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第2章 雄飛の青少年期編

139 快進撃の陰に隠れて

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『明日に控えた全国高校生硬式野球選手権大会決勝戦。注目はやはり、かつてのチームメイトである磐城巧君と大松勝次君の投げ合いでしょう』

 ビジネスホテルに設置された半端な大きさのテレビの中でリポーターが言う。
 画面には、大会期間中の練習場所として指定された甲子園球場近辺の高校のグラウンドで最終調整に余念がない元チームメイト達の姿が映し出されていた。
 決勝戦直前に放送される毎年恒例の甲子園特番だ。
 余談だが、この野球に狂った世界にあっても高校球児の汗と涙は受けがよく、テンプレートの構成で簡単に数字が取れるとテレビ局からは重宝されているらしい。
 まあ、それはともかくとして。

『準決勝で好投し、甲子園初出場での決勝戦進出に貢献した浜中美海さんもショートでの出場を予定しており、こちらも注目を集めています』
「あ、みなみー」

 映像が切り替わり、今度はユニフォーム姿の美海ちゃんがアップで映る。
 これは……準決勝戦直後のインタビューの時のものだな。

『は、はい、えっと、な、何度か危ない場面もありましたが、バッター陣が点を取ってくれたおかげで落ち着いて投げられました。決勝に進めて嬉しく思います』

 余所行きの笑顔で答える美海ちゃんだが、頬の辺りが引きつっていた。
 声もちょっと高くなっているし、早口だ。目も泳いでいる。
 ガッチガチに緊張していることが一目で分かる。
 明らかに試合で投げている時よりもインタビューの方がテンパっていた。

 そんなこの映像だが、彼女がこの先もっと有名になれば間違いなく何度も何度も繰り返し使用されることになるだろう。
 ちょっと同情してしまうが、名が知れるようになれば他人ごとではない。
 明日は我が身だ。
 その時が来たら冷静に対応できるように、今から脳内でシミュレートしておいた方がいいかもしれない。
 そう思っていると、2人がけの簡素なソファに並んで座ってテレビを一緒に見ていたあーちゃんがスマホを弄り始めた。

「またあのインタビューがテレビで流れてるよ、っと送信」
「ちょ、あーちゃん、やめてあげて」
「もう送った」

 ちょっと慌てながら窘めたが、時既に遅し。
 グループチャットに彼女のメッセージが表示されてしまっていた。
 少し時間を置いて、美海ちゃんからデフォルメの女の子が両手で顔を隠しながら赤面しているようなスタンプが送られてきた。
 順調に彼女の中で黒歴史化しているようだ。

「はあ……明日決勝戦なのにあーちゃんがごめん、と」
「む。しゅー君、酷い。わたしはみなみーの緊張を解そうとしただけ」

 口に出しながら自分のスマホでメッセージを送信すると、あーちゃんが唇を尖らせて俺の肘の痛くない部分を抓ってくる。
 直後、通知の音が鳴って問題なしとサムズアップする女の子のスタンプが来た。
 続いて「緊張が解れたわ」というメッセージが入る。

「ほら」

 それを確認したあーちゃんは、我が意を得たりとドヤ顔で胸を張った。
 そんな彼女を「はいはい」と流しながら、テレビ画面に再び視線を戻す。
 俺の適当な対応に、あーちゃんは一層不満そうに俺の肘の皮をクニクニしてくるが、されるがままにして映像の方に意識を集中させる。

 また場面は変わり、決勝でぶつかる山形県立向上冠高校と兵庫ブルーヴォルテックスユースそれぞれの戦いの軌跡がナレーションと共に流れていた。
 比重は山形県立向上冠高校の方が大きい感じがある。

 まあ、この特番に限らず、公立校の快進撃として連日取り上げられてたからな。
 メディアの煽るような放送内容で神童のライバルという立ち位置を得た大松君。
 甲子園に出場した史上初の女性バッテリーである美海ちゃんと倉本さん。
 そして、盤石の強さで反対の山からトーナメントを勝ち進んできた磐城君率いる兵庫ブルーヴォルテックスユースへの挑戦者という立場。
 それらの相乗効果によるものだろう。

「……2人は全然緊張感がないな。明日も試合があるのに」
「緊張してるよりずっとマシ」

 ベッドに腰をかけて俺達の様子を眺めていた明彦氏の呟きに、全く振り返ることなく素っ気なく答えるあーちゃん。
 山形県立向上冠高校の快進撃の陰で、我らが村山マダーレッドサフフラワーズは都市対抗野球東北地区予選に臨んでいた。
 宮城県仙台市にある球場でほぼ毎日試合が開催される日程のため、今は球場近くのビジネスホテルに泊まっている。
 俺とあーちゃんは18歳未満ということもあり、保護者(明彦氏)同伴で4人部屋にファミリープランを利用して一緒に宿泊中だ。
 勿論、父親がいるのに変なことにはならない。
 ……あーちゃんが若干明彦氏に冷たいのはそのせいかもしれない。

「あんまり油断していると、足をすくわれるぞ?」

 明彦氏はかなり複雑そうだが、さすがにそこはスルーだ。
 俺も藪をつつく気はない。

「勿論、分かってますけど、こんなところで苦戦する訳にもいかないので」

 他の出場チームにはちょっと申し訳ないけれども。
 俺達が目指しているものを考えると、予選突破に苦労してるようでは先がない。
 何より、元々本戦に出場できる実力があるところに俺達が加わっているのだ。
 単純なシミュレートでも地区予選ぐらい楽勝で突破できないとおかしい。
 そして実際に。

「残り2試合。これまでと同じようにサクッと勝ってみせますよ」

 石橋を叩いて渡るように万全の準備をしてきた俺達もまた、山形県立向上冠高校と同様に順調に勝利を重ねてきていた。
 今し方口にした通り、後2つ勝てば本戦出場だ。

 ちなみに、これまでのスコアは以下の通り。

 初戦26-0。
 2回戦22-2。
 3回戦23-1。
 4回戦18-2。

 社会人野球では試合の成立は7回なので、いずれも7回コールドだ。
 全く危なげなく、同地区の社会人チームを薙ぎ倒してきた。

 尚、まだ俺はピッチャーとして1度も登板していない。
 今のところはキャッチャーとしての出場のみという状況だ。
 あーちゃんに至ってはベンチで俺の応援をしているだけ。
 彼女は他チームからは数合わせの置物として認識されているかもしれない。
 いずれにしても、今のところは俺とあーちゃんのバッテリーは出る幕がなく、うまいこと甲子園の陰に隠れて目立たずに済んでいる状態だった。
 一応、試合で得られる【経験ポイント】は練習よりも多いので、本戦に向けて2番手以降のピッチャー達の底上げを図る側面もある。

「まあ、秀治郎がそう言うなら、大丈夫なんだろうけどな……」

 言葉とは裏腹に若干不安そうな明彦氏。
 選手でも監督でもないながらも大分気を張っている様子だ。
 ……ここは軽口で緊張を解しておこう。

「はい。特に明日は甲子園の決勝戦をテレビで見ないといけないですからね。ダラダラと戦ってなんかいられません。さっさと撤収しないと」
「おいおい……」

 勿論冗談ではあるが、かつての仲間達の晴れの舞台。
 その雄姿を見ておきたい気持ちは確かだ。

 と言う訳で、その翌日。
 俺達は宣言通りに午前中開始の地区予選トーナメント準決勝の試合をサクッと7回コールドで終わらせ、さっさとホテルに戻った。
 おかげで決勝戦の開始時刻に間に合い、ビジネスホテル備えつけのテレビであーちゃんと並んで観戦の態勢に入る。

『全国高校生硬式野球選手権大会決勝、山形県立向上冠高校対兵庫ブルーヴォルテックスユース。間もなく試合開始です』

 画面の中で整列する両チームの選手達。
 互いに礼をした後、後攻の選手達が守備位置に散らばっていく。
 少しして投球練習とウグイス嬢のアナウンスが終わる。
 バッターボックスに1番打者が入る。
 そして。
 球審の「プレイ」のかけ声と同時に、お馴染みのサイレンが鳴り響いた。
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