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青空顎門

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二 使徒達――新たな日常③

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「えっと、朝日奈君。明日はアノミアに入ったらすぐに校門まで来てね。そこで合流してから皆で街を巡回するから」
「はい。分かりました」
「後、この一週間以内に緊急招集がかかると思うから、それは覚悟しておいてね」
「はあ。召集、ですか?」

 毎朝九時に起こるアノミアだけに注意していればいいのではないか、と首を傾げる。
 そんな朔耶に対し、己刃は表情を引き締めて口を開いた。

「これは照屋さんを甦らせることにも関係あるんだけど――」

 その言葉にハッとして彼女の声に全神経を集中させる。

「あの時、彼女のデュナミス――魂の欠片はグノーシスの使徒だけでなく、タナトスにも奪われていたの」
「ちなみに、デュナミスとはタナトスによって破壊された魂、その欠片のことだ」

 晶が補足してくれるが、逆に特別な名を持つ理由を疑問に感じてしまう。
 彼女はそれを察知したように補足を続けてくれた。

「本来、アノミアで死ぬと魂は即座に世界に還元される。だが、タナトスに殺された場合は、アノミアの時間で三日間維持され、その後四〇日をかけて還元される。どういう仕組みかは知らないが、そうなる理由は恐らくタナトスが必要としているから、だろうな」
「えっと、あの、タナトスが必要としている、ってどういうことですか? あれってアノミアにいる人間を殺すだけじゃ……」
「それだけじゃないの。タナトスはデュナミスを得ようとする。魂は精神と肉体を繋ぐものだから。タナトスはそれを利用して、この現実世界とアノミアを一時的に繋げてアノミアに似た中間的な世界、擬似アノミアを作り、そこに顕現しようとする。存在全てに死を与えるためにね」

 その言葉に朔耶は衝撃を受けた。
 タナトスがこの現実にまで侵食してくる危険な存在だとは思っていなかった。
 アノミアに迷い込んでしまった者の安否だけを気にかければいい訳ではないようだ。

「迷い子を守ると同時にタナトスを殲滅する。それはこのためでもある。ちなみにグノーシスの使徒共がそれを狙うのは、アノミアと現実世界を統合することによって世界そのもののタナトスを具現化し、この宇宙、森羅万象を殺すためだ」

 冷静を装っているが、やはり晶は彼等を相当嫌っているようで、その表情からは激しい嫌悪感が伝わってきた。隣の己刃も彼女と同じように眉をひそめている。

「森羅万象を殺す……」

 どこのゲームのラスボスかと思う。
 まさか、世界を滅ぼすなどという物語染みたことを実際になそうとする者がいるとは夢にも思わなかった。できる可能性があるからと言って、そんなことを現実に行おうとするなど正気の沙汰ではない。

「で、話は戻るんだけど――」

 嫌悪を全て吐き出すように一つ息を吐いてから、己刃が口を開く。

「照屋さんのデュナミスを持ったタナトスが、一週間以内に擬似アノミアを形成して顕現するはずだから」

 それで召集がある、ということのようだ。

「そのタナトスを倒せば、デュナミスを取り戻せる、という訳だ。その後は……分かっているな?」

 晶の確認に頷いて答える。
 その後更に、グノーシスの使徒と呼ばれる彼等から千影のデュナミスを奪い返すことができれば、千影と共にまた日常を過ごせるようになるかもしれないのだ。
 それはかつての日常とは大きく異なるものに違いない。しかし、それでも彼女が確かに存在してくれるなら、傍にいてくれるなら、きっと変わらず歩んでいけるはずだ。

「とりあえず、これで今日しないといけない話は全部、かな。ごめんね。折角二人で楽しく話しているところを途中で邪魔しちゃって。後にして忘れると困るから」

 申し訳なさそうにする己刃に、慌ててそんなことはないと手を振る。

「そんな、俺の方こそ、ついはしゃいじゃって。すみません。それに千影のために何をすればいいのか教えて貰えてよかったです」
「己刃の生真面目さには慣れているからな。私にまで謝る必要はないさ」

 朔耶と晶がそう言うと己刃は安堵したように、うん、と頷いた。
 晶の評価通り、どうにも己刃は根が真面目のようだ。

「あの、ところで、その召集っていうのは授業中にもあり得るんですか?」
「ん? ああ、そうだな。可能性はある。タナトスが現実化するタイミングは、経験則で一週間以内と分かっているが時間帯はランダムだからな。しかし、心配するな。授業中に発生ても公欠扱いになるし、その上、体を張る訳だから特別な手当も出る」
「と、特別な手当ですか?」

 何だか、いきなり俗っぽくなった気がして朔耶は首を傾げた。

「そう。アフェシス派の教会からね。私達使徒の生活を全面的にサポートしてくれるの」
「代わりに、まあ、滅多にはないが、欠員が出た地区に突然転勤、転校させられることもあるがな。大分前、それで一人男の使徒がなって早々に転校していった。あれは力が弱かったせいというのもあるが」
「じゃあ、この学校もそのサポートの一端を?」
「そうだ。だからこそ、公欠などという扱いも可能な訳だ。そして、それだけアフェシス派は潤沢な資金を持っているということでもある」

 晶はそこまで言ってから何かを思い出したように声を潜めた。

「……ちなみに、旧作版ジン・ヴェルトで大量の火薬が惜しげもなく使われた理由や当時は微妙な人気だったにもかかわらずリメイクされた理由もそこにある。単純にスポンサーに金があったからだ」
「そ、それは、何とも……」

 リメイクでは真っ当に人気が出たのだから、と朔耶はその辺りのことは目を瞑っておくことにした。

「あ、そろそろ下校時間だね」
「もうそんな時間か。朔耶、どうする? 別にもうしばらくここにいてもいいが」
「い、いえ、今日のところは帰ります。けど、先輩方はどうするんですか?」
「私達はこの学校に住んでいるからな」
「は、はい?」

 晶の言葉を一瞬理解できず思考が止まる。

「だから、この棟の地下は私達使徒の住居となっているのだ。そこの開かずの扉の先に地下に繋がる階段とエレベーターがあるぞ」
「え、ええ!? じゃあ、あの七不思議って」
「ああ、私達が原因だろうな。全く迷惑な話だ」
「私達、じゃなくて、晶があの部屋の電気をつけっ放しにしたからでしょ?」
「む、そ、そうだったか?」

 突っ込む己刃に対してとぼける晶。
 確かに人が存在するのであれば、光が漏れていても不思議はない。
 しかし、七不思議の噂の方が似たような話をよく聞く分だけ現実味があるように感じてしまうのは、それだけ事実が非常識な上に珍しいからだろう。

「何なら見学していくか? かなり住み心地はいいぞ。ちゃんと風呂もトイレもキッチンも個人用で完備しているしな。私物だがテレビもゲームもある」
「い、いえ、それはまた次の機会に。今日は帰ります。何だか疲れたので」
「そうか。まあ、それはそうだろうな。……今日はゆっくり休むといい」
「はい、ありがとうございます」
「うむ。では、また明日だ。朔耶」
「じゃあね。朝日奈君」
「はい。先輩方、また明日」

 小さく手を振る己刃と横柄に頷く晶に一礼してその部屋を出る。
 そして、二人には届かないように静かに息を吐く。

「今日は色々と、あり過ぎたな」

 絶望、怒り、無力感、そして提示された救い。亀裂の入った日常。
 今日経験した感情の起伏は一生でもそうないものだろう。大分落ち着いた今でも、まだ本当に冷静な思考は取り戻せていないかもしれない。
 それでも一つ確かなことはある。感情も理屈もそれを支持している。
 必ず千影を取り戻すこと。
 この先常識では考えられない事態がいくつも訪れるかもしれない。
 しかし、その意思は全ての道標となってくれるに違いない。
 そう。薄氷の上に立つ日常、千影のいない時間の中であっても。
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