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第2章 雄飛の青少年期編
100 大吾氏との約束
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「これは?」
資料を手に取り、内容を軽く確認してから尋ねてくる大吾氏。
そこに書かれているのはいくつかのデータ。
その数字が何を意味しているかは、恐らく理解できているはずだ。
だが、それが誰を示しているかまでは考えが及ばない様子。
まあ、話の流れを考えれば分かり切ったことなのだが……。
思い込みによって答えに辿り着けなかったようだ。
「磐城君……巧君のデータです」
最高球速 :123km/h
平均球速 :115km/h
平均回転数 :1898rpm
被打率 :0.417
ストライク率:53%
K/9 :5.1
BB/9 :6.4
K/BB :0.8
・
・
・
「これが巧の……?」
「はい」
「……コントロールが悪過ぎますね」
「そこは決勝戦で初登板なので仕方ありませんよ」
ステータスのせいではなく、緊張によって実力を発揮し切れなかったせいだ。
勿論、磐城君はコントロール系の【通常スキル】も【極みスキル】も持っている。
【生得スキル】【模倣】の効果で、俺達が持つスキルは全て自然に取得したからな。
とは言え、スキルはあくまでもスキルであり、成績ではない。
実際の試合で実力を発揮できるかは、その時々の精神状態に左右される。
しかし、今回のそれは性格的な部分と言うよりは経験不足から来るものだ。
なので、ある意味伸びしろと見なしてもいいものだと思うが……。
話の主題はそこではない。
「もう1枚の方も見て下さい」
「こちらのデータは……小学校低学年にも劣りますね」
「ええ。それは、野球部に入部した時点での巧君のデータです」
最高球速、平均球速、回転数だけだけれども。
記載内容をまとめると以下の通り。
最高球速 :41km/h
平均球速 :39km/h
平均回転数 :334rpm
まあ、遅い。
申し訳ないが、幼稚園児並だ。
それでも【成長タイプ:マニュアル】としてはマシな方になる。
初期ステータスの割り振られ方次第では、まともに投げることすらできなくても不思議じゃないからな。
五十歩百歩だけれども。
重要なのは今現在との比較だ。
「見ての通り、この資料は巧君の球速と球の回転数が中学校入学から僅か1年と半年程度で倍以上に成長したということを示しています」
大吾氏は資料に視線を向けたまま。
一応、俺の言葉に耳を傾けてはいるようなので、そのまま話を続ける。
「小学校の時は成長らしい成長がなかったかもしれません。ですが、今は違います」
明確に数値として出ているものを無視することはしないはず。
そう信じて言葉を重ねる。
「勿論、まだ実力が不足していることは否めませんが、彼の才能は本物です。後1年、野球を続ければ中学生でトップクラスの選手になることができるでしょう」
「…………君は、一体何なのですか?」
ようやく俺という存在に興味を抱いたらしく、訝しげに問いかけてくる大吾氏。
ううむ。どう答えたものか。
今のところ身分は一介の中学生に過ぎないからな。
下手にそのまま答えると、権威が足りなくて説得力が薄れかねない。
そう考えていると、代わりに明彦氏が口を開く。
「私共のクラブチームの話は伝わっていませんか?」
「村山マダーレッドサフフラワーズ。最近とみに調子を上げているとか」
「ええ」
見学という名の指導を行ってから早1年半。
あれからも定期的に練習に参加し、チームは着実にレベルアップしていた。
直近の大会では遂に全国大会に出場することができた程だった。
もっとも全国では残念ながら1回戦負けに終わってしまったが、それでも県内ではそれなりに話題になっていた。
当然と言うべきか、主に元私営2部のプロ野球選手である尾高コーチの手腕を褒め称える声が大きかったけれども……。
「そのきっかけが、この子です」
「彼が……?」
「はい。この子は選手の才能を見極めることに秀でていて、そのおかげで効率的な指導が可能になりました。結果はご存知の通りです」
「尾高コーチの成果ではない、と?」
「勿論、尾高コーチの指導も重要です。しかし、伸ばすべき能力を正確に見極めることは、如何に元プロのコーチと言っても困難なことでしょう」
明彦氏の答えに考え込む大吾氏。
俺にとっての明彦氏は幼馴染の父親という肩書の方が先に来るが、大吾氏にとっては取引のある会社の重役。
社会的地位のある人物に言われれば、眉唾な話も一考せざるを得なくなる。
「巧に、野球の才能が……?」
大吾氏は再び資料に目を落とす。
これぐらいのデータは、ちょっと調べればすぐ真贋が分かる。
明彦氏を引っ張り出してきてまで捏造する理由もない。
それだけに、磐城君に才能がないとする彼の意見への反証としては十分だろう。
「俄かには……信じられませんね」
しかし、如何に合理的とは言え大吾氏もまた人間。
自分の考えを覆すのは中々に難しいようだ。
「この成長が真実だとして、だからと言って巧が野球をやめることが野球界の損失となる証拠にも、それ程までに成長する保証にもなりません」
「それはその通りです。ですが、少なくとも可能性はゼロではなくなりました」
俺の言葉に、大吾氏は腕を組みながら瞑目して考え込む。
それから短くない時間の後、彼は小さく息を吐いてから目を開いた。
「……いいでしょう。中学校までは野球をやることを認めます」
「あ、ありがとうござい――」
「ただし!」
大吾氏は俺の安堵からの感謝を遮り、そのまま続ける。
「中学生でトップクラスの選手になれるという君の言葉を証明して貰いましょう」
「……具体的には?」
「高校の強豪校やユースチームが特待生にしてでも欲しがるぐらいにまで巧が成長しない限り、高校からは勉学に専念させます」
「特待生」
「自信がありませんか?」
「いいえ。いいえ、容易いことです。巧君の才能を以ってすれば」
何せ、似たような実績は既にあるのだから。
ジュニアユースチームに特待生で入団した瀬川正樹という実績が。
「必ずや、巧君を中学野球のヒーローにしてみせますよ」
正樹に続いて野球界に衝撃を与えるため。
中学世代における俺の隠れ蓑とするため。
そして、WBWで将来アメリカ代表に挑むための仲間を確保するために。
磐城君を当面の主役に仕立て上げることが、こうして決まったのだった。
資料を手に取り、内容を軽く確認してから尋ねてくる大吾氏。
そこに書かれているのはいくつかのデータ。
その数字が何を意味しているかは、恐らく理解できているはずだ。
だが、それが誰を示しているかまでは考えが及ばない様子。
まあ、話の流れを考えれば分かり切ったことなのだが……。
思い込みによって答えに辿り着けなかったようだ。
「磐城君……巧君のデータです」
最高球速 :123km/h
平均球速 :115km/h
平均回転数 :1898rpm
被打率 :0.417
ストライク率:53%
K/9 :5.1
BB/9 :6.4
K/BB :0.8
・
・
・
「これが巧の……?」
「はい」
「……コントロールが悪過ぎますね」
「そこは決勝戦で初登板なので仕方ありませんよ」
ステータスのせいではなく、緊張によって実力を発揮し切れなかったせいだ。
勿論、磐城君はコントロール系の【通常スキル】も【極みスキル】も持っている。
【生得スキル】【模倣】の効果で、俺達が持つスキルは全て自然に取得したからな。
とは言え、スキルはあくまでもスキルであり、成績ではない。
実際の試合で実力を発揮できるかは、その時々の精神状態に左右される。
しかし、今回のそれは性格的な部分と言うよりは経験不足から来るものだ。
なので、ある意味伸びしろと見なしてもいいものだと思うが……。
話の主題はそこではない。
「もう1枚の方も見て下さい」
「こちらのデータは……小学校低学年にも劣りますね」
「ええ。それは、野球部に入部した時点での巧君のデータです」
最高球速、平均球速、回転数だけだけれども。
記載内容をまとめると以下の通り。
最高球速 :41km/h
平均球速 :39km/h
平均回転数 :334rpm
まあ、遅い。
申し訳ないが、幼稚園児並だ。
それでも【成長タイプ:マニュアル】としてはマシな方になる。
初期ステータスの割り振られ方次第では、まともに投げることすらできなくても不思議じゃないからな。
五十歩百歩だけれども。
重要なのは今現在との比較だ。
「見ての通り、この資料は巧君の球速と球の回転数が中学校入学から僅か1年と半年程度で倍以上に成長したということを示しています」
大吾氏は資料に視線を向けたまま。
一応、俺の言葉に耳を傾けてはいるようなので、そのまま話を続ける。
「小学校の時は成長らしい成長がなかったかもしれません。ですが、今は違います」
明確に数値として出ているものを無視することはしないはず。
そう信じて言葉を重ねる。
「勿論、まだ実力が不足していることは否めませんが、彼の才能は本物です。後1年、野球を続ければ中学生でトップクラスの選手になることができるでしょう」
「…………君は、一体何なのですか?」
ようやく俺という存在に興味を抱いたらしく、訝しげに問いかけてくる大吾氏。
ううむ。どう答えたものか。
今のところ身分は一介の中学生に過ぎないからな。
下手にそのまま答えると、権威が足りなくて説得力が薄れかねない。
そう考えていると、代わりに明彦氏が口を開く。
「私共のクラブチームの話は伝わっていませんか?」
「村山マダーレッドサフフラワーズ。最近とみに調子を上げているとか」
「ええ」
見学という名の指導を行ってから早1年半。
あれからも定期的に練習に参加し、チームは着実にレベルアップしていた。
直近の大会では遂に全国大会に出場することができた程だった。
もっとも全国では残念ながら1回戦負けに終わってしまったが、それでも県内ではそれなりに話題になっていた。
当然と言うべきか、主に元私営2部のプロ野球選手である尾高コーチの手腕を褒め称える声が大きかったけれども……。
「そのきっかけが、この子です」
「彼が……?」
「はい。この子は選手の才能を見極めることに秀でていて、そのおかげで効率的な指導が可能になりました。結果はご存知の通りです」
「尾高コーチの成果ではない、と?」
「勿論、尾高コーチの指導も重要です。しかし、伸ばすべき能力を正確に見極めることは、如何に元プロのコーチと言っても困難なことでしょう」
明彦氏の答えに考え込む大吾氏。
俺にとっての明彦氏は幼馴染の父親という肩書の方が先に来るが、大吾氏にとっては取引のある会社の重役。
社会的地位のある人物に言われれば、眉唾な話も一考せざるを得なくなる。
「巧に、野球の才能が……?」
大吾氏は再び資料に目を落とす。
これぐらいのデータは、ちょっと調べればすぐ真贋が分かる。
明彦氏を引っ張り出してきてまで捏造する理由もない。
それだけに、磐城君に才能がないとする彼の意見への反証としては十分だろう。
「俄かには……信じられませんね」
しかし、如何に合理的とは言え大吾氏もまた人間。
自分の考えを覆すのは中々に難しいようだ。
「この成長が真実だとして、だからと言って巧が野球をやめることが野球界の損失となる証拠にも、それ程までに成長する保証にもなりません」
「それはその通りです。ですが、少なくとも可能性はゼロではなくなりました」
俺の言葉に、大吾氏は腕を組みながら瞑目して考え込む。
それから短くない時間の後、彼は小さく息を吐いてから目を開いた。
「……いいでしょう。中学校までは野球をやることを認めます」
「あ、ありがとうござい――」
「ただし!」
大吾氏は俺の安堵からの感謝を遮り、そのまま続ける。
「中学生でトップクラスの選手になれるという君の言葉を証明して貰いましょう」
「……具体的には?」
「高校の強豪校やユースチームが特待生にしてでも欲しがるぐらいにまで巧が成長しない限り、高校からは勉学に専念させます」
「特待生」
「自信がありませんか?」
「いいえ。いいえ、容易いことです。巧君の才能を以ってすれば」
何せ、似たような実績は既にあるのだから。
ジュニアユースチームに特待生で入団した瀬川正樹という実績が。
「必ずや、巧君を中学野球のヒーローにしてみせますよ」
正樹に続いて野球界に衝撃を与えるため。
中学世代における俺の隠れ蓑とするため。
そして、WBWで将来アメリカ代表に挑むための仲間を確保するために。
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