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第2章 雄飛の青少年期編
試合経過01 ライバルポジから(美海ちゃん視点)
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イニングの合間。
2回の裏の守備を終えて戻ってきたベンチにて。
「いやあ、緊張感がヤバいっすね」
内容とは裏腹に、全く緊張していないような軽い口調で未来が言う。
私と彼女、それから昇二君と大松君は意外と大舞台に強い。
勿論、プレッシャーがない訳じゃない。
けど、適度な緊張感を持って十二分に実力を発揮することができるのだ。
自惚れでも何でもなく、そう自分でも感じている。
秀治郎君は「皆【明鏡止水】の境地に達しているからね」とか冗談めいたことを言っていたけれども、多分それなりに場慣れしているおかげだろう。
去年も全国高校生硬式野球選手権大会では決勝戦まで進んだ。
高校だけの大会では全国優勝もしている。
それでも未来が殊更そんなことを言い出すのは、この通称夏の甲子園決勝戦には他の試合とは一線を画す異様な雰囲気があるからだ。
まず空席1つない満員の球場って時点で特別だし……。
「相手側の応援が桁違いに凄いからね」
前回の兵庫ブルーヴォルテックスユースとの決勝戦もそうだった。
スタンドを埋め尽くす観客は、ほぼ相手チームの味方。
完全アウェーとしか言いようがない状況だ。
「やっぱり、遠方の公立校とは動員できる人数が違うわ」
「ホントそうっすね。仕方がないことっすけど」
どうあれ、球場までの距離に格差があるのは否めないからね。
とは言え、今回に関してはメディアなどで正樹君が復活の神童として祀り上げられている影響の方が大きいかもしれない。
学校やチームの関係者じゃない一般客まで、正樹君が先発を務める東京プレスギガンテスユースを応援しているからだ。
大会が始まった頃は注目の公立校である私達の話題の方が多かったけれど、あの準々決勝の後ぐらいから潮目が変わってしまった。
新たな神童を要する地元チームと対峙した去年。
かつての神童が輝きを取り戻した今年。
2回連続で決勝戦の相手が悪い。
いや、まあ。
トーナメントの同じ山になるよりは余程マシだけど。
「何にしても、私達がやるべきことは変わらないわ」
ネクストバッターズサークルに向かう準備をしながら未来に告げる。
「でも、さすがに気になるっすよ。応援の質も違い過ぎて」
そこはやはり伝統あるチーム故だろう。
野球に付随する諸々が、長年の積み重ねで効率的に仕上がっているのだ。
ブラスバンドが選手1人毎に違う応援歌を奏でるのは序の口。
応援団のパフォーマンスも洗練されており、迫力が段違い。
如何にもな学ラン姿もいれば、本場アメリカみたいなチアリーダーもいる。
このために鍛え上げられたのかと思う程に1人1人の声量も凄い。
勿論、東京プレスギガンテスユースはあくまでもユースチーム。
母体はプロ野球球団だ。
なので、チームとして応援用の組織を所持している訳ではない。
彼らは所属選手の大多数が通っている提携先の私立高校の生徒だ。
吹奏楽部、応援団、チアリーディング部が総出で応援しに来ているのだ。
翻って我らが山形県立向上冠高校。
一応は吹奏楽部や応援団もあるにはあるし、頑張ってくれてはいる。
その努力を否定するつもりは勿論ないし、感謝しかない。
こんな真夏の炎天下で応援してくれている訳だから。
けど、公立の進学校なのもあって部活としての規模も元々の控え目。
その上、山形県から兵庫県への移動はかなり大変。
よく言えば少数精鋭だけど……。
結果として、応援に関しては客観的に見て数でも質でも負けていると言わざるを得ない状態になってしまっている訳だった。
「そういうシチュエーションで勝ってこそ、俺の活躍が一際輝くってもんサ」
と、横から大松君が気取ったポーズで話に入ってくる。
「はいはい。だったら、精々気張って投げなさい」
「ああ、勿論!」
そんな彼を適当にあしらうが、気にした様子がない。
まあ、普段通りと言えば普段通り。
気負いがないのはいいことだ。
けど、ちょっと鬱陶しい。
内心嘆息しながら、ネクストバッターズサークルに向かう。
既にそこにはキャッチャーの防具を外した昇二君が待機していた。
「可能な限り、球数を投げさせるわよ」
浮かない顔をしている彼に、発破をかけるように話しかける。
「……うん」
しかし、彼は今一乗り気ではない様子を見せるのみ。
やはりチーム方針に納得がいっていないようだ。
その気持ちは分からなくもない。
「今は勝つことだけを考えなさい。正樹君の性格から言って、怪我を案じて手加減なんてことしたら兄弟の縁を切られかねないわよ」
「それは、分かってるけど……」
弟である昇二君に正樹君の性格の話なんて釈迦に説法だろう。
けれども、互いのことによく知っている兄弟だからこそ複雑なのだ。
それは理解できる。
ただ、あのレベルのピッチャー相手に余計なことを考えている余裕なんてない。
球数を投げさせるのなんて基本戦法でしかない。
それに何よりも――。
「続投させるか降板させるかなんて、あっちの監督の判断でしょ?」
乱暴な論かもしれない。
でも、そこに関してはこっちの責任じゃない。
そもそも肘に不安があるなら投げさせない。
投げるなら省エネピッチングを心がけさせる。
ある程度球数を投げたらスパッと交代する。
投げ過ぎが肘に悪いというのは常識だ。
けれど、具体的に何球投げたら危ないかなんて誰にも分からない訳だし、起用する側が様子を見て気をつける以外にない。
「余程の馬鹿でもない限り、今の状況で無茶苦茶な使い方をする訳ないわ」
「そう、だよね……」
「それに、秀治郎君が言ってたじゃない。万万が一また同じように右肘をやったとしても正樹君を指名するって。復帰のプランもあるって」
「……それ、兄さんにも言ってたけど……本当かな」
難しい顔をして疑問を口にする昇二君。
とは言え、別に秀治郎君に対する信頼がない訳じゃない。
家族のことだから神経質になっているだけだ。
「秀治郎君が言うんだもの、間違いないでしょ」
「……うん」
「秀治郎君の目は本物だわ。私や未来がいい証拠よ」
ナックルボーラーとナックルの軌道を勘で予測できるキャッチャー。
しかも、2人共女性選手。
偶然じゃない。
やっぱり、秀治郎には私達には見えないものが見えている。
そんな彼がハッキリと断言しているなら100%確実だ。
「だから、私達は勝利することだけ考えればいい。優勝して、秀治郎君がこの学校に残していったものの価値を世の中に知らしめてやるんだから」
「浜中さん、そんなモチベーションだったの……?」
「い、いいじゃない別に。勝ちたい理由は人それぞれでしょ? けど、負けたいなんて思ってる人は、少なくともこのチームにはいないはずよ。違う?」
「……違わない。僕も勝ちたいよ。他でもない兄さんに」
そうでしょうに。
少なくとも、キャッチャーとしてのリードはまともだった訳だから。
いくら大松君でも、相方のやる気がなければ全く普段通りの投球とはいかない。
何かしら、いつもとは違う部分が感じられたはずだ。
けど、それはなかった。
球数を投げさせるバッティングの方針だけを気にしていた証拠だろう。
勝利を望む気持ち自体は嘘じゃない。
「なら、真剣勝負してきなさい」
「うん」
「バッターラップ!」
話の間に正樹君の投球練習も終わったらしく、球審が打席に入るように促す。
「は、はい!」
気持ちを切り替えた様子の昇二君は、慌てたように打席へと向かった。
3回の表の攻撃が始まる。
9番バッターである彼からの打順だ。
「……あっちはあっちで随分と意識してるわね」
マウンドの正樹君も、やはり兄弟対決には思うところがあるようだ。
今やキャッチャーというチームの重要ポジションを担っている昇二君。
そんな彼と高校野球の舞台で相対する最初で最後の機会だ。
兄の威厳を見せつけようとしているのか、正樹君も気合が入っている。
「けど、ホントによくあそこから成長したものね」
長らく停滞していた球速が手術後上がって160km/h。
変化球もキレキレ。
気持ちを切り替えたぐらいでは簡単に打ち返すことはできない。
それでも昇二君は、追い込まれてから2球ファールで必死に食らいついていた。
しかし、1ボール2ストライクからの6球目で空振りの三振に倒れてしまう。
相手バッテリーも私達の意図に気づいているのだろう。
ストライクゾーンにどんどん投げ込んでくる。
まあ、初回から大分露骨だったし、兵庫ブルーヴォルテックスユースと同じような戦法だし、気づかない方がおかしいか。
さて。次は私の番だ。
肩を落としてベンチに戻る昇二君と入れ替わりでバッターボックスに向かう。
構えを取ってプレイがかかると、正樹君はテンポよく投げ込んでくる。
1球目見逃し。ノーボール1ストライク。
2球目。
「ストライクツーッ!!」
僅か2球で追い込まれてしまった。
待球をしている余裕はない。
ノーボール2ストライクからの3球目。
尚もストライクゾーン勝負。
――キンッ!
ファウル。
更に続いてファウル。ボール。ファウル。ファウル。何とか粘る。
5球目のボールゾーンに外れる変化球は手が出そうになった。危なかった。
そして8球目。
「ストライクスリーッ!!」
内角低めのデッドボールになりそうなところから鋭く曲がる変化球は、ストライクゾーンギリギリいっぱいに決まってしまった。
直前にアウトコースの逃げていく球を追いかけるように振ってファウルにしたこともあって腰が引けてしまい、思わず見逃してしまった。
悔しいけど、真っ向勝負で容易くヒットを打てる程容易い相手じゃない。
「……はあ」
嘆息しながら打席を離れ、ベンチに戻る。
続くバッターは2番打者の未来。
ナックルの軌道を見抜くことができる勘は普通の変化球にも適用されるらしい。
だからか、ミート力はチーム随一だ。
けれど、性格の問題なのかしっかり振りに行った上でのカットは苦手。
下手なカット打ちは審判に咎められるので、彼女は2ストライクまで待ってから打ちに行くように指示されている。
結果、全く打ち気を見せずにノーボール2ストライク。
そして3球目。
――カキンッ!
未来はストライクゾーンへの変化球を芯で捉えた。
しかし、どうにもパワーが足りなくて飛距離が出ない。
定位置より前目の外野フライに終わってしまった。
この回も結局、三者凡退。
「球数は17球。合計47球。まだまだね」
やはり勝負は終盤戦。
それまでは耐え忍ぶ戦いを続けなければならない。
そのためにも今は。
引きずることなく、落ち着いて守備をこなしていくとしよう。
2回の裏の守備を終えて戻ってきたベンチにて。
「いやあ、緊張感がヤバいっすね」
内容とは裏腹に、全く緊張していないような軽い口調で未来が言う。
私と彼女、それから昇二君と大松君は意外と大舞台に強い。
勿論、プレッシャーがない訳じゃない。
けど、適度な緊張感を持って十二分に実力を発揮することができるのだ。
自惚れでも何でもなく、そう自分でも感じている。
秀治郎君は「皆【明鏡止水】の境地に達しているからね」とか冗談めいたことを言っていたけれども、多分それなりに場慣れしているおかげだろう。
去年も全国高校生硬式野球選手権大会では決勝戦まで進んだ。
高校だけの大会では全国優勝もしている。
それでも未来が殊更そんなことを言い出すのは、この通称夏の甲子園決勝戦には他の試合とは一線を画す異様な雰囲気があるからだ。
まず空席1つない満員の球場って時点で特別だし……。
「相手側の応援が桁違いに凄いからね」
前回の兵庫ブルーヴォルテックスユースとの決勝戦もそうだった。
スタンドを埋め尽くす観客は、ほぼ相手チームの味方。
完全アウェーとしか言いようがない状況だ。
「やっぱり、遠方の公立校とは動員できる人数が違うわ」
「ホントそうっすね。仕方がないことっすけど」
どうあれ、球場までの距離に格差があるのは否めないからね。
とは言え、今回に関してはメディアなどで正樹君が復活の神童として祀り上げられている影響の方が大きいかもしれない。
学校やチームの関係者じゃない一般客まで、正樹君が先発を務める東京プレスギガンテスユースを応援しているからだ。
大会が始まった頃は注目の公立校である私達の話題の方が多かったけれど、あの準々決勝の後ぐらいから潮目が変わってしまった。
新たな神童を要する地元チームと対峙した去年。
かつての神童が輝きを取り戻した今年。
2回連続で決勝戦の相手が悪い。
いや、まあ。
トーナメントの同じ山になるよりは余程マシだけど。
「何にしても、私達がやるべきことは変わらないわ」
ネクストバッターズサークルに向かう準備をしながら未来に告げる。
「でも、さすがに気になるっすよ。応援の質も違い過ぎて」
そこはやはり伝統あるチーム故だろう。
野球に付随する諸々が、長年の積み重ねで効率的に仕上がっているのだ。
ブラスバンドが選手1人毎に違う応援歌を奏でるのは序の口。
応援団のパフォーマンスも洗練されており、迫力が段違い。
如何にもな学ラン姿もいれば、本場アメリカみたいなチアリーダーもいる。
このために鍛え上げられたのかと思う程に1人1人の声量も凄い。
勿論、東京プレスギガンテスユースはあくまでもユースチーム。
母体はプロ野球球団だ。
なので、チームとして応援用の組織を所持している訳ではない。
彼らは所属選手の大多数が通っている提携先の私立高校の生徒だ。
吹奏楽部、応援団、チアリーディング部が総出で応援しに来ているのだ。
翻って我らが山形県立向上冠高校。
一応は吹奏楽部や応援団もあるにはあるし、頑張ってくれてはいる。
その努力を否定するつもりは勿論ないし、感謝しかない。
こんな真夏の炎天下で応援してくれている訳だから。
けど、公立の進学校なのもあって部活としての規模も元々の控え目。
その上、山形県から兵庫県への移動はかなり大変。
よく言えば少数精鋭だけど……。
結果として、応援に関しては客観的に見て数でも質でも負けていると言わざるを得ない状態になってしまっている訳だった。
「そういうシチュエーションで勝ってこそ、俺の活躍が一際輝くってもんサ」
と、横から大松君が気取ったポーズで話に入ってくる。
「はいはい。だったら、精々気張って投げなさい」
「ああ、勿論!」
そんな彼を適当にあしらうが、気にした様子がない。
まあ、普段通りと言えば普段通り。
気負いがないのはいいことだ。
けど、ちょっと鬱陶しい。
内心嘆息しながら、ネクストバッターズサークルに向かう。
既にそこにはキャッチャーの防具を外した昇二君が待機していた。
「可能な限り、球数を投げさせるわよ」
浮かない顔をしている彼に、発破をかけるように話しかける。
「……うん」
しかし、彼は今一乗り気ではない様子を見せるのみ。
やはりチーム方針に納得がいっていないようだ。
その気持ちは分からなくもない。
「今は勝つことだけを考えなさい。正樹君の性格から言って、怪我を案じて手加減なんてことしたら兄弟の縁を切られかねないわよ」
「それは、分かってるけど……」
弟である昇二君に正樹君の性格の話なんて釈迦に説法だろう。
けれども、互いのことによく知っている兄弟だからこそ複雑なのだ。
それは理解できる。
ただ、あのレベルのピッチャー相手に余計なことを考えている余裕なんてない。
球数を投げさせるのなんて基本戦法でしかない。
それに何よりも――。
「続投させるか降板させるかなんて、あっちの監督の判断でしょ?」
乱暴な論かもしれない。
でも、そこに関してはこっちの責任じゃない。
そもそも肘に不安があるなら投げさせない。
投げるなら省エネピッチングを心がけさせる。
ある程度球数を投げたらスパッと交代する。
投げ過ぎが肘に悪いというのは常識だ。
けれど、具体的に何球投げたら危ないかなんて誰にも分からない訳だし、起用する側が様子を見て気をつける以外にない。
「余程の馬鹿でもない限り、今の状況で無茶苦茶な使い方をする訳ないわ」
「そう、だよね……」
「それに、秀治郎君が言ってたじゃない。万万が一また同じように右肘をやったとしても正樹君を指名するって。復帰のプランもあるって」
「……それ、兄さんにも言ってたけど……本当かな」
難しい顔をして疑問を口にする昇二君。
とは言え、別に秀治郎君に対する信頼がない訳じゃない。
家族のことだから神経質になっているだけだ。
「秀治郎君が言うんだもの、間違いないでしょ」
「……うん」
「秀治郎君の目は本物だわ。私や未来がいい証拠よ」
ナックルボーラーとナックルの軌道を勘で予測できるキャッチャー。
しかも、2人共女性選手。
偶然じゃない。
やっぱり、秀治郎には私達には見えないものが見えている。
そんな彼がハッキリと断言しているなら100%確実だ。
「だから、私達は勝利することだけ考えればいい。優勝して、秀治郎君がこの学校に残していったものの価値を世の中に知らしめてやるんだから」
「浜中さん、そんなモチベーションだったの……?」
「い、いいじゃない別に。勝ちたい理由は人それぞれでしょ? けど、負けたいなんて思ってる人は、少なくともこのチームにはいないはずよ。違う?」
「……違わない。僕も勝ちたいよ。他でもない兄さんに」
そうでしょうに。
少なくとも、キャッチャーとしてのリードはまともだった訳だから。
いくら大松君でも、相方のやる気がなければ全く普段通りの投球とはいかない。
何かしら、いつもとは違う部分が感じられたはずだ。
けど、それはなかった。
球数を投げさせるバッティングの方針だけを気にしていた証拠だろう。
勝利を望む気持ち自体は嘘じゃない。
「なら、真剣勝負してきなさい」
「うん」
「バッターラップ!」
話の間に正樹君の投球練習も終わったらしく、球審が打席に入るように促す。
「は、はい!」
気持ちを切り替えた様子の昇二君は、慌てたように打席へと向かった。
3回の表の攻撃が始まる。
9番バッターである彼からの打順だ。
「……あっちはあっちで随分と意識してるわね」
マウンドの正樹君も、やはり兄弟対決には思うところがあるようだ。
今やキャッチャーというチームの重要ポジションを担っている昇二君。
そんな彼と高校野球の舞台で相対する最初で最後の機会だ。
兄の威厳を見せつけようとしているのか、正樹君も気合が入っている。
「けど、ホントによくあそこから成長したものね」
長らく停滞していた球速が手術後上がって160km/h。
変化球もキレキレ。
気持ちを切り替えたぐらいでは簡単に打ち返すことはできない。
それでも昇二君は、追い込まれてから2球ファールで必死に食らいついていた。
しかし、1ボール2ストライクからの6球目で空振りの三振に倒れてしまう。
相手バッテリーも私達の意図に気づいているのだろう。
ストライクゾーンにどんどん投げ込んでくる。
まあ、初回から大分露骨だったし、兵庫ブルーヴォルテックスユースと同じような戦法だし、気づかない方がおかしいか。
さて。次は私の番だ。
肩を落としてベンチに戻る昇二君と入れ替わりでバッターボックスに向かう。
構えを取ってプレイがかかると、正樹君はテンポよく投げ込んでくる。
1球目見逃し。ノーボール1ストライク。
2球目。
「ストライクツーッ!!」
僅か2球で追い込まれてしまった。
待球をしている余裕はない。
ノーボール2ストライクからの3球目。
尚もストライクゾーン勝負。
――キンッ!
ファウル。
更に続いてファウル。ボール。ファウル。ファウル。何とか粘る。
5球目のボールゾーンに外れる変化球は手が出そうになった。危なかった。
そして8球目。
「ストライクスリーッ!!」
内角低めのデッドボールになりそうなところから鋭く曲がる変化球は、ストライクゾーンギリギリいっぱいに決まってしまった。
直前にアウトコースの逃げていく球を追いかけるように振ってファウルにしたこともあって腰が引けてしまい、思わず見逃してしまった。
悔しいけど、真っ向勝負で容易くヒットを打てる程容易い相手じゃない。
「……はあ」
嘆息しながら打席を離れ、ベンチに戻る。
続くバッターは2番打者の未来。
ナックルの軌道を見抜くことができる勘は普通の変化球にも適用されるらしい。
だからか、ミート力はチーム随一だ。
けれど、性格の問題なのかしっかり振りに行った上でのカットは苦手。
下手なカット打ちは審判に咎められるので、彼女は2ストライクまで待ってから打ちに行くように指示されている。
結果、全く打ち気を見せずにノーボール2ストライク。
そして3球目。
――カキンッ!
未来はストライクゾーンへの変化球を芯で捉えた。
しかし、どうにもパワーが足りなくて飛距離が出ない。
定位置より前目の外野フライに終わってしまった。
この回も結局、三者凡退。
「球数は17球。合計47球。まだまだね」
やはり勝負は終盤戦。
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