αφεσις

青空顎門

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四 死の欲動←→生の欲動④

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『そ、んな。先、輩』

 愕然と膝を折り、その場に崩れ落ちてしまう千影。
 彼女は目を見開き、目の前の事実を拒絶するように首を振った。
 大切な友人、仲間の喪失という現実を前にして、その心は今にも屈しそうになっているに違いない。

「先輩……」

 しかし、アノミアと同質のこの反定立宇宙では、これはまだ完全な死ではない。
 千影と同じように彼女達の精神を守り、その魂の欠片を集めることができれば、生の可能性はあるはずだ。だから、朔耶はまだ希望を失わずにいられた。
 だが、周囲に目を凝らしても精神の光は見当たらない。
 そのことが心の内に焦燥感を生じさせる。
 この姿を取っていれば、それが見えるはずではなかったのか。

『諦めろ。そのデュナミスもまた私の力となる』

 二人の魂の欠片は虹色の輝きを放ちつつ、緩やかに浮かび上がり始めた。
 そして、少しずつエネルゲイアへと近づいていく。
 このままでは二人の魂の欠片が奪われてしまう。
 朔耶は必死にこれまでのことを思い返した。

 千影の精神をその身に宿した時の自分自身の行動。
 晶との訓練で精神の光が見えた時の直前の行動。
 そして、時間と共にそれは見えなくなったこと。
 記憶から共通点を探り、推論し、そして、答えに至る。

『さ、朔耶君!?』

 千影が絶望したような声を出す。
 その理由は朔耶が変身を解除したからだろう。

『ようやく、諦めたか』
「いや――」

 朔耶は全ての力を瞳に込めるようにエネルゲイアを強く見据えた。
 その視線にエネルゲイアは僅かながら驚愕の雰囲気を纏う。
 千影が不安げに、縋るように身を寄せてくる。

「諦める訳にはいかない」

 そして、朔耶は再び構えを取った。

「ヒーローは何故、一時的に負けていたとしても、最後には必ず勝利できると思う?」
『何を、言って――』
「その答えは、決して諦めないからだ。……だから、俺も諦めない。誰に子供っぽいと罵られようと、そんなヒーローの姿は俺の憧れで、人間としての理想だから!」

 特撮が好きなのも、虚構に憧れを抱くのも、そんな諦めない主人公が多いからだ。
 その当たり前で単純な行動を実際にすることの何と難しいことか。
 だが、たとえ創作だったとしても、いや、多くの創作においてそうだからこそ、人はそんな姿を尊いと心の奥底では思っている。朔耶はそう信じていた。
 何より、こんなところで生きることを諦められる訳がない。
 だから、朔耶は自分の理想に近い自分を体現するために再び叫んだ。その、言葉を。

「止揚変身!」

 再度銀色の衝撃波が朔耶を中心に広がり、その輝きを照らし返すように、二人の精神が形容不可能な色の淡くも美しい光を放ち出す。
 そして、朔耶が掌を向けるとそれらは速やかに手の中へと吸い込まれた。
 同時に、ほとんどエネルゲイアに届こうかというところまで浮かび上がっていたデュナミスもまた、二人の精神に呼応するように虹色の輝きを強め、朔耶の中へと消えていく。

『愚かな』

 しかし、エネルゲイアはデュナミスを得られなかったにもかかわらず、朔耶を憐れむような声色で言葉を発した。

「――っ!?」

 その声が耳に届くよりも早く、歪んだ何かが胸の奥底で不気味に脈動し、さらには耐えがたい苦痛に襲われ、朔耶は膝をついてしまった。
 脈動は急速に激しくなり、黒い衝動が湧き上がってくる。

「ぐ、が、ああ……」

 それは有限たる世界への激しい憎悪、破壊衝動。
 滅びを忌避していながら、自ら滅びを体現しようとする矛盾した感情。
 死を嫌悪することが転じて死を思うことになり、結果として強められる死の欲動、デストルドー。

『い、一体何が?』
『死の欲動に由来する力をその身に宿せば、その者もまた破壊衝動に囚われることは当然のことだ』

 自失したような千影の声を含め、全ての音が湧き上がる衝動のために遙か遠くに感じられる。
 しかし、言葉の内容自体ははっきりと耳に届いていた。
 だから、朔耶は歯を食いしばった。
 それはつまり、己刃や晶はこれを抑え込んでまで助けに来てくれた、ということ。
 ここで挫けては二人に笑われる。それにたった今口にしたばかりではないか。
 どんな状況でも諦めないような者が自分の理想だと。
 朔耶は自分の言葉を嘘にしないために両足に力を込めて立ち上がった。

『お前もまた死に囚われ、死をもたらす存在となるがいい』
「……嫌、だね。俺にはまだ、やりたいことが、あり過ぎる。ちっぽけなことも、大事なこともな!」

 言いながら、辛そうに目に涙を溜めている千影を見詰める。
 彼女は乱暴に目元を拭うと強い意思の宿った瞳で頷いた。そして、優しく手を握り締めてくる。

『それもまた生の熱に浮かされて生じた無価値なもの。……だが、その夢の中で死んでいくのも一つの幸福か。ならば、もはや何も言わん。死を、救いを与えてやろう』

 エネルゲイアが深い憐みの声と共に右手を振りかざすと、再び空にあの巨大な槍が作り出された。
 二人の力を全て使わなければ破壊できなかった空を隠す黒い壁。
 内なるデストルドーを抑え込みながら再びそれを砕くことは、朔耶には不可能。
 誰が見ても絶望的な状況。
 しかし、朔耶は手に感じる温かさのために不思議と絶望を抱かず、それを真っ直ぐに見据えていた。

『終わりだ』

 死を宣告するようなそれの言葉に従って漆黒の空が落ちてくる。
 その圧倒的な光景を前にして、千影は恐れた風でもなく、ただ安心させるように手を握る力を強めた。

『朔耶君。わたしも諦めないよ』

 次の瞬間、その言葉と共に彼女は眩い輝きで包まれ、その姿を消した。
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