涙はソラを映す鏡

青空顎門

文字の大きさ
上 下
9 / 35
二 未来、しかし現在、そして日常

検査結果

しおりを挟む
「ごめんね。穹路君はここで待っててくれる? 正確な検査結果を出すのに別の場所の機械が必要だから。後、螺希と真弥も手伝って。早く結果、知りたいでしょ?」

 そう言いながら意味ありげに目配せをする琥珀に螺希は頷き、穹路をその場に残して真弥と共に研究室を出た。
 実際は既に検査は済んでおり、その結果も出ているはずだ。
 今の時代、昔の人間ドックで行われた程度の健康診断は写真一枚を撮るぐらいの気軽さで行えるのだ。場所も取らない。加えて、そのためのプログラムが書き込まれたティアを持っていれば、個人でも検査だけは行える。
 当然、医学的な知識がなければ正確な診断はできないが、少なくとも琥珀の言うような別の機械など必要ない。

「それで、どうなの?」

 少し離れた場所にある空きの講義室に入って琥珀に尋ねる。
 穹路に直接言わず、嘘をついてまで彼に聞かせないようにした琥珀の配慮に一抹の不安を感じながら。

「どうもこうも訳が分かんない。こんなの私も初めてで」

 琥珀は困惑したように嘆息した。

「……どういうこと?」
「どう見ても人間じゃないとしか言えないのよ。人間を診断するためのプログラムで診断できないんだから。断層撮影も余り上手くいかなかったし。でも、見た限りじゃ、むしろグリーフに近いかもしれない」
「そ……そんな訳ない! 琥珀お姉ちゃん、酷いよ!」

 真弥が大きな声で叫ぶので、慌てて静かにするように仕草で伝える。
 少し離れているとは言っても、大声を出すと聞こえる危険性もある。
 これは穹路にだけでなく、他の誰にも聞かれるべきではない話だ。
 それは真弥も理解しているのだろう。彼女はすぐにハッとしたような表情になって、しかし、不満そうに口を一文字に結んで俯いた。

 真弥の気持ちは分からなくもない。
 琥珀の口から出たグリーフという言葉。それは、落涙の日に存在をティアによって改変された生物の成れの果て、自然な進化の流れから外れた異端の化け物、およそ知性など持たない人類の敵を指す名称だ。
 穹路の体はそのグリーフに近いと言う。こればかりは、いくら琥珀の言葉でも、にわかには信じられない。そもそも、見た目からして全く違うというのに。
 しかし、主にそれを研究対象としている琥珀の言葉は非常に重い。
 重いが故に、近いという表現を使った意味を尋ねるように反論する。

「でも、真弥の言う通り。グリーフならあんな人間らしい応対はできないはず」
「分かってる。私だって、さすがに彼がそれそのものだとは思ってないって。それに人を見る目はあるつもりだから、危険な存在だとも思ってない。でもね。彼の頭部と腹部に、ティアが埋め込まれてることだけは確実。そして、それは特定のグリーフが持つ特徴と似てる」
「ティアが?」

 内心驚きつつも、どこか納得してしまう。彼が空から落ちてきた時の人間のものとは思えない再生力には、やはりティアの力が関与していたのだ。
 そう。思い返せば、それは彼が普通の人間ではないことを示している。
 しかし、人間として全く違和感なく振舞う彼の姿に、どうしてもそれを忘れようとしてしまう。
 彼は普通の人間なのだと信じたい気持ちが大きい。いや、彼が自分自身を人間だと信じ、人間として行動する限りは信じるべきなのだろう。

「あー、もう面倒臭いな。脳のリソース、余計なことに使わなきゃならなくなった」

 頭をかきながら酷い言い方をする琥珀だが、それは気を配るという宣言でもある。
 螺希は彼女が本気で穹路を心配してくれていることを感じ取っていた。
 伊達に幼馴染をやっている訳ではない。
 琥珀は面倒臭いと口では言いながら、自分の研究だけでなく教師の仕事も真面目にこなしている。時にやり過ぎではないかと思うぐらいに。
 そんな彼女だからこそ、螺希は信頼して穹路のことを検査して貰ったのだ。

「まあ、こうなったら、後は直接ティアのプログラムを調べるしかないかもね。でも、それは私の分野じゃないから――」
「私が時を見て、何とか調べてみる」

 琥珀はその返答に満足したように頷いた。

「ま、何か体に異変が出るようだったら、いつでも私のところに来てよ? 螺希の力になりたいし、それに穹路君は私の生徒なんだから」
「うん」

 相変わらず面倒見のいい琥珀に思わず顔が綻ぶ、気がする。それがちゃんと表情として出ているかは甚だ疑問だが、それでも琥珀になら伝わるはずだ。

「ありがとう」
「いいってこと! 親友でしょ?」

 琥珀は口元に笑みを浮かべながら、螺希の肩を軽く叩いた。
 その前髪に隠された瞳にはきっと優しさが見て取れることだろう。
 本当に自分達は友人に恵まれている。螺希は心の底からそう思った。

「じゃ、穹路君のとこに戻りますか! 余り遅くなると不安になるだろうしね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

死神さんのお仕事

ミミココ
SF
死神界に仕事が届いた。 1人の女性に死を告げに行く仕事だった…。

蒼海のシグルーン

田柄満
SF
深海に眠っていた謎のカプセル。その中から現れたのは、機械の体を持つ銀髪の少女。彼女は、一万年前に滅びた文明の遺産『ルミノイド』だった――。古代海洋遺跡調査団とルミノイドのカーラが巡る、海と過去を繋ぐ壮大な冒険が、今始まる。 毎週金曜日に更新予定です。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。

セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。 その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。 佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。 ※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

どうぶつたちのキャンプ

葵むらさき
SF
何らかの理由により宇宙各地に散らばってしまった動物たちを捜索するのがレイヴン=ガスファルトの仕事である。 今回彼はその任務を負い、不承々々ながらも地球へと旅立った。 捜索対象は三頭の予定で、レイヴンは手早く手際よく探し出していく。 だが彼はこの地球で、あまり遭遇したくない組織の所属員に出遭ってしまう。 さっさと帰ろう──そうして地球から脱出する寸前、不可解で不気味で嬉しくもなければ面白くもない、にも関わらず無視のできないメッセージが届いた。 なんとここにはもう一頭、予定外の『捜索対象動物』が存在しているというのだ。 レイヴンは困惑の極みに立たされた──

処理中です...