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第2章 雄飛の青少年期編

172 組み合わせ抽選会の結果

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 夏の甲子園の組み合わせ抽選会は本日朝9時から開始の予定となっていた。
 で、全チームがクジを引き終えるまでにかかる時間は大体いつも1時間弱。
 そして現在の時刻は午前10時を回ったところ。
 なので、既に抽選結果は出揃っていて早々に記事もアップされている頃だ。
 と言うか、さっきの通知音は正にそれを知らせるものだった。

「どれどれ」

 特集サイトの読み込みが終わったスマホへと視線を落とす。
 トーナメント表を小さな画面で確認するのは少々面倒だったが、端から端まで目を通して目的のチーム名を見つけ出していく。

 山形県立向上冠高校は……あった。
 東京プレスギガンテスユースと兵庫ブルーヴォルテックスユースも……あった。
 それぞれの位置は……。
 成程。こうなったか。

「野村君?」

 確認した抽選結果を頭の中で咀嚼していると、ソワソワした様子の陸玖ちゃん先輩が答えを催促するように俺の名前を呼んでくる。
 自分で調べれば手っ取り早いのでは? と少し思うが、インターンシップ先の企業の応接室だからスマホを出すのを控えているのかもしれない。

「みなみー達は準優勝以上ほぼ確定」

 そんな彼女に対して、俺の代わりにあーちゃんがそう応じる。
 しかし、ちゃんとした答えになっていない。
 その結論に至るまでの過程が綺麗にすっ飛んでしまっている。
 陸玖ちゃん先輩が欲しいのは、正にその過程の部分だろうに。

「あ、あはは。相変わらずだね。鈴木さん」

 対する陸玖ちゃん先輩は、苦笑しながら少し思考を巡らせる。
 それから情報を逆算して口を開いた。

「つまり、向上冠高校は東京プレスギガンテスユースや兵庫ブルーヴォルテックスユースとは反対の山になったってことでいいのね?」
「そう」

 コクリと頷いて簡潔に肯定するあーちゃん。

 前世の高校野球だと準々決勝以降の組み合わせをその都度再抽選したりもしていたが、この世界では他の世代の大会と同様に最初の抽選で全てが決まる。
 連投の禁止とかと同じく、異なる歴史を歩んだ世界間の微妙な差異だな。
 まあ、一方で球数制限は1週間で500球までとか、明らかに前世の影響を受けてるんじゃないかって部分もあったりするけれども。

 いずれにしても。
 山形県立向上冠高校が他の優勝候補2チームとは反対側の山になったということは、決勝戦まで当たることはないということだ。
 ならば、そこまでは勝ち残ることができる可能性が非常に高い。
 エースの大松君に2番手のフルタイムナックルボーラーの美海ちゃん。
 投手の2本柱がしっかりしているからな。

「東京プレスギガンテスユースと兵庫ブルーヴォルテックスユースは? 勝ち上がったら、どのタイミングで当たるの?」
「ええと、東京プレスギガンテスユースは5日目で、兵庫ブルーヴォルテックスユースは6日目だから……準々決勝ですね」

 トーナメント表をあみだくじのように視線で辿りながら言う。
 ちなみに山形県立向上冠高校は初日の2試合目だ。

「決勝は当然エースが投げるから、準決勝は投げられない。ってことは――」
「準々決勝なら、ほぼ間違いなく正樹と磐城君の投げ合いになりますね」

 つまり、いつかの再戦になる訳だ。
 それも今回は正樹が100%以上に仕上がっている状態。
 きっと面白い試合を見せてくれることだろう。

 ――ピロンッ!

「ん?」

 新しい通知が来た。

「ええと? 『新旧神童対決再び? 磐城巧と瀬川正樹の投げ合いなるか! 勝ち進めば準々決勝で実現』……ふむ」

 そんなタイトルの記事がアップされたことを知らせるポップアップだった。
 検索の傾向から興味がありそうな内容だとアプリから判断されたのだろう。
 AIの精度がいいな。

「世間の注目度も高いみたいだね」
「向上冠高校の記事も出てる」

 あーちゃんの方のスマホには別の通知が来ていたようだ。
 見せてくれたポップアップには『初優勝を目指す公立高校、新星大松勝次と美少女ナックルボーラー浜中美海を擁する山形県立向上冠高校を徹底分析』とある。
 世間的にもちゃんと優勝候補と見なされているようだ。
 まあ、当然だな。

 山形県立向上冠高校。東京プレスギガンテスユース。
 そして、兵庫ブルーヴォルテックスユース。
 この3チームは誰がどう見ても戦力的に突出している。
 そのいずれかが優勝する予想以外を出している有識者は見たことがない。
 勿論、俺もそうなると思っている。皆そう思っている。

「山形県民として向上冠高校に優勝して欲しいわ」
「ねー」

 俺達の会話を横で聞いていた佐藤さんと藻峰さんも、向上冠高校がいいところまで行くことについては全く疑っていない様子だ。
 しかし、俺としては内心予想外の出来事が起きて欲しい気持ちも少しあった。
 いや、勿論、皆が活躍してくれることは強く望んでいるけれども。
 まだ見ぬ才能が出現して欲しいという意味での話だ。

 地方予選で評価が高く、特集記事や甲子園直前番組で取り上げられているような選手については全員既にステータスを確認済みだ。
 ただ、目を見張るような能力を持つ選手は1人としていなかった。
 念のために言うと、スカウトや記者の見る目が全くない訳ではない。
 優秀と言えば優秀ではある。
 小綺麗に纏まっているだけで。
 高校生レベルでは十分上澄みと言っていい。
 けれど、俺が欲しているのはアメリカ代表に挑む仲間。
 どちらかと言えば、一芸に秀でている方がありがたい。

「あ、あの……」

 と、五月雨さんがおずおずと手を挙げた。
 陸玖ちゃん先輩以上に人見知りだという彼女だが、どうもかなり急進的と言うか突飛な考えを持っているらしい。
 なので、何を言われるのかと少し身構えてしまう。

「その、えっと……」
「月雲、野村君は怖くないよ」
「う、うん……ゆ、有望な選手の情報とか、集めなくて、い、いいんですか?」
「ん?」

 思ったよりも普通のことを尋ねられて、ちょっと拍子抜けする。
 とは言え、さすがにこの場でいきなり過激なことを言い出すような非常識さと言うか、面の皮の厚さはなかったようだ。
 まだまだ俺達に対しては人見知りモードなのだろう。

 一応、ステータスの好感度は比較的高い方なんだけどな。
 人見知りモードに入るか入らないかのしきい値が相当高いのかもしれない。
 ……っと。
 余計なことを考えていないで五月雨さんの問いに応じよう。

「スカウト的な仕事ってことですか?」
「は、はい、そ、そうです……」

 結構チーム全体のことを考えてくれてるんだな。
 とは言え、今はまだそこまでのことは必要ない。

「佐藤さんがおっしゃっていた通り、マンパワーが足りないので今のところそちらに割くリソースはないです。いずれはってとこですね」
「で、でも、1部リーグに昇格したら、ド、ドラフト会議があるんじゃ……」

 いや、2部リーグのままだったとしても新人獲得の機会はあるけどな。
 ただ、まあ。2部リーグ以下のスカウトに関しては、基本的に話題になりつつもドラフトで指名されなかった選手を狙いに行く感じだ。
 本格的に選手を調査するのは1部リーグがメインなのは確かではある。

「そうですね。でも、1部リーグ昇格したとして今年誰を指名するかは大体決まってるので。スカウト部隊を作るにしても来年からになると思います」
「そ、そうなんですか……?」
「はい。そうなんです」

 相変わらず小動物のような様子を見せる彼女に思わず弄るように答えてしまう。
 にしても、陸玖ちゃん先輩と2人切りの時は結構多弁って本当なんだろうか。
 ちょっと想像がつかないな。
 まあ、俺としては長く仲間としてつき合っていきたい人材だ。
 そうして行けば、いつかそういう姿を見ることができる日が来るかもしれない。
 とりあえず今は、その時を楽しみにしておくとしよう。

「だから、まあ。皆さんも甲子園の方は純粋に楽しんで下さい」

 開会式は毎年組み合わせ抽選会の3日後。
 夏の甲子園はそこから丁度20日間の日程で行われる。
 かつての仲間達の高校3年間の集大成。
 俺も最後まで見届けなければ。
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