の内に、スノーラインの家を潰すんだって」
そんな話の続きを話すゼランの声を背後に聞き、セイスはくるりと顔だけをそちらに向けた。先程から、どうも引っ掛かる台詞がある気がするのだ。
時間が無い。手の届く内に。ゼランは――ゼレニは一体、何に追われているというのか。
その答えをくれたのは、暫く口を閉ざしたままでいたウィルトだった。
「――魔法壁の試作運用が、そろそろデイヴァでも始まるらしいんだ」
それは、非常に喜ばしい話だ。魔物が住まう森に隣接するデイヴァの都市において、それは心から喜ぶべき出来事。
「運用が上手くいけば、それに伴って地下の人達が地上で暮らせるよう、軍の政策が始まる。今までみたいに地上の子供達が好き勝手出来なくなるだけじゃない、下手をすれば勝手が過ぎて追い出される。……そして、常日頃魔力を放出し続けているゼレニとゼランは、もう二度とデイヴァの都市に近付けなくなるかも知れない」
例え一部の人間が淘汰されるような計画であっても、魔法科学の進歩によって多くの人々が平和に生きられるようになるのだから。
「ちょっと待てよ」
――なんて思えたら、セイスはきっと、こんな時代にやって来てはいない。
思うがままに訳の分からない話に食い付き、セイスは声を荒げた。
「地下の人間が地上に移住は……まぁ、何となく分かるけど! 子供が追い出されるとかカラやゼラン達が都市に入れなくなるってのは何だよ、元々子供達が住んでんだろ? 何で元々住んでた奴追い出して、地下の奴らがのうのうと陽の下に出てこようとしてんだよ!」
「それに関しては俺達が悪いことしてきたからな、仕方ないって思ってるところもある」
「うるせぇな! 子供は黙ってろ!!」
「え? セイス兄ちゃん何で怒ってんの……?」
ご丁寧にもカラが応えてくれたのに、セイスは勢いで怒ってしまう。少し怯えてゼランに隠れるカラの姿を見て謝罪したいところではあるも、易々と止まれない勢いのまま、セイスの視線はウィルトへと戻った。
「おいウィルト! お前はそんなの認めねぇよな!」
「当たり前だよ。ゼレニみたいに実力行使に出るつもりはないけど、ゼレニより先にフォードさんに会って話をしなきゃ。シルクのことも、ちゃんと聞くつもり」
「よし! よく言った!!」
そしてセイスは、ウィルトの背をバシッと叩く。ウィルトの調子が悪くないことを知れただけで充分だったが、残る疑問の答えをくれそうな人物がここにはリアしか居らず、かなり失速した勢いでセイスは首を傾げて隣を見た。
「で、魔法壁があるとゼラン達が都市に近付けなくなるって何だ」
「……いや、魔法壁のしくみに関しては貴様の方が詳しい筈だろうが」
腕を組んで成り行きを見守っていたリアの疑問は最もだったが――これでもセイスは、博士と呼ばれるレベルの研究者を父に持っている――、何度も言う様に、セイスは魔法科学の知識はからっきしなのだ。詳しくない、と首を横に振れば、リアは溜息を吐いて知っている限りの知識をフル活用してくれる。
「魔法壁は、都市周辺で使われる魔法の残滓を取り込んで運用する半永久型の防御壁だ。彼らのように魔力を常に行使し続けている場合、魔法壁の装置に魔力を吸収され続けることになるだろう、あくまでも可能性の話だがな。身体に如何なる影響が及ぼされるかは分かり兼ねる。更に言えば彼らの魔法が魔法壁にどう認識されるかによって、中に入ることすら適わない可能性もあるのだろう」
「成程、分からん」
「何で聞いたんだこの凡愚」
リアの眉間の皺が一層険しくなったが、セイスのヒートアップしていた頭はかなり冷めた。理解出来たことといえば、魔法壁が実装された後、ゼラン達が都市に入れなくなるかも知れないということのみ。
(少佐が森に来なくなった理由が軍にあったとしても、都市に入ることが出来なきゃ、それを問い質すことも出来なくなるってことか)
一先ず冷静になった頭で、結局今から何をするべきなのかとセイスは考えた。
「で? 俺達が森を出る為にはゼレニを追うべきで? でも、そのゼレニはまた軍っつか管理官を襲うだろうから、その前に管理官のところに行くべき? 」
「この森の変異地形は、大きな魔力変動が起因だって昔シルクから聞いたことがあるよ。だから、森を出る為にゼレニを追うっていう王国軍の判断は正しいけど、ゼレニをどうにかする手段を考えない限り、俺達が森を出ることは適わないんじゃないかな」
「ってことは……――管理官を狙いに来るゼレニよりも前に管理官の元に戻って対策を練った後、ゼレニが襲撃しに来てくれたら一石二鳥ってことだな」
「なに襲撃前提なんていうとんでもない計画を立てているんだ貴様は」
頭を悩ませるセイスとウィルトに呆れ声のリアだった。
けれどリアはその後パン、と。ずっと発動し続けていた隠匿魔法を解除し、さらりと一言、こう告げる。
「まぁ、管理官殿を囮に使うその計画、悪くはないな」
類は友を呼ぶ。
セイス以外の三人が驚きに目を丸くする中で、セイスは一人、満足気ににやりと笑みを零していた。
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