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第2章 雄飛の青少年期編
187 勝手に選手査定
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アップで映し出された画面内の俺が、ほんの少しだけ勿体ぶるように間を置く。
それからカメラ目線になって口を開いた。
わざとらしく気取った様子が恥ずかしい。
「しゅー君、カッコいい」
頭を抱えたくなるが、隣にいるあーちゃんからは好評のようだった。
正に惚れた欲目だな……。
まあ、彼女についてはさて置き。
『……結論から申し上げますと、野手としての海峰永徳選手の点数は55点、潜在能力込みだと63点というところです』
・ひっっっくっ!
・いや、いくら何でも馬鹿にし過ぎだろ
・言動はアレだけど、仮にも日本一のバッターだぞ?
・今季も打率とホームランで二冠王だしな
・自分のことは95点とかつけてる癖に、おかしくないか?
俺の発言を受け、コメントの流れが一気に加速する。
とは言え、そんな反応になってしまうのは理解できる。
実際、スポーツサイトなどに掲載されている年度別個人打撃成績の一覧表を見ると、彼こそ日本一の選手だと誤認してもおかしくない数字が並んでいる。
しかし、そんな海峰永徳選手の名声は全くの虚名でしかない。
『さっきも聞こうと思ったんだけど、潜在能力ってなあに?』
『ああ、それは限界まで鍛え上げた時の上限値ですね』
・つまり、どう足掻いても63点の選手にしかならないって言いたいのか
・淡々と煽ってて草
・つーか、勝手に採点とか許されるんか?
・勝手にドラフトの採点とかしてたのは海峰の方が先だけどな
直撃取材を受けた結果にせよ
・選手の採点とか、サッカーなら日常茶飯事よ
・面白いからヨシ!
『見方によっては、海峰永徳選手は野村君よりも伸び代が残っていると捉えることもできますね。だから何だという話でもありますが』
仁科さんの冷淡な言葉に、画面の中の俺が「ですね」と苦笑気味に頷く。
海峰永徳選手は基礎ステータスがカンストしている訳じゃないし、取得しているスキルについても俺達に比べると明確に少ない。
そういう意味では確かに伸び代がある。
ただ、彼は【成長タイプ:マニュアル】ではなく【成長タイプ:バランス】なので、自由に【経験ポイント】を割り振ってスキルを入手することはできない。
【模倣】などの特別な【生得スキル】でも持っていない限り、スキルは試合や練習の中で自然に手に入れる以外にない。
その上、この方法で条件を満たして取得できるスキルはそう多くない。
そういった理由で、潜在能力込みの点数ですら低くなってしまっているのだ。
もっとも。
海峰永徳選手の場合は所持している【特殊スキル】や【マイナススキル】の関係で、現状の点数も潜在能力込みの点数も20点ぐらい減点している。
そして【成長タイプ:マニュアル】ではない平均的な日本プロ野球1部リーグのプロ野球選手の実力は、この採点基準では65点前後。
55点に20点足せば75点。
マイナス要素さえなければ、スペック的に日本トップクラスなのは間違いない。
数年単位でそれを維持してきたことを考えると、練習量も日本随一なのだろう。
その努力については認めるべきだ。
とは言え、やはり過去の言動を思うと好きになることはできないけれども。
尚、レジェンド以外の一般的な大リーガーだと80点前後となる。
以前のアメリカ代表選手だと平均85点ぐらい。
この格差は、基礎ステータスの差と言うよりも妙にスキル持ちが多いが故だ。
アメリカではトレーニング理論が経験的に洗練されていき、既にこの世界に特化した形になっているのかもしれない。
おおよそ、この点数がチーム平均で10点も違えば基本的に勝ち目はない。
なので、過去のアメリカ無双も当然というところだ。
基準が基準なので平均ほぼ100点になる現アメリカ代表なら尚のこと。
勝利を狙うなら最低10点未満、欲を言えば5点以内に収めたいところだ。
・ってか、実績を無視し過ぎだろ
・海峰が何回二冠王を取ってると思ってんだ
・海峰は嫌いだが、これはない
・ある意味、他の選手に対する侮辱だろ。これ
・海峰より成績が悪い選手は一体何点なんだよってな
海峰永徳選手に関するあれこれは正直どうでもいい。
だが、他の選手を見下しているように思われるのは望むところではない。
その辺は企画段階で指摘を受けていたので、動画はここでフォローに入る。
『実のところ海峰永徳選手は例外的な選手なんですよ。現役で唯一ドラフトを採点いただいたので真っ先に引き合いに出しましたが、不適当だったかもしれません』
『なら、現役で野村君が高得点をつけてる選手がいたら教えて欲しいなー』
『そうですね……』
ちょっと考えるような素振りを見せるが、当然演出だ。
誰を取り上げるかは事前に決めてある。
こちらはプラス評価の話なので、意趣返し的な人選はしていない。
『例えば、今季後半戦でブレイクした宮城オーラムアステリオスの山崎一裕選手でしょうか。彼は現時点で85点、潜在能力込みで95~96点というところです』
日本の平均を突き抜けているが、それは偏に【生得スキル】と俺達のおかげだ。
【切磋琢磨】と【万里一空】はライバルと見なした相手の能力値が高ければ高い程、それに追随するように成長速度も成長上限も上がる。
もし同じ時代に俺達のような異物が存在していなければ、あるいは彼も平均的な選手で終わっていたかもしれない。
大リーグの選手に対抗心を抱いてくれれば、また違うだろうけれども。
ただ、この世界だと戦う前から精神的に負けている感もあるからな。
そうした風潮の中ではちょっと厳しいかもしれない。
……それはともかくとして。
『来季は間違いなく台風の目になると思います。今の成長速度だと、来シーズン頭で90点以上の選手になっている可能性も十分あります』
・山崎一裕か……
・今シーズン、最後の方は海峰を上回るペースでホームランを量産してたらしいな
・9月10月の月間MVPだ
・山崎が高得点なのは理解できるわ。潜在能力も含めて
・若いし、まだ成長途中感が凄いもんな
・いや、だからって海峰の点数は低過ぎるだろ
まあ、結局はそこを説明しないとだよな。
とは言え、ステータスやスキル云々は説明できない部分になる。
ただ、55点という点数について俺なりの理屈をつけることは不可能ではない。
『海峰永徳選手は一見すると確かに日本一の選手と見なされるような数字を残しています。ですが、看過できない部分があり、採点はこのように低くなりました』
『看過できない部分、ですか? それは一体何でしょうか』
『はい。WPAが年間の成績に対してあり得ないぐらい低いんですよね』
『WPA?』
『Win Probability Addedと呼ばれる指標です。チームの勝利にどれだけ貢献したかを示す数値ですね』
画面の中の俺がチラッとあーちゃんを見ると、彼女はフリップを出す。
そこには何人かの選手の名前と、その横に打率、ホームラン、打点を始めとした主要な数字とWPAが並べられた一覧表が記載されていた。
『各球団の主要打者の成績とWPAを纏めたものです。知り合いの専門家に依頼して算出して貰いました。ここを見て下さい』
強調するように太字の赤字で書かれた海峰永徳選手の部分を指で示す。
『成績だけなら海峰永徳選手がトップと言って過言ではありません。にもかかわらず、WPAがマイナス値と突出して低く出ています』
これは前世ならネットで死ぬ程ぶっ叩かれ、煽り散らかされるレベルだ。
ただ、今生では野球というものが世界情勢を左右する要素であるせいで、最先端であるアメリカとの野球に関する技術的な交流は皆無だ。
そのせいで、こういった指標は未だに現場には浸透していない。
日本では研究者の頭の中に存在するレベルに留まっている。
海峰永徳選手が日本一の選手として幅を利かせているのも、そのせいだ。
『野村君。これだけ見てもピンと来ないよー』
『それはそうだと思います。計算方法とか、自分も把握できていないので』
それ視聴者に分かりやすく伝えるには、別の数字が必要だ。
センセーショナルで煽りやすいものを。
視線で合図を送られたあーちゃんが、フリップを別のものに切り替える。
海峰永徳選手の成績をいくつかの条件で抽出した結果が記載されたものだ。
『今季、埼玉セルヴァグレーツは負けが込んで5月の段階で自力優勝が消滅してしまい、6月には自力プレーオフ進出も不可能となってしまいました。
これは自力プレーオフ進出消滅前後の海峰永徳選手の成績です』
『……明らかに自力プレーオフ進出消滅後の方がいい成績ですね』
・てか、ホームランも打点も9割方そっちに寄ってる?
・い、いや、単純に季節的な問題なんじゃないか?
早い段階で自力プレーオフ進出が消滅してるし
・春先の成績が今1つな選手もいるしな。花粉症とか血行不良とかで
『続いて点差別、イニング別のホームラン、タイムリーの数です』
『点差が大きい時によく出てるみたいねー』
『9回でほぼほぼ追いつけない状況での1打というのも非常に多いみたいです』
・えっと、これってつまり……無駄打ちばっかってこと?
・試合の大勢が決してからしか打たない……? 打てない……?
・チ、チームが弱くてそういう状況ばっかになってるだけじゃないか?
『自力プレーオフ進出消滅前だと顕著ですね。接戦では打率も出塁率も明らかに低いですし、ホームランは大量失点で負けてる時だけです』
『ちなみに、この傾向はここ数年続いてる』
・オ、オカルトだろ……(震え
・でも、よくよく考えるとそうだった気がする。ちな埼玉
・大敗したけど、最後に海峰が打ったからまあいいか、みたいな?
長らく低迷している暗黒球団にとっては、数少ないポジ要素だったのだろう。
しかし、実態は足を引っ張っているだけだ。
『日本代表の試合でも同様の傾向が出ています。海峰永徳選手が打つ時は大体勝敗に関係ない場面です』
『そういうのを示すのがWPAという訳ですか?』
『そうなります。大事な場面で打ったり、抑えたりするとWPAが大きく上昇します。逆に勝利に寄与しない場面で打ってもほぼ上がりません』
『僅差のスコアの時にチャンスで凡退したりすると大きく下がる』
勝ちに繋がるか繋がらないかで変動する性質上、負けが込んでいる下位球団の選手はどうしてもWPAが低くなる傾向にある。
とは言え、主要打者がマイナスになるようなことはそうそうない。
確率は収束するものなので、成績がよければどこかしらで帳尻が合うからだ。
にもかかわらず、これが何年と続いている。
偶然とは言いがたい。
原因は不明でも、何かあると視聴者に印象づけるには十分だろう。
……と言うか、海峰永徳選手。
入れ替え戦終了後に新たな【マイナススキル】を取得してるんだよな。
【不幸の置物】なる質の悪いものを。
昔、あーちゃんの先天性虚弱症を緩和するために取得した【幸運の置物】とは正反対のもので、自分以外の味方に大きなデバフをかけるものだ。
シーズン中、チームのムードを悪くしたりしていたのかもしれない。
まあ、【不幸の置物】取得の経緯はどうあれ。
このデバフは味方全体の能力が総合的に下がるので非常に厄介だ。
尚更、日本代表に選ばれるべきではない理由が増えてしまった形になる。
しかし、その効果によって埼玉セルヴァグレーツは来シーズンもまた、ぶっちぎりの最下位になってしまうだろう。
早い段階で順位が確定し、海峰永徳選手自身のデバフは解除されてしまう。
結果、またも1人だけいい成績を収めることにもなりかねない。
こうして彼を殊更取り上げたのは味方と認識されないようにして【不幸の置物】の対象にならないようにするため、という側面もあったが……。
やはり何においても彼の実態を詳らかにして評価を正し、日本代表に招集される可能性を少しでも低くしたいからだ。
『野球はチームスポーツです。そして、チームは勝利を追い求めなければなりません。それに貢献できない選手は評価を低くせざるを得ません』
前世だったら、経営面のメリットもある程度は考慮する必要があっただろう。
勿論、それが実力に紐づいていないことはそうそうないけれども。
しかし、この世界は世界観補正のおかげで雑に運営していても黒字にはなる。
おかげで、キャラクター性みたいな部分はそこまで考える必要がない。
そのせいで、実力はあっても素行がアレな選手がチラホラ見られるが……。
WBWでの勝敗が直接国家間のパワーバランスにも関わってくる以上、やはり球団にとっても選手にとってもチームの勝利に勝るものはない。
だからこそ、WPAを重要視した論を展開しているのだ。
と言ったところで、海峰永徳選手の論評を終える。
『次に、ドラフトについて40点という評価をいただいた元200勝投手の――』
そこから更に、既に引退した投手2人と野手1人の採点をしていく。
ただ、海峰永徳選手以外は70点前後と悪くない評価になっている。
そこまで面白みはない。
なので、ここは編集で短くしておいて貰った。
『さて。そろそろ村山マダーレッドサフフラワーズが今回のドラフト会議で指名した選手の点数を発表する共に、指名の意図を説明していきたいと思います』
『前置きが大分長かったですね』
『もしかして、結構あの採点に不満があったりー?』
『それは、まあ。我々が非難される分には全く構いませんが、前途ある若者が低評価の嵐を鵜呑みにして委縮してしまっては堪ったものじゃないですからね』
・お前も若者定期
・誰目線で言ってんだよ
・そら投手コーチ目線やろ
・そう言えば選手兼任コーチだったな……
・18歳の選手兼任コーチって何だよ
・来季も継続なら1部史上最年少コーチか?
『何はともあれ、本題に入ります。まずは6位から。順に発表していきますね』
『1位からじゃないのー?』
『……焦らしますね』
『いや、普通そうでしょう。動画的にも』
・そらそうよ
・ドラフト会議は上からだけどな
・ドラフトのシステムで下からスタートなんてできる訳ないだろ……
・選手を取り合う訳だからな
『では、ドラフト6位指名の――』
それからカメラ目線になって口を開いた。
わざとらしく気取った様子が恥ずかしい。
「しゅー君、カッコいい」
頭を抱えたくなるが、隣にいるあーちゃんからは好評のようだった。
正に惚れた欲目だな……。
まあ、彼女についてはさて置き。
『……結論から申し上げますと、野手としての海峰永徳選手の点数は55点、潜在能力込みだと63点というところです』
・ひっっっくっ!
・いや、いくら何でも馬鹿にし過ぎだろ
・言動はアレだけど、仮にも日本一のバッターだぞ?
・今季も打率とホームランで二冠王だしな
・自分のことは95点とかつけてる癖に、おかしくないか?
俺の発言を受け、コメントの流れが一気に加速する。
とは言え、そんな反応になってしまうのは理解できる。
実際、スポーツサイトなどに掲載されている年度別個人打撃成績の一覧表を見ると、彼こそ日本一の選手だと誤認してもおかしくない数字が並んでいる。
しかし、そんな海峰永徳選手の名声は全くの虚名でしかない。
『さっきも聞こうと思ったんだけど、潜在能力ってなあに?』
『ああ、それは限界まで鍛え上げた時の上限値ですね』
・つまり、どう足掻いても63点の選手にしかならないって言いたいのか
・淡々と煽ってて草
・つーか、勝手に採点とか許されるんか?
・勝手にドラフトの採点とかしてたのは海峰の方が先だけどな
直撃取材を受けた結果にせよ
・選手の採点とか、サッカーなら日常茶飯事よ
・面白いからヨシ!
『見方によっては、海峰永徳選手は野村君よりも伸び代が残っていると捉えることもできますね。だから何だという話でもありますが』
仁科さんの冷淡な言葉に、画面の中の俺が「ですね」と苦笑気味に頷く。
海峰永徳選手は基礎ステータスがカンストしている訳じゃないし、取得しているスキルについても俺達に比べると明確に少ない。
そういう意味では確かに伸び代がある。
ただ、彼は【成長タイプ:マニュアル】ではなく【成長タイプ:バランス】なので、自由に【経験ポイント】を割り振ってスキルを入手することはできない。
【模倣】などの特別な【生得スキル】でも持っていない限り、スキルは試合や練習の中で自然に手に入れる以外にない。
その上、この方法で条件を満たして取得できるスキルはそう多くない。
そういった理由で、潜在能力込みの点数ですら低くなってしまっているのだ。
もっとも。
海峰永徳選手の場合は所持している【特殊スキル】や【マイナススキル】の関係で、現状の点数も潜在能力込みの点数も20点ぐらい減点している。
そして【成長タイプ:マニュアル】ではない平均的な日本プロ野球1部リーグのプロ野球選手の実力は、この採点基準では65点前後。
55点に20点足せば75点。
マイナス要素さえなければ、スペック的に日本トップクラスなのは間違いない。
数年単位でそれを維持してきたことを考えると、練習量も日本随一なのだろう。
その努力については認めるべきだ。
とは言え、やはり過去の言動を思うと好きになることはできないけれども。
尚、レジェンド以外の一般的な大リーガーだと80点前後となる。
以前のアメリカ代表選手だと平均85点ぐらい。
この格差は、基礎ステータスの差と言うよりも妙にスキル持ちが多いが故だ。
アメリカではトレーニング理論が経験的に洗練されていき、既にこの世界に特化した形になっているのかもしれない。
おおよそ、この点数がチーム平均で10点も違えば基本的に勝ち目はない。
なので、過去のアメリカ無双も当然というところだ。
基準が基準なので平均ほぼ100点になる現アメリカ代表なら尚のこと。
勝利を狙うなら最低10点未満、欲を言えば5点以内に収めたいところだ。
・ってか、実績を無視し過ぎだろ
・海峰が何回二冠王を取ってると思ってんだ
・海峰は嫌いだが、これはない
・ある意味、他の選手に対する侮辱だろ。これ
・海峰より成績が悪い選手は一体何点なんだよってな
海峰永徳選手に関するあれこれは正直どうでもいい。
だが、他の選手を見下しているように思われるのは望むところではない。
その辺は企画段階で指摘を受けていたので、動画はここでフォローに入る。
『実のところ海峰永徳選手は例外的な選手なんですよ。現役で唯一ドラフトを採点いただいたので真っ先に引き合いに出しましたが、不適当だったかもしれません』
『なら、現役で野村君が高得点をつけてる選手がいたら教えて欲しいなー』
『そうですね……』
ちょっと考えるような素振りを見せるが、当然演出だ。
誰を取り上げるかは事前に決めてある。
こちらはプラス評価の話なので、意趣返し的な人選はしていない。
『例えば、今季後半戦でブレイクした宮城オーラムアステリオスの山崎一裕選手でしょうか。彼は現時点で85点、潜在能力込みで95~96点というところです』
日本の平均を突き抜けているが、それは偏に【生得スキル】と俺達のおかげだ。
【切磋琢磨】と【万里一空】はライバルと見なした相手の能力値が高ければ高い程、それに追随するように成長速度も成長上限も上がる。
もし同じ時代に俺達のような異物が存在していなければ、あるいは彼も平均的な選手で終わっていたかもしれない。
大リーグの選手に対抗心を抱いてくれれば、また違うだろうけれども。
ただ、この世界だと戦う前から精神的に負けている感もあるからな。
そうした風潮の中ではちょっと厳しいかもしれない。
……それはともかくとして。
『来季は間違いなく台風の目になると思います。今の成長速度だと、来シーズン頭で90点以上の選手になっている可能性も十分あります』
・山崎一裕か……
・今シーズン、最後の方は海峰を上回るペースでホームランを量産してたらしいな
・9月10月の月間MVPだ
・山崎が高得点なのは理解できるわ。潜在能力も含めて
・若いし、まだ成長途中感が凄いもんな
・いや、だからって海峰の点数は低過ぎるだろ
まあ、結局はそこを説明しないとだよな。
とは言え、ステータスやスキル云々は説明できない部分になる。
ただ、55点という点数について俺なりの理屈をつけることは不可能ではない。
『海峰永徳選手は一見すると確かに日本一の選手と見なされるような数字を残しています。ですが、看過できない部分があり、採点はこのように低くなりました』
『看過できない部分、ですか? それは一体何でしょうか』
『はい。WPAが年間の成績に対してあり得ないぐらい低いんですよね』
『WPA?』
『Win Probability Addedと呼ばれる指標です。チームの勝利にどれだけ貢献したかを示す数値ですね』
画面の中の俺がチラッとあーちゃんを見ると、彼女はフリップを出す。
そこには何人かの選手の名前と、その横に打率、ホームラン、打点を始めとした主要な数字とWPAが並べられた一覧表が記載されていた。
『各球団の主要打者の成績とWPAを纏めたものです。知り合いの専門家に依頼して算出して貰いました。ここを見て下さい』
強調するように太字の赤字で書かれた海峰永徳選手の部分を指で示す。
『成績だけなら海峰永徳選手がトップと言って過言ではありません。にもかかわらず、WPAがマイナス値と突出して低く出ています』
これは前世ならネットで死ぬ程ぶっ叩かれ、煽り散らかされるレベルだ。
ただ、今生では野球というものが世界情勢を左右する要素であるせいで、最先端であるアメリカとの野球に関する技術的な交流は皆無だ。
そのせいで、こういった指標は未だに現場には浸透していない。
日本では研究者の頭の中に存在するレベルに留まっている。
海峰永徳選手が日本一の選手として幅を利かせているのも、そのせいだ。
『野村君。これだけ見てもピンと来ないよー』
『それはそうだと思います。計算方法とか、自分も把握できていないので』
それ視聴者に分かりやすく伝えるには、別の数字が必要だ。
センセーショナルで煽りやすいものを。
視線で合図を送られたあーちゃんが、フリップを別のものに切り替える。
海峰永徳選手の成績をいくつかの条件で抽出した結果が記載されたものだ。
『今季、埼玉セルヴァグレーツは負けが込んで5月の段階で自力優勝が消滅してしまい、6月には自力プレーオフ進出も不可能となってしまいました。
これは自力プレーオフ進出消滅前後の海峰永徳選手の成績です』
『……明らかに自力プレーオフ進出消滅後の方がいい成績ですね』
・てか、ホームランも打点も9割方そっちに寄ってる?
・い、いや、単純に季節的な問題なんじゃないか?
早い段階で自力プレーオフ進出が消滅してるし
・春先の成績が今1つな選手もいるしな。花粉症とか血行不良とかで
『続いて点差別、イニング別のホームラン、タイムリーの数です』
『点差が大きい時によく出てるみたいねー』
『9回でほぼほぼ追いつけない状況での1打というのも非常に多いみたいです』
・えっと、これってつまり……無駄打ちばっかってこと?
・試合の大勢が決してからしか打たない……? 打てない……?
・チ、チームが弱くてそういう状況ばっかになってるだけじゃないか?
『自力プレーオフ進出消滅前だと顕著ですね。接戦では打率も出塁率も明らかに低いですし、ホームランは大量失点で負けてる時だけです』
『ちなみに、この傾向はここ数年続いてる』
・オ、オカルトだろ……(震え
・でも、よくよく考えるとそうだった気がする。ちな埼玉
・大敗したけど、最後に海峰が打ったからまあいいか、みたいな?
長らく低迷している暗黒球団にとっては、数少ないポジ要素だったのだろう。
しかし、実態は足を引っ張っているだけだ。
『日本代表の試合でも同様の傾向が出ています。海峰永徳選手が打つ時は大体勝敗に関係ない場面です』
『そういうのを示すのがWPAという訳ですか?』
『そうなります。大事な場面で打ったり、抑えたりするとWPAが大きく上昇します。逆に勝利に寄与しない場面で打ってもほぼ上がりません』
『僅差のスコアの時にチャンスで凡退したりすると大きく下がる』
勝ちに繋がるか繋がらないかで変動する性質上、負けが込んでいる下位球団の選手はどうしてもWPAが低くなる傾向にある。
とは言え、主要打者がマイナスになるようなことはそうそうない。
確率は収束するものなので、成績がよければどこかしらで帳尻が合うからだ。
にもかかわらず、これが何年と続いている。
偶然とは言いがたい。
原因は不明でも、何かあると視聴者に印象づけるには十分だろう。
……と言うか、海峰永徳選手。
入れ替え戦終了後に新たな【マイナススキル】を取得してるんだよな。
【不幸の置物】なる質の悪いものを。
昔、あーちゃんの先天性虚弱症を緩和するために取得した【幸運の置物】とは正反対のもので、自分以外の味方に大きなデバフをかけるものだ。
シーズン中、チームのムードを悪くしたりしていたのかもしれない。
まあ、【不幸の置物】取得の経緯はどうあれ。
このデバフは味方全体の能力が総合的に下がるので非常に厄介だ。
尚更、日本代表に選ばれるべきではない理由が増えてしまった形になる。
しかし、その効果によって埼玉セルヴァグレーツは来シーズンもまた、ぶっちぎりの最下位になってしまうだろう。
早い段階で順位が確定し、海峰永徳選手自身のデバフは解除されてしまう。
結果、またも1人だけいい成績を収めることにもなりかねない。
こうして彼を殊更取り上げたのは味方と認識されないようにして【不幸の置物】の対象にならないようにするため、という側面もあったが……。
やはり何においても彼の実態を詳らかにして評価を正し、日本代表に招集される可能性を少しでも低くしたいからだ。
『野球はチームスポーツです。そして、チームは勝利を追い求めなければなりません。それに貢献できない選手は評価を低くせざるを得ません』
前世だったら、経営面のメリットもある程度は考慮する必要があっただろう。
勿論、それが実力に紐づいていないことはそうそうないけれども。
しかし、この世界は世界観補正のおかげで雑に運営していても黒字にはなる。
おかげで、キャラクター性みたいな部分はそこまで考える必要がない。
そのせいで、実力はあっても素行がアレな選手がチラホラ見られるが……。
WBWでの勝敗が直接国家間のパワーバランスにも関わってくる以上、やはり球団にとっても選手にとってもチームの勝利に勝るものはない。
だからこそ、WPAを重要視した論を展開しているのだ。
と言ったところで、海峰永徳選手の論評を終える。
『次に、ドラフトについて40点という評価をいただいた元200勝投手の――』
そこから更に、既に引退した投手2人と野手1人の採点をしていく。
ただ、海峰永徳選手以外は70点前後と悪くない評価になっている。
そこまで面白みはない。
なので、ここは編集で短くしておいて貰った。
『さて。そろそろ村山マダーレッドサフフラワーズが今回のドラフト会議で指名した選手の点数を発表する共に、指名の意図を説明していきたいと思います』
『前置きが大分長かったですね』
『もしかして、結構あの採点に不満があったりー?』
『それは、まあ。我々が非難される分には全く構いませんが、前途ある若者が低評価の嵐を鵜呑みにして委縮してしまっては堪ったものじゃないですからね』
・お前も若者定期
・誰目線で言ってんだよ
・そら投手コーチ目線やろ
・そう言えば選手兼任コーチだったな……
・18歳の選手兼任コーチって何だよ
・来季も継続なら1部史上最年少コーチか?
『何はともあれ、本題に入ります。まずは6位から。順に発表していきますね』
『1位からじゃないのー?』
『……焦らしますね』
『いや、普通そうでしょう。動画的にも』
・そらそうよ
・ドラフト会議は上からだけどな
・ドラフトのシステムで下からスタートなんてできる訳ないだろ……
・選手を取り合う訳だからな
『では、ドラフト6位指名の――』
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※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
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