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第二章 ガイノイドが管理する街々
086 自然と人間
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「も…………妄言を吐くなっ!!」
タリアが口にした内容を処理し切れずに一瞬思考がとまった様子だったウィードは、己の中に生じた僅かな疑念ごと拒絶するように声を荒げた。
「そんなものを口にする理由は、妾にはない」
「いいや。お前は俺達のような存在が邪魔なはずだ。だから、偽りを以って街から排除しようとしているに違いない!!」
「ウィード……」
人間を尊重し、人間に寄り添うガイノイドとしての意思を踏み躙るような反論。
それに対してタリアは、ただただ悲しげに俯いた。
「いい加減にしろ!」
そんな彼女の姿に居た堪れなくなり、マグは間に割って入った。
「そこまで言うなら迷宮遺跡を見てくればいい。今なら機能が完全に停止しているから、誰でも最深部まで簡単に行けるはずだ」
「何をわめいても、迷宮遺跡がこの街の環境を維持していたことは現実です」
「それが停止した以上、ここも周囲の砂漠と同じような気候になるだけね」
マグの言葉にアテラとドリィも続く。
フィアも腹に据えかねたのか、黙って彼を睨みつけていた。
もっとも彼女の場合、威圧感よりも愛らしさの方が勝ってしまっているが。
それはともかくとして。
このまま何もしなければ草木も水も枯れ、街は住みにくくなっていくのみだ。
迷宮遺跡を再起動しない限り、あるいは、何かしら別の出土品でも持ってこない限り、その未来が覆ることはない。
生身の人間が相対するには、自然というものは余りにも強大過ぎる。
「そんなはずが……そんなはずがない! ここは人が自然を穢さず、自然と共に本来の人の姿で生きていくことができる場所のはずだ」
集中砲火に動揺を顕にしつつも、自分に言い聞かせるように否定するウィード。
そんな彼を一層憐れむような視線を向けながら、タリアが口を開く。
「……ウィードよ。そも、自然とは何じゃ」
「知れたこと。人の手が入っていない環境のことだ」
「じゃが、お主らは人間を自然の一部だとも言うな」
「そんなことは、当たり前のことだろう」
「ならば何故、人の手を自然ではないと言う?」
その問いに、ウィードは虚を衝かれたように言葉を詰まらせた。
「人のなしたことを自然と切り離して考える。人間という存在が特別だと高らかに宣言しているようなものじゃ」
「人間が自然の一部なら、人間の活動によって生じた影響もまた全て自然の中での出来事ってことにならないとね。いい影響も。勿論、悪い影響も」
人間によって生み出されたが故に当然のこととして人間を特別視する存在でもあるドリィは、同調するように頷きながら告げる。
森林が削り取られ、砂漠化が進むことも。
フロンを撒き散らしてオゾン層に穴が開くことも。
雨に酸が混じることも。
それら全てが自然という訳だ。
ただし、解決しなければならない問題であることは間違いないが。
「暑くなれば冷やし、寒くなれば暖める。それ以上でもそれ以下でもなく、他ならぬ人間の生きる環境を整えるためにこそ、好ましくない状況に立ち向かう」
星のためだとか、余計な大義を掲げることなく。
問題があれば、ただただ自分達のために解決を試みるだけ。
それがタリアの、彼女という機体を製作した者の考えなのだろう。
「あの迷宮遺跡は、かつてそのために作られた場所であり、この街はその恩恵に与りながら緑に溢れた環境の中で緩やかな暮らしを行うためにあった」
しかし、彼女は過去形で告げる。
あくまでも最終的な街のあり方を決定するのは人間だと言うように。
秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアの管理者たるメタは人間の意思を自らの思想に合わせて解釈しているそうだが、それとは大違いだ。
正直なところ両極端過ぎて、どちらがいいとは言えない。
むしろ、どちらも駄目だと思うが……。
「自然がどうとか、大層な思想は関係ない。単なる趣味嗜好に過ぎぬ」
タリアはそこで一度区切り、ウィードを真っ直ぐ見据えて再び口を開いた。
「元通りの生活を望むなら迷宮遺跡を再起動させればよい。お主らの好きにせい」
「お、俺は……」
選択を委ねられたウィードは、この場で答えを出すことができないようだった。
気候の変化の原因が迷宮遺跡にあることを信じ切れずにいる部分もあるだろう。
彼は混乱した様子のまま、マグ達に背を向けて拝殿を出ていってしまった。
「……ま、あの人の言うところの自然ってそんなに甘いものじゃないわよね。同じ世界に確かな文明がある。その事実を認識してるだけで安心感が全く違うし」
ウィードの姿が完全に見えなくなってからドリィが呟く。
「自然、いえ、この場は野生と言うべきでしょう。本来のそれは安定的に食糧を得られず、外敵が間引かれてもおらず、僅かな怪我が致命的になる過酷なものです」
「己が家族を、子孫を、同族を守り、繁栄するための文明じゃからな。その恩恵を拒否するということは、そこから離れるということに他ならぬ」
それこそウィードには「お前それサバンナでも同じこと言えんの?」と聞きたくなるが、さすがに今の彼には酷い追い打ちだろう。
「それより、おとー様。これからどうしましょう」
「ん。そうだな……」
フィアに問われ、考える。
これから向学の街・学園都市メイアに向かわなければならない訳だが、この消化不良の状況ですぐ出立するのも不自然だろう。
「もう一日だけ泊まって様子を見よう」
言いながらタリアに視線を向けると、彼女は了解したと応えるように頷く。
そうしてマグ達は御付きの少女の先導で、昨日と同じ客室へと向かった。
タリアが口にした内容を処理し切れずに一瞬思考がとまった様子だったウィードは、己の中に生じた僅かな疑念ごと拒絶するように声を荒げた。
「そんなものを口にする理由は、妾にはない」
「いいや。お前は俺達のような存在が邪魔なはずだ。だから、偽りを以って街から排除しようとしているに違いない!!」
「ウィード……」
人間を尊重し、人間に寄り添うガイノイドとしての意思を踏み躙るような反論。
それに対してタリアは、ただただ悲しげに俯いた。
「いい加減にしろ!」
そんな彼女の姿に居た堪れなくなり、マグは間に割って入った。
「そこまで言うなら迷宮遺跡を見てくればいい。今なら機能が完全に停止しているから、誰でも最深部まで簡単に行けるはずだ」
「何をわめいても、迷宮遺跡がこの街の環境を維持していたことは現実です」
「それが停止した以上、ここも周囲の砂漠と同じような気候になるだけね」
マグの言葉にアテラとドリィも続く。
フィアも腹に据えかねたのか、黙って彼を睨みつけていた。
もっとも彼女の場合、威圧感よりも愛らしさの方が勝ってしまっているが。
それはともかくとして。
このまま何もしなければ草木も水も枯れ、街は住みにくくなっていくのみだ。
迷宮遺跡を再起動しない限り、あるいは、何かしら別の出土品でも持ってこない限り、その未来が覆ることはない。
生身の人間が相対するには、自然というものは余りにも強大過ぎる。
「そんなはずが……そんなはずがない! ここは人が自然を穢さず、自然と共に本来の人の姿で生きていくことができる場所のはずだ」
集中砲火に動揺を顕にしつつも、自分に言い聞かせるように否定するウィード。
そんな彼を一層憐れむような視線を向けながら、タリアが口を開く。
「……ウィードよ。そも、自然とは何じゃ」
「知れたこと。人の手が入っていない環境のことだ」
「じゃが、お主らは人間を自然の一部だとも言うな」
「そんなことは、当たり前のことだろう」
「ならば何故、人の手を自然ではないと言う?」
その問いに、ウィードは虚を衝かれたように言葉を詰まらせた。
「人のなしたことを自然と切り離して考える。人間という存在が特別だと高らかに宣言しているようなものじゃ」
「人間が自然の一部なら、人間の活動によって生じた影響もまた全て自然の中での出来事ってことにならないとね。いい影響も。勿論、悪い影響も」
人間によって生み出されたが故に当然のこととして人間を特別視する存在でもあるドリィは、同調するように頷きながら告げる。
森林が削り取られ、砂漠化が進むことも。
フロンを撒き散らしてオゾン層に穴が開くことも。
雨に酸が混じることも。
それら全てが自然という訳だ。
ただし、解決しなければならない問題であることは間違いないが。
「暑くなれば冷やし、寒くなれば暖める。それ以上でもそれ以下でもなく、他ならぬ人間の生きる環境を整えるためにこそ、好ましくない状況に立ち向かう」
星のためだとか、余計な大義を掲げることなく。
問題があれば、ただただ自分達のために解決を試みるだけ。
それがタリアの、彼女という機体を製作した者の考えなのだろう。
「あの迷宮遺跡は、かつてそのために作られた場所であり、この街はその恩恵に与りながら緑に溢れた環境の中で緩やかな暮らしを行うためにあった」
しかし、彼女は過去形で告げる。
あくまでも最終的な街のあり方を決定するのは人間だと言うように。
秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアの管理者たるメタは人間の意思を自らの思想に合わせて解釈しているそうだが、それとは大違いだ。
正直なところ両極端過ぎて、どちらがいいとは言えない。
むしろ、どちらも駄目だと思うが……。
「自然がどうとか、大層な思想は関係ない。単なる趣味嗜好に過ぎぬ」
タリアはそこで一度区切り、ウィードを真っ直ぐ見据えて再び口を開いた。
「元通りの生活を望むなら迷宮遺跡を再起動させればよい。お主らの好きにせい」
「お、俺は……」
選択を委ねられたウィードは、この場で答えを出すことができないようだった。
気候の変化の原因が迷宮遺跡にあることを信じ切れずにいる部分もあるだろう。
彼は混乱した様子のまま、マグ達に背を向けて拝殿を出ていってしまった。
「……ま、あの人の言うところの自然ってそんなに甘いものじゃないわよね。同じ世界に確かな文明がある。その事実を認識してるだけで安心感が全く違うし」
ウィードの姿が完全に見えなくなってからドリィが呟く。
「自然、いえ、この場は野生と言うべきでしょう。本来のそれは安定的に食糧を得られず、外敵が間引かれてもおらず、僅かな怪我が致命的になる過酷なものです」
「己が家族を、子孫を、同族を守り、繁栄するための文明じゃからな。その恩恵を拒否するということは、そこから離れるということに他ならぬ」
それこそウィードには「お前それサバンナでも同じこと言えんの?」と聞きたくなるが、さすがに今の彼には酷い追い打ちだろう。
「それより、おとー様。これからどうしましょう」
「ん。そうだな……」
フィアに問われ、考える。
これから向学の街・学園都市メイアに向かわなければならない訳だが、この消化不良の状況ですぐ出立するのも不自然だろう。
「もう一日だけ泊まって様子を見よう」
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