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第2章 雄飛の青少年期編

137 美少女バッテリー

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 全国高校生硬式野球選手権大会。
 いわゆる夏の甲子園。
 その地方予選は6月下旬から開始されるが、それよりも前。
 春には春で高校野球の公式戦がある。
 即ち春季地区高校生硬式野球選手権大会だ。
 名前の通り最高でも地区大会までのものだが、この結果を以って全国高校生野球選手権大会地方予選のシード権が与えられるので重要度はかなり高い。
 そんな春の大会において東北地区決勝戦まで普通に勝ち上がった山形県立向上冠高校野球部はそのまま優勝を果たし、無事シード権を獲得していた。
 今はその祝勝会を兼ねて、幼馴染4人で集まっているところだった。

 場所は複合娯楽施設内にある飲食スペース。
 青春時代に野球ばかりなのもアレなのでボーリングに興じ、更にゲームセンターで遊んできた後の小休憩の一幕だ。
 そこで俺達は、春季地区高校生硬式野球選手権大会の振り返りをしていた。

「みなみー、頑張った」
「ああ。さすがだったな」
「いや、まあ、大体は大松君のおかげだけどね」

 俺とあーちゃんの称賛に対し、美海ちゃんが謙遜気味に言ってはにかむ。
 実際、大松君はエースとして、4番打者として正に八面六臂の大活躍を見せた。
 とは言っても、東北以外の強豪が出場しない地区大会の中でのことだけに、ステータス的には大松君が無双しても何ら不思議な話ではない。
 それでも東北の甲子園常連の高校やユースチームを薙ぎ倒したことは評価に値するし、おかげで大松君は一躍高校野球の注目選手となっていた。
 実質県大会優勝以上の結果だから、学校(高校)の実績としては過去最高。
 その原動力になった選手の筆頭として界隈からは認識されている。
 更に大松君は神童磐城巧のライバルを公言してはばからず、中学時代はチームメイトだった関係性も相まって話題を集めているようだった。

「けど、決勝まで進めたのは、美海ちゃんと倉本さんのおかげでもあるだろ?」
「まあ、投球制限があるからね」

 有望なピッチャーの酷使を防ぐために設けられているそれがあるので、そもそも制度的にも大松君1人で大会を投げ抜くことはできない。
 トーナメントで勝ち上がるには、2番手ピッチャーの存在が不可欠となる。
 俺が高校を去った今、誰かがその役目を担う必要があった。
 それを安心して任せられるのは美海ちゃんしかいなかった。
 昇二は【超晩成】のせいで20歳になるまで投手能力に割り振る余裕がない。
 倉本さんも日が浅過ぎてバランスよく上げるには【経験ポイント】が足りない。
 最初から候補は限られていたのだ。

「美少女バッテリー爆誕」
「ちょ、茜。やめてよ、もう」

 どこかからかうような口調で言ったあーちゃんを軽く小突きながら、恥ずかしそうに少し唇を尖らせる美海ちゃん。
 言葉程には嫌がっていないのが彼女の表情からハッキリと分かる。
 あーちゃんの楽しげな感情も【以心伝心】で伝わってくる。

 ……うむ。2人のじゃれ合いは見ていて癒やされるな。
 友達向けの言動を取るあーちゃんはほぼ美海ちゃん限定の姿であるだけに、高校を中退してからはレア度が少し上がってしまった。
 微笑ましく見守りつつ、しっかり記憶に残しておくことにしよう。

 まあ、それはともかくとして。

「でも、実際ネットニュースで見たぞ。美少女バッテリーって」
「しゅ、秀治郎君まで。やめてよ、もう」
「事実だしな。ほら」

 企業チームとなった村山マダーレッドサフフラワーズに所属して得た給料で新調したミドルレンジのスマートフォンの画面を見せる。
 映し出されているのは大会の話題を検索した結果だ。
 そのワードが記事のいくつかにしっかり出てきている。

「ううぅ……」

 美海ちゃんは恥ずかしそうに呻くが、口元を見ると満更でもない感じもある。
 だから、あーちゃんも俺も気兼ねなく弄っているのだ。

「大松君並。いや、下手をするとそれ以上かもな」

 ナックル使いの美海ちゃんと、こともなげにそれを捕るキャッチャー倉本さん。
 やはり野球はピッチャーが目立つので倉本さんの方は若干陰に隠れてしまっているが、2人合わせて相当な注目を集めていた。
 特に圧巻とされたのは地区大会の準決勝。
 投球制限の関係で、大松君を決勝戦に登板させるために美海ちゃんが先発した。
 相手は福島県の甲子園常連校。
 そこで彼女はナックルで三振の山を築き、無四球完封試合を達成していた。

 特筆すべきはやはり無四球の部分だろう。
 女子高校生バッテリーが扱いの難しいナックルを完全に制御して打者を抑えていく様は、当然ながら大きく取り上げられた。
 その結果が、美少女バッテリーという異名だ。

 俺としては思惑通りといったところでもある。
 やはりキャッチーな部分があると、話題性も大きくなりやすいからな。

「野球での立身出世。その第一歩だ」
「……ええ。そうね」

 真面目な口調に改めて告げると、美海ちゃんもまた表情を引き締める。
 まだまだこれからではる。
 だが、多くはその一歩目すら踏み出すことができない。
 ここまでついてきてくれた彼女に、少しでも報いることができたなら幸いだ。

「倉本さんも喜んでたわ」
「そっか。よかった」

 彼女に関しても、俺が無理矢理美海ちゃんと組ませた形だからな。
 本人の同意あってのこととは言え、1つ結果を残せてホッとした部分もあった。
 ステータス的な保証があるとは言え、それも絶対という訳ではない。
 万が一うまくいかなければ、倉本さんのモチベーションにも関わる。
 そういう意味では、シード権以上に大事な大会でもあった。

 ともあれ、結果は良好。
 倉本さんにとってはこれが初めての成功体験になったはずだ。
 これでより一層、練習に身が入ることだろう。
 成功体験というものは麻薬のような依存性を持つ。
 一度味わってしまったら、何度でも味わいたくなってしまうものだ。
 気合を入れて練習に取り組んでいって欲しい。

「昇二も、よく大松君をリードしたな」

 話の輪に入らず、1人黙って飲み物を飲んでいた昇二に声をかける。
 立役者と言えば間違いなく彼もそうだ。
 しかし……。

「無理に褒めなくてもいいよ」

 昇二はどこか困ったように苦笑した。

「大松君のスペックがあれば、力でねじ伏せられるし」

 それは謙虚を通り越して卑屈だ。
 今の大松君の球を問題なく受けられる者はそういないのだから。
 地味ながら勝利に貢献しているのは確かな事実だ。
 何より――。

「決勝の相手は宮城オーラムアステリオスのユースチームだった訳だし、さすがにそれだけじゃ無理だったはずだぞ? 最低限配球は考えないとな」

 そうフォローを入れるが、昇二の反応は薄い。
 自分自身に達成感がないから、誉め言葉も響かないのだろう。

「……まあ、何度も言ってるけど、昇二の活躍の場はもっともっと先だ。それこそプロ野球選手になってからの話になる。だから、今は淡々と爪を研いでおけ」
「そうは言っても、今の感じじゃプロ野球選手になんてなれそうにないよ?」
「いや、なれる。何せ、ウチが指名するからな」
「え? ……いや、何を言ってるの?」

 頭大丈夫? みたいな目を向けられてしまう。
 俺は正気だし、大真面目だ。

「予定では、村山マダーレッドサフフラワーズは俺達が18歳の年に1部リーグに上がるからな。その年からはドラフト会議で選手を獲得することになる」
「つまり、私達の世代が対象になる年からって訳ね」
「その通り。そして当然、俺は1部昇格の原動力になって発言権も更に増すだろうからな。指名候補にだって口を出せるようになるはずだ」

 まあ、既にセレクションには介入していたりするけどな。
 これは昇二や美海ちゃん向けに説得力を出すための理屈だ。

「順位はともかく、昇二は絶対に指名して貰うからな。美海ちゃんと倉本さんも」
「ほ、本気?」
「当たり前だろ? こんなこと、冗談でも言わないさ」
「兄さんは?」
「正樹? 正樹はそのまま東京プレスギガンテスに行くんじゃないか? けど、もし放り出されるようなことがあれば、その時は勿論獲得に動くだろうな」
「そうなったら、また皆で同じチームで野球ができるわね!」

 待望するように弾んだ声で言う美海ちゃん。

「皆で……」

 そんな未来を全く考えていなかったのか、昇二は目を大きく見開いて固まる。
 可能性は十分あり得る話だ。

「けど、だからって今の正樹が苦しむのを放置する訳にもいかないからな」

 1つのチームに戦力を集中させ過ぎるのも健全ではないし。
 正樹自身、東京プレスギガンテスで成り上がりたい気持ちもあるはず。
 だからこそ、まずはステータスを調整してやりたいのだ。
 その後のことは成り行き次第でいい。

「はあ。埒が明かないし、もうこっちから会いに行くか。都市対抗野球の本戦に進んだら東京に行くことになるし、その時にでも」

 ここまで来ると避けられている感もあるが、さすがに都内まで行って連絡を取れば会うことぐらいはできるだろう。

「…………まあ、今日は気晴らしに来たんだ。野球の話はここら辺にしよう」

 少し沈黙が続いてしまった後で、皆の顔を見回しながら言う。
 遊ぶ時は遊ぶ。メリハリが大事だ。
 気持ちを切り替えよう。

「そうね。じゃあ、次は何して遊ぶ?」
「ビリヤードでもしてみようか」
「いいわね。一度やってみたかったの」

 そんなこんなで、俺達は施設内にあるビリヤード場へと向かうことにした。
 尚、ボーリングもゲームセンターもビリヤードも。
 全て【直感】の力であーちゃんが静かに無双していたことをここに記しておく。
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