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第2章 雄飛の青少年期編

157 考えながら

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 先頭打者の鉄川選手がヒットで出塁し、1回の裏ノーアウトランナー1塁。
 この場面でバッターボックスに入ってきた2番打者の選手は、宮城オーラムアステリオスの昨年のレギュラーメンバーではなかった。
 3年程前に育成選手として入団した彼は、去年の契約更改で支配下登録されてレギュラー争いに名乗りを上げたばかりの若手だ。
 どうやら、この練習試合でチャンスを貰うことができたようだが……。

「申し訳ないけど、微妙だな」

 ステータス的にはレギュラーの選手と比べるとまだ一段劣る。
 まあ、若さでは勝っているのでそこはいい。
 首脳陣も数年後のレギュラーとして期待しているのだろう。
 しかし、彼には大きな問題が1つあった。

【特殊スキル】【慣れも善し悪し】
『4分割で同じコースまたは同じ球種が連続すると打撃能力が上がるが、コースと球種の両方が変わると打撃能力が大幅に低下する。
 初球は前のバッターの最後のボールを参照する』

 中々数字に表れにくい効果ではあるが、バレてしまったら一巻の終わりだ。
 逆に対戦する側としては、そこを突くことができれば抑えるのは難しくない。

 ……とは言え、野球というものはそう単純ではない。
 バッターだけではなく、ランナーにも気をつけなくてはならない。
 当然の話だ。

 何せ、1塁ランナーの鉄川選手は割と足が速い。
 昨シーズンも13盗塁しているし、初回でも走ってくる可能性はなくもない。
 それを念頭に置きながら配球を考えていく必要がある。

 さて。その鉄川選手のリードの大きさは、と。
 ……うーん。テレビで見た時よりも1歩半ぐらい小さい気がするな。
 ただ、キャッチャー視点の映像はないので、誤差もそれなりにあるだろう。
 こればかりは繰り返し対戦していく中で修正していくしかない。
 この場はとりあえず、鈴木さんに1度牽制を入れて貰うとしよう。

「セーフ!」

 ふむ。足から戻ったか。それも大分余裕がある感じだ。
 やはり鉄川選手のリードとしては小さめのようだ。
 再び取ったリードも同じぐらい。
 初球から動く気はなさそうだな。

 実際、データの上でもその傾向が出ている。
【戦績】を見る限り、鉄川選手の場合は大体1ボール1ストライクか2ボール1ストライクから走ってくる確率が高い。
 少なくとも初球から狙ってくるイケイケのタイプではない。
 一先ず1球目は様子見でよさそうだ。

 と言う訳で、内角高めに構える。
 ここはカーブを投げさせておこう。
 緩い球の時に走られると少し不利になるからな。
 ただ、バッターには配球上意識させておきたい。
 あくまで意識づけのためなので、ボール球でいい。

 鈴木さんの持ち球はストレート(フォーシーム)を含めて4つ。
 チェンジアップ、カーブ、フォークだ。
 最高球速は145km/hというところ。
 平均球速だと140km/mぐらい。
 スタミナはそこそこ、コントロールは今一。
 ヤバい【マイナススキル】とかはないけれども、1部リーグ相手に投げるにはまだまだ全体的に不足している部分が多過ぎる。

 とは言え、俺が持つスキルの中にはピッチャーにバフ効果を与えるものもある。
 それによって最高球速が出易くなり、体力の消耗も抑えられているはずだ。
 更には制球力も大幅に増している。
 もっとも、正樹や磐城君、それから大松君のような針の穴を通すレベルのコントロールではさすがにないけれども。
 おかげで、1球目のカーブもキャッチャーミットを構えた付近に来る。
 だが、どうしても要求通りとまでは行かず……。

「ストライクワン!」

 ちょっとズレてストライクゾーンに入ってしまった。
 幸い、バッターは見逃してくれた。
 速い球を待ち構えていて、すかされてしまった様子だ。
 前の打者の最後の球が内角低めのフォークだったからというのもあるだろう。
 もし本来のレギュラー選手が相手だったら、痛打されていたかもしれない。

 尚、1塁ランナーの鉄川選手は動かず。
 そちらに視線をやると、彼はファーストベースに戻った。
 それを確認してから鈴木さんにボールを返球する。

 次は……外角高めにストレートで行こう。
 鈴木さんのクイックモーションは若干練度が低い。
 それでも鉄川選手は動かない。
 送球に繋げ易いアウトコースの高めだったからかもしれない。

「ストライクツー!」

 2球目もギリギリいっぱいに決まって2ストライク。
 セオリーと【戦績】からするとここから走ってくる可能性は低くなる。
 だが、今日は練習試合なので色々な選択肢を頭に入れてはおこう。
 3球目は外角低めにチェンジアップ。

――カン!!

 能力低下に加え、速い球を見た後の緩い球にタイミングが合わなかったようだ。

「ファウル!」

 当てに行った結果、ボテボテのゴロが3塁線の外側へ転がっていく。
 カウントは変わらず、ノーボール2ストライク。
 続けて外角高めにストレート。

――カアン!
「ファウル!」

 今度は1塁線を切るライナー性の当たり。
 緩急で振り遅れたものの、打球速度がそこそこ速い。
 高さを変えることで【特殊スキル】のプラス効果を回避してマイナス効果を維持してはいるものの、さすがにアウトコースに3球も続けたからな。
 目が慣れてくれば当たりもよくなるか。

 しかし、完全に外を意識しているな。
 構えが若干前のめりになってしまっている。
 ……ここはインコースを使うべきだろう。
 そう考え、内角低めにストレートを要求する。

 鈴木さんがそれに頷き、クイックモーションの投球動作を開始する。
 正にその瞬間、あーちゃんが2塁に入った。
 どうやら【直感】が作用したようだ。
 直後、鉄川選手が走り出す。

「ストライクスリー!」

 意識が外に向いていたバッターは、スイングもできずに見逃し三振となる。
 今はその結果を脳内から除外し、盗塁の阻止に専念する。

 あーちゃんの動きを目にした俺は、捕球前から送球体勢に入っていた。
 右バッターの内角低めでキャッチしたため、若干ボールを持ち替えるまでの距離が長くなってしまったが、そのラグを多少なり軽減できているはずだ。
 そして、そこから最短の動作で全力投球をする。
 キャッチャーなので右投げにしているが、こちらも160km/h超えのストレートを投げることができる肩の強さだ。
 更にスキルの補正を加えて、走者のスライディングの高さに合わせて構えているあーちゃんのグローブ目がけてストライク送球すれば――。

「オンザタッグ! ヒズアウトッ!!」
「……ふぅ」

 三振ゲッツーの完成だ。
 ホッと一息つく。
 土を払ってからベンチに戻っていく鉄川選手の表情は険しい。
 彼は真っ直ぐ宮城オーラムアステリオスのコーチの下へと向かうと、俺の方をチラリと見ながら何か話し合っている。
 どうやら盗塁は完全にベンチの指示だったようだ。
 2球目以降、インコースに構えたら走れと言われていた可能性があるな。
 恐らく、俺のキャッチャーとしての能力を試そうとしたのだろう。

 ……ゲームだったらミットを動かしまくって幻惑したりもできるんだけどな。
 ピッチャーも人間だし、チラチラさせて集中を切らす訳にもいかない。
 今の投手陣のレベルなら尚更だ。
 一層制球しにくくなってしまうだろう。
 いずれはギリギリまで構えないやり方にも対応して貰いたいところだけれども。

 まあ、何にせよ。
 これで2アウトランナーなし。
 一気に気が楽になった。

 だが、今度は右のバッターボックスに3番打者の真木啓二選手が入る。
 キャリアハイは28本塁打。
 おおよそシーズン20本前後はホームランが見込めるパワーがある。
 打率も悪くない。
 高水準の中距離打者だ。
 当然昨年のレギュラー選手で、今年も3塁には彼が入ることになるだろう。

 ただ、弱点もある。
 アウトコース低めだ。
 打率で見ると一応インコース低めも怪しいけれども。
 加えて、2ストライクまで追い込むと打率が大幅に下がる。
 セオリー通り球を低めに集め、まずは追い込むことが攻略の鍵となる。

「ストライクワン!」

 1球目は外角低めへのストレート。見逃し。
 次は近いコースでカーブをボールゾーンに外そう。

「って、ヤバッ」

 その思惑に反して変化が小さく、真ん中低めぐらいの位置に来てしまう。
 真木選手はそれを見逃さなかった。

――カキン!!

 低い弾道。ライナー性の当たり。
 打球速度が非常に速く、抜ければ長打になっていたかもしれない。

 しかし、その打球はあーちゃんの正面を突いていた。
 いや、打つ瞬間に彼女がその位置に動いたと言った方が正確か。
 どうやら芯を食い過ぎて打球が上がらなかったようだ。
 何にしても、あーちゃんが難なく捕球して3アウトチェンジとなった。

 ……今のはヒヤリとした。
 さすがは1部リーグのレギュラー選手と言うべきか。
 ちょっとしたコントロールの甘さ、精度の悪さが命取りになりかねない。

「これは疲れるな。精神的に」

 まだ練習試合の初回の攻防が終わっただけ。
 1部リーグでの公式戦は1年以上後の話になるが、シーズン中だったらもっと厳しい戦いになるのは間違いない。
 その時までに足りない部分を洗い出し、しっかり修正していく必要がある。
 ……とは言え、今は勝負を終えた鈴木さんを労おう。

「1部リーグ相手に1回無失点。よかったですよ」
「ああ……いや。まだまだだったと思う。野村が盗塁を防いでくれたおかげだ」

 反省と謙遜の裏に充実感が見られる。
 落ち着いて振り返ることができているのは、無失点に終わったおかげだろう。

「もっと精度を上げないとな」
「ええ。3部や2部は通過点ですからね」

 そうやって鈴木さんと話しながらベンチに戻ると――。

「しゅー君。次、しゅー君から」

 あーちゃんが駆け寄ってきて、俺の体から防具を取り外し始める。
 確かに2回の表は俺の打順からだ。
 彼女の手伝いで防具を手早く脱いでからバッターボックスに駆け足で向かう。
 ……やっぱりキャッチャーは慌ただしいな。
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