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第2章 雄飛の青少年期編

143 1点差

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『9回の表。兵庫ブルーヴォルテックスユースの攻撃は2番の九十九君から。スコアは1-0のまま。緊迫した投手戦が続いています』
『ここまでのロースコアは兵庫ブルーヴォルテックスユースとしても予想外でしょう。逆に山形県立向上冠高校としては想定通りの試合展開かもしれませんが、1点の差が重く重くのしかかってきています』

 場面は最終回。山形県立向上冠高校が1点を追いかける展開。
 現時点での主要選手の打撃成績は以下の通りだ。
 美海ちゃんは4打数2安打。
 昇二は3打数1安打。
 大松君は3打数2安打。
 磐城君は3打数3安打1打点。

 ちなみに兵庫ブルーヴォルテックスユース全体の安打数も3。
 完全に磐城君1人にやられてしまっている形だ。
 山形県立向上冠高校全体の安打数は5。
 こちらも美海ちゃんと昇二、そして大松君のヒットだけだった。
 その内、得点圏までランナーを進めることができたのは3回。
 大松君のツーベースヒット2本で2回。
 9番昇二と1番美海ちゃんの2連打で1回。
 しかし、そのいずれも得点には繋がらなかった。

『九十九君は3球三振に倒れ、1アウトランナーなし』

 球数はそれなりに積み上がっているが、両者共に投げられない程ではない。
 大松君は初回で8球連続ボールがあったものの現在101球だ。
【Total Vitality】がカンストしているので、まだ疲労はないだろう。
 球数制限についてもWBWだと95球だが、甲子園では連続で登板さえしなければ1週間で500球までと何故か大分緩い。
 なので、まだまだ余裕がある。

 甲子園での高校生ピッチャーの熱投は、野球界ではよくも悪くも有名だからな。
 野球狂神による世界観の補正に含まれてしまっているのかもしれない。

 磐城君も磐城君で現在92球。
 両チーム共、もし延長に入ったとしても続投させるつもりでいるはずだ。

『遠野君は1-2から空振り三振! 2アウトランナーなしで磐城君を迎えます』
「ここが山場」
「……そうだな」

 あーちゃんの言葉に深く頷きながら同意する。
 まず磐城君を打ち取り、この回0点に抑えること。
 それが勝利への最低条件だ。
 何せ、次の回は大松君から始まる打順。
 これまでの傾向から見て、彼の手に全てかかっていると言っても過言ではない。
 ここで1点でも奪われてしまったら、その時点で勝利から遠ざかってしまう。
 致命的な1点となるだろう。

『磐城君に対して大松君、大きく振りかぶって第1球……投げました! 内角高めに僅かに外れるボール!』

 まずは左バッターに対して食い込んでいくスライダー。
 磐城君は小さな動きで回避する。
 彼もまた、ここが勝負の分かれ目だと認識しているのだろう。
 1打席目よりも遥かに深い超集中状態に入っている。
 大松君の方も集中力を高いレベルで維持しているのが画面越しに分かるが……。

「残念だけど、これは勝負がついた、かな」

 俺の呟きを合図とするように、大松君が少し逸ったように投球動作に入る。
 ワインドアップからボールをリリースし――。

「ん。駄目そう」

 そこで【直感】が作用したのか、あーちゃんがポツリと呟いた。
 正にその直後。

『第2球を、投げました! 打ちました打ちました! 磐城君、内角高めに入ってくる変化球に狙いを定め、腕をうまく畳んで振り切った!』

 フロントドアのシュートがピンポン玉のように弾き返された。
 角度もいい。

『打球はグングン伸びていく!』
「行ったな」
「終戦」
『ライト追いかける! しかし、ボールは無情にも頭上を超えてスタンドへ! 入りました! ホームラン! これで2-0! 2点差になりました』
『ここに来てこの点差は大きいですよ』
『そうですね。ここぞというところでの1発! さすがと言わざるを得ません!』

 実況席も観客も大興奮だ。
 兵庫ブルーヴォルテックスユースベンチも鬱憤を晴らすように騒いでいる。
 それだけ苦しかった証だろう。

 解説の言う通り、これは非常に大きな1点だ。
 9回裏で磐城君から最低2点取らなければ同点にならない。
 サヨナラには3点必要になる訳だから。
 それも、4番の大松君から開始という打順で。

『ホームランを打たれてしまった大松君、5番大宮君に対して1球目2球目ボールと制球を乱しております!』
「……これも経験だ。踏ん張れ、大松君。昇二」

 3球目の前にキャッチャースボックスから昇二がマウンドに向かう。
 少し間を取ってから試合再開。
 そこから大松君は何とか立て直してフルカウントまで持ってきた。

『大松君、振りかぶって6球目を……投げた! 外角低めいっぱいのストレートで見逃し三振! しかし、この回磐城君のホームランで2失点目を喫しました』
『兵庫ブルーヴォルテックスユース相手に9回2失点は十分な結果と言えるでしょう。ですが、9回の裏でこの点差はかなり苦しいものがあります』

 9回表終わって2-0、か。
 ……実力が伯仲したいい試合だったな。
 美海ちゃんにとっても昇二にとっても。
 大松君にとっても磐城君にとっても。
 間違いなく将来の糧になったことだろう。
 などと頭の中で勝手に総括を始めてしまったが――。

『9回裏も磐城君がマウンドに上がります。点差は2点。山形県立向上冠高校、磐城君を打ち崩して逆転することができるのか、それとも兵庫ブルーヴォルテックスユースが抑えて連覇を果たすのか。勝負の最終回です!』

 まだ試合は終わっていない。
 山形県立向上冠高校の選手達の目は死んでいない。諦めていない。
 打席に入って構えた大松君も、いつになく集中した様子を見せている。
 味方ベンチもスタンドも、一矢報いてくれと声を張り上げている。

 ちょっと客観視し過ぎてしまったな。
 いくらテレビを隔てていて温度差があるにせよ、まだ頑張っている皆に失礼だ。
 今は最後まで見守ろう。

 そう思って姿勢を正した直後。

『磐城君、振りかぶって第1球……投げました! 外角低め、打った!』
「お」
「ん」
『打球は低い弾道でレフトへ! ポール際! 切れるか、入るか!? ポール直撃! ホームラン! 大松君、磐城君からホームランを放ちました!』

 アウトコース低めのストレートだったが、ほんの少しだけ甘かった。
 ゾーンギリギリからボール半個分高く、ボール1個分内側に来ていた。

 9回の表に磐城君自身のホームランで点差が2点に開いた。
 それによって彼の心に極々僅かながら隙が生じていたのかもしれない。

『これで2-1となり、再び1点差となりました!』

 球場の熱狂振りが音の圧となってテレビから伝わってくる。
 まだ勝負は分からないといった空気が形成されつつある。
 しかし――。

「万事休す、だな」
『5番青島君はなす術もなく3球三振!』

 恐らく、ホームランよりもヒットでランナーとして出ていた方がまだ勝利・・の可能性はあったかもしれない。
 得点・・の可能性は限りなく低くとも。

『6番松浦君も2-2から空振り三振で連続三振!』

 大松君のホームランによって気を引き締め直した磐城君は隙がなかった。
 自分の甘さを戒めているかのようだった。

 だから、そうはならない程度の微妙な出塁で何とかランナーを貯めていって1打で同点かサヨナラまで持っていく。
 山形県立向上冠高校の勝利には、これしかなかったと思う。

『7番木立君も3球三振で3者連続三振! ゲームセット!』
「……終わったか」
『最後は磐城君の圧巻のピッチングで1点差を守り抜き、兵庫ブルーヴォルテックスユースが昨年に続いて全国高校生硬式野球選手権大会を制しました!』

 1点差に泣いた山形県立向上冠高校。
 初回の8連続ボールが致命的だったのは勿論だが、結果的に見れば打線の組み方が悪かった側面もあるだろう。
 磐城君からヒットを打つことができた美海ちゃん、昇二、大松君。
 こと決勝戦においては、この3人を並べた方が得点の確率は高かったはずだ。

 しかし、これもまた1つの経験。
 これを糧にして個人もチームも、指導者の虻川先生も成長していって欲しい。
 美海ちゃん達には、まだ次があるのだから。

 うん。
 来年の戦いが今から楽しみだな。

「……さて、それはそれとして俺達も頑張らないと」
「ん。今度はわたし達の番」

 元チームメイト達の白熱した試合を見て、力を貰った。
 都市対抗野球東北地区予選も決勝戦を残すのみだが、気持ちが昂っている。
 鎧袖一触で本戦に進み、今度は俺達が野球界を盛り上げてやるとしよう。
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