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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

217 野手コンバートの提案

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 野球の花形と言えば、どのポジションか。
 海外ならばショートと言われている。
 しかし、この日本においてはやはりピッチャーになるだろう。
 何故そうなったのかは諸説あるが……。
 その傾向が現代まで続いているのは、甲子園という特大の知名度を誇るトーナメント戦を勝ち抜くにはとにかく投手力が必要不可欠なのが一因としてあるだろう。
 熱投。酷使。それらは毎年必ず話題になっているからな。
 他に、前世で言えば大リーグで結果を残すことができている日本人選手の多くがピッチャーだということも、多少なり関係しているかもしれない。

 まあ、それはともかくとして。
 少なくともこれから日本で野球を始める子供達にどのポジションをやりたいかと尋ねれば、ピッチャーという答えが多く返ってくることは間違いないだろう。
 それをバランスよく、本人の適性に合わせて各ポジションに割り振るのも指導者の役目ではあるが、チーム事情によってはそもそも選択肢がない場合もある。

 野球というものはピッチャーが投げなければ試合が始まらない。進まない。
 そうである以上、必然的に最低限の能力が要求される。
 故に、人材が豊富とは言えない中堅以下のチームだと、とりあえず最も野球センスのある子を投手に据えざるを得ないといった状況になるのも稀ではない。
 加えて、個々の適性を完璧に見抜くのも【マニュアル操作】がなければ難しい。
 結果、本当なら他のポジションの適性の方が高いにもかかわらず、器用にうまくこなすことができてしまったせいで年齢を重ねてもピッチャーをやっている。
 そんな事例が発生している可能性を否定することは誰にもできないだろう。
 当然ながら、前世においても。

 勿論、実際にそうだったかは適性を確認する術がなければ、分かりようがない。
 しかし、多くの人がそう見なすだろう選手は前世のプロ野球にも存在している。
 近代野球で言えば、投手として1軍で勝利を挙げながらも野手に転向した選手。
 彼は球界を代表するショートとなって盗塁王やゴールデングラブ賞を獲得し、更には2000安打まで達成している。
 他にも投手としては1軍登板すらできなかったが、野手としてはレギュラーに定着して首位打者になった選手だっている。
 もし彼らのステータスを除くことができたなら、投手適性よりも野手適性の方が高くなっているのは間違いないはずだ。

 ……といった話が何の前振りかと言えば。

「貴方達は、明らかに投手よりも野手の方が向いていると思います」

 件のレンタル・トレードによって、高梁さんと長尾さんの代わりに我らが村山マダーレッドサフフラワーズにやってきた2人の選手。
 本野選手と茂田選手の野手コンバートに関してだ。
 珍しくはあれ、決して異常という訳ではないということを言いたかった。

 つまるところ、彼らもまた投手適性よりも遥かに野手適性の方が高いのだ。
 具体的には、本野選手はピッチャーの適性がAなのに対してセンターの適性がSS、サードの適性がS+、それと一応はキャッチャーの適性がS。
 茂田選手はピッチャーの適性B+に対し、レフトとファーストの適性がSSだ。
 まあ、さすがに全くの未経験からキャッチャーになるのは厳しいだろうが……。
 少なくとも他のポジションなら経験不足を加味した上でも適性が高い方がいい。
 ステータス値についても、投手能力より野手能力の方が優れているようだしな。

「や、野手……?」
「いや、それは……どうなんだ?」

 しかし、2人は俺の言葉に困惑したように互いに顔を見合わせる。
 彼らは共に、DH制のある公営パーマネントリーグでプロ野球選手としてのキャリアをスタートして3年と少しの月日を重ねてきた。
 勿論、交流戦で公営セレスティアルリーグの球団が主催の試合に臨む場合は打席に立つこともあっただろうが、そこまで打撃練習を頻繁に行うことはない。
 別の守備位置を試してみようという考えにも中々至るものじゃない。
 投手よりも野手の方が合っていると自覚するのは極めて困難だろう。
 1部リーグと2部リーグを行ったり来たりの状態とは言え、曲がりなりにも1部リーグで登板する機会を得ることができている訳だしな。
 その辺を見極めてコンバートの提案をするのも首脳陣の役割でもあるが……。
 まあ、これも【マニュアル操作】を持たざる者には酷な話だ。
 球史を振り返ると、的確にそうできている指導者も中にはいるけれども。
 名将としか言いようがない稀有な存在だ。

「まあ、とりあえず。騙されたと思って試してみて下さい」
「いや……」
「でもな……」

 煮え切らない反応。
 まあ、初めて顔を合わせた人間にいきなりそんなことを言われて「はい。分かりました」となるはずもない。なので――。

「一先ず投手としても出場して貰いますし、目途が立ったら少なくとも高梁さんと長尾さんと同程度の出場機会は保証しますので」

 首脳陣の一員として、起用法について少し詳しく告げる。
 野手よりも適性が低くともピッチャーとして活躍し、スカウトに目をつけられて実際に1部リーグのプロ野球選手になった彼らだ。
 投手であることに一定のプライドを持っていてもおかしくはない。
 なので、当面は投手としての役割もある程度は残したまま。
 ブルペンデーや大差の試合で軽く投げて貰う。
 同時に野手としても試合に出場する機会を作って実績を残していけば、数字という形でどちらが自分に合っているのか自覚できるようになるはずだ。
 そうすれば、自ずと野手としてやっていくことを受け入れてくれることだろう。
 そして行く行くは。
 彼らも村山マダーレッドサフフラワーズブランドの選手として活躍して欲しい。

 元の球団に戻るのか、はたまた別の球団に行くのか。
 それは現時点ではまだ分からない。
 しかし、野手として成長すれば2人共、村山マダーレッドサフフラワーズ以外ならレギュラーを奪取できるだけのポテンシャルを間違いなく持っている。
 だからこそ、俺はレンタル・トレードの対象として彼らを指定したのだ。
 勿論、最終的に腰を据えることになる球団の状況次第では、緩い二刀流のような状態を試してみたって構わないけれども。
 いずれにせよ、全ての足がかりとして野手という可能性を示してやりたいのだ。

「俺の見立てを信じて、まずはやってみて下さい。ちゃんと真面目に取り組んでくれる限りは、全ての責任をコチラが持ちますので」
「……まあ、今を時めく秀治郎選手の提案だからな」
「ケツを持って貰えてチャレンジさせてくれるってんなら、むしろありがたいか」

 この2ヶ月弱で築き上げた俺の実績は、やはり説得力を持つようだ。
 加えて投手に拘りはあれど、やはり閉塞感に囚われてはいたのだろう。
 大きく気持ちが傾いてきた様子が見て取れる。

「野手としての経験が、巡り巡ってピッチングに好影響を及ぼす可能性もあるし」
「そうだな」

 打つ側、守る側の気持ちを把握する。
 そういう意味では決して無駄な経験にはならないはずだ。
 ピッチャーに練習でキャッチャーをやらせてみるなんて指導法もあるしな。
 四隅へのコントロールや緩急の重要性を実感しやすくなるらしい。
 とは言え、それらはあくまでも意識を変えるためのもの。
 当然ながら、ピッチャーならばピッチングそのものの練習を行うのが第一だ。

 ただ、まあ。
 彼らの場合、そちら側の伸び代は余りなさそうに見える。
 ステータスを見る限り、守備適性の関係で【経験ポイント】が割り振られる優先度が野手寄りになっている可能性が非常に高いのだ。
 野球の育成ゲームで言えば、彼らは野手を育成するモードで無理矢理上げた投手能力でもってピッチャーをやっているようなもの。
 それで1部リーグのピッチャーにまでなっている訳だから、間違いなくギリギリまで自分を追い込むような厳しい練習を積んできたのだろうが……。
 努力は必ず報われるが、必ずしも望んだ形で報われるとは限らないのだ。

「……ま、やるだけやってみよう」
「ありがとうございます。絶対に損はさせませんから」
「損得で言えば、2部落ちの心配なく1部で野球をやれるだけで大分得だけどな」

 苦笑気味に言う茂田選手。
 とりあえず受け入れてくれたようでよかった。
 後は、しっかりと成果を出さなければならない。
 日本プロ野球界の今後のためにも、彼ら自身のためにも。

「では、今日から打撃練習と守備練習も行っていきましょう」
「分かった」
「……ちょっと楽しみだな。ピッチャー以外の守備位置なんていつ以来だったか」

 多分、思った以上に動けることに驚くことになるはずだ。
 それがまずは第一歩になる。

「とは言え、これから始まる交流戦では登板する機会も結構あると思います。ちょっと慌ただしくなるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ああ」「おう」

 俺が頭を下げて言うと、2人はそう応じながら頷いた。

「しかし、交流戦か」
「そう言えば間もなくだったな。確かに忙しくなりそうだ」

 私営リーグは東西で分かれていることもあり、交流戦になると必然的に移動距離が普段よりも長くなってしまう。
 その分だけ当然、選手への負担が大きくなる訳で……。
 適度に体を休めることが不可欠になってくる。
 1部リーグ初年度であるだけに尚更だ。

 野手へのコンバートを提案しておいて申し訳ないけれども。
 実のところ、1部リーグで投手経験があることもちょっとばかし当てにしたレンタル・トレードでもあったのだった。
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