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第2章 雄飛の青少年期編
181 プロ志望届とドラフト展望
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インターンシップ部隊に出した指示は成果が出るまでしばらくかかるだろう。
なので、それについては一先ず置いておくとして。
最後にあんなことになってしまったが、皆の高校野球最後の夏は終わった。
そうなれば、プロを目指す選手達にとって何よりも大事な手続きが始まる。
即ち……。
「皆、プロ志望届はもう書いて出したのか?」
「勿論よ。そうしないと何も始まらないじゃない」
俺の質問に対し、美海ちゃんがちょっとばかし不機嫌そうに答える。
当たり前のことを聞くなと言わんばかりだ。
やはり、まだ気持ちがナーバスになっている部分があるのかもしれない。
全国高校生硬式野球選手権大会決勝戦の後で会うのは初めてで、今の今まで面と向かってメンタルケアをする機会を持つことができていなかったからな。
だから、9月最初の月曜日である今日。
村山マダーレッドサフフラワーズは丁度試合も移動もない日だったので、俺は幼馴染+αと話をするために彼女達を呼び出したのだった。
既に全員野球部を引退していて放課後の時間には割と余裕がある。
なので、こうして集まるのに障害はない。
場所はいつもの屋内野球練習場だ。
ちなみに+αの部分は倉本さんだ。大松君はいない。
何はともあれ、まずはプロ志望届の話だ。
日本プロ野球界において、それはプロになるのに必要不可欠な届け出である。
これを提出していなければドラフト会議で指名されることはないし、当然ながら2部リーグ以下のチームからのスカウトを受けることもできない。
僅かでもプロを視野に入れて活動している者にとっては常識も常識だ。
美海ちゃんが眉をひそめるのも分からなくはない。
とは言え、リマインドは大切だろう。
それこそ正樹が目の前で怪我をするという衝撃的な出来事があって、頭からすっぽり抜け落ちてしまっている可能性もあったし。
「昇二は?」
「一応は出したけど……いいのかな?」
と、彼はどこか不安そうに問い返してくるが……。
別に、野球部員であればプロ志望届を出すのに特別な資格はいらないからな。
もっとも、高校生なら校長先生や保護者の署名と判子が必要だけど。
出せたということは、その辺はクリアしているのだから何の問題もない。
それに――。
「プロ志望届を出したからってペナルティがある訳じゃないし、別にいいだろ?」
「でも、指名されなかったら恥ずかしくない?」
まあ、プロ志望届を出す唯一のデメリットはそれだな。
特に自分はプロになれると思っていて指名されなかった時のショックは大きい。
下手をすると、自信を喪失してしまいかねない。
プロ志望届に判子を押した学校側も微妙な目で見られるかもしれない。
とは言え、その心配は杞憂だ。
「いや、だから昇二は指名するって。ウチが」
現実に、確実に。昇二はプロ野球選手になるのだ。
不安に思うことは何1つとしてない。
我らが母校、山形県立向上冠中学高等学校にとっても利益しかないはずだしな。
「それ、本気だったの?」
「当たり前だろ」
そんな嘘を吐いてどうするんだ。
何度も何度も言っているのに。
どうやら昇二はまだ少し信じ切れていなかったらしい。
「と言うか、村山マダーレッドサフフラワーズから調査書だって届いてるだろ?」
「それは、うん。でも、確約書じゃないでしょ?」
これもまた、この時期のある種の風物詩。
プロ志望届は選手が所属先のアマチュア野球の統括組織に提出するものだが、こちらは球団が獲得候補の選手に対してプロになる意思を確認するためのものだ。
ただし、それがなくても不意打ちで指名したりすることもある。
なので、アンケートのようなものと考えておいた方がいいかもしれない。
昇二が言った通り確約するものではないため、複数球団から調査書を貰ったにもかかわらずドラフト会議本番では指名漏れしてしまった、なんて話はよく聞く。
それでも、球団が目をつけている証拠ではあるが……。
「ぬか喜びはしたくないよ」
やはりと言うべきか、昇二が確信を得る材料にはなってくれないようだ。
「それに、厳密に言うとスカウトの調査書だし」
「まあ、ウチはまだ2部のチームだからな。いくら今年1部に昇格してドラフト会議に参加するにしても、まだドラフト会議用のフォーマットでは出せないんだよ」
疑い深い昇二の言葉に苦笑しながら「そこは勘弁してくれ」と続ける。
こればかりは現在の立場と制度の問題だ。
「ま、いずれ他の球団からも調査書が来るだろう。昇二ならどこかが指名を考えていても全くおかしくないからな」
そうなれば、たとえ確証が得られなくても多少なり確度は上がるはずだ。
俺の話の信憑性も増すだろう。
「と言うか、昇二が信じようが信じまいともう関係ないしな。プロ志望届を出してくれたんだから。後はウチが指名するだけだ」
後は昇二が受けるか受けないか。
それだけの話になる。
「それって何位ぐらい?」
「ん? ええと、そうだな……」
横で黙って聞いていた美海ちゃんに問われ、一旦頭の中で整理する。
ドラフト会議というものは中々複雑だ。
他球団の動向次第で順位も大幅に変わってくる。
で、昇二についてだが。
彼のステータスは既に日本のプロ野球選手としては十二分と言っていい。
ただ、同世代に磐城君や大松君がいて陰に隠れてしまっていること。
普通のスカウトは練習や試合の視察、戦績でしか判断できないこと。
大松君のスペックのせいでキャッチャーとしての評価が今一定まらないこと。
夏の甲子園での打撃成績も比較的控え目だったこと。
そのせいで昇二の評価は中途半端で、他球団が指名するならよくて下位指名。
育成指名であれば、ほぼ確実というところ。
客観的に分析するとそんな感じだ。
つまり昇二を100%獲得しようとするのなら、それを加味して――。
「多分、3位か4位になると思う」
5位だとちょっと怪しいが、それなら間違いなく指名できるはずだ。
「まあまあ高いわね。なら、私は?」
「美海ちゃんは1位だな」
「ふ、ふーん」
即答すると、美海ちゃんは満更でもないような顔になった。
一応この順位について理由を説明すると、とにかくウチとしては戦力に数えることができるピッチャーが喉から手が出るぐらい欲しいからだ。
勿論、指名候補の中では大松君が最強投手になるが、間違いなく競合する。
それも、前世では考えられないような規模で。
何せ、1部リーグは公営私営合わせて24球団あるからな。
くじを引き当てる確率もかなり低くなってしまうし、大松君にとっても自分が中心になることができるようなチームにいった方がいい。
他球団からすると大松君が敵に回るのは避けたいこともあり、僅かな可能性でも指名に動かざるを得ないはずだ。
だから、美海ちゃんが1位指名されることはまずない。
1位なら極めて高い確率で取れる。
という理屈で俺は彼女を1位指名するように上層部に進言しているし、1部リーグに昇格することができればそうするという確約も貰っている。
「で、倉本さんが2位」
「へ? ウチが2位っすか?」
「そりゃそうでしょ。美海ちゃんのナックルを有効活用できるのは倉本さんしかいないんだからさ。100%確保しとかないと」
まあ、美少女バッテリーとして名をあげたので、美海ちゃんを取ることができれば下位でもいけそうだが……倉本さんは微妙に評価が読み切れない部分がある。
彼女は復活した正樹からも普通にヒットを打っているし、全国高校生硬式野球選手権大会での打率や安打数は結果的に1位だったからな。
パワーはないので1位指名は恐らくないと思うが、話題性まで加味すると割と上の方で指名されてしまう可能性もなくはない。
だから2位だ。
現在のドラフト会議は、2位以降はウェーバー方式(下位球団から指名。先に指名されたら他の球団は指名できない)と逆ウェーバー方式(上位球団から指名。こちらも先に指名されたら他の球団は指名できない)を交互に行う形となっている。
村山マダーレッドサフフラワーズは1部昇格を果たせば最下位相当でドラフト会議に参戦することになるので、真っ先に2位指名することができるルールだ。
と言うことで、倉本さんを2位指名する予定だ。
美海ちゃんを取るなら倉本さんは必要不可欠だからな。
「で、3位が正樹だ。東京プレギガンテスが契約しなければ、の話だけどな」
『……本気か?』
椅子に立てかけておいたタブレットを振り返りながら告げると、そのスピーカーから正に彼の声が聞こえてきた。
画面にはWeb会議ツールで映し出された正樹の姿があった。
ギプスで右肩までガチガチに固められており、見ていて痛々しい。
正樹はあの決勝戦の後すぐに手術を受けた。
そして医師にしばらく安静に過ごすように指示されている。
だから今の時間は寮の自室にいて、ビデオ通話することができている訳だ。
「そりゃ本気に決まってるだろ? 昇二のことも含めて」
もし東京プレギガンテスが正樹と契約するのなら、昇二を3位で指名する。
3位指名は逆ウェーバー方式で4位指名はウェーバー方式なので、最下位相当の村山マダーレッドサフフラワーズは3位の後にすぐ4位を指名できる。
なので、昇二については然程変化がないと言ってもいい。
だが、正樹を指名できるかどうかは大きな変化だ。
「東京プレスギガンテスが正樹君を放出するかしら」
「さあ、それは分からないな。正樹もまだ何も聞いてないんだろ?」
「ああ……」
美海ちゃんに答えてから正樹に問うと、彼はもどかしそうに頷く。
東京プレスギガンテス側でも対応が決まっていないのだろう。
しかし、それも今月末までだ。
この世界におけるドラフト会議前後の流れは以下の通りとなる。
まず全国高校生硬式野球選手権大会後にプロ志望届の受付が開始される。
それに合わせて調査書が球団から送られ始める。
一方で、大体毎年9月の終わり頃にユースチームからそのまま母体となるプロ野球球団に入団する選手が発表される。
そこから漏れたユースチーム所属の選手がプロ志望届を出す。
それらを経て10月末頃にドラフト会議が行われ……。
ドラフト会議が終われば、今度は2部リーグ以下のスカウトが開始される訳だ。
ちなみに、全ての球団がユースチームを持っている訳ではない。
なので、ユースチームからの入団者とドラフト会議での指名とダブルで有望な選手を獲得できる機会があるのは不公平ではないかという話もあった。
それを受けて、公平性を期すためにユースチームからの入団者の数だけドラフト会議で高校生を上位指名できなくなるルールが今生にはあったりする。
つまり、1人と契約したら1位に高校生を指名することができなくなる。
2人と契約したら1位と2位に高校生を指名することができなくなる訳だ。
まあ、これは本来余談だが……今年はガッツリ関わってくる可能性が高い。
ドラフト1位は即戦力の大学生になることが多い。
なので、さして意味のないルールのようにも感じられるが、極々稀に超高校級の即戦力な高校生が出てくることがある。
今回のドラフト会議で言えば、大松君が正にそれだ。
そうなるとどうなるか。
例えば兵庫ブルーヴォルテックスなら、たとえ高校生を1位指名する権利を失っても磐城君と契約することを選ぶだろう。
しかし、他のユースチームに磐城君や大松君並の選手はいない。
こうなると、ユースチームの選手と直接契約することを諦めてでも高校No.1選手である大松君を狙いに行く可能性が高くなる。
別に、契約しなかったらユースチームの選手をドラフト会議で指名する権利がなくなる訳じゃないからな。
他球団から指名されずに残ってさえいれば、育成で取ることだってできるのだ。
勿論、どの球団も登録できる人数には限りがある。
育成選手にしたって無制限に確保できる訳ではない。
戦力外通告を受け、引退する者。
現役を続けようと別の球団との契約を模索する者。
合同トライアウトに一縷の望みをかける者。
そうした選手達の代わりに新人選手が入ってくる訳で。
諸々の巡り合わせ次第で、結果は如何様にも変わってくる。
『本当に、これからどうなるのかな』
不安そうに呟く正樹の行く末はまだ霧の中だ。
ただ、大松君の存在を軸に考えると恐らくは……。
なので、それについては一先ず置いておくとして。
最後にあんなことになってしまったが、皆の高校野球最後の夏は終わった。
そうなれば、プロを目指す選手達にとって何よりも大事な手続きが始まる。
即ち……。
「皆、プロ志望届はもう書いて出したのか?」
「勿論よ。そうしないと何も始まらないじゃない」
俺の質問に対し、美海ちゃんがちょっとばかし不機嫌そうに答える。
当たり前のことを聞くなと言わんばかりだ。
やはり、まだ気持ちがナーバスになっている部分があるのかもしれない。
全国高校生硬式野球選手権大会決勝戦の後で会うのは初めてで、今の今まで面と向かってメンタルケアをする機会を持つことができていなかったからな。
だから、9月最初の月曜日である今日。
村山マダーレッドサフフラワーズは丁度試合も移動もない日だったので、俺は幼馴染+αと話をするために彼女達を呼び出したのだった。
既に全員野球部を引退していて放課後の時間には割と余裕がある。
なので、こうして集まるのに障害はない。
場所はいつもの屋内野球練習場だ。
ちなみに+αの部分は倉本さんだ。大松君はいない。
何はともあれ、まずはプロ志望届の話だ。
日本プロ野球界において、それはプロになるのに必要不可欠な届け出である。
これを提出していなければドラフト会議で指名されることはないし、当然ながら2部リーグ以下のチームからのスカウトを受けることもできない。
僅かでもプロを視野に入れて活動している者にとっては常識も常識だ。
美海ちゃんが眉をひそめるのも分からなくはない。
とは言え、リマインドは大切だろう。
それこそ正樹が目の前で怪我をするという衝撃的な出来事があって、頭からすっぽり抜け落ちてしまっている可能性もあったし。
「昇二は?」
「一応は出したけど……いいのかな?」
と、彼はどこか不安そうに問い返してくるが……。
別に、野球部員であればプロ志望届を出すのに特別な資格はいらないからな。
もっとも、高校生なら校長先生や保護者の署名と判子が必要だけど。
出せたということは、その辺はクリアしているのだから何の問題もない。
それに――。
「プロ志望届を出したからってペナルティがある訳じゃないし、別にいいだろ?」
「でも、指名されなかったら恥ずかしくない?」
まあ、プロ志望届を出す唯一のデメリットはそれだな。
特に自分はプロになれると思っていて指名されなかった時のショックは大きい。
下手をすると、自信を喪失してしまいかねない。
プロ志望届に判子を押した学校側も微妙な目で見られるかもしれない。
とは言え、その心配は杞憂だ。
「いや、だから昇二は指名するって。ウチが」
現実に、確実に。昇二はプロ野球選手になるのだ。
不安に思うことは何1つとしてない。
我らが母校、山形県立向上冠中学高等学校にとっても利益しかないはずだしな。
「それ、本気だったの?」
「当たり前だろ」
そんな嘘を吐いてどうするんだ。
何度も何度も言っているのに。
どうやら昇二はまだ少し信じ切れていなかったらしい。
「と言うか、村山マダーレッドサフフラワーズから調査書だって届いてるだろ?」
「それは、うん。でも、確約書じゃないでしょ?」
これもまた、この時期のある種の風物詩。
プロ志望届は選手が所属先のアマチュア野球の統括組織に提出するものだが、こちらは球団が獲得候補の選手に対してプロになる意思を確認するためのものだ。
ただし、それがなくても不意打ちで指名したりすることもある。
なので、アンケートのようなものと考えておいた方がいいかもしれない。
昇二が言った通り確約するものではないため、複数球団から調査書を貰ったにもかかわらずドラフト会議本番では指名漏れしてしまった、なんて話はよく聞く。
それでも、球団が目をつけている証拠ではあるが……。
「ぬか喜びはしたくないよ」
やはりと言うべきか、昇二が確信を得る材料にはなってくれないようだ。
「それに、厳密に言うとスカウトの調査書だし」
「まあ、ウチはまだ2部のチームだからな。いくら今年1部に昇格してドラフト会議に参加するにしても、まだドラフト会議用のフォーマットでは出せないんだよ」
疑い深い昇二の言葉に苦笑しながら「そこは勘弁してくれ」と続ける。
こればかりは現在の立場と制度の問題だ。
「ま、いずれ他の球団からも調査書が来るだろう。昇二ならどこかが指名を考えていても全くおかしくないからな」
そうなれば、たとえ確証が得られなくても多少なり確度は上がるはずだ。
俺の話の信憑性も増すだろう。
「と言うか、昇二が信じようが信じまいともう関係ないしな。プロ志望届を出してくれたんだから。後はウチが指名するだけだ」
後は昇二が受けるか受けないか。
それだけの話になる。
「それって何位ぐらい?」
「ん? ええと、そうだな……」
横で黙って聞いていた美海ちゃんに問われ、一旦頭の中で整理する。
ドラフト会議というものは中々複雑だ。
他球団の動向次第で順位も大幅に変わってくる。
で、昇二についてだが。
彼のステータスは既に日本のプロ野球選手としては十二分と言っていい。
ただ、同世代に磐城君や大松君がいて陰に隠れてしまっていること。
普通のスカウトは練習や試合の視察、戦績でしか判断できないこと。
大松君のスペックのせいでキャッチャーとしての評価が今一定まらないこと。
夏の甲子園での打撃成績も比較的控え目だったこと。
そのせいで昇二の評価は中途半端で、他球団が指名するならよくて下位指名。
育成指名であれば、ほぼ確実というところ。
客観的に分析するとそんな感じだ。
つまり昇二を100%獲得しようとするのなら、それを加味して――。
「多分、3位か4位になると思う」
5位だとちょっと怪しいが、それなら間違いなく指名できるはずだ。
「まあまあ高いわね。なら、私は?」
「美海ちゃんは1位だな」
「ふ、ふーん」
即答すると、美海ちゃんは満更でもないような顔になった。
一応この順位について理由を説明すると、とにかくウチとしては戦力に数えることができるピッチャーが喉から手が出るぐらい欲しいからだ。
勿論、指名候補の中では大松君が最強投手になるが、間違いなく競合する。
それも、前世では考えられないような規模で。
何せ、1部リーグは公営私営合わせて24球団あるからな。
くじを引き当てる確率もかなり低くなってしまうし、大松君にとっても自分が中心になることができるようなチームにいった方がいい。
他球団からすると大松君が敵に回るのは避けたいこともあり、僅かな可能性でも指名に動かざるを得ないはずだ。
だから、美海ちゃんが1位指名されることはまずない。
1位なら極めて高い確率で取れる。
という理屈で俺は彼女を1位指名するように上層部に進言しているし、1部リーグに昇格することができればそうするという確約も貰っている。
「で、倉本さんが2位」
「へ? ウチが2位っすか?」
「そりゃそうでしょ。美海ちゃんのナックルを有効活用できるのは倉本さんしかいないんだからさ。100%確保しとかないと」
まあ、美少女バッテリーとして名をあげたので、美海ちゃんを取ることができれば下位でもいけそうだが……倉本さんは微妙に評価が読み切れない部分がある。
彼女は復活した正樹からも普通にヒットを打っているし、全国高校生硬式野球選手権大会での打率や安打数は結果的に1位だったからな。
パワーはないので1位指名は恐らくないと思うが、話題性まで加味すると割と上の方で指名されてしまう可能性もなくはない。
だから2位だ。
現在のドラフト会議は、2位以降はウェーバー方式(下位球団から指名。先に指名されたら他の球団は指名できない)と逆ウェーバー方式(上位球団から指名。こちらも先に指名されたら他の球団は指名できない)を交互に行う形となっている。
村山マダーレッドサフフラワーズは1部昇格を果たせば最下位相当でドラフト会議に参戦することになるので、真っ先に2位指名することができるルールだ。
と言うことで、倉本さんを2位指名する予定だ。
美海ちゃんを取るなら倉本さんは必要不可欠だからな。
「で、3位が正樹だ。東京プレギガンテスが契約しなければ、の話だけどな」
『……本気か?』
椅子に立てかけておいたタブレットを振り返りながら告げると、そのスピーカーから正に彼の声が聞こえてきた。
画面にはWeb会議ツールで映し出された正樹の姿があった。
ギプスで右肩までガチガチに固められており、見ていて痛々しい。
正樹はあの決勝戦の後すぐに手術を受けた。
そして医師にしばらく安静に過ごすように指示されている。
だから今の時間は寮の自室にいて、ビデオ通話することができている訳だ。
「そりゃ本気に決まってるだろ? 昇二のことも含めて」
もし東京プレギガンテスが正樹と契約するのなら、昇二を3位で指名する。
3位指名は逆ウェーバー方式で4位指名はウェーバー方式なので、最下位相当の村山マダーレッドサフフラワーズは3位の後にすぐ4位を指名できる。
なので、昇二については然程変化がないと言ってもいい。
だが、正樹を指名できるかどうかは大きな変化だ。
「東京プレスギガンテスが正樹君を放出するかしら」
「さあ、それは分からないな。正樹もまだ何も聞いてないんだろ?」
「ああ……」
美海ちゃんに答えてから正樹に問うと、彼はもどかしそうに頷く。
東京プレスギガンテス側でも対応が決まっていないのだろう。
しかし、それも今月末までだ。
この世界におけるドラフト会議前後の流れは以下の通りとなる。
まず全国高校生硬式野球選手権大会後にプロ志望届の受付が開始される。
それに合わせて調査書が球団から送られ始める。
一方で、大体毎年9月の終わり頃にユースチームからそのまま母体となるプロ野球球団に入団する選手が発表される。
そこから漏れたユースチーム所属の選手がプロ志望届を出す。
それらを経て10月末頃にドラフト会議が行われ……。
ドラフト会議が終われば、今度は2部リーグ以下のスカウトが開始される訳だ。
ちなみに、全ての球団がユースチームを持っている訳ではない。
なので、ユースチームからの入団者とドラフト会議での指名とダブルで有望な選手を獲得できる機会があるのは不公平ではないかという話もあった。
それを受けて、公平性を期すためにユースチームからの入団者の数だけドラフト会議で高校生を上位指名できなくなるルールが今生にはあったりする。
つまり、1人と契約したら1位に高校生を指名することができなくなる。
2人と契約したら1位と2位に高校生を指名することができなくなる訳だ。
まあ、これは本来余談だが……今年はガッツリ関わってくる可能性が高い。
ドラフト1位は即戦力の大学生になることが多い。
なので、さして意味のないルールのようにも感じられるが、極々稀に超高校級の即戦力な高校生が出てくることがある。
今回のドラフト会議で言えば、大松君が正にそれだ。
そうなるとどうなるか。
例えば兵庫ブルーヴォルテックスなら、たとえ高校生を1位指名する権利を失っても磐城君と契約することを選ぶだろう。
しかし、他のユースチームに磐城君や大松君並の選手はいない。
こうなると、ユースチームの選手と直接契約することを諦めてでも高校No.1選手である大松君を狙いに行く可能性が高くなる。
別に、契約しなかったらユースチームの選手をドラフト会議で指名する権利がなくなる訳じゃないからな。
他球団から指名されずに残ってさえいれば、育成で取ることだってできるのだ。
勿論、どの球団も登録できる人数には限りがある。
育成選手にしたって無制限に確保できる訳ではない。
戦力外通告を受け、引退する者。
現役を続けようと別の球団との契約を模索する者。
合同トライアウトに一縷の望みをかける者。
そうした選手達の代わりに新人選手が入ってくる訳で。
諸々の巡り合わせ次第で、結果は如何様にも変わってくる。
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そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。
忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。
生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。
ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。
この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。
冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。
なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。
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