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第2章 雄飛の青少年期編
155 山崎一裕との出会い
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「山崎、こちらは野村秀治郎選手と鈴木茜選手だ」
岩中選手から紹介に与かり、あーちゃんと一緒に軽く頭を下げる。
対して山崎一裕選手は、どこか居心地が悪そうな表情を浮かべた。
「ええと、まあ……かなり話題になっていましたし、当然知ってはいますが……」
何とも複雑そうな声色の上に歯切れも悪い。
どう対応すればいいか困っている様子だ。
そんな姿を見せられると、俺達も俺達でちょっと反応に迷う。
「この機会に挨拶しておくといい。今後、顔を合わせる機会もあるだろうから」
「はあ。岩中さんがそう言うのであれば」
岩中選手に促され、山崎選手は気が進まなそうにしながら顔をこちらに向ける。
そんな声の調子と表情に反して、彼の瞳は鋭い光を湛えていた。
……うーむ。あの目。
俺達を値踏みしているな。
話題の野村秀治郎と鈴木茜についての情報が頭に入っているのは確かだろう。
しかし、眼前の俺達がその当人だと認識できていないのかもしれない。
恐らく、今までは半ばフィクションの登場人物のように感じていたのだろう。
その結果として、頭がバグってチグハグな態度になってしまっているのだ。
実際、直接顔を合わせるような機会がなければ、たとえ実在の人物であっても存在を遠くに感じてしまうものだからな。
何より、世に出ている俺のスペックは、実物を自分の目で見て確かめなければ話を盛ってんじゃないかと疑ってもおかしくない内容だから尚更のことだろう。
Max160km/h超えの直球と多彩な変化球を巧みに操る左腕。
野手としても走攻守全てに優れた、ピッチャーとキャッチャーの二刀流。
アプリ版の野球選手育成ゲームでも、課金圧を強めるためにインフレを繰り返した果てにようやく作成できるようになるレベルの性能だ。
もはやゲームキャラクター染みていて現実味がない。
……もっとも、今生の大リーグにはこれ以上の化物がゴロゴロいるのだが。
「んん゛っ」
ともあれ、そんな世界のバグみたいなものを前にして。
山崎選手は一先ず色々と飲み込むように1つ強めに咳払いをすると、表情を取り繕いながら改めて口を開いた。
「山崎一裕です。よろしくお願いします」
戸籍上の年齢は大分上なのに、随分と丁寧に挨拶をしてくれる。
甘いマスクとも相まって、体育会系の雰囲気は薄い。
勿論これは本人の性格によるところも大きいだろうが、ガチガチのスポーツ系の学校を1度も経ていないから、という理由もあるかもしれない。
特集記事によると、高校生までの彼は最終的にドラフト1位指名を受けることになると言っても誰も信じないような野球人生を歩んでいた。
リトルでは(誰でも入団できる)そこそこのチームにいたものの、最後までベンチにも入れず、シニアは門前払いで入団することすらできなかった。
エンジョイ勢ばかりの中学校を経て、弱小高校に進学。
それでも野球を続け、ようやく風向きが変わったのは大学から。
一般受験で入学したその大学は偏差値ランキングだと上位の有名校だったが、野球に関しては中の上がいいところ。
しかし、そこで急激に才能を開花させた彼は、マネージャー枠で入部しながらも1年生の後半には正式な選手となってレギュラーを奪取。
以後は華々しく活躍し、大学本塁打記録を打ち立てるに至ったのだ。
ちなみに岩中選手の方も程度の差はあれ、近い経歴の持ち主だ。
高校までは芽が出ず、文武両道の中堅大学で頭角を現した。
年下に対しても取引先の社員と接するかのように物腰が柔らかいのは、そのおかげ……などと思うのはいくら何でも体育会系への偏見が酷過ぎるか。
まあ、それはともかくとして。
折角挨拶してくれたのだから、こちらからも改めて挨拶を返しておこう。
それが社会人としての礼儀というものだ。
「よろしくお願いします。村山マダーレッドサフフラワーズの野村秀治郎です」
「秀治郎の婚約者の鈴木茜です」
「……は?」
テンプレートと化したあーちゃんの自己紹介に、打って変わって「何を言ってんだ、コイツ」みたいな声を上げる山崎選手。
これはさすがに仕方がない。
たとえ彼女が事実を語っていても、野球のグラウンドという場所でしっかりユニフォームを着た状態でそれはシュールが過ぎる。
そんな反応をしてしまうのも無理もないことだろう。
とは言え、すぐ立て直した岩中選手とは違い、取り繕うのを忘れて胡乱な目を俺達に向けているのは新人選手とベテランの差のようなものを感じさせる。
そこで甲乙つけてしまうのは、ちょっと可哀想な気もするけども。
初対面だとあーちゃんのキャラは相当灰汁が強いだろうからな。
「ええと、この子のことは気にしないで下さい」
「しゅー君、酷い……」
隣で不服そうに呟く彼女には後でフォローを入れておくとして。
話を戻そう。
「何にしても、大卒ルーキーながら即戦力として期待されている山崎選手とお会いすることができて嬉しく思います」
そんな俺の言葉に対し、山崎選手は僅かに眉をひそめる。
一種のお世辞、おべっかと受け取ったのかもしれない。
ちょっと慇懃にし過ぎたか。
しかし、それは間違いなく俺の本心だ。
何故なら、こうして岩中選手が呼び寄せてくれなければ、後でこちらから挨拶に向かうつもりでいたからな。
「宮城オーラムアステリオスファンの両親も、山崎選手の加入を喜んでいました」
「……そうですか。それは、ありがとうございます」
俺の先にいるファンの存在を意識してか、表情を和らげて頭を下げる山崎選手。
イメージ戦略もしっかり考えているようだ。
裏側はどうあれ、ファンを大事にしてくれる選手は気持ちよく推せる。
顔がいいのもそうだが、そういったところも女性ファンが多い理由に違いない。
真偽不明だが、わざわざ彼女募集中なんてプライベート情報まで流す程だしな。
とりあえず、父さんと母さんには人柄もいい選手だったと報告しておこう。
「実際、この山崎は宮城オーラムアステリオスの次代を担える選手だ。きっと親御さんの期待にも応えてくれるはずだよ」
岩中選手の評価に俺も同意するように頷く。
ドラフト会議に注目選手特集とメディアへの露出が多かったので、既に【マニュアル操作】でステータスは確認済みだ。
それを見る限り、前評判通りに1年目からスタメンに定着するのはほぼ確実。
のみならず、WBW日本代表に選出されるに足る選手に育つと俺も考えていた。
新人ながら平均900を優に超える高水準のステータス。
【成長タイプ:バランス】にしては有用なスキルを豊富に持つ。
しかし、何よりも特筆すべきは2つの【生得スキル】だ。
【生得スキル】を2つ持つと初期ステータスはどうしても低くなってしまうものだが、彼が持つスキルにはそれを補って余りある絶大な効果があった。
1つ目の【生得スキル】は【切磋琢磨】。詳細は次の通り。
『対戦したことのある選手の内、自分に近い能力を持つ相手をライバルとして強く意識すると、練習で得られる【経験ポイント】が増加する』
2つ目の【生得スキル】は【万里一空】。詳細は次の通り。
『対戦したことのある選手の内、自分よりも高い能力を持つ相手をライバルとして強く意識すると、練習で得られる【経験ポイント】が大幅に増加する。
更に、相手が持つ有用なスキルを取得し易くなる』
これらのおかげで山崎選手の今の実力があると言っても過言ではない。
ただ、当然ながらスキル補正が全てではない。
性質上、低い初期ステータスの時なんかは遥か格上の相手をライバルとして強く意識し続けないと効果を発揮しないからな。
しかも相手と自分を比較して折れてはいけない。
ちゃんとライバル視したまま努力を続けなければならない。
その上で今に至った山崎選手の精神力は間違いなく強い。
経歴も合わせて考えれば明白だ。
そして、彼にはまだまだ伸び代がある。
例えば、この練習試合で俺をライバルとして意識するようになってくれれば、少なくともステータス上は近いところまで成長してくれるだろう。
そうなれば対アメリカ代表の心強い戦力になってくれるはずだ。
「……ところで、お2人は今日の練習試合には出場されるのですか?」
少なくとも新人の山崎選手は出るだろうと思いながら確認するように問う。
岩中選手は……どうだろう。
エースピッチャーだからな。
紅白戦や次の練習試合との兼ね合いもあるし、タイミング次第だが――。
「ああ。僕も先発で2回まで投げる予定だよ。あくまでも調整登板だけどね」
ふむ。どうやら縁があったようだ。
「ちなみに山崎は5番レフトでスタメンになる。君達は?」
「はい。俺は4番キャッチャーで出ます。茜は1番セカンドです」
「そうか。じゃあ、2人共対戦機会がある訳だね。楽しみだ」
「ええ。お手柔らかにお願いします」
岩中選手の言う通り、この時期だと調整登板で全力ではないだろう。
それでも1部リーグの最前線で戦い続けているエースピッチャーの球だ。
村山マダーレッドサフフラワーズにとって、いい経験になるのは間違いない。
「……野村選手は登板しないんですか?」
と、山崎選手が落ち着いた口調で尋ねてきた。
しかし、その瞳の奥には競争心が見え隠れしている。
俺の実態を見極めたいのだろう。
とは言え、俺もチームの全てを自由にできる訳ではない。
兼任ながら投手コーチという立場もあるしな。
「まだ分かりません。1部リーグのレベルを体感できる折角の機会なので、なるべく多くのピッチャーに登板させる予定ですが、俺を含めて11人いるので」
1部リーグ昇格に向け、全体の底上げが急務だ。
何せ1年で1部リーグに通用するレベルにしなければならないのだから。
勿論、WBWに向けての仲間作りも最重要課題ではあるけれども……。
打者としての出場でも山崎選手のスキルの対象にはなるだろうし、この練習試合で絶対に投手として彼と勝負しなければならない訳ではない。
「……1人1回だとしても9人まで、ということですか」
「そうですね。打ち込まれれば俺まで回ることもあるかもしれませんが……」
「1人1回ずつ抑えることができると?」
「厳しいとは思いますけど、抑えられないと確定している訳でもないので」
額面通りで他意はない。
しかし、山崎選手は「俺と戦いたければ登板する他の投手を引き摺り下ろせ」という風に受け取ったようだった。
真剣勝負の目つきになっている。
「……投手としての野村選手と対戦できることを楽しみにしています」
これは暗に他の投手をノックアウトすると言っているな。
まあ、本気でやってくれるのなら、それに越したことはない。
村山マダーレッドサフフラワーズにとってもメリットがある。
「ええ。今日は互いに実りのある試合にしましょう」
そうして岩中選手と山崎選手と別れ、他の選手にも挨拶をしてから自陣に戻る。
さあ、練習試合だ。
岩中選手から紹介に与かり、あーちゃんと一緒に軽く頭を下げる。
対して山崎一裕選手は、どこか居心地が悪そうな表情を浮かべた。
「ええと、まあ……かなり話題になっていましたし、当然知ってはいますが……」
何とも複雑そうな声色の上に歯切れも悪い。
どう対応すればいいか困っている様子だ。
そんな姿を見せられると、俺達も俺達でちょっと反応に迷う。
「この機会に挨拶しておくといい。今後、顔を合わせる機会もあるだろうから」
「はあ。岩中さんがそう言うのであれば」
岩中選手に促され、山崎選手は気が進まなそうにしながら顔をこちらに向ける。
そんな声の調子と表情に反して、彼の瞳は鋭い光を湛えていた。
……うーむ。あの目。
俺達を値踏みしているな。
話題の野村秀治郎と鈴木茜についての情報が頭に入っているのは確かだろう。
しかし、眼前の俺達がその当人だと認識できていないのかもしれない。
恐らく、今までは半ばフィクションの登場人物のように感じていたのだろう。
その結果として、頭がバグってチグハグな態度になってしまっているのだ。
実際、直接顔を合わせるような機会がなければ、たとえ実在の人物であっても存在を遠くに感じてしまうものだからな。
何より、世に出ている俺のスペックは、実物を自分の目で見て確かめなければ話を盛ってんじゃないかと疑ってもおかしくない内容だから尚更のことだろう。
Max160km/h超えの直球と多彩な変化球を巧みに操る左腕。
野手としても走攻守全てに優れた、ピッチャーとキャッチャーの二刀流。
アプリ版の野球選手育成ゲームでも、課金圧を強めるためにインフレを繰り返した果てにようやく作成できるようになるレベルの性能だ。
もはやゲームキャラクター染みていて現実味がない。
……もっとも、今生の大リーグにはこれ以上の化物がゴロゴロいるのだが。
「んん゛っ」
ともあれ、そんな世界のバグみたいなものを前にして。
山崎選手は一先ず色々と飲み込むように1つ強めに咳払いをすると、表情を取り繕いながら改めて口を開いた。
「山崎一裕です。よろしくお願いします」
戸籍上の年齢は大分上なのに、随分と丁寧に挨拶をしてくれる。
甘いマスクとも相まって、体育会系の雰囲気は薄い。
勿論これは本人の性格によるところも大きいだろうが、ガチガチのスポーツ系の学校を1度も経ていないから、という理由もあるかもしれない。
特集記事によると、高校生までの彼は最終的にドラフト1位指名を受けることになると言っても誰も信じないような野球人生を歩んでいた。
リトルでは(誰でも入団できる)そこそこのチームにいたものの、最後までベンチにも入れず、シニアは門前払いで入団することすらできなかった。
エンジョイ勢ばかりの中学校を経て、弱小高校に進学。
それでも野球を続け、ようやく風向きが変わったのは大学から。
一般受験で入学したその大学は偏差値ランキングだと上位の有名校だったが、野球に関しては中の上がいいところ。
しかし、そこで急激に才能を開花させた彼は、マネージャー枠で入部しながらも1年生の後半には正式な選手となってレギュラーを奪取。
以後は華々しく活躍し、大学本塁打記録を打ち立てるに至ったのだ。
ちなみに岩中選手の方も程度の差はあれ、近い経歴の持ち主だ。
高校までは芽が出ず、文武両道の中堅大学で頭角を現した。
年下に対しても取引先の社員と接するかのように物腰が柔らかいのは、そのおかげ……などと思うのはいくら何でも体育会系への偏見が酷過ぎるか。
まあ、それはともかくとして。
折角挨拶してくれたのだから、こちらからも改めて挨拶を返しておこう。
それが社会人としての礼儀というものだ。
「よろしくお願いします。村山マダーレッドサフフラワーズの野村秀治郎です」
「秀治郎の婚約者の鈴木茜です」
「……は?」
テンプレートと化したあーちゃんの自己紹介に、打って変わって「何を言ってんだ、コイツ」みたいな声を上げる山崎選手。
これはさすがに仕方がない。
たとえ彼女が事実を語っていても、野球のグラウンドという場所でしっかりユニフォームを着た状態でそれはシュールが過ぎる。
そんな反応をしてしまうのも無理もないことだろう。
とは言え、すぐ立て直した岩中選手とは違い、取り繕うのを忘れて胡乱な目を俺達に向けているのは新人選手とベテランの差のようなものを感じさせる。
そこで甲乙つけてしまうのは、ちょっと可哀想な気もするけども。
初対面だとあーちゃんのキャラは相当灰汁が強いだろうからな。
「ええと、この子のことは気にしないで下さい」
「しゅー君、酷い……」
隣で不服そうに呟く彼女には後でフォローを入れておくとして。
話を戻そう。
「何にしても、大卒ルーキーながら即戦力として期待されている山崎選手とお会いすることができて嬉しく思います」
そんな俺の言葉に対し、山崎選手は僅かに眉をひそめる。
一種のお世辞、おべっかと受け取ったのかもしれない。
ちょっと慇懃にし過ぎたか。
しかし、それは間違いなく俺の本心だ。
何故なら、こうして岩中選手が呼び寄せてくれなければ、後でこちらから挨拶に向かうつもりでいたからな。
「宮城オーラムアステリオスファンの両親も、山崎選手の加入を喜んでいました」
「……そうですか。それは、ありがとうございます」
俺の先にいるファンの存在を意識してか、表情を和らげて頭を下げる山崎選手。
イメージ戦略もしっかり考えているようだ。
裏側はどうあれ、ファンを大事にしてくれる選手は気持ちよく推せる。
顔がいいのもそうだが、そういったところも女性ファンが多い理由に違いない。
真偽不明だが、わざわざ彼女募集中なんてプライベート情報まで流す程だしな。
とりあえず、父さんと母さんには人柄もいい選手だったと報告しておこう。
「実際、この山崎は宮城オーラムアステリオスの次代を担える選手だ。きっと親御さんの期待にも応えてくれるはずだよ」
岩中選手の評価に俺も同意するように頷く。
ドラフト会議に注目選手特集とメディアへの露出が多かったので、既に【マニュアル操作】でステータスは確認済みだ。
それを見る限り、前評判通りに1年目からスタメンに定着するのはほぼ確実。
のみならず、WBW日本代表に選出されるに足る選手に育つと俺も考えていた。
新人ながら平均900を優に超える高水準のステータス。
【成長タイプ:バランス】にしては有用なスキルを豊富に持つ。
しかし、何よりも特筆すべきは2つの【生得スキル】だ。
【生得スキル】を2つ持つと初期ステータスはどうしても低くなってしまうものだが、彼が持つスキルにはそれを補って余りある絶大な効果があった。
1つ目の【生得スキル】は【切磋琢磨】。詳細は次の通り。
『対戦したことのある選手の内、自分に近い能力を持つ相手をライバルとして強く意識すると、練習で得られる【経験ポイント】が増加する』
2つ目の【生得スキル】は【万里一空】。詳細は次の通り。
『対戦したことのある選手の内、自分よりも高い能力を持つ相手をライバルとして強く意識すると、練習で得られる【経験ポイント】が大幅に増加する。
更に、相手が持つ有用なスキルを取得し易くなる』
これらのおかげで山崎選手の今の実力があると言っても過言ではない。
ただ、当然ながらスキル補正が全てではない。
性質上、低い初期ステータスの時なんかは遥か格上の相手をライバルとして強く意識し続けないと効果を発揮しないからな。
しかも相手と自分を比較して折れてはいけない。
ちゃんとライバル視したまま努力を続けなければならない。
その上で今に至った山崎選手の精神力は間違いなく強い。
経歴も合わせて考えれば明白だ。
そして、彼にはまだまだ伸び代がある。
例えば、この練習試合で俺をライバルとして意識するようになってくれれば、少なくともステータス上は近いところまで成長してくれるだろう。
そうなれば対アメリカ代表の心強い戦力になってくれるはずだ。
「……ところで、お2人は今日の練習試合には出場されるのですか?」
少なくとも新人の山崎選手は出るだろうと思いながら確認するように問う。
岩中選手は……どうだろう。
エースピッチャーだからな。
紅白戦や次の練習試合との兼ね合いもあるし、タイミング次第だが――。
「ああ。僕も先発で2回まで投げる予定だよ。あくまでも調整登板だけどね」
ふむ。どうやら縁があったようだ。
「ちなみに山崎は5番レフトでスタメンになる。君達は?」
「はい。俺は4番キャッチャーで出ます。茜は1番セカンドです」
「そうか。じゃあ、2人共対戦機会がある訳だね。楽しみだ」
「ええ。お手柔らかにお願いします」
岩中選手の言う通り、この時期だと調整登板で全力ではないだろう。
それでも1部リーグの最前線で戦い続けているエースピッチャーの球だ。
村山マダーレッドサフフラワーズにとって、いい経験になるのは間違いない。
「……野村選手は登板しないんですか?」
と、山崎選手が落ち着いた口調で尋ねてきた。
しかし、その瞳の奥には競争心が見え隠れしている。
俺の実態を見極めたいのだろう。
とは言え、俺もチームの全てを自由にできる訳ではない。
兼任ながら投手コーチという立場もあるしな。
「まだ分かりません。1部リーグのレベルを体感できる折角の機会なので、なるべく多くのピッチャーに登板させる予定ですが、俺を含めて11人いるので」
1部リーグ昇格に向け、全体の底上げが急務だ。
何せ1年で1部リーグに通用するレベルにしなければならないのだから。
勿論、WBWに向けての仲間作りも最重要課題ではあるけれども……。
打者としての出場でも山崎選手のスキルの対象にはなるだろうし、この練習試合で絶対に投手として彼と勝負しなければならない訳ではない。
「……1人1回だとしても9人まで、ということですか」
「そうですね。打ち込まれれば俺まで回ることもあるかもしれませんが……」
「1人1回ずつ抑えることができると?」
「厳しいとは思いますけど、抑えられないと確定している訳でもないので」
額面通りで他意はない。
しかし、山崎選手は「俺と戦いたければ登板する他の投手を引き摺り下ろせ」という風に受け取ったようだった。
真剣勝負の目つきになっている。
「……投手としての野村選手と対戦できることを楽しみにしています」
これは暗に他の投手をノックアウトすると言っているな。
まあ、本気でやってくれるのなら、それに越したことはない。
村山マダーレッドサフフラワーズにとってもメリットがある。
「ええ。今日は互いに実りのある試合にしましょう」
そうして岩中選手と山崎選手と別れ、他の選手にも挨拶をしてから自陣に戻る。
さあ、練習試合だ。
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