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第2章 雄飛の青少年期編

135 不穏な空気と、再会と補填

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 球春到来。
 野球に狂ったこの世界では、プロ野球のペナントレースが始まる春の浮かれた空気感は前世とは比較にならないものとなる。
 各地で様々な祭りやイベントが催され、人々の財布も緩みやすくなる。
 いわゆる書き入れ時だ。
 半面、はっちゃけ過ぎた変な奴らが出てきたりする季節でもあるが……。
 まあ、それもまた風物詩というものだろう。
 しかし、今年はどうにも雰囲気が違っていた。

「何だか、世の中変な感じよね。全体的に沈んでるって言うか、何て言うか」

 微妙な表情を浮かべて日本の現状を評したのは美海ちゃん。
 現役高校生の彼女はまだ春休みの真っ只中。
 今日は【成長タイプ:マニュアル】の皆に声をかけ、近場で1番アクセスのいい野球公園に集まって貰っていた。

「やっぱりWBWでの大敗が響いてるんだろうな」
「……あれは酷かったものね」
「最終回で野手から打ったホームランを誇ってる海峰永徳も含めてね」

 美海ちゃんの言葉に続けて昇二が珍しく吐き捨てるように言う。
 正樹の怪我について言及した時から、彼は海峰選手のアンチと化していた。
 まあ、当然だろう。

 昇二は、遥か遠いところに行ってしまった兄に劣等感を抱いている。
 とは言え、別に修復不可能な程の確執がある訳ではないのだ。
 直接的ではないにせよ、家族を悪く言った人間を好ましく思うはずもない。

 正直なところ。
 俺も海峰選手については似たような気持ちを抱いている。
 怪我もそうだが、あのコメントでは病気にまで触れていたからな。
 父さんが脳卒中で倒れてしまった今となっては、尚更眉をひそめざるを得ない。
 そんな彼が最後の最後でホームランを打って他の選手より幾分かマシな評価になり、ちょっと調子に乗っているのはちょっと鼻につく。

「け、けど、あの野手で登板したアメリカ代表の選手。本職のピッチャーじゃないはずなのにエグくなかったっすか?」

 と、【成長タイプ:マニュアル】仲間としてこの場に来ていた倉本さんが、フォローを入れるように問いかけてくる。

「日本の2部リーグならエースを張れるぐらいだったっすよ?」
「それはそうだけどな」

 140km/h台中頃の速球といくつかの変化球。
 それなりのスタミナと制球力。
 大リーガーとしては明らかに実力不足だし、野手としての能力の方が遥かに高いから要所で投手として起用されるようなことは決してない。
 しかし、ステータスを見る限り、日本ならチームによっては1部リーグでローテーションの末席に入れるぐらいのスペックはある。
 それは一応、客観的な事実だ。

「けど、天下のWBWの舞台でその程度の選手から打って喜ぶのはな」

 仮にも当代日本一である選手がそれではハッキリ言って困る。
 いくら何でも志が低過ぎる。
 無様だと言っても過言ではないだろう。
 せめてアメリカとの差を謙虚に受けとめてくれればよかったんだけどな……。

「そこら辺のことも、世間の雰囲気に影響してるのかもしれないわね」

 やれやれといった様子で嘆息気味に言う美海ちゃん。
 現行最強のバッターであるはずの男のそうした姿は、一般大衆のアメリカに対する敗北感や劣等感をより強く刺激してしまっているようだ。
 加えて、陰謀論的な暴露を受けて社会が変わりつつある中での出来事だけに、この敗北を受けて日本政府がどう判断するのか不安視しているというのもある。
 アメリカ打倒のために机上で検討されている過激な政策や既に実行に移された施策が、より一層急進的な方向に向かうのではないかと懸念されているのだ。
 結果、春の陽気を受けて気分が上向きになったりすることもなく、国民の大半が固唾を呑んで情勢を見守っている訳だ。

 ……こんな話をしていると、こちらまでテンションが下がってくるな。
 思わず溜息をつきそうになる。

「っと、来たか」

 丁度そこに待ち人が姿を見せ、気持ちを切り替えて顔を上げる。
 ある意味、今日の主賓と言ってもいい。

「皆、久し振りだね」
「ああ、久し振り。磐城君」

 代表して挨拶をする。
 兵庫ブルーヴォルテックスのユースチームにスカウトされ、提携している近場の高校へと転校していった彼との約1年ぶりの再会だ。

「身長が伸びたか?」
「……そうだね。少しは」

 折角の里帰りなのに、どことなく声に張りがない。
 彼もまた何やら消沈している様子。
 しかし、それはWBWとは特に関係ない。

「最近調子が悪いみたいだな」

 この集まりの参加者の1人である大松君が声をかける。
 磐城君をライバル視しているからか挑戦的な口調だ。

「……うん。感覚にズレがあってね」

 苦笑気味の肯定。
 磐城君が今一元気がない理由は正にそれだ。

【生得スキル】【衰え知らず】を持たない彼は、時間経過でステータスが低下する。
 尚且つ【成長タイプ:マニュアル】なので、都度【経験ポイント】を割り振って元に戻さなければ能力は下がったまま。
 磐城君にその仕組みを知る術はないが、体が鈍った自覚はあるのだろう。
 何せステータスが高ければ高い程、低下の度合いも大きくなってしまうからな。
 日々厳しい練習をこなした上でのことだけに、違和感には気づきやすいはずだ。

 とは言え、成績自体は微減というところでチーム内ではまだ突出している。
 大量に取得したスキルが能力を底上げしてくれているおかげだ。
 もっとも、これがユースチームではなくプロの1部リーグなら、さすがに1年も放置していたら数字にも如実に表れていただろうけれども。

「まあ、とりあえず、フォームチェックをしようか」

 今日の集会の目的はそうした部分の解消。
 つまり、【成長タイプ:マニュアル】であるが故に目減りしたままになってしまっているステータスを元の状態に戻すことだ。
 特に磐城君のステータスを再びカンストさせることが最優先事項だった。
 そのための【経験ポイント】は、育成力に優れていると評判の兵庫ブルーヴォルテックスユースチームの練習で十分溜まっている。

「磐城君は細かいところでフォームに歪みが出てたな」
「そう、だったのかな? コーチには何も言われてないけど」
「まあ、パッと見ただけだと気づかないようなところだから」

 勿論、嘘である。
 フォームチェックにかこつけて磐城君の体に触れるための方便だ。
 そうしないとステータスを操作できないからな。

「…………どうかな? 大分よくなったと思うけど」
「確かに。何だか感覚が戻ったよ」

 能力を補填した上で一通り練習を行ってから問うと、磐城君は自分の手を握ったり開いたりしながら表情を和らげて答えた。

「けど、本当によかったのかい? 僕は別のチームなのに」
「まあ、俺はもう社会人野球に移ったしな。それに、甲子園の決勝の舞台で競い合う時にはお互いに全力でぶつかって欲しいから」

 その経験が後々、打倒アメリカのための力にもなり得ると俺は思う。

「敵に塩を送るって奴サ」
「万全の磐城君を倒さないと、私達がちゃんと評価されることはないだろうしね」

 少なくとも、この場にいる皆はそれを咎めることはない。
 今は敵でも、少し先の未来でまた仲間になる時が来る。
 それを彼らも分かっているのだろう。

 だからこそ。
 できることなら、もう1人ステータスを弄りたい相手がいるのだが……。

「正樹はやっぱり帰ってこないのか?」
「うん。そんな暇ないって」

 彼は怪我をしても【衰え知らず】のおかげでステータスが下がることはない。
 時間経過による衰えもない。
 だが、小学校の時に弄ったのを最後に変化球やスキルを追加していない。
 今では完全に劣化磐城君状態だ。

 特に使える変化球の数は比較にならない。
 何せ、肘に余計な負担をかけないように色々制限していたからな。
 結局は無理をして怪我をしてしまったけれども。

 とにかく。
 変化球をいくつか追加して投球の幅を広げ、少なくとも基本ステータス上は磐城君と近いところまで引き上げておきたかった。
 無茶な練習でまた怪我をしてしまう前に。
 だから、ここは重ねて伝言を頼んでおこう。

「昇二。しつこいと思われても、正樹に一度戻ってくるように言い続けてくれ」
「う、うん」

 これでまた連絡は取ってくれるはずだ。

 ……ただなあ。正樹の奴、全く聞いてくれる気配がないからな。
 もう少し金銭に余裕が出たら、いっそのこと直接赴いた方がいいかもしれない。

「けど、まあ、今日のところはここにいるメンバーに集中しよう」

 WBWが終わって日本プロ野球のペナントレースも始まった。
 夏の高校野球も、予選を含めるともう間もなくだ。
 今回から俺は離れたところから見ることになるが、それはそれで悪くない。
 むしろ選手として試合結果に直接干渉することができないだけに、これまでの試合よりも楽しみまである。

「皆で高校野球から野球界を盛り上げて、世間の重い空気を吹き飛ばしてくれ」
「任せろ。俺が日本を席巻してやるゼ!」

 俺の言葉に大仰にポーズを取って応じる大松君。
 大言壮語染みているが、それは俺の望むところでもある。
 時間は有限。
 彼らが時代の寵児となれるように、残りの練習時間もサポートに努めよう。
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