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第3章 日本プロ野球1部リーグ編

196 新シーズンへの準備

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 昨年。我らが村山マダーレッドサフフラワーズは大いなる躍進を果たした。
 日本プロ野球の新興球団として3部リーグに参入。
 破竹の勢いで勝利を積み重ね、僅か半年で2部リーグに昇格。
 その後も勢いが衰えることはなく、前期後期制をうまく利用して参入1年目にして日本プロ野球最高峰の1部リーグまで登り詰めた。
 正に球史に残る快挙と言っても過言ではない。
 人々の記憶にも長く残り続けることだろう。

 しかし、これは村山マダーレッドサフフラワーズ栄光の歴史の序章に過ぎない。
 年が明けて今年。
 私営1部イーストリーグ所属の球団として初めてのシーズンが始まる。
 ここからが本番だ。
 球団のみならず、俺達にとっても。

 WBW日本代表に選ばれ、世界最強たるアメリカ代表に挑む。
 そのためには更に鮮烈な活躍が間違いなく求められるだろう。
 分かりやすいところで言えば個人タイトル。シーズン記録の更新。
 そして何よりも。
 俺があーちゃんやお義父さんと交わした約束の1つ、村山マダーレッドサフフラワーズを日本一のプロ野球球団にすることも重要となる。
 何せ、WBW日本代表に送り込みたい選手が身内に何人もいるのだから。
 圧倒的な成績を残して日本シリーズで勝利するぐらいでないと難しい。
 それがノルマだと考えると、新たな1年も去年以上に忙しくなるに違いない。

 ただ、俺達が1部リーグの正式なプロ野球選手となるのはまだ少し先のことだ。
 何故なら、球団との契約期間は2月1日から11月30日までだからだ。
 昇格し立てということもあり、今の俺達は尚のことフワッとした立場にある。
 2部リーグを卒業したものの、1部リーグの選手ではない。
 その手前にいるという感じだ。
 しかし、昨年結ばれた契約に従って、給料は1部リーグの最低年俸に応じた金額が1月にも普通に入金されるものだから一層ややこしい。

 当然のことながら、年俸とは言っても別に一括で支払われる訳ではない。
 12分割されて毎月振り込まれることになっている。
 そのため、1月にも定められた日に給与が支払われ、高卒新人選手達もまた高校に所属しながら初任給を得ることになるのだが……。
 1部リーグの選手は年俸3000万円。月換算250万円。
 税金で少し目減りするが、これにプラス契約金も入っている。
 高卒でプロ野球選手になるような子は大概野球一筋でアルバイトもしたことがないため、金銭感覚が狂って身持ちを崩す選手が時折出てくると聞く。

 前世だと最初は基本的に2軍スタートなので年俸も1軍に比べて遥かに低いけれども、今生では1部リーグスタートの場合もあって額面で6から7倍。
 手取りで考えると10倍以上になるケースもある訳だからな。
 さもありなんというところだ。

 個人事業主だから自己責任と言えばそれまでではあるけれども、他の選手にまで悪影響が出かねないので完全放置という訳にもいかない。
 身の回りでそういう事態が起きないように、気を配っておく必要もあるだろう。

「秀治郎君、茜」

 と、新年早々大分下世話な部分にまで思考が及んだところで待ち人が来た。
 当然隣にいるあーちゃん共々、彼女達へと向き直る。

「ああ、あけましておめでとう。美海ちゃん、倉本さん」
「おめでと。みなみー、みっく」
「ええ。あけましておめでとう。秀治郎君、茜」
「謹賀新年っす。秀治郎君、茜っち」

 1月4日の県内の室内練習場。
 春季キャンプに備えた自主トレーニングのための集まりだ。
 よく公開自主トレとしてメディアに報道されているようなものではない。
 更にその前段階の極々パーソナルな自主トレーニング。
 契約期間ではない12月、1月に人知れず、正に自主的に各々行うものだ。
 ……まあ、俺達はこうして集まっているけれども。
 あくまでも内々の話なので、個人的なものと言って差し支えないだろう。

「他の皆は?」
「まだ時間じゃないからな。けど、この雪だから少し遅れるかもしれない」
「雪国はこれだから困るっすよ。大分早く出てくる羽目になったっす」

 今日はそこそこ雪が降っている。
 東京なら大混乱が起きるレベルだろう。
 こっちの人間からすると、平均よりちょっと多いかなというぐらいだけれども。

 それでも山形きらきらスタジアムも、普段使用している屋外の練習場も。
 雪が積もってしまっているので使用できない状態にある。
 だからという訳ではないが、俺達は暖房完備の室内練習場に来ていた。

 そもそも雪の有無は関係なく、1月という冬真っ只中の寒い時期。
 東北の地、かつ非公開の自主トレで屋外の練習場を使用することはまずない。
 寒い中での練習は怪我のリスクが無駄に高くなるだけだしな。
 そこら辺に質のいい室内練習場がいくらでもある今生なら尚更だろう。
 どうしても1月に屋外で練習したければ南に行けばいいが、金も時間もかかる。
 自主トレは選手の自腹だ。新人選手には少々厳しい。
 出身校などの繫がりがあれば有名選手主催の合同自主トレに参加することもできるだろうが、人が増えれば大体公開自主トレになるだろう。

「……夏よりは冬の方が好きっすけど、大雪だけはホント勘弁っす」
「気持ちは分かる」

 ポツリと呟いた倉本さんに心底同意する。
 正直、スキー場とかにだけ集中的に降って、市街地には降らないで欲しい。

 雪で特に迷惑を被るのは練習場所よりも移動に関してだ。
 当然ながら、雪国であるだけに一定の対策が取られてはいる。
 馬鹿みたいな大雪やホワイトアウトするレベルの吹雪にでもならない限り、公共交通機関も数時間単位の遅延が発生することは基本的にない。
 車道は当然融雪装置つき。
 除雪車も頻繁に走っているので、主要な道路は割と雪が少ない。
 電車用の特別な除雪車両もある。

 ただ、大きな道路から外れるとすり鉢状に固まった路肩の雪が牙をむく。
 結果、自家用車が慎重に動いて渋滞を作り、歩道も歩行が難儀になる。

 もっとも、雪国の人間はそれにも慣れているからな。
 残る面々も、遅れてくるにしても精々数分から十数分というところだろう。

「ま、とりあえずアップをしてようか」
「そうね」

【生得スキル】【怪我しない】を持つ俺には必要のない準備運動ではあるが、皆が怪我をしないように率先して念入りな柔軟を行っておく。
 そうしている間に、新たに大きな人影が室内練習場の入り口に現れた。
 シルエットだけで誰か分かる。

「来たか、昇二。あけましておめでとう」
「うん。あけましておめでとう、秀治郎」

【生得スキル】【超晩成】の影響で最近になって急激に成長して体格がよくなった昇二だが、また少しデカくなったような気がする。
 既に平均的な大リーガーぐらいあるし、後少しで世界有数のになるだろう。
 翻って、俺は完全に成長し切った感がある。
 ……そろそろアレを取得してもいい頃合いかもしれない。

「昇二君。正樹君は病院でリハビリ?」
「うん。2度目の手術で、しかも肘と肩の2ヶ所同時だったからね。かなり慎重なリハビリ計画になってるみたい」

 それはそうだろう。
 と言うか、そういう風に俺からもお願いしておいたからな。

 正樹は東京の病院で手術を受けてリハビリのために通院もしていた訳だが、彼は現在、実家に戻ってきていて山形県内の病院に転院している。
 ちゃんと紹介状を書いて貰った上でのことだ。
 形の上では村山マダーレッドサフフラワーズがドラフトで強奪したようなものとも言えるので、正樹がアチラの球団周りに悪感情を抱かれる謂れはない。
 スムーズに転院することができたとのことだ。
 いっそ同情気味だったと聞く。

 ちなみに、転院先は磐城君の実家である磐城整形外科スポーツクリニック。
 彼の父親である大吾氏にアポを取り、直接お願いしに行った。
 今季はリハビリ専念。来季以降復帰。
 その前提でサウスポー転向も含めて計画を立てている。

 ついでに、山大総合野球研究会との食事会で知り合った青木さんと柳原さんにも球団のインターンという形で正樹のサポートをお願いしている。
 スポーツトレーナーに特化した【生得スキル】を持っていた2人だ。
 まあ、正樹は【衰え知らず】を持っているので彼らの真価が発揮されることはないが、今後のことを考えて経験を積んで貰おうという思惑だ。
 彼らもいずれは球団スタッフあるいは提携したスポーツトレーナーとして、チーム力の強化に貢献してくれることを期待している。

 ……おっと。
 室内練習場に更に2人追加だ。

「磐城君。よく来てくれたね」
「うん。帰省に合わせて来ることができたよ。来週には戻らないとだけどね」
「大松君も」
「俺も来週にはに行ってアッチの合同自主トレに参加するけどな」

 磐城君に対抗するように、東京を強調して言う大松君。
 逆にちょっと田舎者っぽいぞ。
 そう内心思うが、言葉には出さないでおく。

「合同自主トレ、か」
「秀治郎君は主催したりしないっすか?」
「これがそれみたいなもんだろ?」
「余所の選手を集めてって意味っすよ」
「いやあ、さすがに集まらないだろ」

 アメリカ代表に挑むことを考えると、日本プロ野球全体の底上げが必要だ。
 燻ってる選手をうまいこと成長させられれば、色々と面白くなるかもしれない。
 ……のだが、そういった方面でのコネはまだないからな。
 1部リーグでの実績もなく、海峰選手や一部の評論家に噛みついたルーキー。
 村山マダーレッドサフフラワーズのファン以外から見た俺はそんなんだ。
 地理的に山形はちょっと遠いってのもネガティブな要素だ。
 まあ、それは南に遠征して、その先で開催すればいいだけの話だが……。
 まず求心力や信用が足りないのは如何ともしがたい。
 他の誰かが主催した合同自主トレに参加することも考えて目ぼしいところに打診したりもしたが、それもほとんど断られてしまった。
 今年はどうしようもない。
 だが、まあ、来年になれば状況も変わるだろう。
 実績を積み重ねれば、発言力も出てくるはずだ。

 それはそれとして。
 現在の状態で断られなかったところについては大事にしたい。
 と言う訳で──。

「代わりに、安藤塾に参加してみようかなとは思ってる」
「安藤塾って……宮城オーラムアステリオスの主砲、安藤選手の合同自主トレ?」
「そうそれ」

 テレビのスポーツコーナーで毎年取り上げられる合同自主トレの内の1つだ。
 WBWで戦力として考えている山崎一裕選手もそれに参加するので、俺も受け入れてくれるというのなら様子を見に行こうと考えたのだ。
 2週間の合同自主トレの内、1週間だけお邪魔するつもりでいる。
 ちなみに開催場所は沖縄とのこと。
 もう移動だけで大変だ。

「茜も行くの?」
「行かない。わたしはみなみーのサポートを頼まれてる」
「そ、そうなの?」

 俺とセットで考えていたらしい美海ちゃんが、少し驚いたように言う。
 いついかなる時も一緒。
 そんなイメージがあるだろうから気持ちは分からないでもない。
 だが、今回はその予定となっている。

「美海ちゃんには変化球をバッチリ習得して貰わないといけないからな」
「うぅ、もう。またプレッシャーかけないでよ」
「だから大丈夫だって」
「……うん。できることしか言わない、でしょ?」
「そういうこと」

 美海ちゃんの口調は軽く、信頼が感じ取れる。
 この調子なら心配はいらないな。

「……秀治郎、僕達はいつも通りだよね?」
「ああ。とにかく基礎だ。時期も時期だしな」

 昇二の問いかけに深く頷いてから答える。
 この場で新しいことに挑戦するのは美海ちゃんのみ。
 他は各種フォームチェックと基礎練習だ。
 室内練習場ではやれることが限られているからな。

 当然、真の目的は時間経過によるステータスの目減り分を取り戻すことだ。
 主に磐城君と大松君の。
 ステータスを弄るには身体的な接触が必要なので、これからチームメイトとなる美海ちゃん達はともかく、別の球団所属の彼ら2人は中々機会が得られない。
 リーグも違うからな。
 1月の自主トレーニング以降だと精々オープン戦、交流戦、オールスター、それからプレーオフというところだろう。
 そのタイミングは決して逃さないようにしていきたい。

「ところで、これで全員なのか?」

 と、遅れてアップを終えた大松君が問いかけてくる。

「ああ、うん」

 俺とあーちゃん、美海ちゃん、倉本さん、昇二、磐城君、大松君。
 合計7人。今日の集まりはこれで全員だ。

「5位と6位は誘ってないのか?」
「いや、誘いはしたんだけど、出身校で自主トレするって断られちゃって」
「ふーん。俺達にビビったのかもな」

 それはどうだろう。
 いや、あり得るか?
 ファン感謝祭で会った時も、ちょっと気後れ気味だった気もしなくもないし。
 と言うか、そもそもまだしっかりと話せてないんだよな……。

 しかし、無理強いはできない。
 いずれにしても春季キャンプでは否応なく顔を合わせることになるので、そこからガッツリ交流を持っていきたいところだ。

「……よし。じゃあ、練習を始めようか」
「ん」「ええ」「っす」「「うん」」「ああ」

 何はともあれ。
 新年、新シーズンスタートだ。
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