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終章 電子仕掛けの約束
117 統率と理解
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「させるかっ!」
じりじりとククラに迫ってくる浮遊した金属の球体を前に、マグは咄嗟に両者の間に入って彼女を庇おうとした。
しかし、何一つとして武器を持っておらず、素人でも戦闘可能なように補助してくれる【エクソスケルトン】もまた奪われている。
生身のマグが、この場で最弱の存在であることは火を見るよりも明らかだ。
それでも、自分をパパと呼び慕うククラの危機に何もせずにはいられなかった。
勿論、たとえ断片を奪われてもキリやコスモスと同じ境遇に陥るだけだろう。
その人格が滅ぼされるようなことはないはずだ。
だが、普通の人間の感情的な判断として、外界から切り離されて身動き一つ取れないような状態に彼女達が追い込まれることをよしとはできなかった。
『無謀が過ぎるね。まあ、遅かれ早かれだ。先に眠っていて貰おうか』
メタは呆れたように言うと、進路を変えることなくマグに近づく。
球体の一部が開き、光の膜に覆われた触手のようなアームを出しながら。
その先端には注射器のようなものが備えられている。
それによってマグの意識を奪い、あの容器に再び閉じ込めるつもりなのだろう。
心を享楽で埋め尽くす機能を以って、抗う意思すら奪い取るために。
防ぐ手段はない。
それでも僅かでも時を稼げれば、平凡な人間よりも遥かに優れた能力を持つアテラ達ならば何か策を立てることができるかもしれない。
だからマグは、威圧するように蠢くアームの前に立ち続けた。
そんな思いとは裏腹に。
「駄目! パパ!」
ククラはそう叫ぶと、体を入れ替えるようにして前に出てしまった。
タイミング的に、もはや再度庇おうにも間に合わない。
『馬鹿な子だ。結果はどっちみち変わらないんだから、少しぐらい格好をつけさせてあげてもよかっただろうに』
結果、メタの球体がククラに触れてしまう。
受容の判断軸・拡張の断片。
その力でククラが持つ受容の判断軸・理解の断片が奪われようとしている。
焦燥と危機感が募り、思考が空回りしてしまう。
脆弱な人間の身の限界とでも言うべきか。
自分の力のなさを嘆くことしかできない。
…………だが、それでマグは役割を果たしていたらしい。
「この瞬間を、待っていたのデスよ!」
いつの間にかククラと有線で接続していたオネットが叫ぶ。
『何を――』
言っているのか。
恐らく、そう続けようとしていただろうメタの言葉が途中で聞こえなくなる。
球体は光の膜を失い、ククラに両手で挟み込むように掴み取られていた。
アームも引っ込んでいる。
「そ、それ、大丈夫なのか? ククラ」
「問題ない。僕達の勝ち」
心配と戸惑いの入り混じった声で尋ねたマグとは対照的に、まるで世間話のような普通の調子で答えるククラ。
そのせいでマグは一層のこと混乱してしまった。
「ど、どういうことだ?」
「断片を奪うには、対象の内部データへのアクセスが不可欠デス」
「それは即ち、アタシ達からもメタにアクセス可能ってことに他ならないわ」
「ククラに強化して貰った私の力で、メタを制御しようとしたデスよ」
「……つまり、メタを支配下に置いたってことか?」
ククラを発見した迷宮遺跡を完全制御したように。
「いえ、そこまでは無理だったデス。敵もさるもの、と言わざるを得ないデス」
「メタはこれの中に閉じこもってる」
軽く球体を掲げてククラが言う。
「閉じこもってる?」
「そうデス。メタは今、障壁、隔壁の断片をフル活用して人工頭脳へのアクセスを完全に遮断しているのデスよ」
「メタの方から外界にアクセスすることもできないような完全シャットアウト」
オネットの制御から逃れるため、咄嗟に自身を隔離したようだ。
「おとー様、ごめんなさい」
状況に納得を抱いていると、フィアが申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうして謝るんだ?」
「最初からこうなるように計画していましたので……」
アテラもまたディスプレイを青く染め、【m(_ _)m】と表示させながら言う。
どうやら、マグ一人が何も知らないまま右往左往していたらしい。
メタに拉致されて捕まっていた訳だから、当然と言えば当然だが。
「マグ父様のおかげで真に迫る演技ができたデスよ」
敵を騙すにはまず味方から。
もし真っ先にオネットの超越現象でメタを制御しようとしていたら、恐らく彼女はもっと警戒し、うまくことを運べなかっただろう。
対策が全く通じず、悪足掻きを繰り返し、万策尽きて追い詰められる。
それらの工程がメタの隙をつくのに不可欠だったのは間違いない。
そして、その成功確率を上げるのにマグの行動も必要だった、のかもしれない。
「それにしても憐れなものデス。野心の断片さえなければ、増長して油断する機能なんて持たなかったはずデスのに」
「言っても、それがなきゃ最初からこんな大それた真似もしなかったでしょ?」
「ま、そうデスけどね」
続けて軽い口調で総括のようなことを口にし始めた二人に、緊張を和らげる。
本当に、これで決着がついたようだ。
「……これからメタはどうするんだ?」
「一先ずは僕達が監視する。落ち着いたら一部解体して無力化する」
「解体、できるのか?」
「三つの防御の内、二つはシャットアウトの維持に使われてるから」
アクセスを再開すればオネットに制御され、遮断したままだと解体される。
どちらにせよ、詰んでいる。
今頃、人工頭脳の内部で戦々恐々としているかもしれない。
しかし、キリやコスモスの境遇や、もしメタに屈していたらアテラ達もまた同じように生殺与奪の権を握られた状態になっていたのだ。
そう考えると同情することはできないだろう。
じりじりとククラに迫ってくる浮遊した金属の球体を前に、マグは咄嗟に両者の間に入って彼女を庇おうとした。
しかし、何一つとして武器を持っておらず、素人でも戦闘可能なように補助してくれる【エクソスケルトン】もまた奪われている。
生身のマグが、この場で最弱の存在であることは火を見るよりも明らかだ。
それでも、自分をパパと呼び慕うククラの危機に何もせずにはいられなかった。
勿論、たとえ断片を奪われてもキリやコスモスと同じ境遇に陥るだけだろう。
その人格が滅ぼされるようなことはないはずだ。
だが、普通の人間の感情的な判断として、外界から切り離されて身動き一つ取れないような状態に彼女達が追い込まれることをよしとはできなかった。
『無謀が過ぎるね。まあ、遅かれ早かれだ。先に眠っていて貰おうか』
メタは呆れたように言うと、進路を変えることなくマグに近づく。
球体の一部が開き、光の膜に覆われた触手のようなアームを出しながら。
その先端には注射器のようなものが備えられている。
それによってマグの意識を奪い、あの容器に再び閉じ込めるつもりなのだろう。
心を享楽で埋め尽くす機能を以って、抗う意思すら奪い取るために。
防ぐ手段はない。
それでも僅かでも時を稼げれば、平凡な人間よりも遥かに優れた能力を持つアテラ達ならば何か策を立てることができるかもしれない。
だからマグは、威圧するように蠢くアームの前に立ち続けた。
そんな思いとは裏腹に。
「駄目! パパ!」
ククラはそう叫ぶと、体を入れ替えるようにして前に出てしまった。
タイミング的に、もはや再度庇おうにも間に合わない。
『馬鹿な子だ。結果はどっちみち変わらないんだから、少しぐらい格好をつけさせてあげてもよかっただろうに』
結果、メタの球体がククラに触れてしまう。
受容の判断軸・拡張の断片。
その力でククラが持つ受容の判断軸・理解の断片が奪われようとしている。
焦燥と危機感が募り、思考が空回りしてしまう。
脆弱な人間の身の限界とでも言うべきか。
自分の力のなさを嘆くことしかできない。
…………だが、それでマグは役割を果たしていたらしい。
「この瞬間を、待っていたのデスよ!」
いつの間にかククラと有線で接続していたオネットが叫ぶ。
『何を――』
言っているのか。
恐らく、そう続けようとしていただろうメタの言葉が途中で聞こえなくなる。
球体は光の膜を失い、ククラに両手で挟み込むように掴み取られていた。
アームも引っ込んでいる。
「そ、それ、大丈夫なのか? ククラ」
「問題ない。僕達の勝ち」
心配と戸惑いの入り混じった声で尋ねたマグとは対照的に、まるで世間話のような普通の調子で答えるククラ。
そのせいでマグは一層のこと混乱してしまった。
「ど、どういうことだ?」
「断片を奪うには、対象の内部データへのアクセスが不可欠デス」
「それは即ち、アタシ達からもメタにアクセス可能ってことに他ならないわ」
「ククラに強化して貰った私の力で、メタを制御しようとしたデスよ」
「……つまり、メタを支配下に置いたってことか?」
ククラを発見した迷宮遺跡を完全制御したように。
「いえ、そこまでは無理だったデス。敵もさるもの、と言わざるを得ないデス」
「メタはこれの中に閉じこもってる」
軽く球体を掲げてククラが言う。
「閉じこもってる?」
「そうデス。メタは今、障壁、隔壁の断片をフル活用して人工頭脳へのアクセスを完全に遮断しているのデスよ」
「メタの方から外界にアクセスすることもできないような完全シャットアウト」
オネットの制御から逃れるため、咄嗟に自身を隔離したようだ。
「おとー様、ごめんなさい」
状況に納得を抱いていると、フィアが申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうして謝るんだ?」
「最初からこうなるように計画していましたので……」
アテラもまたディスプレイを青く染め、【m(_ _)m】と表示させながら言う。
どうやら、マグ一人が何も知らないまま右往左往していたらしい。
メタに拉致されて捕まっていた訳だから、当然と言えば当然だが。
「マグ父様のおかげで真に迫る演技ができたデスよ」
敵を騙すにはまず味方から。
もし真っ先にオネットの超越現象でメタを制御しようとしていたら、恐らく彼女はもっと警戒し、うまくことを運べなかっただろう。
対策が全く通じず、悪足掻きを繰り返し、万策尽きて追い詰められる。
それらの工程がメタの隙をつくのに不可欠だったのは間違いない。
そして、その成功確率を上げるのにマグの行動も必要だった、のかもしれない。
「それにしても憐れなものデス。野心の断片さえなければ、増長して油断する機能なんて持たなかったはずデスのに」
「言っても、それがなきゃ最初からこんな大それた真似もしなかったでしょ?」
「ま、そうデスけどね」
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どちらにせよ、詰んでいる。
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しかし、キリやコスモスの境遇や、もしメタに屈していたらアテラ達もまた同じように生殺与奪の権を握られた状態になっていたのだ。
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