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一 非日常への陥穽⑧
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己刃は焦っていた。
校舎からは強大なタナトスが具現化した気配が伝わってくる。
つまり誰かが、しかも学校関係者がアノミアに迷い込んだ、ということだ。
すぐにでも助けに行かなければならない。
そう思ってはいても、己刃は今この場を離れることはできなかった。
眼前に立つ二人に勝手を許せば、世界の死が確実に近づいてしまうのだから。
その二人、長身の痩せた男、有馬公彦と筋肉質な大男、佐川宗則とは何度か交戦しているが、やはり一筋縄ではいかない。常に三人以上で相対しているにもかかわらず、時間切れまで防ぐのがやっとだ。
「黒塊っ!」
己刃は自ら求めて得た力を発現させ、周囲に巨大な塊を生み出した。
超高密度の物質。運動会で転がす大玉程の大きさを持つそれは、見た目の印象を遥かに超えた重量を持っている。しかし、操る己刃にとってはその重さはないに等しい。
故に砲弾のようにそれを放ることも可能だ。
「押し潰せっ!」
一直線に彼等へと向かう漆黒の塊。
しかし、着弾の寸前に彼等はその速度をさらに上回る速さで回避していた。
相性が悪い。己刃は唇を噛んだ。
光輝が持つ能力は雷。智治が持つ能力は水。対して公彦の能力は氷。宗則の能力は風。
そして、己刃の能力は高密度物質の生成。
形状を刃の如く研ぎ澄まして相手を切り裂くことも、岩石の如く圧縮し、押し潰すことも可能だ。
だが、光輝の雷は公彦の氷塊に阻まれ、智治の水は同じく公彦に凍結させられてしまう。
己刃の力は――。
「黒刃っ!」
砂煙が晴れる前に己刃は叫んだ。それと共に発生した黒い刃は黒塊とは比べ物にならないスピードで空間を滑り、しかし、それは可視の風に阻まれてしまう。
結果、地面を切り裂き、砂埃が再度舞い上がっただけだった。
超高密度、超重量物質と言っても、この世界では常識は通用しない。
可視という時点で非常識なその風はあり得ない程の力を持ち、黒い刃を容赦なく叩き伏せる。
スピードを優先させた黒刃は宗則の風によって防がれ、パワーを優先させた黒塊は避けられてしまう。
こちらの攻撃はほぼ無効化されるのだ。
やがて視界が元に戻る。と、公彦が校舎の方に目を向けていた。
はっとして己刃もその視線の先を見る。
そこ、一階の廊下には二人の生徒が己刃達を呆然と見詰めていた。
しかも、そんな彼等を狙って近づくタナトスの気配までもが感じられる。
次の瞬間、女子生徒の表情がそれに気づいたように蒼白になった。
直後、男子生徒が彼女を守るように肩を抱いて走り出す。
「鳴瀬っ!」
焦ったような光輝の声に慌てて視線を戻す。と、眼前に無数の氷塊が迫っていた。
「くっ、黒壁!」
咄嗟に右手を突き出し、目の前に分厚い壁を出現させる。
それは通常の氷程度であれば、びくともしない硬度と重量を持っていた。
しかし、敵が放った氷塊はただの氷ではない。常識的な氷の硬さで推し量ることなど無意味だ。
故に、氷塊は黒に染まった壁にひびを入れ、容易く打ち砕いた。
それでも、公彦が撃ち出した氷は全て回避できていた。
上手く角度を調整し、受け流して後ろに逸らしたことによって。
一瞬遅れて後方から地面を砕く音が聞こえてくる。
己刃達の攻撃が彼等に通用しないように、彼等の攻撃も己刃達は防ぐことができる。
ただし、前者は性質と力そのものの純粋な強さによってであり、後者は技術的な要素が大きいのだが。
「攻守共に決め手なし、か。だが、こうしている間にも迷い子には救いがもたらされる」
公彦の冷酷な声が耳に届く。
瞬間、己刃は怒りと共に彼を睨みつけていた。
「何が、何が救いよっ!」
彼等の言う救いとは死に他ならない。そんなものは決して認められない。
しかし、許せないと思う気持ちとは裏腹に、彼等と戦いながらアノミアに迷い込んだあの二人、即ち迷い子達を守る余裕など己刃にはなかった。
街の見回りに向かわせた仲間も今更間に合わない。
となれば、もはやあの二人の内のどちらかが、あるいは両方が力に目覚めるのを期待するしかない。
それ以外に二人が生き残る未来は考えられない。
たとえ、それによって非日常に引きずり込まれることになろうとも、この世界で誰にも知られずに死んでしまうよりは遥かにいいはずだ。
だが…………。
そんな己刃の僅かな希望は打ち砕かれ、対峙する彼等は歪んだ笑みを見せた。
校舎からは強大なタナトスが具現化した気配が伝わってくる。
つまり誰かが、しかも学校関係者がアノミアに迷い込んだ、ということだ。
すぐにでも助けに行かなければならない。
そう思ってはいても、己刃は今この場を離れることはできなかった。
眼前に立つ二人に勝手を許せば、世界の死が確実に近づいてしまうのだから。
その二人、長身の痩せた男、有馬公彦と筋肉質な大男、佐川宗則とは何度か交戦しているが、やはり一筋縄ではいかない。常に三人以上で相対しているにもかかわらず、時間切れまで防ぐのがやっとだ。
「黒塊っ!」
己刃は自ら求めて得た力を発現させ、周囲に巨大な塊を生み出した。
超高密度の物質。運動会で転がす大玉程の大きさを持つそれは、見た目の印象を遥かに超えた重量を持っている。しかし、操る己刃にとってはその重さはないに等しい。
故に砲弾のようにそれを放ることも可能だ。
「押し潰せっ!」
一直線に彼等へと向かう漆黒の塊。
しかし、着弾の寸前に彼等はその速度をさらに上回る速さで回避していた。
相性が悪い。己刃は唇を噛んだ。
光輝が持つ能力は雷。智治が持つ能力は水。対して公彦の能力は氷。宗則の能力は風。
そして、己刃の能力は高密度物質の生成。
形状を刃の如く研ぎ澄まして相手を切り裂くことも、岩石の如く圧縮し、押し潰すことも可能だ。
だが、光輝の雷は公彦の氷塊に阻まれ、智治の水は同じく公彦に凍結させられてしまう。
己刃の力は――。
「黒刃っ!」
砂煙が晴れる前に己刃は叫んだ。それと共に発生した黒い刃は黒塊とは比べ物にならないスピードで空間を滑り、しかし、それは可視の風に阻まれてしまう。
結果、地面を切り裂き、砂埃が再度舞い上がっただけだった。
超高密度、超重量物質と言っても、この世界では常識は通用しない。
可視という時点で非常識なその風はあり得ない程の力を持ち、黒い刃を容赦なく叩き伏せる。
スピードを優先させた黒刃は宗則の風によって防がれ、パワーを優先させた黒塊は避けられてしまう。
こちらの攻撃はほぼ無効化されるのだ。
やがて視界が元に戻る。と、公彦が校舎の方に目を向けていた。
はっとして己刃もその視線の先を見る。
そこ、一階の廊下には二人の生徒が己刃達を呆然と見詰めていた。
しかも、そんな彼等を狙って近づくタナトスの気配までもが感じられる。
次の瞬間、女子生徒の表情がそれに気づいたように蒼白になった。
直後、男子生徒が彼女を守るように肩を抱いて走り出す。
「鳴瀬っ!」
焦ったような光輝の声に慌てて視線を戻す。と、眼前に無数の氷塊が迫っていた。
「くっ、黒壁!」
咄嗟に右手を突き出し、目の前に分厚い壁を出現させる。
それは通常の氷程度であれば、びくともしない硬度と重量を持っていた。
しかし、敵が放った氷塊はただの氷ではない。常識的な氷の硬さで推し量ることなど無意味だ。
故に、氷塊は黒に染まった壁にひびを入れ、容易く打ち砕いた。
それでも、公彦が撃ち出した氷は全て回避できていた。
上手く角度を調整し、受け流して後ろに逸らしたことによって。
一瞬遅れて後方から地面を砕く音が聞こえてくる。
己刃達の攻撃が彼等に通用しないように、彼等の攻撃も己刃達は防ぐことができる。
ただし、前者は性質と力そのものの純粋な強さによってであり、後者は技術的な要素が大きいのだが。
「攻守共に決め手なし、か。だが、こうしている間にも迷い子には救いがもたらされる」
公彦の冷酷な声が耳に届く。
瞬間、己刃は怒りと共に彼を睨みつけていた。
「何が、何が救いよっ!」
彼等の言う救いとは死に他ならない。そんなものは決して認められない。
しかし、許せないと思う気持ちとは裏腹に、彼等と戦いながらアノミアに迷い込んだあの二人、即ち迷い子達を守る余裕など己刃にはなかった。
街の見回りに向かわせた仲間も今更間に合わない。
となれば、もはやあの二人の内のどちらかが、あるいは両方が力に目覚めるのを期待するしかない。
それ以外に二人が生き残る未来は考えられない。
たとえ、それによって非日常に引きずり込まれることになろうとも、この世界で誰にも知られずに死んでしまうよりは遥かにいいはずだ。
だが…………。
そんな己刃の僅かな希望は打ち砕かれ、対峙する彼等は歪んだ笑みを見せた。
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