第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門

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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

201 第31回WBWドーピング問題

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 ドーピング。
 禁止されている物質を摂取したり、ルールに反する手段を用いたりすることで競技に有利な能力を高める行為。
 そういった行為を隠蔽しようとすることもまた、その違反に含まれる。
 往々にして選手の健康を害する副作用があり、また、スポーツフェアネスに著しく反するとして厳重に取り締まられている。
 前世でもドーピングはスポーツ界において非常に大きな問題となっており、その時代その時代で選手の運命を大きく左右することもあった。
 オリンピックにおいて国家ぐるみのドーピングをしたとして、ロシアが国として選手を派遣できなくなったのは今生で既に18年生きた俺の記憶にも残っている。
 正にそのロシアが、この野球に狂った世界でもやらかすとは思わなかったが。

 ……いや、正直なところ。
 世界の趨勢すら決めてしまうWBWという場において、ドーピングをしてでも勝利を得ようとする国が全くないとは俺も思っていなかった。
 実際に、過去にはそういった事例もあったそうだしな。
 しかし、だからこそ前世以上に取り締まりも罰則も厳しいようだし、そのおかげか、長らくドーピング違反者が現れていなかったのは事実だ。
 まあ、今回の件を考えると、巧妙に隠されていただけだったんだろうけど。
 どうやって監視の目をすり抜けたかと言えば……。

「腸内細菌ドーピング?」

 スマホで情報収集を始めたあーちゃんが、首を傾げながら問うように呟く。
 それを受けて、俺もまた状況把握のためにスマホ画面へと視線を落とした。
 腸内細菌ドーピング、か。

「今回からドーピング検査に検便が追加され、その結果としていくつかの国の選手から腸内細菌ドーピングの痕跡が見つかった」
「中でもロシアはほとんどの選手が違反対象となっており、国家ぐるみで行われたものとして該当選手のみならず国としてWBWへの出場停止の処分を受けた」

 ……成程。
 新しい検査基準ができて、それに抵触してしまった訳だ。

「腸内細菌ドーピングって、普通のドーピングと違うの?」

 と、お義母さんが初耳といった風に尋ねてきた。
 彼女もまた、スポーツ選手の身内として必要十分な知識を学んでくれている。
 俺の母さんと一緒に。
 市販の薬やサプリメントで違反者になること程、つまらない話はないからな。

 しかし、それはあくまでも。
 経口摂取してしまう可能性のある禁止物質にどういったものがあるか。
 あるいは注射や点滴の制限など、意図せず禁を犯すことを防ぐための知識だ。
 話題に上がった腸内細菌ドーピングはそれらに該当しない。
 普通に生活している限り、それに抵触した状態になることはあり得ないからな。
 お義母さん達が読んだであろうアンチドーピングガイドブックやウェブサイトに載っていなかったとしても、不思議な話ではない。
 故に、彼女はそれについて知らなかったのだろう。

「そうですね……」

 とは言え、俺も腸内細菌ドーピングについては前世で軽く聞きかじった程度。
 なので、正確を期するために検索サイトで確認をしながら口を開く。

「腸内細菌ドーピングというのは――」

 特定の地域に住む人や特定のパフォーマンスに優れた人間の腸内に存在する細菌を選手に移植することによって運動機能の増強を図る、というものだ。
 いくつかの種類の細菌が存在し、それらは少ないタンパク質で効率よく筋肉をつけることができたり、乳酸を代謝して持久力を高めたりする機能を持つそうだ。
 しかも、これは通常の尿検査や血液検査では検知することができない。
 検便であれば不可能ではないが……。
 少なくとも俺が前世で生きていた頃は尿検査と血液検査のみだったから、公的な検査機関によるドーピング検査をすり抜けることができる手法だと言える。
 しかし、今生では今回から検便もドーピング検査に加わることとなったため、それに抵触する選手が出てきてしまった訳だ。

「……藪蛇?」
「だったみたいだな」

 あーちゃんのどこか冷めた言葉に相槌を打つ。
 ドーピング検査が強化されることになった経緯に関しての話だ。

 切っかけは、レジェンドの魂を持つアメリカ代表選手達。
 常識外れな大活躍を見せた彼らがドーピングを疑われたことだったそうだ。
 いや、まあ。
 正直なところ、その気持ちは理解できる。
 彼らの真実を何も知らない状態であの暴れっぷりを目の当たりにしたら、俺だってそんな風に疑っていただろう。
 大リーガーの中ですら、それぐらい隔絶した存在だからな。
 異常とも言える成績を見ただけでも分かる。

 ことの発端は、国際会議の場でロシアがポロッと口走ってしまったことらしい。
 現在の状況を鑑みるに自分達がやっているのだから、アメリカも当然やったんだろうというような意識があったのかもしれない。
 やっかみもあってか、アメリカ代表選手のドーピングを疑うような発言をした。
 それに対し、アメリカはいっそわざとらしいぐらい過剰に反応した。
 痛くもない腹を探られて不愉快だと言わんばかりに、激しく抗議した。
 そして彼らは、フルオープンかつ高頻度でドーピング検査を実施したのだった。
 当然、第3者機関によって公平公正に。客観的に。
 結果は当然のように陰性。
 アメリカ代表選手は頭の天辺から足の爪先まで完全無欠の天然もの。
 その事実が証明され、一層世界が恐怖したのは余談だが……。

 その後。アメリカはこの件を利用してアンチドーピングの機運を煽った。
 そしてWBWの覇者という立場を利用して、これまでの尿検査や血液検査に加えて検便をドーピング検査に加えることを決めたのだった。
 それが前回のWBWから2年の間に起きた出来事。
 で、今回のWBW本選を控えたドーピング検査で大量の違反者を出してしまったロシアは、出場停止の憂き目に遭うことになってしまった。
 正に藪をつついて蛇を出してしまった訳だ。

 ちなみに、元々その腸内細菌を持っている人々は違反の対象外となる。
 そこは継続的な検査を以って確認することになっているらしい。
 少なくとも今回は。
 特定の高地に住まう人々しか持っていないはずの腸内細菌が遺伝子的なルーツをそこに持たない選手から検出されたが故に、一発アウトだったとのことだ。

「……しかし、これは【マニュアル操作】では判別できないのか」

 あーちゃんにも聞こえないように口の中で呟く。

 この件で使われた腸内細菌は筋肉を効率的に増大させるためのもの。
 その効果を考えると【経験ポイント】の取得量を増加させるようなものだ。
 それだけ……と言ってはいけないだろうが、とりあえず直接的に身体機能に作用するようなタイプのドーピングではない。
 だからなのか、ステータス画面からは判別できなかったようだ。
 しかし、場合によっては何かしら表記に異変が生じる可能性は十分にある。
 そこは一応、気をつけておいた方がいいだろう。

「それにしても、あの手この手でよくやるもの」
「……そうだな」

 前世でもドーピング問題はイタチごっこだった。
 そう考えると、もっと高度な、これらの検査でも決して分かり得ないようなドーピングが横行してしまうかもしれない。
 それこそ、この次。
 2年後。俺達が出場する可能性のある大会から。

 とは言え、これ以上巧妙なドーピングとなると……。
 あるいは、遺伝子ドーピングが現実のものになってしまうかもしれないな。
 ゲノム編集による人体改造。
 もはや倫理観もクソもない話だ。
 とは言え、今生の世界はもうとっくに片足を突っ込んでしまっている。
 与太話と思われていた遺伝子適性検査は既に行われている。
 それこそロシアなんかでは、それを基にした野球選手の選別もなされている。
 広義の意味では遺伝子ドーピングと言っても過言ではないだろう。
 更に一歩進めば、適性の高い遺伝子へと操作することも視野に入ってくる。

 そして、これは尿検査も血液検査も検便もすり抜けることができる手法だ。
 生まれながらに操作されていれば、遺伝子検査でも黒と断定できないだろう。
 それが自然な状態だと強弁されてしまえば、疑いをかけること自体が差別扱いされてしまうような事態もあり得る話だ。

「……ロシアは注意しといた方がいい。色々な意味で」

 少し難しい顔で告げたあーちゃんに「そうだな」と頷く。
 場合によっては、遺伝子ドーピングを受けた選手のみで構成されたチームと戦うことになる可能性だってあるかもしれない。
 一先ず頭の片隅ぐらいには置いておくとしよう。

 ただ、ドーピング問題はさすがに対峙するには規模が大き過ぎる。
 こればかりは、俺達がどうこうして防ぐことができる問題でもない。
 そもそも【マニュアル操作】も大概な話だしな。
【成長タイプ:マニュアル】の不遇を考慮に入れて尚、無法な感がなくもない。
 まあ、野球狂神が作り上げた世界の根幹、システム的な部分の話にもなってくるので一纏めにしてしまうのは不適切かもしれないけれども。
 それに。奴がこの件で俺達に求めることがあるとしても、ドーピングを防ぐために動けってことでは間違いなくないだろうからな。
 俺達に望むのはドーピングで強化された相手と真正面から野球でやり合うこと。
 それに尽きる。

 レジェンドの魂ブーストVS転生者(【マニュアル操作】)VSドーピング。
 欲張りセットだ。

 いずれにしても。
 俺達にできることは、日本代表の戦力を充実させること。
 公のルールに反しない形で自らを高めていくことだけだ。
 今後どのような相手と戦うことになろうとも、勝利することができるように。
 だから――。

「……まあ、春季キャンプの準備をしようか」
「ん」

 俺達は気持ちを切り替えて、眼前に迫るそれに意識を向けたのだった。
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