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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

209 本拠地開幕3連戦3試合目

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 日本プロ野球1部リーグの試合は、基本的に火曜日から日曜日までの6連戦と月曜日の移動日を繰り返す形で行われている。
 その上で。出場選手登録の人数やら選手の年俸やら諸々の事情を考慮に入れた結果、日本では6人のピッチャーでローテーションを組む体制に落ち着いた訳だ。

 とまあ、6連戦の部分をクローズアップするために火曜日を起点にして語ったけれども、開幕戦は例年金曜日に実施されている。
 今年もそうだ。
 なので、金土日の3連戦でまずは一区切り。
 月曜日の移動日を挟んで火曜日から再開となるため、厳密には金曜日を起点とした「3連戦+移動日+3連戦」を1サイクルと見なす方が正しい。
 それは開幕3連戦に対応する曜日に先発する3人を表ローテ、次のカードに対応する曜日(火水木)に先発する3人のことを裏ローテと呼ぶことからも分かる。
 そして一般的に。表ローテにはエースピッチャーを含む主力が並ぶことが多いので、裏ローテより表ローテの方が厳しい戦いを強いられることになり易いが……。

「そうは言ってもチーム事情によっては変則的なローテーションの組み方をすることだってあるからな。裏ローテの3人目だからって気を抜かないように」
「わ、分かってるわよ。と言うか、公式戦初登板で気を抜ける訳ないじゃない」

 木曜日。本拠地開幕3連戦のラスト。
 即ち、今シーズンの通算6試合目。
 ビジターチームである静岡ミントアゼリアーズの打撃練習中。
 1塁側のベンチ裏で、美海ちゃんが緊張した様子を見せていた。
 珍しくガチガチだ。
【明鏡止水】など精神安定効果のあるスキルは彼女も完備しているが、フィールドに立たないと効果が発揮しないものも多いからな。
 試合が始まれば落ち着くだろうが、今は許容量を少しオーバーしているようだ。

 けど、まあ。そうなるのも無理もないことだろう。
 今日は彼女の公式戦初登板初先発の日なのだから。
 勿論、代打で何回も打席になっているので公式戦初出場という訳ではない。
 しかし、それはあくまでも大量リードした余裕のある状況でのこと。
 先発登板ともなると、プレッシャーの大きさは段違いだろう。
 プロのピッチャーとしての人生を踏み出す第一歩。
 高校の集大成としての甲子園決勝戦ともまた異なる気持ちがあって然るべきだ。

「みなみん、さすがにもう少し肩の力を抜いた方がいいっすよ」
「けど、ここまで5連勝で来てるのに、負けられないじゃない」

 美海ちゃんの言う通り、村山マダーレッドサフフラワーズはここまで無敗。
 敵地開幕3連戦を無事3連勝で飾り、本拠地開幕戦でも既に2勝を挙げている。
 その事実もまた、逆に彼女を緊張させる要素になってしまっているようだ。
 自分がチームに最初の敗北をもたらすことになってしまうのではないか、と。
 連勝中には連勝中の重圧というものもあるのだ。

 ちなみに。
 本拠地開幕戦2勝の内の1勝は、裏ローテの頭として投げた俺の勝ち星だ。
 折角1部リーグに昇格して最初のシーズンの本拠地開幕戦なのだからと満員の来場者のために徹頭徹尾全力投球をした結果、完全試合というオマケもついている。
 札幌ダイヤモンドダスツとの開幕戦の時点で薄々分かっていたことだが、大リーグ最上位レベルのステータスは日本野球界には過剰過ぎるらしい。
 やはり今生の日本における平均的な1部リーグのプロ野球選手は、アメリカ代表に挑むにはまだまだ実力が不足しているのだろう。
 前世で世界制覇を果たした日本プロ野球を褒め称えるべきか、野球狂神のガバガバなバランス調整を責めるべきか、迷いどころだ。

 ともあれ、日本プロ野球界は全体的なレベルアップを図る必要がある。
 それは紛うことなき事実。
 だから、次からはまた適度に加減して敵味方関係なく成長を促す予定だが……。
 まあ、これは余談だな。
 今日の主役は美海ちゃんだ。

「村山マダーレッドサフフラワーズはここまで5試合連続で2桁得点を挙げてるんすよ? 少し炎上したぐらいじゃ負けることはないっすよ」
「そうは言っても、秀治郎君への四球攻めが始まって得点力が落ちてるじゃない」
「そのための打順変更っすよ。今日はウチと瀬川君に任せて欲しいっす」

 珍しく気弱な美海ちゃんに、俺からもフォローを入れたい気持ちはある。
 しかし、俺の言葉は良くも悪くも影響が大きい。
 今は心を鬼にして2人を見守るに留める。
 WBWなどの大舞台以外で緊張感と戦うことのできる数少ない機会だ。
 倉本さんと共に、うまいこと乗り越えて欲しい。
 捕手として初先発となる彼女も、多少なりナーバスになっているはずだから。

「…………ねえ、秀治郎。打順の組み方、本当にあれでいいの?」
「ん? 不満か?」

 話の流れ的に、昇二の質問の意図は大体分かっている。
 だから俺は、そう質問で返した。

「そんなことはないけど……倉本さん、プレッシャーじゃない?」
「それはそうだろうけど、彼女にももっと成長して欲しいからな」

 言いながら、静岡ミントアゼリアーズの打撃練習の時間が終わって少ししたらスコアボードに表示される予定のスターティングオーダーを脳裏に浮かべる。
 今日の村山マダーレッドサフフラワーズのそれは次の通りだ。

1番 二塁手 野村茜
2番 遊撃手 野村秀治郎
3番 右翼手 瀬川昇二
4番 捕手  倉本未来
5番 三塁手 崎山武蔵(ムサシ)
6番 一塁手 大法豊
7番 左翼手 志水義信
8番 中堅手 木村大成
9番 投手  浜中美海

 目を引くのは、やはり4番打者。
 クリーンナップに据えられた倉本さんだろう。
 代わりに俺が2番なのは、別に2番打者最強論を推しているからではない。
 美海ちゃんが口にした通り、早くも四球攻めの傾向が出始めているからだ。

 今日までの5試合。
 俺は村山マダーレッドサフフラワーズの強さを示すために、ある種のチートに近いものがある【離見の見】を用いた超集中状態を駆使した上で打席に臨んだ。
 結果、18打数18安打7本塁打28打点11四死球8盗塁OPS3.778というゲーム染みた成績を現時点で残してしまっている。
 まあ、現アメリカ代表選手が日本でやれば、これぐらい容易いだろうけれども。
 こんな数字を目の当たりにしてしまえば、誰だって四球攻めが頭を過ぎる。
 たとえ満塁の状況でも、四球で押し出した方が遥かにマシって成績だからな。
 そして実際に。
 既に11ものフォアボールを貰っていた。
 ただし、プライドが許さないのか、まだ申告敬遠はない。
 突然コントロールが乱れて、バットも届かないようなところに来るだけだ。
 界隈に与えたインパクトの大きさが窺い知れる。

 やり過ぎたかとも少し思うが、この成績が今後も続くことはない。
 今はそれこそアシストつきでやっているようなもの。
 アメリカ代表に挑むには素のプレイヤースキル的な部分を鍛えるのも不可欠。
 だから、少なくとも【離見の見】については当面封印するつもりでいる。
 そうすれば、多少は落ち着いた数字になっていくはずだ。

 尚、昇二を3番に変更したのは今後を見据えてのことだ。

「早晩、昇二も四球攻めを食らいかねないし」
「そうかな」
「5試合4本塁打なんだから、もっと自信を持った方がいいぞ」

 勿論、過信して増長するよりは余程いいけれども。
 俺や磐城君、大松君と比べてしまって自分を過小評価するのは少し困る。
 正樹からこっち、2番手的な立ち位置に己を填めこんでしまっている気がする。
 それは解消するには、とにかく実績を積み重ねていくしかないだろう。
 いずれにしても――。

「あーちゃん、俺、昇二で塁を埋めて倉本さんにホームに返して貰う。着実に打点を稼いで彼女が打点王になれば、誰が見ても分かり易い実績になる」
「実績って……」
「ドラフト指名した時にとやかく言った奴らへの当てつけだ」
「……そこまで打ったら四球攻めされない?」
「それならそれで、倉本さんが強打者と認められた証になるからな。低く評価してた評論家連中も歯噛みするだろうさ」
「秀治郎って、意外とねちっこいよね」

 俺の言葉に対し、昇二は呆れるように苦笑いする。
 まあ、そこは否定しない。
 けれども、これもまた打倒アメリカに必要なことなのは間違いない。
 評価されるべき選手は、評価されなければならないのだ。

「四球攻めと言えば、磐城君と大松君は大丈夫なのかな。あっちはあっちで、勝負を避けられ始めてるみたいだけど」
「壮行試合とオープン戦も含め、派手に活躍してるからな。打線を見ても1人だけが明らかに突出してるし、それも拍車をかけてるんだろう」
「大リーグみたいなルール変更が必要なのかな……」
「かもな」

 とは言え、正直なところ。
 村山マダーレッドサフフラワーズとしては、四球攻めは脅威となる策ではない。
 勿論、個人の成績には大きく影響してしまうだろうが……。
 相手チームの勝ちに繋がる可能性は限りなく低い。
 何故なら、四球攻めは特定の選手が抜きん出ていてこそ効果がある策だからだ。
 9人全員にフォアボールを与えていたら試合にならない訳で、理屈の上では強打者を9人並べてしまえば四球攻めなどという策は無に帰すことになる。
 まあ、それは普通に考えれば現実的な話ではないが、村山マダーレッドサフフラワーズのように1番から4番まで続けば十分効果を減じることができるはずだ。

 ちなみに、俺よりも優れた打者を9人並べた打線が現アメリカ代表となる。
 打倒アメリカを成し遂げようと思うなら、それを抑えなければ何も始まらない。
 WBW制覇を本気で望むなら、四球攻めに縋るなど愚の骨頂だ。

 そんなことを昇二と話していると――。

「よし!」

 パチンという音の後、美海ちゃんが気合いのこもった声を上げた。
 見ると、彼女は両手で自分の頬を挟み込むようにしている。
 頬を叩いて気持ちを切り替えたようだ。

「……大丈夫そうだな」
「みなみーなら問題ない」

 ずっと隣にいたあーちゃんの、美海ちゃんへの信頼が感じられる言葉に頷く。
 フィールドに入る前にある程度折り合いをつけることができたのは、彼女にとって1つの経験となったことだろう。
 後はしっかりと試合に勝ち、成功体験にまで昇華させることが何よりも大事だ。
 なので、今日までは全身全霊で援護しよう。

「さ、行きましょ!!」
「ああ」「ん」「っす」「うん」

 静岡ミントアゼリアーズの打撃練習が終わり、皆で試合前の守備練習に向かう。
 美海ちゃんの記念すべき公式戦初登板初先発となる本拠地開幕3連戦の最終日。
 その試合開始前の出来事だった。
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