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二 未来、しかし現在、そして日常
検査結果
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「ごめんね。穹路君はここで待っててくれる? 正確な検査結果を出すのに別の場所の機械が必要だから。後、螺希と真弥も手伝って。早く結果、知りたいでしょ?」
そう言いながら意味ありげに目配せをする琥珀に螺希は頷き、穹路をその場に残して真弥と共に研究室を出た。
実際は既に検査は済んでおり、その結果も出ているはずだ。
今の時代、昔の人間ドックで行われた程度の健康診断は写真一枚を撮るぐらいの気軽さで行えるのだ。場所も取らない。加えて、そのためのプログラムが書き込まれたティアを持っていれば、個人でも検査だけは行える。
当然、医学的な知識がなければ正確な診断はできないが、少なくとも琥珀の言うような別の機械など必要ない。
「それで、どうなの?」
少し離れた場所にある空きの講義室に入って琥珀に尋ねる。
穹路に直接言わず、嘘をついてまで彼に聞かせないようにした琥珀の配慮に一抹の不安を感じながら。
「どうもこうも訳が分かんない。こんなの私も初めてで」
琥珀は困惑したように嘆息した。
「……どういうこと?」
「どう見ても人間じゃないとしか言えないのよ。人間を診断するためのプログラムで診断できないんだから。断層撮影も余り上手くいかなかったし。でも、見た限りじゃ、むしろグリーフに近いかもしれない」
「そ……そんな訳ない! 琥珀お姉ちゃん、酷いよ!」
真弥が大きな声で叫ぶので、慌てて静かにするように仕草で伝える。
少し離れているとは言っても、大声を出すと聞こえる危険性もある。
これは穹路にだけでなく、他の誰にも聞かれるべきではない話だ。
それは真弥も理解しているのだろう。彼女はすぐにハッとしたような表情になって、しかし、不満そうに口を一文字に結んで俯いた。
真弥の気持ちは分からなくもない。
琥珀の口から出たグリーフという言葉。それは、落涙の日に存在をティアによって改変された生物の成れの果て、自然な進化の流れから外れた異端の化け物、およそ知性など持たない人類の敵を指す名称だ。
穹路の体はそのグリーフに近いと言う。こればかりは、いくら琥珀の言葉でも、にわかには信じられない。そもそも、見た目からして全く違うというのに。
しかし、主にそれを研究対象としている琥珀の言葉は非常に重い。
重いが故に、近いという表現を使った意味を尋ねるように反論する。
「でも、真弥の言う通り。グリーフならあんな人間らしい応対はできないはず」
「分かってる。私だって、さすがに彼がそれそのものだとは思ってないって。それに人を見る目はあるつもりだから、危険な存在だとも思ってない。でもね。彼の頭部と腹部に、ティアが埋め込まれてることだけは確実。そして、それは特定のグリーフが持つ特徴と似てる」
「ティアが?」
内心驚きつつも、どこか納得してしまう。彼が空から落ちてきた時の人間のものとは思えない再生力には、やはりティアの力が関与していたのだ。
そう。思い返せば、それは彼が普通の人間ではないことを示している。
しかし、人間として全く違和感なく振舞う彼の姿に、どうしてもそれを忘れようとしてしまう。
彼は普通の人間なのだと信じたい気持ちが大きい。いや、彼が自分自身を人間だと信じ、人間として行動する限りは信じるべきなのだろう。
「あー、もう面倒臭いな。脳のリソース、余計なことに使わなきゃならなくなった」
頭をかきながら酷い言い方をする琥珀だが、それは気を配るという宣言でもある。
螺希は彼女が本気で穹路を心配してくれていることを感じ取っていた。
伊達に幼馴染をやっている訳ではない。
琥珀は面倒臭いと口では言いながら、自分の研究だけでなく教師の仕事も真面目にこなしている。時にやり過ぎではないかと思うぐらいに。
そんな彼女だからこそ、螺希は信頼して穹路のことを検査して貰ったのだ。
「まあ、こうなったら、後は直接ティアのプログラムを調べるしかないかもね。でも、それは私の分野じゃないから――」
「私が時を見て、何とか調べてみる」
琥珀はその返答に満足したように頷いた。
「ま、何か体に異変が出るようだったら、いつでも私のところに来てよ? 螺希の力になりたいし、それに穹路君は私の生徒なんだから」
「うん」
相変わらず面倒見のいい琥珀に思わず顔が綻ぶ、気がする。それがちゃんと表情として出ているかは甚だ疑問だが、それでも琥珀になら伝わるはずだ。
「ありがとう」
「いいってこと! 親友でしょ?」
琥珀は口元に笑みを浮かべながら、螺希の肩を軽く叩いた。
その前髪に隠された瞳にはきっと優しさが見て取れることだろう。
本当に自分達は友人に恵まれている。螺希は心の底からそう思った。
「じゃ、穹路君のとこに戻りますか! 余り遅くなると不安になるだろうしね」
そう言いながら意味ありげに目配せをする琥珀に螺希は頷き、穹路をその場に残して真弥と共に研究室を出た。
実際は既に検査は済んでおり、その結果も出ているはずだ。
今の時代、昔の人間ドックで行われた程度の健康診断は写真一枚を撮るぐらいの気軽さで行えるのだ。場所も取らない。加えて、そのためのプログラムが書き込まれたティアを持っていれば、個人でも検査だけは行える。
当然、医学的な知識がなければ正確な診断はできないが、少なくとも琥珀の言うような別の機械など必要ない。
「それで、どうなの?」
少し離れた場所にある空きの講義室に入って琥珀に尋ねる。
穹路に直接言わず、嘘をついてまで彼に聞かせないようにした琥珀の配慮に一抹の不安を感じながら。
「どうもこうも訳が分かんない。こんなの私も初めてで」
琥珀は困惑したように嘆息した。
「……どういうこと?」
「どう見ても人間じゃないとしか言えないのよ。人間を診断するためのプログラムで診断できないんだから。断層撮影も余り上手くいかなかったし。でも、見た限りじゃ、むしろグリーフに近いかもしれない」
「そ……そんな訳ない! 琥珀お姉ちゃん、酷いよ!」
真弥が大きな声で叫ぶので、慌てて静かにするように仕草で伝える。
少し離れているとは言っても、大声を出すと聞こえる危険性もある。
これは穹路にだけでなく、他の誰にも聞かれるべきではない話だ。
それは真弥も理解しているのだろう。彼女はすぐにハッとしたような表情になって、しかし、不満そうに口を一文字に結んで俯いた。
真弥の気持ちは分からなくもない。
琥珀の口から出たグリーフという言葉。それは、落涙の日に存在をティアによって改変された生物の成れの果て、自然な進化の流れから外れた異端の化け物、およそ知性など持たない人類の敵を指す名称だ。
穹路の体はそのグリーフに近いと言う。こればかりは、いくら琥珀の言葉でも、にわかには信じられない。そもそも、見た目からして全く違うというのに。
しかし、主にそれを研究対象としている琥珀の言葉は非常に重い。
重いが故に、近いという表現を使った意味を尋ねるように反論する。
「でも、真弥の言う通り。グリーフならあんな人間らしい応対はできないはず」
「分かってる。私だって、さすがに彼がそれそのものだとは思ってないって。それに人を見る目はあるつもりだから、危険な存在だとも思ってない。でもね。彼の頭部と腹部に、ティアが埋め込まれてることだけは確実。そして、それは特定のグリーフが持つ特徴と似てる」
「ティアが?」
内心驚きつつも、どこか納得してしまう。彼が空から落ちてきた時の人間のものとは思えない再生力には、やはりティアの力が関与していたのだ。
そう。思い返せば、それは彼が普通の人間ではないことを示している。
しかし、人間として全く違和感なく振舞う彼の姿に、どうしてもそれを忘れようとしてしまう。
彼は普通の人間なのだと信じたい気持ちが大きい。いや、彼が自分自身を人間だと信じ、人間として行動する限りは信じるべきなのだろう。
「あー、もう面倒臭いな。脳のリソース、余計なことに使わなきゃならなくなった」
頭をかきながら酷い言い方をする琥珀だが、それは気を配るという宣言でもある。
螺希は彼女が本気で穹路を心配してくれていることを感じ取っていた。
伊達に幼馴染をやっている訳ではない。
琥珀は面倒臭いと口では言いながら、自分の研究だけでなく教師の仕事も真面目にこなしている。時にやり過ぎではないかと思うぐらいに。
そんな彼女だからこそ、螺希は信頼して穹路のことを検査して貰ったのだ。
「まあ、こうなったら、後は直接ティアのプログラムを調べるしかないかもね。でも、それは私の分野じゃないから――」
「私が時を見て、何とか調べてみる」
琥珀はその返答に満足したように頷いた。
「ま、何か体に異変が出るようだったら、いつでも私のところに来てよ? 螺希の力になりたいし、それに穹路君は私の生徒なんだから」
「うん」
相変わらず面倒見のいい琥珀に思わず顔が綻ぶ、気がする。それがちゃんと表情として出ているかは甚だ疑問だが、それでも琥珀になら伝わるはずだ。
「ありがとう」
「いいってこと! 親友でしょ?」
琥珀は口元に笑みを浮かべながら、螺希の肩を軽く叩いた。
その前髪に隠された瞳にはきっと優しさが見て取れることだろう。
本当に自分達は友人に恵まれている。螺希は心の底からそう思った。
「じゃ、穹路君のとこに戻りますか! 余り遅くなると不安になるだろうしね」
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