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第2章 雄飛の青少年期編

167 日本一の女性選手

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 美海ちゃんの件については、本人から詳しい話を聞いた方がいいだろう。
 そう判断した俺達は陸玖ちゃん先輩と別れ、一先ずタクシーで鈴木家に戻った。
 勿論、青少年健全育成条例的に全く問題にならない時間帯に到着している。
 俺達は今のところ未成年だから色々と気をつけなくてはいけない。
 下手をすると、食事会を共にした皆にも迷惑がかかるからな。

「じゃあ、あーちゃん。また後で」
「ん」

 コクリと頷いたあーちゃんに見送られ、俺は俺で自転車に乗って帰宅する。
 見ての通り、ホームゲームの時は俺もあーちゃんも自宅通いだ。
 本拠地の山形きらきらスタジアムまでは鈴木家から車で30分から40分。
 今日のような場合を除き、加奈さんに送り迎えをして貰っている。
 学校に通っていた時とほとんど同じだな。

 しかし、本来プロ1年目の選手は寮に入らなければならない。
 球団毎に詳細はまちまちだが、そうした規則があるのが普通だ。
 それはこの世界でも変わらない。
 だから、野球界全体で見るとこれは異例の対応になる訳だが……。
 そもそも村山マダーレッドサフフラワーズにはまだ球団の正式な寮が存在しておらず、その辺りの規則はまだ整備されていないのが現状だった。
 屁理屈っぽい感じもあるが、俺達の待遇は規則違反にはならない。

 勿論、理由もなく寮がない訳ではない。
 選手寮というものは基本的に練習球場に併設されるか、その近場に建てられる。
 だが、村山マダーレッドサフフラワーズはプロ球団になったばかりの新参者。
 現時点では山形マンダリンダックスから引き継ぐ形で山形きらきらスタジアムを本拠地としているが、所有者である山形市に使用料を払って借りている状態だ。
 調整などに使っている練習球場もまた、いつものレンタル球場。
 そうした状況が、今後ずっと継続するとは限らない。
 と言う訳で、球団寮の建設は検討段階に留まっているのが現状だった。
 恐らく、実際に1部リーグに昇格すれば諸々一気に動き出すことだろう。
 新球場建設も十分あり得る。
 大手を振って銀行に融資をお願いできるようになるだろうしな。

 ちなみに寮の話に戻ると。
 自宅が球場に近くない選手にはアパートの一室を社宅として貸しているようだ。
 閑話休題。

「ただいまー」
「おかえり。秀治郎」
「おかえりなさい」

 鍵を開けて家に入ると、笑顔の両親に出迎えられて自然と頬が緩む。
 父さんのリハビリも落ち着き、今では2人共穏やかに暮らすことができている。
 このままゆったりと長生きして欲しいものだ。
 その両親は、どうやら今日も俺の試合をテレビで見ていてくれたようだ。
 久し振りにボールをかっ飛ばす姿を見られてスッキリしたと言ってくれた。

 と言うのも、俺は現在毎試合のように四球攻めを食らっているからだ。
 アメリカ大リーグではレジェンドの魂を宿した選手達の異次元の活躍のおかげでルールが変更されるに至ったが、日本ではまだ対応されていない。
 3部リーグのみでの話ということもあり、当面はこのままだろう。
 そんな中で、俺が先発で登板する時だけは相手も完全に諦めムードになってしまうのか普通に勝負してくれるようになる。
 少しでも批判を抑制しようという意図もあってのことかもしれない。
 なので、今日は鬱憤を晴らすように大暴れさせて貰った。
 ……まあ、そうすると普段は尚更四球攻めをされることになる訳だけど。

 いずれ1部リーグで同じ状況になれば、色々変わってくるだろう。
 その時には磐城君とかもプロになり、彼らも似た状況になるはずだからな。

「さて」

 両親と軽く話をして一息ついたところでスマホを取り出す。
 家に着いたことをあーちゃんに連絡するためだ。
 スマホを操作し、SMSのアプリであるSIGNを立ち上げる。
 毎度のことなので、両親は微笑ましげに見守るのみだ。

 ……どうせだから、新しく買ったスタンプを送ろうか。
 二頭身にデフォルメされた野球選手がホームベースに滑り込むアニメーションに連動して帰宅という文字がデカデカと出てくるものだ。
 本塁帰還と帰宅をかけている訳だが、ちょっとシュールでもある。

 ――ピロン!

 と、数秒とせずに通知音が鳴ってメッセージが返ってきたことを知らせてきた。
『一安心』というあーちゃんらしい簡潔な一言だった。

 ――ピロン!

 通知音が続く。
 今度はグループの方にあーちゃんがメッセージを送ったようだ。
 見ると『みなみー、今大丈夫?』とある。
 それから少しして。

 ――ピロン!

 あーちゃんと比較してしまうと遅いが、一般的には短い間隔で再びの通知音。
 それと共に『大丈夫よ。どうしたの?』という文字が返ってきた。
 更に、聞き耳を立てるようなポーズを取る女の子のスタンプが来る。
 どうやら丁度暇をしていたようだ。

【鈴木茜】
『今日、陸玖ちゃん先輩に会った』
『で、みなみーが困ってるみたいって聞いた』

 あーちゃん……言葉が足りてないな。
 俺からも補足しておこう。

        『プロ野球選手にストーカーされてるとか、粘着されてるとか』
【鈴木茜】
『そう、それ』
【浜中美海】
『ああ……』
『えっと、ストーカーはさすがに語弊があるわね』
                『それはつまり、粘着の方は事実ってこと?』
【浜中美海】
『うーん……』
『それもちょっと微妙ね』
【鈴木茜】
『どういう意味?』
【浜中美海】
『簡潔に言うと、色んなプロ野球選手から野球部に連絡が来てたのよ』
『1人から何度何度もしつこくって訳じゃないの』
『だから粘着っていうのもちょっと違うかなって』
【鈴木茜】
『……具体的に、どんな連絡が来たの?』
【浜中美海】
『とりあえず、1月に関しては合同練習のお誘いが多かったわね』
                   『……プロ野球選手が合同練習、ねえ』

 この世界ではプロアマ規定の原因となった事件が起きていないので、別にプロ野球選手がアマチュアを指導することも大きな問題にはならない。
 まあ、特定の野球部だけってなると贔屓と批判される可能性はあるけれども。
 それはそれとして。
 話の流れからして純粋にコーチするためって感じじゃなさそうなんだよな……。

【浜中美海】
『さすがに2月は春季キャンプがあるから連絡も少なかったけど』
『3月、4月からは試合を見に来ないかみたいな誘いが来てたわ。何人かから』

 うーむ……。
 あわよくば、と考えていそうな気配が凄い。
 美海ちゃんも未成年なんだけどな……。
 いや、だからこそギリギリセーフになりそうな形でアプローチしているのか。

【浜中美海】
『……ああ、でも。1人は粘着と言えるかもしれないわね』
【鈴木茜】
『どこの誰?』
【浜中美海】
『埼玉セルヴァグレーツの海峰永徳選手』

 おおう。彼か。
 度々よくない意味で耳にする名前が出てきてしまったな。

【鈴木茜】
『そう言えば、この前ネットで変なこと言ってた。アレ』
『https://……/articles/……』

 プロ野球選手をアレ呼ばわりしたあーちゃんが上げたURLを押すと、野球に特化したニュースサイトに掲載されているコラム記事に飛んだ。
 その中で海峰永徳選手は「一流の選手には一流の女性選手が、日本一の選手には日本一の女性選手が相応しい」というようなことを臆面もなく言い放っていた。
 まあ、別に当人同士が納得しているのであれば全然構わないけれども、それを公に広く主張するのはさすがにどうかなという気持ちもある。
 しかし、少し前に与太話が現実になったばかりだ。
 遺伝子至上主義染みた政策がまかり通ってしまっていることを考えると、海峰永徳選手に表立って同調してくる人間が少なからず出てきそうでちょっと怖い。

【浜中美海】
『日本一の女性選手ってことなら、現時点では茜のことになると思うんだけどね』
【鈴木茜】
『わたしは話にならないって。別のネット記事に書かれてる』
『https://……/articles/……』

 あーちゃんが提示したのは海峰永徳選手の別のインタビュー記事だった。
 いくつかの質問の中に3部ながらも男女混合のリーグでプロ野球選手となった彼女についてどう思うかというものがあり、彼はそれにも率直に答えていた。

【浜中美海】
『先天性虚弱症、ね』

 全く失礼な話だと内心憤慨する。
 公表している話ではあるものの、海峰永徳選手はそれについて触れて先天性虚弱症が遺伝する可能性を懸念していた。
 俺と彼女について先天性虚弱症同士でお似合いだという旨の発言もあった。
 まあ、海峰永徳選手の目があーちゃんに向かないのは結構な話だけど……。
 結果として美海ちゃんに集中する要因になってしまったのはモヤッとするな。

【鈴木茜】
『みなみー。ごめん』

 あーちゃんも同じような考えに至ったのか、申し訳なく感じているようだ。
 そんなメッセージが表示される。

【浜中美海】
『何で茜が謝るのよ。茜は何も悪くないじゃない』
【鈴木茜】
『ん』
『……けど、みなみー。どうするの?』
【浜中美海】
『ま、今は夏の大会に向けて皆、頑張ってるところだから』
『それまでは余裕がないって返答してるわ』

 まあ、今のところそれしかないだろうな。
 粘着って言っても犯罪レベルの話ではないようだし。
 メールやメッセージを公開するのは違法になる可能性がある。
 名誉棄損なんかは、たとえ事実を公表したとしても成り立つらしいからな。

 ただ、今はそれで躱せるにしても夏の大会が終わったら別の言い訳が必要だ。
 あるいは、何か根本的な解決策を用意しなければならない。

     『美海ちゃん。いずれにしても、何かあったら俺達にも相談してくれ』
                                『絶対に』
【鈴木茜】
『しゅー君の言う通り』
『みなみーは大切な友達で大事な仲間』
『問題があったら共有したい』
【浜中美海】
『秀治郎君、茜……』
『ありがとう』
『うん』
『ヤバそうだったら、ちゃんと相談するわね』

 ペコペコ頭を下げる女の子のスタンプで一先ずこの話題は一区切り。
 問題は、解決していない。
 それでも、彼女を多少なり慰撫することはできただろう。

 そう思いつつ、後は軽く近況を報告し合ってメッセージチャットを終える。
 色々やることは山積みだ。
 しかし、これも重大案件。
 しっかり頭のメモ帳に書き加えておく。

 それにしても。
 有名税なんて碌なもんじゃないな。全く。
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