第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

224 左手有鉤骨骨折

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『先日、左手有鉤骨骨折と診断された海峰永徳選手は骨片除去手術を受け、無事成功したと球団より発表されました。復帰までは2ヶ月かかる見込みとのことです』

 あの試合から数日後の夜。
 京都フォルクレガシーズとの試合に勝利した俺達は、滞在先である京都市の旅館の一室にいつもの面子で集まってスポーツニュースを見ていた。
 海峰永徳選手の怪我は、それなりに大きなトピックとして扱われている。
 彼は既に退院しているのだが、そのことも周知の事実となっている。
 その際の姿も突撃取材を敢行した記者によって撮影されてWebニュースに掲載されたり、それがSNSに投稿されたりして普通に出回っているぐらいだ。

 社会的に影響の大きい人間は準公人といった扱いを受けるものだが、今生のプロ野球選手は前世よりも遥かに公人としての色が強い。
 勿論プライベートは守られるが、怪我が関わる今回は公私の公側の話になる。
 更に彼は二冠王複数回という確かな実績を残し、日本代表にも選ばれたのだ。
 際どい部分にまで踏み込まれてしまうのも、無理もないことではあるだろう。
 実際、彼は夜の奔放な生活まですっぱ抜かれているからな。

 俺がこのまま活躍を続ければ、明日は我が身となるだろう。
 いや、まあ、俺は世間様に顔向けできないようなことはしてないつもりだし、これからもするつもりなんてないけれども。
 それでも外では気をつけて振る舞わなければならない。
 改めて肝に銘じながら、スマホからSIGNを起動する。
 そして――。

                               『青木さん』
                『海峰選手の怪我は完治すると思いますか?』
                                (URL)

 インターンシップ部隊のグループチャットを介し、スポーツトレーナーを目指している彼に向けてメッセージを送った。
 退院時の海峰永徳選手の写真が掲載されたネット記事のアドレスも添えて。

 現在大学4年生の青木さんは【生得スキル】【医師の瞳(野球)】を持つ。
 野球選手に関わる怪我の軽重、完治の可否を判断できるスキルだ。
 そんな彼に聞けば、海峰永徳選手の怪我が選手生命に関わるものなのか分かる。
【マニュアル操作】と同じく現時点状態は写真からも判定できるらしい。
 なので、退院後の姿を見ることができるURLも送っておいたのだった。
 まあ、インターンシップ部隊に所属している彼らなら既にどこかで退院後の海峰永徳選手の姿を捉えた画像を目にしているとは思うけれども、念のためだ。

「左手有鉤骨骨折。強打者には割とよくある怪我らしいわね」
「グリップを握るスポーツだと起こりやすいって書いてあったっす」
「インパクトの瞬間に手首の辺りにある有鉤骨に負荷がかかったせいだろうって」

 ネットで得たであろう情報を口々に言う美海ちゃん達。
 あの日、試合中にマウンド上で動揺を顕にするという醜態を晒してしまった俺を心配して個人的に色々と調べてくれたらしい。
 持つべきものは仲間だな。ありがたいことだ。
 そんな風に内心で彼女達に感謝の念を抱いていると。

 ――ピロン!

 スマホが通知音を鳴らした。
 どうやら返信が来たようだ。
 SIGNの画面に視線を落とす。

【青木斗真】
『さすがに写真で診断はできないが、手術は成功したって話だからな。後は海峰選手自身が医師やトレーナーの指示にちゃんと従えば完治はするだろう』
『プレイに影響するかどうかは、海峰選手次第だ』

 彼自身は【医師の瞳(野球)】に自覚がある訳ではない。
 そのため、そういった少し曖昧な答え方になるのは当然のことだ。
 とは言え、明らかにマズい状態であれば画像を見て何かしら違和感を抱いただろうし、もしそうであればもっと異なる表現になっていたはず。
 一先ず運動機能に関しては後遺症なく治るレベルと考えてよさそうだ。
 少なからずホッとする。

 あれから数試合経たが、俺自身の野球のパフォーマンスには支障が出ていない。
 あーちゃんのおかげだ。
 しかし、それはそれとして気を揉んでいる部分もあった。
 さすがに怪我で再起不能になって野球人生終わりという結末は望んでいない。
 問題なく復帰を目指せる状態であるのなら幸いだ。
 だとしても、日本代表の席からは降りて貰うつもりだけどな。

 ――ピロン!

 またスマホから通知音が鳴る。
 新しいメッセージが来たようだが、今度は青木さんからではない。
 確認すると、送り主は同じくスポーツトレーナーを目指す柳原さんだった。
 怪我の治りを早めるなどの効果がある【再生工場】のスキルを持つ彼は、青木さんと共に正樹のリハビリのサポートをしてくれている。
 基本2人はセットだ。
 もしかすると今も青木さんと一緒にいるのかもしれない。

【柳原奨】
『過去これと同じ怪我を負った選手の中には、怪我の後にキャリアハイの成績を残して何年も活躍した選手だっているからね』
『たとえ後遺症があったとしても工夫して戦い続ける。それがプロってものだよ』

 そんな柳原さんのメッセージを受け、俺は前世の事例を脳裏に思い浮かべた。
 真っ先に出てきたのは、あの時と割と似たような状況で起きてしまったもの。
 若大将と炎のストッパーの勝負だ。
 勿論、リアルタイムで見た訳ではない。
 だが、球史に残る場面として語り継がれている。

 正にアウトコースへの直球をファウルにした瞬間のことだ。
 かの偉大なバッターは左手有鉤骨を骨折してしまったと聞く。
 話によると、それはあくまで最後の一押しであって前兆はあったらしいが……。
 とにもかくにも、この怪我について彼は後にバッターとしての自分はその時に終わったという旨のコメントを残している。
 しかし、怪我の翌年も前年と遜色ない成績を叩き出している事実もあった。
 間違いなく、並々ならぬ努力と工夫があってのことだ。

 後遺症はあれ、命を奪われる程のものではない。
 人生は続くのだから足掻かなければならない。
 その苛烈さから目を逸らした前世の俺などとは人間としての格が違う。

【青木斗真】
『しかも、当時は医療が今程発達している訳でもなく、そうした怪我に対するノウハウの蓄積も少ない時代だからな』
『ちゃんと手術が成功しているのであれば、海峰選手にだってできない訳がない』
『今後、あの怪我を致命的なものにするもしないも海峰選手次第だ』
【柳原奨】
『怪我に対してあれだけのことを言ってくれていた選手だからね』
『当たり前に復帰するぐらいして貰わないと困るよ』
【青木斗真】
『いずれにしても秀治郎選手が責任を感じる必要はないさ』
『秀治郎選手がリハビリに協力するとまで言って、すげなく断られたんだろう?』
『当たり前のプレイ中で起きた事故に対してそこまで配慮したんだ』
『非難する方がおかしい話だ』
【柳原奨】
『そうそう』
『気に病まない方がいいよ』
                     『2人共、ありがとうございます』
                     『少しだけ、気が楽になりました』
【青木斗真】
『これぐらい何てことないが、助けになれたなら幸いだ』
『いつでも相談してくれ』
【柳原奨】
『あの秀治郎選手の助けになれるなんて僕らも誇らしいからね』
『遠慮しないでまた連絡して欲しいな』
                     『本当に、ありがとうございます』
                     『今後ともよろしくお願いします』

 そう締め括り、SIGNを閉じてから顔を上げる。
 すると、どこか安堵した様子の美海ちゃんと目が合った。
 昇二や倉本さんも似たような表情で俺を見ている。
 青木さん達とのやり取りで、幾分か肩の荷が下りたのが分かったのだろう。

「……でも、アレって疲労骨折パターンが多いらしいわよ? いくら秀治郎君の球でも一発で行くとは思えないし、それまでに全く何の違和感もなかったのかしら」

 と、美海ちゃんが小さく首を傾げながら言う。
 調べていて疑問に思ったのだろう。
 確かにバッターがこの怪我を負う場合は有鉤骨に繰り返し負荷がかかってダメージが蓄積されていき、最終的に限界が来て折れるというのが一般的らしい。
 その過程で手のひらに痛みが出たり、指に痺れが出たり前兆があるとも聞く。
 逆にそうした症状もなく一発で骨折に至るのは死球や打球の直撃、転んだ時に腕を突くなどして相当大きな衝撃を直接受けてしまった場合がほとんどだ。
 バットを介してだと、やはり前者になりやすいのだろう。

「陸玖ちゃん先輩達に調べて貰ったけど、大リーグじゃ175km/hのストレートを投げるピッチャーが出てきても特別この怪我が増えてる訳じゃないしね」

 続く昇二の言葉も、美海ちゃんが口にした疑問も。
 俺に対するフォローの一環だったのかもしれない。

 それはともかくとして。
 今になって振り返ると、そうなり得る要素は散りばめられていた気がする。
 あの試合の前日に取得したばかりの【隠しスキル】【死中求活】と、その効果をフルに発揮できる程に点差が開いて大幅に強化されてしまったステータス。
【体格補正】を完全に逸脱した、完全に身の丈に合っていない力だった。
 その上それを扱ったのは実質的に2、3打席だけ。
 体も全く慣れていなかったに違いない。
 そんな状態で俺の渾身の直球をバットの先の方で当ててしまった。
 手首にかかった負荷に耐えられなかったとしても不思議ではないだろう。
 結果、前兆も何もなく一発で骨折する事態となってしまったのかもしれない。
 勿論、自覚症状を気取られないように我慢していた可能性もなくはないけども。
 今となっては詮ないことか。

「それより、しゅー君を悪く言う人をどうにかしたい」
「壊し屋とか何とかって奴? でも、私が見たところだと逆に好感度は上がってそうだったわよ? 人間味が感じられたとか何とか言って」
「野球星人か、野球マシンか、みたいに感じてた人も多かったらしいっすね」
「ええ……いやいや、俺は極普通の人間だぞ?」
「いや、あれだけ常識外れの活躍をしといて何言ってるっすか」

 倉本さんに呆れ果てたように言われてしまうけれども、実態は本当に有利なシステムを使うことができるだけの凡人に過ぎないんだけどな。
 正直、自分に対する評価と考えると現実味がない。

 とは言え、数字だけを見れば気持ちは分からないでもない。
 異次元の活躍を見せたスポーツ選手に対して、人知を超えた存在への畏れみたいな感情を持つ人は前世でも見かけたからな。
 個人的には受け入れがたいが、甘んじて受け入れるしかないだろう。

「……人間味が感じられたってのは?」
「海峰選手が治療してる時、マウンド上で青褪めてたじゃない。それで、秀治郎君も普通の若者なんだなって感じた人が多かったみたいなの」
「えっと、完璧な存在より弱みがあった方が好感を持てる、みたいな?」
「多分そうね。茜が手を取って落ち着かせたところも中継で流れてたみたいで、正に比翼の鳥みたいな感じに言われてたわ」
「ん。それは見る目がある。しゅー君とわたしは連理の枝」

 あーちゃんは満足そうな表情を浮かべるが、俺としては正直恥ずかしい。
 彼女に慰められたことや、その評価のことではなく。
 あんな風に動揺した姿を世間に晒してしまったことが。

「でも、中にはそれも含めて反感を抱いてる人もいる。壊し屋はいくら何でも酷過ぎる。怪我をしたのは海峰永徳1人だけなのに」
「いや、人数の問題ではないけどな……」

【スキル取得画面】に【壊し屋】なんて【隠しスキル】が増えたぐらいだ。
 当然、怪我を忌避するこの俺がそんなスキルを取得することは未来永劫ないけれども、世の中にそういう目で見る人間がいても不思議じゃない。

「とにかく。そういう人達をもっと少数派にしたい」
「うーん。でも、そういうのってどこからともなく湧いて出てくるものだと思うけど。個々に対応しようとしても、イタチごっこにしかならないんじゃない?」
「だったら、秀治郎君の好感度を更に上げて、そういった人らが白眼視される方向に持ってく方がいいかもしれないっすね」

 ……あれ? 何か変な方向に話が進んでないか?
 それを口にして彼女達をとめる間もなく――。

「ん。しゅー君、好感度アップ作戦を開始する」

 あーちゃんはそんな訳の分からないことを言い始めたのだった。
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