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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

200 帰宅とニュース速報

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「ただい――」
「しゅー君!」

 鈴木家の玄関を開けた途端、体にちょっと強めの衝撃が来る。
 勿論、認識はできていた。
 ムービングファストボール系の変化球を見極めるよりも余程簡単だ。
 しかし、結構な量の手荷物を持っていたこともあって回避はできなかった。
 まあ、もし避けられる状況だったとしても避けはしなかっただろうけど。

「おかえりなさい」
「うん。ただいま、あーちゃん」
「ん」

 小さく頷いた彼女は、しがみつくように真正面から俺に抱き着いている。
 目を閉じ、頬を俺の胸の辺りに押しつけて安堵の笑みを浮かべながら。
 その一方で、腕に込められた力は絶対に離すまいとしているかの如く強かった。

「全くもう。茜ったら」

 と、少し遅れてリビングの方から出てきたお義母さんが、そんな実の娘の様子に呆れたように微苦笑しながら言う。
 それから彼女は、そのまま俺を見て言葉を続けた。

「おかえりなさい。秀治郎君」
「ただいまです、お義母さん。これ、お土産です」

 手に持った袋を軽く掲げて示す。
 両手の荷物は全て沖縄土産だ。

「あら、どんなのかしら」
「見ての通り、色々買ってきましたけど……1番多いのは前も買ってきた、地域限定ご当地スナック菓子の沖縄オリジナルバージョンです」
「アレね。暁が喜ぶわ」

 そうなることを期待して1つの袋いっぱいに買ってきたのだ。
 ものとしては、去年の久米島での春季キャンプ帰りにも購入していたのと同じ。
 勿論、遠征に行く度にメジャーなお菓子のご当地版を買ってきているのだが、中でも沖縄名物シークワーサー味のスナック菓子は義弟の反応が非常に良かった。
 独り占めするような勢いで、抱え込むようにして食べていたからな。
 だから、彼が飽きない限りは今年の春季キャンプでも買ってくるつもりだ。
 余ったら誰かにお裾分けしてもいいしな。

「いつもありがとうね。秀治郎君」
「いえ。家族ですから」
「そうね。持つわ」
「すみません。お願いします」

 小さな笑みを交わしながら荷物をお義母さんに渡し、手ぶらになる。
 その間もあーちゃんは抱き着いたままだった。
 さすがに扱いに困り、彼女の頭頂部を見てからお義母さんに視線を向ける。
 しかし、お義母さんはとめる素振りを見せない。
 まだ微妙に家の外にいる訳だが、あーちゃんのこの行動を容認しているようだ。

「……置いてくるわね」

 荷物を持って家の中に入っていくお義母さん。
 この状態で放置されてしまった。

 ふむ。これはもしかすると。
 あーちゃん、相当寂しがっていたのかもしれないな。
 実に1週間振りの再会だし。
 これだけ離れていたのは、彼女と出会ってから初めてのことだ。
 小学校の長期休みですら、大体一緒にいたからな。
 そう考えると、仕方のないことかもしれない。
 ならば、とあーちゃんが早く満足できるように俺も抱き締め返した。
 合わせて、彼女の髪に軽く口づける。
 すると、あーちゃんは更に腕に力を込めてきた。
 再会の熱い抱擁。
 まるでドラマのワンシーンのようだ。

 尚、毎日スマホのビデオ通話で顔を見ながら話をしていた模様。
 ……まあ、もしかすると画面外では酷く消沈していて、お義母さんも思わず心配してしまう程だったのかもしれないけれども。

「しゅー君……」

 甘えるような声を出しながら、あーちゃんは顔を上げて俺を見上げてきた。
 僅かに潤んだ瞳と見詰め合う。

「…………茜、秀治郎君。いい加減、外ではやめておきなさい」

 と、丁度そこへ戻ってきたお義母さんに注意されてしまった。
 さすがに許容できなくなったようだ。
 あーちゃんのマイペースを受け入れていた俺にまで飛び火した。

「ん。家の中で思う存分する」

 対してあーちゃんは何事もなかったかのように母親にそう告げると、流れるような動きで俺の隣に来て今度は腕に抱き着いてきた。

「スリスリ」

 そして、そのまま頬擦りしてくる。
 そんな彼女に苦笑しながら、一緒に家の中に入る。

「はあ。この子達は結婚して半年経っても落ち着かないわね」

 呆れたような声を出しながらも、お義母さんの声は優しげだ。
 ある意味、鈴木家の風物詩でもあるからだろう。

「まあ、それはそれとして。今日はごめんなさいね。迎えに行けなくて」
「いえ。タイミングもありますから」
「みなみー達をちゃんと監視してきた」
「うん。ありがとう、あーちゃん」

 彼女達は、今日も県内の室内練習場で自主トレーニングに励んでいた。
 その送り迎えとの兼ね合いで、俺は空港から1人タクシーで帰ってきたのだ。
 本当に微妙にタイミングが合わなかった。
 とは言え、先程までのあーちゃんの様子を見るに、むしろ到着口での再会にしなくてよかったかもしれない。
 いや、彼女も明らかな公の場だったら少しは自重して行動するだろうか。
 …………ないな。うん。

 立場が人を作るとは言っても人間、本質はそう変わらない。
 1週間振りでは抑えも利かず、衆人環視の中で同じことをしていたに違いない。
 かなり早い段階でお義母さんの教育的指導が入っていただろうけれども。
 SNSで拡散される可能性を思えば、家の前で抱き合う方がマシだ。

「それにしても、秀治郎君。アッチでも派手にやってたみたいね」
「え? 何のことです?」
「Max170km/h。こっちでも話題になってたわよ?」

 ああ。
 合同自主トレーニング最終日のエキシビションマッチでのことか。
 昨日の今日で情報が早いな。
 そう思っていると、あーちゃんがリビングのテレビを無言で操作し始めた。
 画面に録画映像が映し出される。

『安藤塾に参加した野村秀治郎選手は、昨年大ブレイクを果たした宮城オーラムアステリオス山崎一裕選手との対戦で球速170km/hを――』

 地元局の人気ローカルスポーツバラエティ番組で司会をしているアナウンサーの声が、テレビのスピーカーから聞こえてきた。
 あの球場に地元の見覚えあるカメラマンはいなかったと思うが、沖縄の系列局から映像を貰い受けたのだろう。

「しゅー君、キリッとしてる。格好いい」

 だから録画したのか?
 一応、テレビ映りを気にして表情を引き締めるようにはしていたけどな。

「170km/hって日本記録でしょう?」
「まあ……でも、あくまでも非公式の記録なので」

 練習中にどんな球速を出そうと、試合の中で計測されたものでなければ日本プロ野球の公式記録にはならない。
 そのため――。

「……だからって、スピードガンの故障だの虚偽申告だのを疑うのは不愉快」

 ネットで情報収集していたらしいあーちゃんはネガティブな反応を思い出したのか一転して不満顔だが、そういった意見が出てしまうのも無理もないことだ。

「あーちゃん、レスバとかしてないよね?」
「間抜けと話すことなんてない。時間の無駄」

 だったらいいんだけど、相変わらず辛辣だな。
 そう苦笑しながらスマホを取り出し、軽くSNSを確認する。

「うわあ……」

 前に色々因縁ができてしまった人らまで、それに乗っかってしまっていた。
 タチの悪い売名行為だとか何だとか好き勝手コメントしている。
 安藤塾で安藤選手が測定したことを分かって言ってるんだろうか。
 視野狭窄に陥り、もう色々と後戻りできなくなっているのかもしれない。
 公式戦で170km/hが出れば、恥をかくのは彼らなんだけどなあ……。
 ここまで来てしまうと、ちょっと可哀想になってきた。
 まあ、だからってフォローしてやるつもりはないけど。

「それで、合同自主トレーニングで何か得るものはあった?」
「ええ。山崎選手の現状を確かめることができました。それが最大の成果ですね」

 気を取り直して、お義母さんの問いに答える。
 後は安藤選手が思った以上にいい選手だと分かったことだろうか。
 画面越しでもステータスを確認できるので選手としての傾向はおおよそ把握できるけれども、対戦してみないと分からない部分もあるからな。

 その他。人となりもそれなりの時間、実際に接してみないと分からないものだ。
 勿論、それで心の奥底まで理解できる程、人間というのは単純じゃないけども。
 それでも、上辺を取り繕って常識的な応対をすることが可能なら十分だ。
 表向き、社会というものはそれでうまく回っているのだから。

 そんなことを考えていると――。

『ピロピロピロリン、ピロピロピロリン』
「ん?」

 テレビからニュース速報の音が聞こえてきた。
 先程まで映し出されていた録画映像は既に終わっている。
 なので、丁度今し方出たニュース速報だ。

「何事?」

 首を傾げるあーちゃんと一緒に、テレビ画面の上部に目を向ける。
 この音。緊張感を煽るんだよな。
 これで大相撲の優勝の速報とかだったら安心できるんだけど。
 今回は一体、どんな内容なのやら。
 テロップで出てきたニュース速報のテキストが視界に映る。
 そこに書かれていたのは……。

「は?」
「ドーピング発覚により、WBW本選へのロシア代表出場停止」

 俺の認識通りの文言を、あーちゃんがそのまま読み上げる。
 どうやら見間違いではないらしい。
 だが……。

 ドーピング? WBWで出場停止?
 え? マジで言ってるの?

 俺はその事実を飲み込むのに、しばらく時間を要してしまったのだった。
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