128 / 128
終章 電子仕掛けの約束
最終話 少し先の未来で
しおりを挟む
惑星ティアフロントとは異なる銀河に属する小惑星。
人工天体であるそれは時空間転移システムを運用するためだけに作り出されたものであり、中心部に全てのコアユニットを統括する装置本体が存在している。
オペレーションからメンテナンスに至るまでオート―メーション化され、暴走に伴って正常な運用がなされなくなった後も施設全体が新品同然の状態だ。
もっとも、暴走は経年劣化によるものではなく仕様上の欠陥によるものであるため、新品であろうとなかろうと危険性に変わりはないが……。
中枢部分は完全にシャットダウンされた状態で維持されており、転移を使用することが不可能となった代わりに宇宙崩壊の危機は去っていた。
その事実を示すように。
「あー、暇ねえ」
何ともだらけたようなドリィの声が部屋の中に響く。
場所は施設の重要区画の一つ。全ての機能を統括するコントロールルームだ。
彼女は今、ラウンジから引っぺがしてきた座り心地のいい長椅子を二つ並べて作った簡単なベッドに寝っ転がりながら、ぼんやりと天井を見詰めていた。
「ドリィちゃん、はしたないですよ」
それを、お姉ちゃん風を吹かせてフィアが窘める。
彼女はドリィとは対照的に行儀よくオフィスチェアに座って待機していた。
同じガイノイドながら性格の違いというものが透けて見える。
「軍の広報用が随分緩んでしまったものデスね」
「アタシはとっくの昔から単なるフィア姉さんの妹で、お父さんとお母さんの娘だもの。軍だの広報だのなんて、もう関係ないわ」
呆れ気味のオネットに対し、ドリィは適当に答えてからジト目を向けた。
「って言うか、オネットも大概じゃない。時空間転移システムを管理するコンピューターを使ってゲームをするなんて」
「いやあ、暇なんだから仕方がないじゃないデスか。それに今は管理対象が停止してますし、別のことに使っても問題ないデスよ」
誤魔化すような笑みを浮かべながら空中ディスプレイに向き直るオネット。
直接接続して操作できるにもかかわらず、手でコンソールを叩いて操っている。
ククラに作って貰った暇潰し用のゲーム。
長く楽しめるように縛りプレイのような形で遊んでいるようだ。
「……それにしても、あれから何年経ったのかしら」
そんなオネットから再び天井に視線を戻してドリィが問いかける。
「リィ、分かってて聞くのは感心しない」
対してククラが嘆息気味に言った。
この施設のメンテナンス設備を利用して自分達の状態についても最善を保っているため、それぞれの体内時計が狂うことはない。
質問したドリィ自身もまた、惑星ティアフロントのあの迷宮遺跡でマグ達と別れてから経過した時間を秒単位で把握している。
それでも、彼女は他の者の口から聞きたいのだろう。
「千三十五年四十五日と六時間二十五分」
ククラもそれを理解し、ワンクッション苦言を挟みながらも答えを返す。
「千年以上……人間が生きてるはずもない時間が過ぎ去った訳デスね」
続けてしみじみと告げるオネットだったが、これは既に何千、何万回と繰り返してきた会話のパターンだ。
高度過ぎる人格が長き停滞の中で破綻したりしないようにと続けている、一種のテンプレートに過ぎない。
もっとも、機械人形たる彼女達。スリープモードでいれば人格の問題はない。
だが、万が一時空間転移システムを狙う不届きな輩が現れ、攻撃を仕かけてきた時に対処が遅れてしまう可能性がないとは言えない。
そういった理由もあり、誰も休眠状態で過ごすような真似はしていなかった。
「おとー様……おかー様……」
三人の会話を横で聞きながら、小さく寂しそうに呟くフィア。
勿論、マグが機械の体を手に入れ、いつか迎えに来てくれると信じている。
しかし、それと今遠く離れ離れでいることを寂しく思う気持ちは別の話だ。
「フィ。僕達は、全員揃って一緒にいられる未来を選んだ」
「……うん。分かってますよ、ククラちゃん」
フィアは改めて自分達の選択を心に刻み直すように瞑目し、頷きながら応じる。
それから彼女は気持ちを引き締めすように背筋を伸ばした。
「僕達はここで待ち続ける。パパとママが迎えに来てくれる日を。いつまでも、いつまでも。何千年でも、何万年でも」
そうして今日も。四体の機械人形は変化のない一日を過ごしていく。
いつの日か、約束が果たされることを信じながら。
…………そんなモノローグをつけ加え、テンプレートを終えようとした瞬間。
突如として人工小惑星の防衛システムがアラートを発し始めた。
「な、何が起きたの!?」
「接近する機影あり! デス!」
千年で初めての事態に少し浮足立ったドリィの鋭い問いかけに、オネットが同じぐらい大きな声で答えて警戒を促す。
「もしかして敵です?」
「……違う。あれは!」
「あ、ククラ!」
珍しくハッキリとした表情を浮かべて駆け出したククラ。
短距離通信で情報を共有せずとも、その意味は彼女の態度から理解できる。
だから、フィアもドリィもオネットも。
ククラの後に続いて宇宙船の発着場へと走り出したのだった。
人工天体であるそれは時空間転移システムを運用するためだけに作り出されたものであり、中心部に全てのコアユニットを統括する装置本体が存在している。
オペレーションからメンテナンスに至るまでオート―メーション化され、暴走に伴って正常な運用がなされなくなった後も施設全体が新品同然の状態だ。
もっとも、暴走は経年劣化によるものではなく仕様上の欠陥によるものであるため、新品であろうとなかろうと危険性に変わりはないが……。
中枢部分は完全にシャットダウンされた状態で維持されており、転移を使用することが不可能となった代わりに宇宙崩壊の危機は去っていた。
その事実を示すように。
「あー、暇ねえ」
何ともだらけたようなドリィの声が部屋の中に響く。
場所は施設の重要区画の一つ。全ての機能を統括するコントロールルームだ。
彼女は今、ラウンジから引っぺがしてきた座り心地のいい長椅子を二つ並べて作った簡単なベッドに寝っ転がりながら、ぼんやりと天井を見詰めていた。
「ドリィちゃん、はしたないですよ」
それを、お姉ちゃん風を吹かせてフィアが窘める。
彼女はドリィとは対照的に行儀よくオフィスチェアに座って待機していた。
同じガイノイドながら性格の違いというものが透けて見える。
「軍の広報用が随分緩んでしまったものデスね」
「アタシはとっくの昔から単なるフィア姉さんの妹で、お父さんとお母さんの娘だもの。軍だの広報だのなんて、もう関係ないわ」
呆れ気味のオネットに対し、ドリィは適当に答えてからジト目を向けた。
「って言うか、オネットも大概じゃない。時空間転移システムを管理するコンピューターを使ってゲームをするなんて」
「いやあ、暇なんだから仕方がないじゃないデスか。それに今は管理対象が停止してますし、別のことに使っても問題ないデスよ」
誤魔化すような笑みを浮かべながら空中ディスプレイに向き直るオネット。
直接接続して操作できるにもかかわらず、手でコンソールを叩いて操っている。
ククラに作って貰った暇潰し用のゲーム。
長く楽しめるように縛りプレイのような形で遊んでいるようだ。
「……それにしても、あれから何年経ったのかしら」
そんなオネットから再び天井に視線を戻してドリィが問いかける。
「リィ、分かってて聞くのは感心しない」
対してククラが嘆息気味に言った。
この施設のメンテナンス設備を利用して自分達の状態についても最善を保っているため、それぞれの体内時計が狂うことはない。
質問したドリィ自身もまた、惑星ティアフロントのあの迷宮遺跡でマグ達と別れてから経過した時間を秒単位で把握している。
それでも、彼女は他の者の口から聞きたいのだろう。
「千三十五年四十五日と六時間二十五分」
ククラもそれを理解し、ワンクッション苦言を挟みながらも答えを返す。
「千年以上……人間が生きてるはずもない時間が過ぎ去った訳デスね」
続けてしみじみと告げるオネットだったが、これは既に何千、何万回と繰り返してきた会話のパターンだ。
高度過ぎる人格が長き停滞の中で破綻したりしないようにと続けている、一種のテンプレートに過ぎない。
もっとも、機械人形たる彼女達。スリープモードでいれば人格の問題はない。
だが、万が一時空間転移システムを狙う不届きな輩が現れ、攻撃を仕かけてきた時に対処が遅れてしまう可能性がないとは言えない。
そういった理由もあり、誰も休眠状態で過ごすような真似はしていなかった。
「おとー様……おかー様……」
三人の会話を横で聞きながら、小さく寂しそうに呟くフィア。
勿論、マグが機械の体を手に入れ、いつか迎えに来てくれると信じている。
しかし、それと今遠く離れ離れでいることを寂しく思う気持ちは別の話だ。
「フィ。僕達は、全員揃って一緒にいられる未来を選んだ」
「……うん。分かってますよ、ククラちゃん」
フィアは改めて自分達の選択を心に刻み直すように瞑目し、頷きながら応じる。
それから彼女は気持ちを引き締めすように背筋を伸ばした。
「僕達はここで待ち続ける。パパとママが迎えに来てくれる日を。いつまでも、いつまでも。何千年でも、何万年でも」
そうして今日も。四体の機械人形は変化のない一日を過ごしていく。
いつの日か、約束が果たされることを信じながら。
…………そんなモノローグをつけ加え、テンプレートを終えようとした瞬間。
突如として人工小惑星の防衛システムがアラートを発し始めた。
「な、何が起きたの!?」
「接近する機影あり! デス!」
千年で初めての事態に少し浮足立ったドリィの鋭い問いかけに、オネットが同じぐらい大きな声で答えて警戒を促す。
「もしかして敵です?」
「……違う。あれは!」
「あ、ククラ!」
珍しくハッキリとした表情を浮かべて駆け出したククラ。
短距離通信で情報を共有せずとも、その意味は彼女の態度から理解できる。
だから、フィアもドリィもオネットも。
ククラの後に続いて宇宙船の発着場へと走り出したのだった。
0
お気に入りに追加
126
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
寝て起きたら世界がおかしくなっていた
兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
一気読みして追いついちゃいました。
独特の世界観で織り成す素敵な物語で楽しませていただいております。
ねこるん様
ご感想ありがとうございます!
励みになります!
おもしろい!
お気に入りに登録しました~