αφεσις

青空顎門

文字の大きさ
上 下
26 / 38

三 共に明日を生きるために②

しおりを挟む
 果たして彼は、その姿を現した。
 風を操る力を持つスキンヘッドの偉丈夫、佐川宗則。
 彼の力が晶の火球をあらぬ方向へ吹き飛ばしたのだ。
 あの日とは異なり、彼は黒衣を身にまとっておらず、グレーのスーツ姿だった。
 が、筋骨隆々とした体格のせいで恐ろしく不釣合いだった。
 普段なら笑ってしまいそうなアンバランスさだったが、この状況ではそれも脅威の証に他ならない。

「朔耶。お前はタナトスを倒せ。そして、千影のデュナミスを取り戻すのだ。私は、奴を食い止める!」
「は、はい! お願いします。晶先輩!」

 使徒相手では確実に足手まといになる。
 適材適所などという大層なものではなく、それ以外に選択肢はない。
 だから、朔耶は躊躇わずにタナトスへと一直線に走り出した。

「止揚転身!」

 そして、力の限り叫ぶ。力を発現させるキーとなる言葉を。
 瞬間、銀色の衝撃波が周囲に広がり、朔耶は白銀の装甲に覆われた姿となった。

「させん!」

 低く響く声は宗則のもの。
 彼は可視の風を頭上に渦巻かせ、それを朔耶へと解き放とうとしていた。

「お前の相手は私だ! ブレイズガトリング!」

 晶がそう叫ぶと、再び彼女の周囲に舞い上がった炎が無数に分離した。
 そして、弾丸のように急激に細く研ぎ澄まされた炎が宗則を狙う。
 しかし、彼の元に蓄えられた風が向きを持ち、幾重に重ねられた弾幕は全て吹き払われてしまった。
 それでもそのおかげで宗則からの攻撃はなく、朔耶は無事にタナトスに辿り着くことができた。
 だが、晶と宗則の力の激突によって朔耶達に気づいたらしい。
 それはこの場から逃げ去ろうとしていた。
 デュナミスを求める本能を抑えて、逃げを打つということは、それなりの知性を得たということか。

「逃がすか!」

 力を解放したことによって増した速度で回り込んでその逃げ道を塞ぐ。

「千影の魂。返して貰うぞ」

 近くで見ると三メートル程もあろうかという巨大なタナトスの前に立ちはだかり、力と意思を込めた声で告げて構えを取る。何度も繰り返し見たジン・ヴェルトの主人公と同じ構えを。
 タナトスは苛立ったように奇怪な叫び声を上げると、その巨躯からは想像できない速さで間合いを詰めてくる。そして、その人間程の大きさもある歪な腕を勢いよく振り下ろしてきた。
 まだ戦闘に慣れていない朔耶は、それを必要以上に大きく距離を取って避けた。はずだったが、むしろ適切な回避だったらしかった。
 地面を襲ったその一撃はアスファルトが容易く抉り、想像以上の大穴を開けている。最小限の動きで避けていたなら、足を取られていただろう。

「くっ、この、馬鹿力め」

 だが、この程度であれば晶の言う通り大丈夫だ。
 そう思った次の瞬間、嫌な感覚が背筋を貫き、朔耶はタナトスとの間合いをさらに取った。
 すると、正に一瞬前まで朔耶がいた位置を可視の風が通過し、刃の如く地面を切り裂いていく。

「くそっ!」

 晶の吐き捨てるような言葉にその方向に目を向ける。
 さらに風の刃が襲いかかってくるのを視認し、朔耶は装甲の一部を削られながらも何とか避けた。
 どうやら宗則には、晶を抑えながら朔耶に攻撃できる程の余裕があるらしい。
 朔耶から見れば相当の実力者に思えた晶。
 そんな彼女があしらわれている事実に驚愕し、朔耶は一瞬気を取られてしまった。
 その隙を狙ったのか、タナトスの腕が横薙ぎに振るわれる。

「ぐ、く」

 今度は回避が間に合わず、朔耶は両腕で体を庇うようにしてそれを受け、しかし、受け止め切れずに勢いそのままに地面を転がった。

「朔耶っ!?」

 悲鳴のような晶の声が耳に届く中、全身に痛みが、特に両腕には砕かれたかのような激痛が走るが、何とか体に鞭打って立ち上がる。
 この程度で痛いなどと言っていたら、それ以上の痛みを受けたはずの千影に申し訳が立たない。

「この、どけ! ヘキサ・ボルケーノブラスト!」

 晶は自分の体程もある巨大な火球を六つ生み出し、それを宗則に投げつけると同時に朔耶へと駆け寄ってきた。彼女は走りながら更に小さな炎の矢を生み出し、牽制するようにタナトスを狙い撃った。

「大丈夫か!? 朔耶!」

 宗則の姿を覆う程の爆炎とそれが引き起こした爆裂音の中、タナトスが振るった腕と炎の弾丸が交錯した衝撃音が共鳴するように鳴り響く。
 そんな中では晶の声は耳に届かなかったが、心配そうに顔を覗き込んできた彼女の口の動きからそう言ったことは理解できた。

「は、はい。何とか」
「すまない。私が不甲斐ないばかりに」
「そ、そんなこと、ありません。風と火では相性が悪そうですし」

 宗則を一瞥すると、彼は炎も爆風も風の壁で防いでいたらしく全くの無傷だった。
 それでも、音を完全に防ぐことはできなかったようで僅かにふらついている。

「それは氷と火でも言えることだから、どちらにせよ文句を言ってはいられん。結局、私の精神力が弱いせいなのだからな」

 彼等が学校を襲撃した際、晶は街の巡回を任されていたのは、やはり相性が最も悪かったからなのだろう。とは言え、微々たる差だろうが。

「とにかく、このままではまずい。作戦変更だ。いいか、朔耶。私が全力の全力でタナトス諸共奴を攻撃する。お前は私が攻撃すると同時にタナトスに向かい、仕留め切れていなければ止めを刺して、デュナミスを取り戻せ」
「分かりました。……俺に当てないで下さいね」
「分かっているさ。信用しろ」

 朔耶の虚勢混じりの冗談に、にやりと不適に笑う晶。
 こんな状況でも普段と変わらない彼女の姿に朔耶もまた自然と口元を緩め、しかし、真剣に頷いた。
 そんな朔耶に晶は頷き返し、その作戦の合図とするように右手を高く掲げた。

「受けてみろ、私の全力! イコサ・プロミネンスバースト!」

 晶の渾身の叫びが耳に届くと同時に駆け出す。後方から先程よりもさらに巨大で強大な炎が数にして二十飛来し、朔耶を追い抜いていった。
 それは、新たな風を生み出そうとしていた宗則と体勢を立て直そうとしていたタナトスへと、四対一の割合で降り注いだ。
 数にして十六もの大火球を強力な風の流れで順に防いでいく宗則。
 だが、彼は完全に行動を封じられていた。
 その間にタナトスは四つの炎の直撃を受け、全身を焼かれながらその場に崩れ落ちる。

「これで――」

 朔耶は真っ直ぐにタナトスを見据え、彼我の距離を一気に詰めた。
 もはや朔耶を阻む者は存在しない。
 タナトスはまだ僅かながら力を残しているのか、奇怪な呻き声を上げながら何とか立ち上がろうとしているが、既に虫の息だ。

「終わりだっ!」

 全ての力とあの日から今日までの想いを込め、右の拳を放つ。
 その一撃がタナトスに突き刺さった瞬間、その内側から強烈な光が溢れ出た。
 虹色の輝き。デュナミスの光が。
 タナトスはその光によって内部から徐々に破壊され、歪み切った悲鳴を上げた。
 耳をつんざくような断末魔が弱まっていくと共に、その体は存在を否定されたかのように急激に消え去っていった。
 やがてタナトスは、その場から完全に消滅する。
 それと同時に魂の欠片が虹色に輝く粒子となって舞い上がり、朔耶の手に吸い込まれていく。

「これ、は……」

 そして感じたのは焦燥感や苛立ちを全て浄化してくれるような温もり。
 愛しい彼女の確かな気配。何より――。

『朔耶、君』

 耳に彼女の声が届く。
 たった三日の間、聞いていなかっただけなのに、酷く懐かしく感じる。
 その響きに導かれて顔を上げると、そこには半透明な千影の姿があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】染髪マン〜髪色で能力が変わる俺はヒーロー活動を始めました〜

仮面大将G
ファンタジー
金髪にしたらヒーローになっちゃった!? 大学生になったから髪を染めてみよう。そんな軽い気持ちで美容室に行った染谷柊吾が、半分騙されてヒーロー活動を始めます。 対するは黒髪しか認めない、秘密結社クロゾーメ軍団!黒染めの圧力を押しのけ、自由を掴み取れ! 大学デビューから始まる髪染めヒーローファンタジー! ※小説家になろう様、カクヨム様、ソリスピア様でも同作品を掲載しております。

処理中です...