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第2章 雄飛の青少年期編

141 テレビの中の真剣勝負

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 磐城君が静かにバットを構える。
 眼光鋭く、相対するピッチャー大松君を見据えながら。
 テレビ越しでもしっかりと集中できていることが分かる。
 姿勢はゆったりとしていて、力んでいる様子もない。
 ……落ち着いているな。適度な緊張状態だ。

 やはりユース最高峰のチームに所属し、場数を踏んできたおかげだろう。
 去年の夏の甲子園においても1年生エースとして優勝に貢献していたし、その年のU18のワールドカップにも出場したからな。
 残念ながら、ワールドカップ制覇は惜しくも逃してしまったけれども。
 磐城君が球数制限で先発できない試合を落としてしまったのが原因だが……。
 まあ、これは余談だな。
 野球中継に意識を戻す。

「この磐城君に対して不用意な投球は禁物だぞ」

 勿論、その忠告が画面の中に届くことはない。
 だが、大松君も昇二も重々承知しているようだ。

『ピッチャー大松君、セットポジションから1球目を投げました! 外角低めからボールゾーンに逃げていく変化球でボール!』

 試合開始早々8球連続ボールと、立ち上がり不安があった大松君。
 磐城君に対して初球ボールから入ったものの、内容が全く違う。
 これはちゃんとコントロールされた球だった。
 球種はシュート。
 キレがよく、ストライクゾーンから鋭く変化してボールとなった。
 並のバッターなら単に手が出ずに見逃した結果という感じになっていただろう。
 しかし、磐城君はキッチリと見極めた上でバットを振らなかった。
 一喜一憂していない打席での立ち振る舞いからそうだと分かる。

『2球目、同じく外角低め。今度はボールゾーンから入ってくる変化球がギリギリいっぱいに決まってストライク!』

 2球目はバックドアのスライダー。
 ストライクゾーンの隅にかすめるように絶妙にコントロールされていた。
 1ストライク目から振りに行くには際ど過ぎるコースだろう。
 磐城君もスイングはせず、様子見に留めていた。

「ここからだな」
「ん」

 俺が姿勢を正すと、あーちゃんも同じようにディスプレイを注視する。
 能力的には同等の2人。
 勝負を分けるのはステータス以外の部分だ。
 特に如何に相手の考えを読むか。
 如何に布石を打つことができるかが重要になる。
 を有するスポーツの醍醐味だな。

『ピッチャー大松君、3球目を……投げた! 外角低め! ファウル!』

 1球目をなぞるようなシュート。
 しかし、今回はストライクゾーンにギリギリ入っている。
 それを察して磐城君は振りに行ったが、若干振り遅れてしまったようだ。
 低空のライナーが3塁側スタンドのフェンスに直撃する。
 テレビ越しでもその音が聞こえてきた。
 それ程の打球速度。
 もう少しタイミングが早ければレフト線を破る長打になっていただろう。

 磐城君は恐らく初回から超集中に近い状態にある。
 故に球種はおおよそ読めていたはずだ。
 だからこそ逆に、初球に近い軌道で投げ込まれたアウトコース低めの球を前にして、一瞬選球に迷いが生じてしまったのだろう。
 その結果が振り遅れ。そして3球目ファウルという記録だった。

 この1球については間違いなく昇二の好リードと言えるだろう。
 しっかりと結果が伴っているが故に。
 もっとも、1打席を通じて正解を引き続けないと評価が簡単に引っ繰り返ってしまうのがキャッチャーというポジションだ。
 1ボール2ストライクと追い込んだからと言って全く安心することはできない。

『4球目、外角高めにストレートが外れました! これは明らかなボール球』

 2ボール2ストライク。平行カウント。
 ここまで4球連続でアウトコースだな。

「インコースで勝負?」
「……だろうな」

 あーちゃんの問いかけに頷く。
 画面の中の磐城君は、極々僅かながらバッターボックスの内に寄っている。
 数値で言えば数センチにも満たないぐらいだろう。
 だが、その差異は大きい。
 確実に外を意識している。
 内角の球の威力が増す状況なのは間違いない。

「けど――」
『キャッチャー瀬川君。インコースに構えます。ここで決めに来るでしょうか』
『恐らくは』
『ピッチャー大松君。5球目を……投げた! 内角へ落ちる変化球! 打った!』
「ああ……」
「やられた」
「うん。ちょっと逸ったな」

 5球目はインコース低めに落ちるスプリット。
 悪くない落ち具合だったが、磐城君はそれをバットでうまくすくい上げた。
 打球はジャンプしたファーストの頭上を越える。
 そのままライトのファイルライン間際のフェアグラウンドに落ち、それからファウルゾーンへと転がっていく。
 ライトが追いかけていくが、球足が速いボールはフェンスに当たってあらぬ方向に跳ね返り、そのクッションボールの対処に若干手間取ってしまった。
 打球にスピンがかかっていたのもそうだが、初出場の甲子園。
 球場そのものにまだ慣れていなかった部分も大きいだろう。

『1塁ランナー遠野君、3塁を蹴ってホームへ! ライト佐藤君がボールを中継へ送球するも、ここでホームイン! 兵庫ブルーヴォルテックスユース先制!』
「……先制されたか」
『バッターランナー磐城君は3塁へ! タイムリースリーベース! 最初の元チームメイト対決は磐城君に軍配が上がりました!』
「最初の連続四球が痛かった」
「やっぱりそれが大きいな。リード面での影響もちょっとあった」
「…………盗塁警戒?」
「そこまでハッキリした意図があった訳じゃないだろうけどな」

 状況的に盗塁を仕かけてくる可能性は低い。
 ただ、まあ、それが頭を過ぎっていたのは間違いない。
 この打席、昇二は最後まで緩い球を使わなかった。
 アウトコース主体で行った理由も、恐らく1塁ランナーを気にしてのことだ。
 無論、それ自体は悪い訳ではない。
 可能性を考えるのは大事なことだし、抑えることができていれば問題はない。

「しゅー君ならどうしてた?」
「うーん。磐城君は割とコースでの得意不得意はないからなあ」

【通常スキル】や【極みスキル】を幅広く所有した総合力の高い相手だ。
 それだけに、もうセオリーの組み合わせで行くしかないだろう。
 インコースで意識づけしてアウトコースで勝負。
 アウトコースで意識づけしてインコースで勝負。
 緩い球を見せてから速い球で仕留める。
 速い球を見せてから緩い球で仕留める。
 基本中の基本。その組み合わせだ。
 実際にキャッチャースボックスから打者を見て狙い球が分からなければ、正直なところ1打席目の入り方は好みの問題に近い部分もなくはない。
 明確な弱点があれば話は別だけどな。

「ただ、まあ、昇二にアドバイスできる部分はある」
「それは?」
「あの場面はとにかくバッターオンリーで考えていいってことと、結果フォアボールでもいいからフルカウントまで使って意識づけした方がよかったってことかな」

 3球目まではアレでよかったと思う。
 ただ、4球目のストレートは余り効果を発揮していなかった。
 あそこで緩い球を投げていれば。
 5球目も更にアウトコースで臭いところに投げていれば。
 インコースの決め球の威力はもっと増していただろう。

 まあ、結局はこれも机上の空論に過ぎない。
 超集中状態の磐城君ならそれでも打っていた可能性はある。
 それでも。
 たとえ数%でも確率が高い方をその都度その都度選択していく。
 確率のスポーツとも呼ばれる野球では、そうした工夫の積み重ねもまた勝利を左右する大事な要素の1つだ。

「とは言え、まだ1回表で1-0ってだけだからな。試合が決まった訳じゃない」

 初っ端から中々ひりつく真剣勝負を見られて結構満足してしまった部分もあるけれども、まだまだ山形県立向上冠高校にもチャンスはある。
 そもそも、まだ攻撃の機会も回ってきていないのだから。
 両チーム、各選手には、より熱くなれるような戦いを期待したいところだ。
 ……って、完全に観客の立場だな。
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