あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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第三話 夕星那由多は恐れがない④

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「……真淵流奥義、宙の型二式」

 テレジアに呼応するように静かに構えを取る征示。
 しかし、その構えは以前見たものとは全く異なり、その手は何かを掴むような形を作っていて、明らかに徒手空拳には不適合なものだった。
 それを見たテレジアは一つ楽しげに笑うと両手を広げた。

「来い、我が剣、我が銃よ。〈魔剣グレンツェン〉、〈魔銃クラフトイリス〉」

 そうテレジアが告げた瞬間、空間が脈動し、彼女のそれぞれの手に黒で染め上げられた西洋的な片手剣と虹色に輝くリボルバーが現れる。

「『其は万象を照らす輝き。邪悪を滅ぼすつるぎ』」

 対する征示は、その詠唱と共に構えた手の空白に強大な光を集めた。

土火光三元連関〈輝ける英傑の剣〉クラウ・ソラス!」

 そしてそこに、それ自体が眩い光を放つ巨大な剣を形作る。

(こ、この、魔力量は……)

 それは、那由多の知る征示の限界を遥かに超えた魔力を伴って行使された魔法だった。
 その光の剣に満ちる魔力はテレジアが抱く魔力と遜色ない。
 だが、だからこそ那由多の心には嫌な予感が渦巻いていた。

 自ら魔力を生み出せない征示が使用できる魔力の総量は限られている。つまり強大な魔法を使えば、それだけ限界は早く訪れるということだ。
 それは征示も理解しているはずで、となれば短期決戦に持ち込むつもりに違いない。しかし、悲壮な決意に満ちた彼の表情は最悪の可能性を脳裏に過ぎらせる。

「行くぞ、玉祈征示」

 そう告げると共にテレジアは左手のリボルバーを構え、無造作に引金を引いた。
 破裂音と共に撃ち出された弾丸は、正確に征示を狙って空間を走る。
 その間にテレジアは征示との間合いを詰め、右手の片手剣を振り上げていた。
 しかし、征示は待ちの姿勢を欠片も乱さなかった。ギリギリまで二つの攻撃を見極めた上で、最小限の動きで弾丸を弾き、流れるようにテレジアの剣を受け止める。

(真淵流奥義、宙の型。確か後の先を取るための構え。あれで対応できるのであれば、少なくともテレジアの攻撃を征示は見極められるということになるが……)

「中々やるな。その魔法の剣、この〈グレンツェン〉では砕けぬか。ならば――」

 テレジアは片手剣を振るいながら大きく後退し、銃口を征示に向けた。

「〈魔銃クラフトイリス〉二番、四番、六番解放。その剣を食らえ!」

 テレジアがそう告げた瞬間、〈クラフトイリス〉の回転式弾倉が急速に回転を始める。
 その状態のままテレジアが引金を引くと共に射出された三発の弾丸は、それぞれ水と風と闇の属性魔力を伴って征示へと襲いかかった。

「――っ!」

 それを前にして、征示は光の剣で受けるのではなく、回避を選択した。

「ほう。勘がいいな。受け止めていたら、剣は砕けていただろうに」

 属性間の優劣はないが、常識的に考えて同属性で攻撃するよりは威力の減衰はない。
 火に火。水に水。風に風。土に土。それでは暖簾に腕押しもいいところだ。
 その上、通常の弾丸とは異なり、テレジアの強大な魔力が込められた銃撃だ。馬鹿正直に剣で弾いていたら諸に衝撃を受け、彼女が告げた通りのことが起こっていただろう。

「とは言え、どこまで避けられるかな?」

 歪んだ笑みを浮かべながら、征示を囲むようにさらに弾丸を放つテレジア。
 まるで詰将棋をしているかのように的確に避ける先を狙われ続け、やがて征示の回避が僅かにではあるが遅れ始める。

「一先ず王手チェックと行くか。さあ、どう対応する?」

 さらに属性を伴った弾丸を無数にばらまくと、テレジアは片手剣を振りかざした。

「〈グレンツェン〉解放!」

 その呼び声に応えるように剣が大きく脈動し、それと共に放たれた全ての弾丸が一瞬消失した。と思った次の瞬間、それらは征示を中心に全方位から現れ、彼に襲いかかった。

「〈〈クラフトイリス〉全弾解放!」

 次いで、同時に撃ち出された六発は弾幕の隙間を埋め、完全に征示の逃げ道を塞ぐ。

「もう道はないぞ、玉祈征示」
「いや、道は、まだある!」

 征示はそう叫ぶと補填された六発の内、その手にある剣と属性を同じくするもののみを剣で弾き飛ばし、そこに退路を作り出した。

「私がないと言った。ならば、道などない」

 しかし、それはテレジアの思う壺だった。丁度そこに待ち構えていた彼女が、美しさすら感じる程に無駄なく片手剣を振り下ろす。

「くっ、おおおおおっ!」

 征示は無理矢理体勢を変え、その一撃を剣で何とか弾き返した。

「では、詰みチェックメイトだ」

 そして、流れるような動作で征示に銃口を向けるテレジア。
 それでも尚、射線を刀身で塞いだ征示の力量は、やはり並ではないのだろう。
 しかし、次いで放たれた属性弾に無情にも剣は砕かれてしまい、征示はテレジアの蹴りを無防備に食らってしまう。その威力は彼女の細身からは考えられない程で、征示は数メートル先の壁に勢いよく叩きつけられた。

「終わりだな。意外と楽しめた。礼を言おう」
「……俺の周りには、とどめも刺さずに油断をする奴が多過ぎる」
「うん? それを口にしてしまうお前も油断が過ぎる、いや、状況が理解できていないのではないかな?」

 テレジアは簡潔に告げると、銃を征示の頭に向けて躊躇など欠片も見せずに引金を引いた。溜めも何もない動作に、那由多は目を閉じることもできなかった。

「……おや?」

 だから、破裂音と共に撃ち出された弾丸が、征示に届かなかった一部始終も見届けていた。その瞬間、砕け散って征示の手を離れていた光の剣の欠片が彼を守るように前方に展開され、銃弾を弾き飛ばしたのだ。

「手に持たずに操れるのであれば、最初からそう使えばいいだろうに」
「これは……制御が難しいんでね」

 体をよろめかせつつ立ち上がる征示。その顔には一層強い覚悟の色が浮かんでいた。

「所詮は悪足掻きという奴か」
「だから、油断するなと――」
「悪いがお前達如き、どれだけ油断していようとも踏み潰せないようでは頭目としての面目が立たないのでね」

 そう告げたテレジアは何が楽しいのか笑みを浮かべていた。
 言葉の内容からして嘲笑かと思い、那由多は伏したまま彼女の顔を睨みつけ、その予想が間違いだったことを知る。
 言葉とは裏腹にその笑顔に侮りの色はなく、そこにあるのは虫を殺して遊ぶ子供のような残酷な愉悦だけがあった。

「なら、油断したまま果てるがいい。俺は何があろうと使命を果たす」

 眼前の敵を射殺す程に視線を鋭くした征示がそう告げた瞬間、光の剣の欠片がさらに細かく砕け散り、彼の周囲を衛星の如く旋回した。

「『其は不動なる心の具現。我執をも絶つ刃』!」

 詠唱と共に、分解された剣の破片が征示の右手に集まっていく。

土火風光四元連関〈邪悪討つ裁きの雷〉ヴァジュラ!」

 集約した欠片は片手のみで握る長さの柄と、その両端に短い刃を持った武器と化し、それと共に征示の体から放電が生じ始める。

「真淵流奥義、空の型二式」

 そして、そう告げて征示が静かに構えを取った時、彼の体は全てがいかずちと化した。

「身体の異物質化、それも雷化か。中々面白いことをする。確かに、それは実体に近いが故に魔力波の影響は少ない。その上、属性魔力化の特性を少なからず持てる。だが、実体に近いが故に無敵とはいかないぞ?」

 対するテレジアは銃を闇の渦に放り込むと片手剣を両手で持ち、正眼に構えた。

「興が乗った。少しばかり本気を出してやろう。〈魔剣グレンツェン〉。その真の力を示せ」
 そう告げた瞬間、その構えに合わせるように剣が巨大化し、両手で扱うに相応しい姿となる。そして、刃の周囲の空間に無数のひびが入っていく。

「IkIhsInAtAkOnUUkUUhcIgUOUUyrnnEnnIhs」

 テレジアが小さく呟き、構えを僅かに変えると同時に彼女が先に動く。
 一瞬遅れて雷の如き閃光と、さらに数瞬遅れて落雷の如き轟音が世界を駆け巡る。

(征示の方が速い!)

 テレジアの動きは驚くべき速さだったが、少なくとも目で追うことだけは可能だった。
 しかし、征示の動きは雷と同等以上。那由多には欠片も認識できなかった。

(これなら――)

 加えて、攻撃の余波だけで五感の内の二つ、視覚と聴覚が麻痺する程の影響を周囲に与えた事実に、那由多は征示の勝利を確信した。
 やがて強烈な光に潰されていた視界が戻り――。

(え?)

 那由多は目が眩んだせいで幻でも見たのかと思った。
 そう思い込みたくなる光景が目の前には広がっていた。

「せ、征示先輩っ!」

 いつの間にか意識を取り戻していたらしい旋風の必死な叫びが遠い。

「先輩、先輩っ!」
(そんな、馬鹿な。こんな――)

 それは那由多の想像からかけ離れていて、いや、想像だにできなかった光景で、だからこそ、その現実を認められずにいた。

「速さは一人前だったが、速さだけでは私には勝てない。残念だったな」

 征示はその胸を、大剣と化した〈グレンツェン〉によって貫かれていた。
 その足下に体を伝って流れ落ちたと思われる血が少しずつ広がっていく。

「だが、よい玩具だった。お前の存在は覚えておこう。とは言え、壊れた玩具は処分しなければならないな。〈UtEmOUhs〉」

 そう告げたテレジアが剣を抜き去って背を向けた刹那、緩やかに倒れ込もうとする征示の背後の空間に一際大きなひびが入り、そこに大きな裂け目が生み出される。

「さらばだ」

 裂け目は一瞬にして肥大化し、近くの物質を分解しながら吸い込み始めた。
 手始めに二人の衝突で生じたアスファルトやコンクリートの破片。そして――。

(ま、待て。やめろ、やめてくれ)

 声を上げようとするが、くわえさせられた黒の鎖のために呻き声にしかならない。
 その間にも征示は少しずつ分解されていく。
 やがて全身が裂け目に飲み込まれ、呆気なく征示という存在は消滅してしまった。

(嘘だ。征示、こんなのは、嘘だ)

 テレジアが剣をもう一振りすると、空間の裂け目は何ごともなかったかのように消え去ってしまう。まるで征示は最初から存在しなかったとでも言わんばかりに。

「ふむ、少々疲れたな。今日はこの辺にしておくか」

 テレジアは那由多達に視線を向けてから、再度口を開いた。

「他の者は塵芥に過ぎぬようだからな」

 その路傍の石くれを見るような無興味な瞳に、那由多は戦慄を覚えた。
 同時に、今日この日まで恐れなど抱かなかった理由を知る。
 所詮、それは強者に依って立つ強がりに過ぎなかったことを。

(怖い。あの存在が恐ろしい。征示を殺したあの存在が)

 そして、その強固な殻を失ってしまったむき出しの那由多の心は余りにも弱く、無意識に体が震えてしまう。震えてしまうのを止められない。

「ゲベット、アンナ。戻るぞ」

 その言葉に応えてテレジアの傍に闇の渦が生じ、ゲベットとアンナが合流する。と、ゲベットは視界に入ったのが不愉快とばかりに那由多を見下した。

「……無様にも程があるな」

 ゲベットはそう吐き捨てると、そのままテレジア達と共に闇の渦の中に消えていった。
 そうして彼等の姿が見えなくなると同時に那由多達を拘束していた黒の鎖は消失し、体は自由を取り戻す。
 しかし、那由多は立ち上がる気力を持てず、倒れ伏したまま自分の体を抱き締めた。

「那由多……」

 気遣うような模糊の声と共に彼女が傍に立つ気配を感じる。どうやらゲベットとの戦いのダメージはないようだ。

「……那由多、立ちなさい」

 心配の色濃い声は最初だけで、模糊は強い口調で告げた。それでも起き上がることさえせずにいると、彼女は無理矢理那由多の腕を掴んで立ち上がらせた。

「周りを見なさい」

 言われた通りに視線だけを動かして周囲を見回す。

「焔君も大原さんも海保君でさえも戦う意思を消してない。それなのに貴方は何?」

 火斂は己の周囲に炎を撒き散らす程に怒り、旋風は絶叫しながらも敵討ちを口にし、水瀬も涙を流し恐怖に震えながらも瞳の奥には確かな戦意が見て取れる。
 そんな彼等の姿が目に入らない程に、子供のように現実を拒絶しているのは那由多一人だった。

「で、でも、姉さん。征示が、あの征示が」
「……征示君の言った通りになったわね」

 どこか苛立たしげに告げた模糊は唐突に那由多の手を離した。
 ほとんどそれによって支えられていた那由多は、自然と地面にへたり込んでしまう。

「その恐怖を乗り越えない限り、貴方は本当の意味で奴等と戦う魔導師にはなれない。だから、何が何でも乗り越えなさい」

 そして、冷たく言い放つと那由多に背を向けて離れていってしまう模糊。
 そんな姉を前に那由多は何も言えずに俯き、いつまでもその場で震えていた。
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