第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

文字の大きさ
上 下
249 / 311
第3章 日本プロ野球1部リーグ編

206 【不幸の置物】

しおりを挟む
 1回の裏。兵庫ブルーヴォルテックスの攻撃。
 先頭打者の佐藤壱郎選手がボテボテのゴロからの内野安打で出塁。
 2番打者の塩口誠選手がライト前へのテキサスヒットでノーアウト1塁2塁。
 3番打者の大橋智則選手はセカンドへの絶妙な感じのゴロ。
 日本代表チームのセカンドは2塁に送球し、1塁ランナーはフォースアウト。
 ショートが1塁に投げてゲッツーを狙うもバッターランナーはセーフ。
 1アウトランナー1塁3塁。
 そこに至るまでの経緯は若干異なっているものの、奇しくも1回の表と全く同じ状況で同じく4番打者である磐城君に打順が回った。

「野球あるあるよねえ。こういうのって」
「チャンスを逃した次の回に似たようなピンチが巡ってくる奴っすね」
「ああ。よく見る光景だよな」

 美海ちゃんと倉本さんの言葉に深く頷く。
 ピンチの後にチャンスあり。逆もまた然り。
 よく言われることだ。
 そこから更に、シチュエーションまで諸被りしてしまう。
 そういったことも往々にして起こる。
 例えば、贔屓がノーアウト満塁で凡退した後にノーアウト満塁にされる。
 しかも、そうやって贔屓がピンチの時に限ってしっかりと点を取られてしまう。
 悪い記憶は残り続けるとは言うが、それにしたって頻発している印象がある。
 いわゆる流れ・・の存在を信じたくなる。
 そして流れ・・で言うなら、この打席の結果はある程度想像がつくだろう。

『さあ、先制のチャンスに4番の磐城がバッターボックスに入ります。1回表のピンチを切り抜けたルーキーは、果たしてバッティングでも魅せてくれるのか!?』

 WBW日本代表の先発投手の野上浩樹選手は左投げ。
 それが理由の全てではないだろうが、磐城君は右打席に立つ。

「野上選手、調子悪そう?」
「あー、いや、まあ、悪いと言えば悪いだろうな」

 1番から3番まで3人の打者に対する投球を受けて確認するように問いかけてきた昇二に、俺は思わず微妙な反応をしてしまった。
 彼は不審そうに首を傾げるが、そう応じた理由については何とも説明しがたい。
 これは調整不足とか体調不良とか、そういうことではないだろうからな。

「…………やっぱり困るな。海峰選手がいると」

 思わず深く嘆息し、口の中でポツリと呟いてしまう。
 隣のあーちゃんには聞こえたらしく、その意味を問うような目を向けてくる。
 そんな彼女に俺は「何でもない」と苦笑気味に誤魔化し、視線を画面に戻した。

『野上、セットポジションから1球目を……投げました! 外角低めに決まってストライク! 磐城、初球を慎重に見送りました』

 画面上の表示では142km/hのストレート。
 消える前に何度か確認しても数字が変わることはない。

「……いくら何でも遅い」

 スマホでも球速を確認したあーちゃんが不思議そうに首を捻る。
 それに美海ちゃんも同意するように「そうね」と頷く。

「3番打者に対してもこんな感じだったけど……野上選手って得点圏にランナーが進んだら、もっと力を入れて投げるはずなのに」
「ギアが入ると、直球なら150km/h連発もザラだったはずっすよね」

 しかし、スピードガンの表示はこの有様だ。
 磐城君はしっかり161km/hが出ているのだから測定環境の違いでもない。
 ただ単に、出た数字の通りの速度だったということになる。
 そうと分かっているからか、美海ちゃんも倉本さんも何とも訝しげな表情だ。

「手を抜いてる?」
「いや、それはないと思うぞ」

 野上選手の名誉のためにも、あーちゃんの疑問はさすがに否定しておく。
 とは言え、そう思われても仕方がない状態であることは否めない。

 WBW日本代表に選ばれているのだから当然ではあるが、野上選手もまた球界を代表するピッチャーと言って差し支えない選手だ。
 大松君が入団した東京プレスギガンテスの現エースと言っていい。
 まあ、今シーズンからは大松君が取って代わることになるだろうけれども。

 それはともかくとして。
 野上選手の持ち味は、鋭く斜めに変化するスライダーと切れのいいフォーク。
 それからタイミングを外すスローカーブだ。
 ストレートも最高球速は153km/hで平均球速は148km/hと高品質。
 スタミナとコントロールも1級品と言ってよく、四球が少なく完投が多い。
 イニングを食ってくれて、QSは当然としてHQSも何度も達成している。
 理想的な先発投手だ。
 にもかかわらず、この試合では――。

『2球目、外角低めに外れてボール! 野上、直球を続けてきました』

 彼の基本スペックに反して、また142km/hの表示が出る。
 初回ながらも1アウトランナー1塁3塁のピンチだ。
 通常なら、この状況であれば彼がギアを入れて投げないはずがない。
 もっとも、大々的に扱われてはいても非公式の試合に過ぎないのは事実。
 だから、あーちゃんは加減している可能性を提示したのだろうけれども……。
 国家の大事であるWBW。それに向けた壮行試合。
 更には国民の注目を浴びているこの一戦でそうするのはリスキー過ぎるだろう。
 彼自身の名誉にも関わるからな。

『3球目、スローカーブが大きくアウトコースに外れて2ボール1ストライク!』
「やっぱり調子が悪い?」
「まあ、うん。そうだな。実力を全く発揮できてないのは間違いない」

 球速のみならず、コントロールも明らかに普段より悪くなってしまっている。
 ストライクゾーンには甘く入り、ボールゾーンに来るのは明確なボール球。
 変化球のキレも今のところ微妙だ。
 本調子ではないことは誰が見ても分かる。
 調整失敗。それどころか、下手をすると故障すら疑われるレベルだ。
 しかし、これはそういった類のものでもない。

 繰り返しになるが、野上選手は球界を代表するピッチャーの1人。
 自主練習や春季キャンプでの過ごし方はキッチリ確立しているはずだ。
 そうでなければ球界を代表するピッチャーとしての立場を維持できる訳もない。
 超一流の選手がこの時期にこれはあり得ない。
 WBWに合わせた調整を早めているにせよ、キッチリ仕上げてくるはずだ。
 にもかかわらず、何故こんなことになっているのか。
 恐らく、それは当人ですらも分かっていないだろう。
 徐々に厳しくなっている表情を見れば一目瞭然。
 野上選手も今正に混乱の只中にいるに違いない。

 そもそも原因は野上選手にはないからな。
 彼が自ら答えを探そうとしても辿り着くことなどできはしない。
 これを特定できるのは【マニュアル操作】を持つ人間のみだ。
【マイナススキル】【不幸の置物】。
 昨シーズンの終盤に、いつの間にか海峰選手が取得していたスキル。
 このデバフ効果により、野上選手普段の実力を全く発揮できていないのだ。
 そして、それは他の選手も同じ。
 チーム全員、重い枷をつけられたまま戦っているようなものだ。
 もはや海峰選手は、役に立たないのを通り越して疫病神のようになっている。
 こうなるだろうと想像はできていたが、正直ここまでとは思わなかった。
 忌々し過ぎて舌打ちしてしまいそうだ。

『4球目もボール! 磐城、フォークを見極めました!』
「コースが悪いっすね」
「これだと振ってくれないわ」

 これも微妙なコントロールミスだ。
 もしも普段の野上選手のフォークだったら。
 たとえ結果として見送っていたにせよ、磐城君はもう少し反応を示したはずだ。

『カウントは3ボール1ストライク。ここはストライクが欲しいところです』
「……もう歩かせてもいいんじゃないっすかね」
「俺もそう思うけど、これは壮行試合だからなあ」

 しかも片や日本代表に選ばれた実績十分のピッチャー。
 片や公式戦デビュー前の新人選手。
 投手としての実力なら、球速や持ち球で多少なりとも予測がつくかもしれない。
 だが、バッティングは対戦相手が関わってくることもあって判断が難しい。
 彼の実力をよく知る俺達でもなければ、勝負を避ける選択は下せないだろう。
 そして案の定。

『野上、6球目を……投げました!」
「あ」

 思わず声が漏れてしまった。
 半端な速度のストレートが真ん中やや高め、やや外の辺りへ投じられる。
 デバフでコントロールが低下している状態でストライクを取りに行ってしまった結果、明らかな絶好球になってしまっていた。
 それを逃す磐城君ではない。

 ――カアンッ!!

「逝った」
「行ったわね」
「行ったっす」

 正に打った瞬間という当たりだった。
 理想的な軌道で、打球はグングン伸びていく。

『これは大きい! センター1歩も動かない!』

 打った本人である磐城君も確信しているようだ。
 少しだけ打球の行方を確認してから、緩やかに走り出す。

『打球は快音を残してバックスクリーンへ飛んでいく! 入りました! スリーランホームラン! 兵庫ブルーヴォルテックス、3点先制しましたっ!』
「よしよし。さすが磐城君だ」

 そう言葉にしつつも、野上選手には内心同情する。
 これで彼の評価が下がってしまうのは非常に忍びない。
【マイナススキル】【不幸の置物】の存在を知るのは日本で俺だけだからな。
 正直もどかしいが、こればかりは非常識な話過ぎて口を閉ざすしかない。

 まあ、とは言っても。
 野上選手はあくまでも東京プレスギガンテスの所属。
 埼玉セルヴァグレーツの海峰選手とは別の球団の選手だ。
 ペナントレースの中でいくらでも名誉挽回のチャンスはあるだろう。
 他の選手にしてもそうだ。
 WBW本選も含めて悲惨な結果になりかねないが、それこそ不幸な出来事だったと切り替えて頑張っていって貰いたいものだ。

「……日本代表には悪夢みたいな試合だったわね」

 やがて試合が終わり、美海ちゃんが憐れむように呟く。
 WBW日本代表対兵庫ブルーヴォルテックスの壮行試合のスコアは0-12。
 惨敗としか言いようがない結果だった。

 磐城君の成績は、投げては9回無失点の完封勝利。
 打っては6打数5安打2本塁打7打点の大暴れ。
 誰がどう見ても、この試合の主役は日本代表ではなく磐城君だった。
 既に大きな反響を呼び、SNSではトレンドに上がっている。
 WBW日本代表相手に活躍した彼の存在を称賛する人が多数だ。
 その一方で。
 美海ちゃんと同じように日本代表の敗北を指して悪夢と評している人も多い。
 しかし――。

「過去形にするにはまだ早いな」
「そうっすよね……」
「次の壮行試合は大松君がいる東京プレスギガンテスとだし」

 日本代表に期待を寄せる人々にとっての悪い夢はこれだけでは終わらない。
 まだまだ続いていく。
 野球に狂った世界だけに、その事実は多くの国民を絶望させるかもしれない。
 だが、この壮行試合は同時に希望が存在することも示している。
 後から改めて振り返った時にそう気づかせることができるように、大松君にも磐城君と同等以上の大暴れをして欲しい。
 そう願いながら、俺はホテルのロビーを後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

Energy vampire

紫苑
ミステリー
*️⃣この話は実話を元にしたフィクションです。 エナジーヴァンパイアとは 人のエネルギーを吸い取り、周囲を疲弊させる人の事。本人は無自覚であることも多い。 登場人物 舞花 35歳 詩人 (クリエーターネームは 琴羽あるいは、Kotoha) LANDY 22歳  作曲家募集のハッシュタグから応募してきた作曲家の1人 Tatsuya 25歳 琴羽と正式な音楽パートナーである作曲家 沙也加 人気のオラクルヒーラー 主に霊感霊視タロットを得意とする。ヒーラーネームはプリンセスさあや 舞花の高校時代からの友人 サファイア 音楽歴は10年以上のベテランの作曲家。ニューハーフ。 【あらすじ】 アマチュアの詩人 舞花 不思議な縁で音楽系YouTuberの世界に足を踏み入れる。 彼女は何人かの作曲家と知り合うことになるが、そのうちの一人が決して関わってはならない男だと後になって知ることになる…そう…彼はエナジーヴァンパイアだったのだ…

異世界から来た皇太子をヒモとして飼うことになりました。

おのまとぺ
恋愛
ある日玄関の前に倒れていた白タイツコスプレ男を助けた森永メイは、そのまま流れで一緒に暮らすことになってしまう。ロイ・グーテンベルクと名乗る男は実は異世界から来た本物の王子で、その破天荒な行動は徐々にメイの生活を脅かしはじめーーーー 「この俺の周りをウロつくとは大層な度胸だな」 「殿下、それは回転寿司です」 ◆設定ゆるゆる逆転移ラブコメ(予定) ◆ヒーローにときめくようになったら疲れている証拠 ◆作者の息抜き用に書いてるので進展は遅いです 更新時間は変動します 7:20

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

友人Aの俺は女主人公を助けたらハーレムを築いていた

山田空
ファンタジー
友人Aに転生した俺は筋肉で全てを凌駕し鬱ゲー世界をぶち壊す 絶対に報われない鬱ゲーというキャッチコピーで売り出されていたゲームを買った俺はそのゲームの主人公に惚れてしまう。 ゲームの女主人公が報われてほしいそう思う。 だがもちろん報われることはなく友人は死ぬし助けてくれて恋人になったやつに裏切られていじめを受ける。 そしてようやく努力が報われたかと思ったら最後は主人公が車にひかれて死ぬ。 ……1ミリも報われてねえどころかゲームをする前の方が報われてたんじゃ。 そう考えてしまうほど報われない鬱ゲーの友人キャラに俺は転生してしまった。 俺が転生した山田啓介は第1章のラストで殺される不幸の始まりとされるキャラクターだ。 最初はまだ楽しそうな雰囲気があったが山田啓介が死んだことで雰囲気が変わり鬱ゲーらしくなる。 そんな友人Aに転生した俺は半年を筋トレに費やす。 俺は女主人公を影で助ける。 そしたらいつのまにか俺の周りにはハーレムが築かれていて

おっチャンの異世界日記。ピンクに御用心。異世界へのキッカケは、パンツでした。

カヨワイさつき
ファンタジー
ごくごく普通のとあるおっチャン。 ごく普通のはずだった日常に 突如終わりを告げたおっチャン。 原因が、朝の通勤時に目の前にいた ミニスカートの女性だった。女性の ピンク色のナニかに気をとられてしまった。 女性を助けたおっチャンは車にはねられてしまった。 次に気がつくと、大きな岩の影にいた。 そこから見えた景色は、戦いの場だった。 ごくごく普通だったはずのおっチャン、 異世界であたふたしながらも、活躍予定の物語です。 過去の自身の作品、人見知りの作品の 登場人物も、ちょっと登場。 たくさんの方々に感謝します。 ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...