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第2章 雄飛の青少年期編

116 美海ちゃんの推し方

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「でも、私が野球で身を立てるのを手伝ってくれるって具体的にどうするの?」

 昼休み。あーちゃんお手製の弁当を食べ終えたところで美海ちゃんが問う。
 今年も同じクラスになることができ、出席番号順でまた座席は俺の真後ろだ。
 いつものように机をくっつけ、あーちゃんも離れた席から俺の隣に来ている。
 ちなみに昇二は別のクラスになってしまった。大松君と一緒らしい。
 諏訪北さん達はまた別のクラスで、4人一緒になったようだ。

「美海ちゃん的にはどう考えてたんだ?」
「……中学生まではスタメンで出場できてたけど、高校生にもなると現実的じゃないだろうし、女子野球の方で実績を積むしかないかなっては思ってる」
「成程」

 前述した通り、この世界では甲子園でも実力さえあれば女子もウェルカムだ。
 制度的には出場するのに何の障害もない。
 もっとも。生物学的な性差が壁となり、全国大会で活躍した事例は皆無だが。
 それはそれとして。女子だけの野球大会も存在していた。
 野球に狂った世界だけに、こちらも中々盛況のようだ。

 ただ、開催目的は興行というよりもスポーツに秀でた女性を見つけ出すため。
 選手が出場する目的も自分に箔をつけるためというのが大部分を占めていた。
 そこでいい成績を収めることができれば就活は勿論、婚活にも極めて役に立つ。
 野球狂神の影響が色濃い部分の1つだな。

「茜や琴羅達がいれば、普通にいいとこまでいけるだろうし」

 人数は若干心許ないが、そこは助っ人を入れればいいしな。
 そこさえ解決できれば何ら難しい話ではないだろう。
 しかし、それが最善手かどうかは別の問題だ。

「……みなみーには申し訳ないけど、わたしはしゅー君と一緒。いつでも、どこでも。何があっても。勿論、試合でも」

 あーちゃんの心苦しそうな発言に「おお」と思ってしまう。
 他の子に悪い、なんて気持ちがあーちゃんに湧くとは。
 そんな俺の驚きを感じ取ったのか、彼女は不満げに俺の腕を軽くつまんだ。
 高校生になっても相変わらずな反応に苦笑いしつつも、美海ちゃんがあーちゃんにとって親友と呼べる存在となっていることを再認識する。
 正に長年のつき合いの賜物だな。
 社会に出ても変わらず関係を続けて欲しいものだ。
 いや、それはともかくとして。

「茜。さすがに無理よ」
「無理じゃない」

 諭すように美海ちゃんが言うが、あーちゃんは不満げに首を横に振る。
 まあ、常識的で一般的なのは美海ちゃんの意見だ。
 しかし、この場で正しいのはあーちゃんの方だ。
 何せ、ステータスをカンストさせてスキルを大量に取得すれば、たとえ【体格補正】のマイナスが大きくても日本のプロレベルにはなれるからな。
 そんなことは【成長タイプ:マニュアル】以外では実質不可能というだけで。

「茜。さすがにもう高校生なんだから、いい加減現実を見ないと」
「いや、美海ちゃん。あーちゃんは何も間違ったことを言ってないよ」

 俺がそう言うと、あーちゃんは美海ちゃんを若干煽るように胸を張る。
 美海ちゃんはちょっとイラっとした様子で俺を睨んだ。
 いつまでも夢見させるようなことを言うべきじゃない、ってとこか。
 まあ、これも普通なら美海ちゃんの方が正しい。
 ここはある意味イレギュラーな空間だから、ちょっと彼女がかわいそうだ。
 とは言え、これもまた現実。悪いのは全て野球狂神だ。

「美海ちゃんには、甲子園で活躍して貰うつもりだから」

 こちら側の現実に基づいてサラッと告げる。
 すると、美海ちゃんは虚をつかれたように目を丸くした。
 どこかのタイミングで諦めて、頭の中から排除していたって感じだ。

「え、でも……」
「インパクトって意味では、間違いなく女子野球の大会よりも甲子園でいい成績を収めた方が遥かに大きいからね」
「それは、まあ、そうだろうけど……」
「俺が手伝うって言ったのはそれのこと。そのために色々サポートするつもりだ」
「ど、どうやって?」

 半ばできて当たり前という態度の俺に、美海ちゃんは困惑気味に尋ねる。

「同じチームには大松君がいるし、他のチームには磐城君や正樹君がいる。生半可な実力じゃ脚光を浴びることなんてできないと思うけど……」
「まあ、常識と照らし合わせるとそうかもしれないな」

【体格補正】の決定的な差はいかんともしがたい。
 それは事実だ。
 今のところ、高3の夏には大松君のステータスもカンストさせる予定でいる。
 美海ちゃんを正統派の選手として育成すると、彼の下位互換にしかならない。
 それでも話題にはなるだろうが、あくまでも女の子にしてはという評価になる。
 いや、勿論ステータスを上げ切れば、歴史上類を見ない女子野球選手となる。
 球速で言えば140km/h後半は堅いし、150km/hも不可能ではない。
 この世界の女子世界最速記録が140km/h弱というところでの話だ。
 美海ちゃんからすると想像だにしないことだろうけれども、既に十分な話題性を見込める状況と言えば見込める状況ではある。

 ただ、俺としては正直物足りない。
 可能なら彼女にもWBWで戦力になって欲しいのだ。
【成長タイプ:マニュアル】かつ同じ野球観でやってきた仲間は貴重だからな。
 しかし、最終ステータスではどうしても見劣りしてしまうのが現実だ。

「だから、美海ちゃんには一芸に秀でた選手になって貰いたい」

 アメリカ代表に立ち向かうためにはそれ以外にない。
 そして【体格補正】を考慮に入れた上で何を極めるべきかと言えば……。
 やはり野手よりも投手。
 変化球が妥当だろう。
 中でも最も珍しく、特異なものと考えれば選択肢は自然と1つに絞られる。

「一芸って、何をすればいいの?」
「ナックルボール。これを主軸にしたピッチャーを目指して欲しい」

 俺が未だ公式戦では使用していないアンダースローと同じように。
 珍しいというのは、それだけで武器になる。
 その珍しさは王道をより輝かせる相乗効果を生む。
 きっと替えの利かない戦力となってくれるだろう。

「ナックルボールを、主軸に……」
「そう。つまりフルタイムナックルボーラーって奴だな」

 美海ちゃんは考え込むように口を噤んでしまう。
 色々と飲み込み切れないのだろう。
 ……おっと。そろそろ昼休みが終わるな。

「詳しい話はまた部活の時にしようか」

 美海ちゃんは戸惑ったまま小さく頷く。
 そうして俺達は机を戻し、午後の授業の準備を始めたのだった。
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