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第2章 雄飛の青少年期編

182 東京プレスギガンテスの選択とシーズン最終盤の色々

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 少し時は流れて9月末。レギュラーシーズン最終盤。
 おおよそ大勢は決し、ほとんどの球団が来期を見据えた戦いを始めている。
 丁度その時期に合わせるように。
 ユース選手達の未来を左右する公示もまた、各球団から出揃いつつあった。
 そうした世間の動静の中で。

『東京プレスギガンテスは今期、ユース選手との先行契約を行わないことを発表しました。兵庫ブルーヴォルテックス以外は既に同様の対応を取ることを――』

 遠征先の宿泊施設に備えつけられている大型テレビから、今後の方針にも深く関わってくるそんなニュースが流れてきた。
 その真偽を確かめるため、とりあえずノートパソコンを操作して東京プレスギガンテスの公式サイトを表示させる。
 そこにはアナウンサーが告げたのと全く同じ内容が記載されていた。
 どうやら、飛ばし報道や聞き間違いではなかったらしい。
 まあ、公示がソースだったようなので誤報の訳がないが、念のための確認だ。
 この世界だと、野球関連は特に裏取りされていない場合が結構あるからな。
 それはともかくとして。

「…………うーん。やっぱりこうなったか」

 予想していた通りの展開になったことに、思わず口の中で小さく呟く。
 そうしながら俺は、関連するネット記事をいくつか見て回った。
 ついでにネット掲示板やササヤイターなどのSNSも流し見る。
 ニュースサイトの記事は淡々と事実を伝えているところが多かった。
 一方で、ネット掲示板やSNSでは批判的な意見が多く見受けられる。
 発表された内容と現状とを照らし合わせれば、それも仕方のないことだろう。

「これってつまり、そういうこと?」

 ネットの住人達と同じように、あーちゃんはその意味するところを察した様子。
 そんな彼女の問いかけに「うん」と頷いてから続ける。

「表向きは、東京プレスギガンテスも大松君獲得に動くって意思表示になるんだろうけど……正樹との契約も一先ず見送ることにしたってことでもあるな」

 勿論、まだドラフト会議で指名される可能性は残ってはいる。
 とは言え、実際にそうするかは大分怪しいところだ。

「……もしかして、隠れ蓑に使われた?」

 俺の言葉を受け、あーちゃんが小さく首を傾げながら尋ねてくる。

「そういう側面もなきにしもあらず、ってとこかな。本気で大松君を獲得したいって考えてるのも間違いないだろうし」

 またも手術不可避の大怪我を負ってしまった正樹。
 その処遇には、東京プレスギガンテスも大いに悩んだに違いない。
 彼は【生得スキル】【衰え知らず】を持つのでスペック的には元に戻る(そもそも衰えない)が、そんなことは【マニュアル操作】がなければ知り得ない事実だ。
 東京プレスギガンテスにとっての正樹は肘と肩を両方やって、復帰できるかどうかも分からない選手でしかない。
 もし送球すら怪しくなれば、ピッチャー以外の守備もできなくなってしまう。

 それでも、バッティングさえ問題なければDH専という選択肢もなくはない。
 が、さすがにプロで実績のない高卒ルーキーに任せようとはならないだろう。
 と言うか、そもそも東京プレスギガンテスは頑なにDH制を採用することを拒んでいるセ(レスティアル)リーグ所属の球団だ。
 DHは交流戦やプレーオフでしか適用されない。
 であれば代打専に……というのは、DH専以上にあり得ない話だ。
 怪我の影響が打撃にまで及ばない確信も持てないだろうしな。

 こうなってくると、正樹をエスカレーター式にプロに上げるのは躊躇われる。
 球団のリソースも無限にある訳じゃないからな。
 相応のリターンを見込めなければ、投資に尻込みするのも当然だろう。
 そして採算を度外視した対応は、チーム内に不協和音を生みかねない。
 怪我をしても手厚くサポートをして貰える体制だと安心感を抱くよりも先に、訳の分からない依怙贔屓として反感を持たれる可能性の方が高い。

 かと言って、正樹を切り捨てると世間の目が厳しくなるのは想像に容易い。
 今回の怪我はあくまでプレー中のこととは言え、準々決勝での195球が全く影響していないかと言えば微妙なところでもある。
 疲労が下半身に来ていて、あの結果になったように見えなくもないからな。
 何より、既に1回酷使して壊しているのだ。
 ここに来てプロ契約しませんは、イメージが悪過ぎる。
 実際、使うだけ使ってポイか、といった批判がSNS上では少なくなかった。
 もっとも、今のところ炎上というところまでは至っていない。
 何故なら公式発表は、ユースチームの誰とも・・・先行で契約しない、だからだ。

「何だか、ちょっとズルい言い回し」
「まあ、そういう誤魔化し方も一種のリスクマネジメントって奴だろう」

 決して正樹とだけ契約しない訳ではない。
 ドラフト会議で指名しないと断言した訳でもない。
 その上で。
 今年はドラフト候補の高校生に大松君という怪物がいる。
 彼を指名する権利を得るために、兵庫ブルーヴォルテックスを除いてユースチームを保有する全ての球団がユース選手との先行契約を見送っている。
 東京プレスギガンテスも、あくまで他の球団と同じことをしただけ。
 現時点では、そういう擁護も野球ファンの一部からなされている。
 大松君の存在は、正にていのいい隠れ蓑だと言えるだろう。

 ただ、ちょっとずつ延焼していっている感はあった。
 言質を与えないようにしてはいるものの、よくよく考えるとやはり無理がある。
 あーちゃんと同じように「ちょっとそれはどうなの」と思う人も多そうだ。
 このまま放っておけば、激しく燃え上がるのも時間の問題かもしれない。

 東京プレスギガンテスもそれを危惧したらしく――。

「ん。新しい関連記事が出てきた」
「どれどれ。怪我からの復帰時期は未定の瀬川正樹選手について、球団編成部は最低でも育成指名を行うつもりであると明言、か」

 どうやら早めに火消しに動いたようだ。
 火種の中身を考えれば、恐らくこれで大方鎮火するだろう。
 しかし、火の手が上がりそうだったから慌てて対応した感が強い。

 ……この内容なら、最初の奴と同時に発表してもよかった気がするな。
 ドラフト会議に向けての戦略が色々あるにせよ。

「ほとぼりが冷めた頃に契約打ち切り?」
「多分、そんなとこだろうな」

 育成契約なら年俸もかなり安く済む。
 勿論、復帰できれば儲けものだが……。
 そこまで期待している雰囲気はない。

「しゅー君、どうするの?」
「正樹に言った通りだ。3位指名で横からかっさらわせて貰う」

 たとえ東京プレスギガンテスと育成契約を結んだとしても、正樹の心が折れさえしなければ這い上がってくることは容易いだろう。
 1流のプロ野球選手として、野球人生を全うできる可能性は高い。
 しかし、彼にその程度のところで留まって貰っては困るのだ。
 日本野球界のトップレベルの選手となり、WBWで日本代表としてアメリカ代表に打ち勝つための戦力になって貰わなければならない。

「……ウチの編成部には念を押しておかないとな。監督やお義父さんにも」
「しゅー君が言えば、そこは大丈夫なはず。けど、昇格しないと土俵に立てない」
「ああ。まず2部リーグの総合優勝決定戦を突破して、それから入れ替え戦だな」

 既に2部リーグと3部リーグのレギュラーシーズンは終了している。
 前期後期制を採用していることもあり、1部リーグのプレーオフまでの間に総合優勝決定戦を終えなければならないからだ。

 我らが村山マダーレッドサフフラワーズは、当然の如く後期優勝を飾っている。
 ぶっちぎりの1位だ。
 ピッチャー陣の成長のおかげで、2部リーグでも勝率9割を維持できた。
 後は総合優勝決定戦と入れ替え戦に勝てば1部リーグ昇格となる。
 俺達は前者の初戦を明日に控え、ホテルで休んでいるところだった。

「相手はイーストリーグ前期優勝、後期3位の群馬トライバルスピリッツ。ガッツ溢れるプレーが特色の球団だ」
「単に勢いだけ。シーズン中に何度か戦った感じだと負ける要素はない。とにかく早打ち早投げが酷かった」

 確かに対戦成績だけを見れば、そういう結論になるのも分からなくもない。
 けど、前期後期制の頃だと死んだふり作戦なんてのも前世ではあったからな。
 油断はしない方がいい。

「そっちよりも入れ替え戦が心配。腐っても1部。今までとは格が違う」
「分かってる」

 1部リーグは試合がまだ少し残っているものの、順位は既に決まっている。
 私営1部リーグ東地区最下位は仙台グリーンギース。
 ここ数年最下位争いを演じており、とうとう2部落ちすることになる球団だ。
 ……なんて、それこそ油断だな。

 あーちゃんの言う通り、かの球団は伊達に1部リーグに在籍し続けてはいない。
 2部リーグとはステータスが明らかに違う。
 今まで入れ替え戦を切り抜けてきただけのことはある。
 日本野球界の上澄みなのは間違いない。

 それでも、ここでサクッと1部リーグ昇格を果たさないと正樹も美海ちゃん達も安心することができないだろう。
 だから今回も、全てにおいて勝ちに徹する。
 成績やスコアは二の次だ。

 日本野球界最高峰のステージまで後僅か。
 そこに辿り着けば、WBW日本代表への道も一気に開ける。
 打倒アメリカ代表のための下準備もまた終盤に差しかかっている。

 さあ、気合を入れ直していくとしよう。
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