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第2章 雄飛の青少年期編

185 ドラフト会議後の動向

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「……秀治郎君、アレってわざとでしょ」

 指名挨拶から10日程経った今日。
 山形きらきらスタジアムを訪れた美海ちゃんは、開口一番そんなことを言った。
 野球評論家からは目に余るビックマウス扱いされ、ネット上では何やら賛否両論な感じになってしまっているらしい俺の発言に関しての話だろう。

「わざとって?」
「私達よりも自分に目を向けさせるために、あんなこと言ったんでしょってこと」

 半分惚けるように問い返した俺に、彼女はそう呆れ気味に指摘する。
 話題の広がり具合とタイミングを鑑みて、そんな風に思ったに違いない。
 口調は確信に満ちている。

「あー……いや、そんなことはないよ。単純に本音を口にしただけで」
「はあ。またそんな風に誤魔化して。バレバレよ」
「全くっす。分かりやすいっすね」

 否定したのに美海ちゃんと倉本さんに断定され、俺は思わず苦笑してしまった。
 まあ、実際。
 そういった側面もなきにしもあらずってところではあるけれども。

「本当に、何1つとして嘘は言ってないからな」
「だとしても、あの場の囲み取材でわざわざ言う必要なんてないでしょ?」
「それは……まあ、うん」

 実際、あれは彼女達について好き勝手言ってる人達への当てこすりでもあった。
 で、あそこまであからさまなら大多数にその意図も伝わろうというものだ。
 結果、癇に障って反感を持つに至った野球評論家が少なからずいて、今年のドラフト会議で物議を醸した諸々も俺に絡めて語られるようになっていた。
 それに反比例するように、美海ちゃん達は若干影が薄くなっている。
 この流れを見れば、彼女達がそう判断するのも無理もないことかもしれない。

「でも、秀治郎。これからどうするの? 結構色々言われてるみたいだけど」

 2人と共に球場に来ていた昇二が心配するように言う。
 対して俺は、ただ淡々と「放っとけばいい」とだけ返した。

「……大丈夫なの?」
「俺は別に何とも思ってないからな」

 これも紛うことない本心だ。
 ただし、それは決して鋼の精神力を持っているが故という訳ではない。
 前世の俺はあくまでも一般人。
 単なる底辺労働者に過ぎなかった。
 それがこうも動じずにいられるのは、偏に2度目の人生だからだろう。
 目の前の出来事から自分を切り離し、他人事のように見ることができるのだ。
 ステータスのようなゲーム的要素が存在していることも一因だと思う。
 心のどこかで、まだフィクション的に捉えているのかもしれない。
 殺し殺され、みたいな殺伐とした世界観でもないからな。
 この感覚が抜け切ることはないような気がする。

 勿論、【明鏡止水】を始めとした精神を落ち着かせる効果を持つスキルをいくつか取得していることも、一応は影響しているはずだ。
 ただ、普通に入手できるスキルだけでは不動の心は得られない。
 平静を保ち続けるには少々不足があるのは否めない。
 何せ、美海ちゃん達もその辺は完備しているはずなのに、ここ最近は色々あって精神的に不安定になったりもしていた。
 大事な試合で抱く緊張感と違って、色々な思惑が複雑に絡み合う大人社会のあれやこれやに慣れていないせいというのもあるかもしれない。
 だから、俺は全く気にしていなかったが――。

「あーちゃんは不機嫌極まりないけどな」

 色々と言われている当人ではなく、彼女の方がイライラしているぐらいだった。
 その怒りは全部俺を思ってのものなのは確かなので、少し嬉しくもある。
 まあ、自分以外の親しい人間が的外れな論でとやかく言われていたら俺だって苛立つし、そんなとこまでスキルで鎮静化されたくはない。
 そういった気持ちを失ったら、人間味までなくしかねないからな。

 だから。
 今回もまた一丁噛み……もとい、いつも通りに突撃インタビューを受けて無遠慮に喋っていた海峰永徳選手のことにしても。
 俺について言う分には全然構わないのだが、指名を受けた側の美海ちゃん達にまで批判的に言及していたことには思うところがある。
 正樹の怪我や女性野球選手一般に対する意見も、決して忘れることはない。
 マイナスの感情は今も積み重なっていっている。

 尚、今回の彼の発言内容については今は触れないでおく。
 思い出すとちょっと不愉快にもなるし。

「しゅー君は当然のことしか言ってないのに、外野が一々うるさい」
「まあまあ。あーちゃん、落ち着いて」

 隣で感情を表に出している人がいると、意図せず冷静になってしまうな。
 普段はあーちゃんの方がマイペースだから、尚更のことかもしれない。

「俺達のことを深く知らなければ仕方ないさ」
「でも、上辺だけ見て好き勝手言ってる人が多過ぎて嫌」
「そういう人達は、きっと来年の今頃には掌返ししてるだろうから」

 ちょっと都合がいいと言えば都合がいいけれども。
 結果を出せば評価してくれるだけ分かりやすくていい。
 拗らせて頑なになる手合よりは余程マシだ。

「ま、ネガティブな話題はここら辺でやめとこう。こんなとこで文句を言ってたって解決する訳じゃないしさ」
「そう、だね。折角、秋季キャンプの見学に来たんだから」

 俺の言葉に昇二も同意を示し、観客席からグラウンド全体に目を向ける。
 美海ちゃん達がここにいるのは、彼が言った通り秋季キャンプの見学のため。
 ドラフト指名を受けた全員を招待したのだ。
 ただ、まだ東京にいる正樹は参加できないとの連絡があった。
 5位指名と6位指名の2人は来る予定だが、その姿はない。
 もっとも、遅刻という訳ではない。
 と言うのも――。

「まだ始まってもないけどね」

 美海ちゃんが皮肉っぽく告げたように、今日の練習開始はもうしばらく後。
 見学の集合時間にもなっていない。
 そのため、今のところ選手はグラウンドに出てきていなかった。

「3人共、早く来過ぎ」
「けど、ウチらは新人っすから」
「準備から見るのはタメになると思うし……」

 グラウンドで練習機材の用意をしている球団職員に視線を向けて言う昇二。
 そういう人達のサポートあってのプロ野球でもあるからな。
 タメになるのは間違いない。
 ただ、早過ぎるというのもそれはそれで相手方の迷惑になることがある。
 やはり5分前行動ぐらいが丁度いいのだろう。

「でも、秋季キャンプって具体的に何をしてるの?」
「んー、まあ、基礎的なトレーニングで地力をつけるのが中心だな」

 春季キャンプとは違って秋季キャンプは地味だ。
 地味だが、だからこそ時に地獄と評されもする。
 試合形式の練習はほぼなく、ひたすら高強度、高負荷の練習を繰り返す。
 基本は若手中心で、ベテランは休養に充てることも多い。
 だが、1部リーグ昇格し立ての村山マダーレッドサフフラワーズは全員参加だ。
 俺は兼任投手コーチとして練習より指導、もとい補助的な役割がメイン。
 あーちゃんにも、そのサポートをして貰っていた。

「けど、来年の今頃は秋季キャンプじゃなく、大勝負真っ只中の予定っすよね?」
「それは勿論。来年は日本一になる予定だからな」

 倉本さんの問いかけに、身内相手ながら改めてキッパリと宣言しておく。
 打倒アメリカに繋がる道として、そこは譲れない。

「……日本シリーズ、ね」

 美海ちゃんの確かめるような言葉に「うん」と頷いて肯定する。

 俺達が秋季キャンプを行っている裏で。
 ……いや、むしろこちらが裏であちらが表か。
 まあ、それはともかくとして。

 日本野球界の表舞台では今正に、プロ野球1部リーグの年間王者が決まる国内最大のイベント、即ち日本シリーズが行われていた。
 ドラフト会議の直後という日程である以上、たとえ色々騒がれていたとしても落ち着くまで立ちどまっているような暇は野球界にはないのだ。

 この世界における日本シリーズは公営セパ、私営東西リーグそれぞれのプレーオフを勝ち抜いてきた4球団による4戦先勝方式のトーナメント戦となっている。
 そのため、期間は前世のほぼ倍。
 ドラフト会議翌日から最長で11月の中頃まで続く日程になる。
 その後には契約更改も待つし、運営側にとっては大分ハードなスケジュールだ。

 ちなみに今シーズン、日本シリーズにコマを進めた球団は以下の通り。
 公営1部セレスティアルリーグ優勝の大阪トラストレオパルズ。
 公営1部パーマネントリーグ優勝の兵庫ブルーヴォルテックス。
 私営1部イーストリーグ優勝の静岡ミントアゼリアーズ。
 私営1部ウエストリーグ優勝の京都フォルクレガシーズ。
 いずれも下剋上はなく、全てリーグ1位の栄冠を勝ち取った球団だった。

 トーナメントの組み合わせを決める方法はクジ引き。
 その結果、準決勝は大阪トラストレオパルズ対京都フォルクレガシーズ、兵庫ブルーヴォルテックス対静岡ミントアゼリアーズというカードだった。(過去形)
 下馬評では大阪トラストレオパルズと兵庫ブルーヴォルテックスが戦力的に優位とされており、実際に番狂わせはなく既に私営リーグの2球団を下している。
 結果、関西に本拠地を置く公営リーグの2球団が激突することとなっていた。
 何十年振りかの関西対決とのことで、関西では大いに盛り上がっている様子だ。
 そして現在。
 初戦が終わり、大阪トラストレオパルズが1歩リードしている。
 今年はそんな状況だった。

 日本シリーズは1年の集大成であるだけに、注目度も当然1年の中で最も高い。
 ニュースサイトのランキングは今、この話題が独占している。
 なので、それによって俺達が目立たなくなることを少し期待したりもした。
 とは言え、別に全員が全員、日本シリーズだけを注視している訳じゃない。
 特に日本シリーズに進んだ4球団以外のファンは、来シーズンに向けて方々にアンテナを張っているし、彼らにとってドラフト会議周りの話題は新鮮なまま。
 結局、発言の波紋が広がるのを妨げる要素にはならなかったようだった。
 まあ、そこはどうなっていようと構わないけどな。

「……そう言えば、秀治郎君。何か美瓶達とコソコソ動いてたらしいじゃない。私達に隠れて一体何をしてたの?」

 と、美海ちゃんが急にそんなことを尋ねてくる。
 恐らく、切り出すタイミングを窺っていたのだろう。

「ああ、それ。いや、ちょっと動画を作ったんだ。多分、近々公開されると思う」
「ふーん……」
「中身は見てのお楽しみだ」

 訝しげにジト目を向けてくる美海ちゃんに、先んじて牽制を入れておく。
 すると、そうやって誤魔化すのなら、とばかりに彼女は更に話題を変えてきた。

「忘れてたけど、結婚式は結局どうするの? ドラフト会議後って言ってたけど」
「うん。それも動画で発表するよ」
「は、はあ? どういうこと?」
「まあ、折角だから、ね」

 答えになっていない答えに、美海ちゃんは口をへの字に曲げる。
 それから彼女は問い詰めるような視線をあーちゃんに向けた。

「茜」
「内緒」
「……変なことじゃ、ないのよね?」
「変か変じゃないかで言うと変かも。でも、わたし達らしくて、きっと悪くない」
「…………当事者の茜が納得してるならいいんだけど」

 野球狂神のせいで世界の覇権を決める要素になってしまっている野球。
 ただ、興行的側面はしっかりと残っている。
 エンターテインメント性もまたとても大事な要素だ。
 だから、炎上商法ではないけれども新興球団の人気確保のために。
 ちょっと燃え気味の今こそ逆に燃料をくべてやろうという意図もあった。
 まあ、慶事であればそこまで悪いようにはならないはずだ。

「っと、どうやら残りの2人も来たみたいだな」

 スマホに5位指名と6位指名の子らが到着した旨、連絡が来たので立ち上がる。
 追及されないように逃げる訳じゃないけれども。
 一先ず出迎えに行かなければ。

「じゃあ、皆。来年の春季キャンプに向けて、雰囲気だけでも感じてってくれ」
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