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一章「憧れの新世界」

25.硬骨

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「貴様らに隠し立てする理由は無いが、生憎全てを話す時間もない。今上層区で起こっていることだけを簡潔に話すぞ」

 正座する二人の服から水滴が滴らなくなってから、リアは話し始めた。
 上層区の立ち入り禁止の指示は王国軍師団長からの命である、とリリーは言っていたが、リアもそう認識している。下層区に居る憲兵から話を聞いたとリアが言うと、セイスは下層区で世話になった長身の憲兵の姿を思い出した。彼もまた、現状を把握しているのだろうか。

「セイス、貴様がクィント一派の者共に襲われたのは、恐らく違法の剣を所持していたからではない」
「え、そうなん」
「リリクスの反応で分かっただろうが、刃の見えないクロノアウィスを目視で本物と見抜けないように、真剣であるかどうかなどその場で分かる筈がない。奴らは上層区への侵入者を捕まえるよう指示されていただけだろう、この剣を剣身も見ずに違法と偽ったのは、大方面倒なノースウィクス一派の目を自分達から遠ざける為。要は囮だ」
「そうなの!?」

 ノースウィクス一派、という聞き慣れない言葉が出てきたが、推測するにリリーの所属する一派の名前だろう。一派の名前は首領の名前で決まる為、ノースウィクスという人物がその一派のトップを担っているとみて間違いはない。
 セイスとリリーの温度差抜群の合いの手に対して、リアは変わりなく頷く。

「ってことは何? クィント一派が上層区で何かしでかそうとしてるってこと!?」
「いや、奴らは恐らく雇われただけだ。首謀者が他に居る。クィント一派は実力こそあれど、野心を持った行動理念など存在しない。全ては金の為、首領のジゼルはそういう男だ。自ら首謀者となり王家相手に喧嘩して、日頃から割の良い仕事を振ってくれる王国軍との太いパイプを斬り落とすとは思えん」
「でも、結果として王国軍を敵に回してるじゃない!」
「……確かにそうだ、だからシロツキは上層区を閉鎖……いや、目的はジゼル達の動向に気付いたからなのか……?」

 そうしてリアは、何やらぶつくさと考え込んでしまう。このまま時が過ぎるのを待っても良いが、先程リア自身が言っていた。今は全てを話す時間がない、と。それは同時に、深く考え込む時間すらないということに繋がるのではないだろうか。
 セイスが先を促すようにリア、と彼の名を呼べば、リアは直ぐに顔を上げてすまないとひとつ謝罪を入れた。やはり時間が惜しいのだろう、リアはそのまま立ち上がり、すっと二人から視線を逸らして遠くを見据えた。

「僕はジゼル・クィントを探す。クィント一派が上層区に居る以上、首領であるあいつもどこかに居る筈だ。ここで考えているより奴に話を聞く方が早い、居場所は大方検討が付いている」

 リアの視線の先にあるのは、王都の人々が陽凰宮(ようおうきゅう)と呼ぶ王都上層の中心に築かれる建物だった。王都で最も天に近く、最も良く陽の当たる場所としてそう呼ばれている。

「あいつはあそこに居る筈だ。雇われただけとはいえ軍と敵対することになった以上、あいつは本気でけしかけてくる。軍の人間を挑発する為に、」

 別名はこうだ。

「――必ず王宮を陣取る」

 王家の者が住まう、――王宮と。




「セイス、貴様はここに居ろ」
「え?」

 話も終わり、次の行動に移るべくセイスが立ち上がろうとした時だった。
 神妙な面持ちでこちらを見下ろすリアと目が合い、セイスは訳も分からず素っ頓狂に声を上げる。

「聞いた通りだ。貴様が巻き込まれる謂われはない。クィント一派とて、邪魔立てしない一般人を捕まえようなどとは思わんだろうし、ここで大人しくしていれば――」
「言わなかったか、世話になりっぱなしは嫌だって」

 けれどリアの言い分を悟れば行動は早く、セイスはよっ、と小さな掛け声を付けて立ち上がった。その手には、一度鞘に収め直してはいるものの、リアから預けられた剣がしかと握られている。

「お前が行くなら俺も行くよ」
「あの時とは状況が違うだろう。考えろ、貴様の視点から見た僕は、どう考えたところでまともな立場の人間ではない筈だ」

 リアの言い分は最もであった。
 最初こそ違法の剣を所持する怪しい者だったが、誤解が解けたところで彼が宝剣を持ち歩き、王国軍の師団長、そして仕事請負人オプシャル・ラクターの首領を名前で呼び捨て、封鎖された筈の上層区に平然と現れた怪しい者であることに変わりはない。特に宝剣の件など、王都上層出身どころか王家の関係者と言われたって納得されないのではないだろうか。

「まぁ、怪しいのかも知んないけどさ、俺はそういうのどうだっていいや」
「……は?」

 間の抜けた声。出会ったばかりの頃に何度か聞いた声音だ。けれどセイスはもう、あの頃の様に狼狽したりはしていない。あの頃――突拍子もない話をヤケになりながら話したセイスをあっさり受け入れてくれたのは、紛れもなくこの、目の前の少年なのだ。

「忘れたのか? 俺は自称未来人だぜ?」

 肩に剣を担ぎ上げながら、挑発するように笑う。
 リアがまともでないのなら、自分だって同じなのだと。

「……そうだったな」

 くつり。刹那失笑を零したリアは、「怪しいのはお互い様だったな」と。セイスの言葉の意味を汲み取り、観念したように息を吐く。
 それから普段の無愛想が嘘の様に、柔らかく笑みを浮かべてみせた。その表情の優しいこと、剣を初めて受け取った時に浮かべた拒絶の笑みとは大違いのそれに、そんな顔も出来るのかとセイスはつられて笑った。

「だったらついて来い。行くぞ」
「おう!」

 リアはその後直ぐに表情を引き締め、再会してからはずっと脱ぎっぱなしでいた外套のフードを今一度被り直す。出会った頃から人前では必ず被っていたそのフードにも、きっと何からの意味があったのだろう。
 リアの後に続き一直線に王宮に向け走り出そうとしたセイスは、暫くずっと黙り込んでいた少女の存在に気付く。

「リリーは一緒に行くのか?」

 彼女は既に立ち上がってはいるものの、走って行ってしまったリアの方を、今も難しい顔で見続けている。基本が能天気のセイスと馬が合うリリーだが、彼女の方はセイス程振り切れておらず、未だリアのことを信じ切れていないのだろう。
 このままついて行っていいのか、悩んでいるのだ。

「パパだけじゃなくてクィントさんも呼び捨て、挙げ句シロツキ様まで……あいつ本当何者?」
「分かんないけど、悪い奴じゃねぇよ。あいつは俺の恩人!」

 行かないなら俺行くな、とセイス。リリーをその場に残し、リアに追い付くまでは決してスピードを緩めなかった。

「ネビスまでと言ったが、契約は延長だな」
「何の話だ?」
「剣のことだ。貴様はもう暫く、僕の剣ということだ」
「りょーかい」




 二人が走り去るその後ろ姿を眺めながら、リリーは思う。

(……このまま放っておいて良いのかな)

 自分は請負人ラクターで、彼らは上層区に迷い込んだ不審者達。王宮に向かうと言っているのにそれを捕えず、野放しにして良いのだろうか。

(ううん、違う)

 そんな都合の良い言い訳を思い浮かべたが、直ぐに抹消。リリーは強く頭を振った。
 本当はそんな請負人ラクターらしい格好良い理由なんて存在しない。王都に辿り着くまでの短い間とはいえ共に過ごした彼らを――主に仲良くしてくれたセイスを――、このまま彼らだけで行かせてしまうことを自分が許せるのか。

 その答えは、疾うに自明されている。

(友達が困ってるんだから、考えることなんて何もないわ)


「――二人共! 私も行く!!」

 大声でそう叫び、リリーも二人の後を追った。


 合流した三人は、真っ直ぐに。
 かの地を目指す、王都の中心――陽凰宮へと。


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