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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

219 因縁の相手(初対面)

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 5月下旬の木曜日。
 今日は交流戦の3試合目が各地で開催される予定となっていた。
 2試合毎にカードが変わるため、これで2球団目との対戦ということになる。
 前日に公営セレスティアルリーグ5位の広島オリエンタルバハムーツとのビジターゲーム2連戦を連勝で飾った俺達は、その日の内にチャーター機で移動。
 同じくビジターゲームでの埼玉セルヴァグレーツ2連戦の初戦に臨むため、先程お隣東京都の立川市内にある滞在先のホテルからバスで出発したところだった。

「……皆、少し疲れてるね」
「そりゃな」

 昇二の言葉に頷く。
 色々とスキルを所持している俺達は元気いっぱいだが、それ以外の選手達はこの交流戦モードの移動にまだ体が慣れていない様子。
 昨日、一昨日の試合の疲労が抜けていないようだ。
 とは言え、いずれは過酷な日程にも慣れるだろう。
 しばらくは俺達が牽引していけばいい。

 そんなことを思いながらバスに揺られること30分弱。

「見えてきた」

 隣の席に座っていたあーちゃんの言葉に、視線を窓の外に向ける。
 確かにドーム球場の屋根の辺りが見えてきていた。

「あそこが、ムーンストーンドーム……」

 埼玉セルヴァグレーツの本拠地球場たるそこで本日先発登板する予定の美海ちゃんが、少し緊張した面持ちで呟く。

「昔は半分屋外みたいなものだったって聞いたけど」
「らしいな。でも、改修後はれっきとした密閉式ドーム球場だ。今年は空調も一新してて、一層快適に野球ができるって評判なんだとか」

 そんなムーンストーンドームの所在地は埼玉県の所沢市。
 前世の在埼玉球団が本拠地としていたドーム(?)球場と全く同じ位置にありながらも設備は同じではなく、今生ではドーム球場として疑問を挟む余地もない。
 おかげで夏はサウナだの、春と秋は冷蔵庫だの散々なことを言われたりしない。
 セミやら蚊やら蜂やらを気にする必要もない。
 試合観戦をする上でも、非常に快適な環境だと聞いている。

「最新の空調……もしかしてカラッカラ?」
「うーん……まあ、その可能性はなくはないな」

 あーちゃんの問いかけに対し、俺は少し曖昧に答えた。
 やろうと思えば、ある程度は湿度や気圧の調整ができるのは確かだ。
 否定したいところではあるが、絶対にあり得ないとは言い切れない。

「もしかするとボールも違うかもしれないっすよ。あの番組みたいに」

 続けて、倉本さんが苛立ちを思い出したような声色でそんな懸念を口にする。
 彼女達がドラフト会議直前緊急特番の収録に参加した後のことだ。
 検証を行い、あの場では低反発球が使われていた可能性が高いことは確かめた。
 他にもいくつか、嫌がらせ染みた小細工をされた疑惑もあった。
 場所はインペリアルエッグドーム東京だったが、あの番組の時と同じように。
 いくつかの要素を組み合わせることで、美海ちゃんの代名詞となっているナックルボールに不利な環境が構築されている恐れがあることは否定できなかった。

「けど、仮にもプロ野球球団がそんなことしてくる?」
「いやあ、実際にあの番組ではそれっぽい状況だったしな……」

 昇二の疑問に対しても言葉を濁し気味に答える。
 どこの誰にどの程度の思惑があったのかは正確には分からない。
 とは言え、様々な人々の利害が一致した結果があれだったのは間違いない。
 似たようなことがあっても何ら不思議な話ではない。

 海峰永徳選手が球団に働きかけていた疑惑も拭い切れていない。
 そんな彼の最近の言動は、大分冷静さを欠いていて不安定だ。
 埼玉セルヴァグレーツも埼玉セルヴァグレーツで、現状シーズン最多敗戦記録を作ってしまいそうなぐらいにマズい状況に陥っている。
 チームの空気も悪いだろうし、首脳陣は相当に追い詰められているだろう。
 そんなことリアルにするか? と思うようなことをしかねないドン底感はある。

「何にせよ、最悪を想定していて悪いことはないさ。杞憂なら杞憂で別にいいし」
「……まあ、それはそうね」

 表情を引き締めたまま深く同意する美海ちゃんに頷き、それから俺は彼女の専属キャッチャーである倉本さんに顔を向けた。

「もしナックルの変化が今一怪しかったら、今日のナックルはもうチェンジアップか何かの緩い球だと思って配球を組み立ててくれ」
「分かってるっすよ。と言うか、どっちにしても今日は最初から2種類のスライダーを決め球にしてリードしていくつもりだったっす」

 ほとんどリマインドのような内容だったが、倉本さんの冷静な返答に安心する。
 今日の試合を意識しているのは事実ではあれ、過度なものではないようだ。
 この調子であれば特に問題はないだろう。
 そう思っていると、あーちゃんに袖をクイクイと引かれた。

「しゅー君。着いた」
「ん? よし。行こうか」
「そうね」

 バスの最後列を離れ、バスから順次降りていくチームメイト達の後に続く。
 そうして俺達は敵地ムーンストーンドームに入り、まずビジターチーム用の掃除がしやすそうな簡素なロッカールームに荷物を置いてベンチへと向かった。
 全員、ユニフォームは既にホテルで着用済みだ。

 それから程なくしてホームチームの全体練習が終わった。
 ビジターチームの練習の番になり、大体同じぐらいに観客の入場が開始される。
 チラホラと、スタンドに埼玉セルヴァグレーツのファンらしき姿が見え始めた。
 レプリカユニフォームを着ている人が多く分かり易い。
 かつてない苦境にありながらも応援しに来てくれる、ありがたいファンだ。
 そんな彼らに一抹の申し訳なさを抱きながらグラウンドに出ていくと――。

「しゅー君」
「ん? ああ……」

 埼玉セルヴァグレーツ側から1人の選手がこちらに近寄ってきて、あーちゃんがそれを知らせるように俺を呼んだ。

「一体、何の用なんだか」

 因縁ある存在の登場に、口の中で嘆息気味に呟く。
 顔はテレビなどで見覚えがある。
 だが、実のところ。
 しっかりと顔を合わせるのはこれが初めてのことだった。

 まあ、現代社会ではそういうことも往々にして起こり得るだろう。
 顔も見たことがない相手とSNSでやり取りして話が拗れてしまい、その挙句にリアルファイトにまで発展したなんて話はよく聞くしな。
 SNSがなかった頃であっても、メディアを通じて対立構造を演出していたらガチに捉えられて険悪な仲になってしまったというような事例が前世にはあった。
 何も直接会うことだけが因縁を形成する方法ではないのだ。

「初めまして……という感じがしないな。野村秀治郎」
「そうですね。海峰選手」

 体育会系的年功序列をそのまま振りかざすような海峰選手に対し、俺は慇懃無礼な雰囲気を表情で作り出しながら応じた。
 テレビで見る丁寧な喋り方は、やはりテレビ向けの演技だったようだ。
 これが彼の素で、きっと夜遊びの場でもそんな風に上から目線でいるのだろう。
 容易に想像することができる。

 埼玉セルヴァグレーツの主砲。海峰永徳選手。
 以前は日本一の選手と呼ばれていたが、今となっては数字に否定されつつある。
 それでも実績という名の強固な命綱により、俺達以外の代表候補というところでWBW日本代表に紛れ込みかねないような微妙な位置に未だ留まっている選手だ。
【不幸の置物】というチーム全体へのデバフ効果を持つ【マイナススキル】を持つだけに、こちらとしては何としてでもWBW日本代表から排除したい。

「規則では試合前の親睦的態度や談笑は禁止されてますが、本日はどのような?」
「親睦でも談笑でもないから別に問題ないだろう」

 俺の問いにイラっとした様子で返す海峰選手。
 彼は敵意の滲んだ眼をこちらに向けている。
 そう仕向けたから当然のことではあるけれども、随分と嫌われたものだ。

「あの瀬川正樹とかいう選手は、まだ帯同していないようだな」
「肩腱板修復と2度目の靱帯再建の手術を受けてますから、さすがに。あの動画でも言っていた通り、今シーズンについてはリハビリに徹して貰う予定です」

 俺が「あの動画」と口にした瞬間、彼は眉間にしわを寄せた。

「あんな大怪我をした実績も才能もない選手を飼い殺しとは余裕があることだな」
「まあ、現状の埼玉セルヴァグレーツなどよりも、村山マダーレッドサフフラワーズの方が余程戦力が充実していますので。野球界にとっては残念なことですが」

 皮肉げな海峰選手の言葉に、こちらの口調も思わず刺々しくなる。
 怪我に関する彼の持論は、いつ聞いても受け入れがたい。
 正樹についても、何度も直接反論してやりたいと思っていた。

「後、飼い殺しは適切な表現ではありませんので、撤回しておいた方がよろしいかと。彼は来年復帰して、貴方とは比較にならないような活躍をする予定ですので」
「……余り調子に乗るなよ」
「事実を並べると調子に乗ったことになるのは驚きです」
「…………この俺のことを55点なんて言いやがって」
「数字を見れば火を見るよりも明らかでは?」
「私営リーグの数字は物の数じゃない!」

 淡々と応じる俺を前に、徐々にヒートアップしていく海峰選手。
 周りの目を忘れているようだ。

「……公営のプライド? 古臭い考え方。下らない」

 そんな彼に向け、俺の斜め後ろからあーちゃんが呆れ果てたように告げる。
 交流戦成績を並べて見ると、確かに公営>私営という状態が長年続いてはいる。
 とは言え、あくまでも6:4ぐらいのもの。
 俺達が既に実績として積み重ねた数字が丸ごと無に帰する程の格差ではない。

「そもそも、その程度で日本一なんて恥ずかしくて名乗れない」
「何だと!?」

 声を荒げて威圧してくる海峰選手を、思いっ切り睨みつけるあーちゃん。
 彼女は全く怯んでいない。
 それでも伴侶として、俺は庇うように一歩前に出て彼女を背中に隠した。

「まあ、そこまで言うのであれば、そちらのピッチャーにはよくよく言っておいて下さいね。敬遠なんてするなって。それは対等か格上の相手に使う戦術ですから」
「……当然だ。この試合で化けの皮をはがしてやる」
「楽しみにしてますよ」

 煽るように言ってやると、海峰選手はほとんど憎悪に近い目を最後に俺に向けてから自軍のベンチの方へと去っていった。
 ここ最近立て続けに己の考えを否定するような事態が続き、あるいは彼は妄執の中で生きているような状態に陥っているのかもしれない。
 であれば、更に過酷な現実を突きつけて目覚めさせてやるしかないだろう。

「とりあえず、気を取り直して練習しようか」
「ん」
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