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第2章 雄飛の青少年期編
096 実戦は練習の場②
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全国中学生硬式野球選手権大会地方大会1回戦。
俺達と山形県立第伍中学校との戦いは最終回を迎えていた。
スコアは0-0で7回表、相手チームの攻撃。
1アウトランナー1塁。ノーボール2ストライク。
【戦績】の画面を開き、改めて目の前のバッターの得意コースを確認する。
それを基に投げる球種とコースを決定すると、俺の考えを【以心伝心】で読み取ったあーちゃんが小さく頷いてキャッチャーミットを構えた。
彼女に軽く頷き返し、3球目を投じる。
1塁にランナーがいるので、セットポジションから気持ちクイック気味に。
指を離れた球は、やや甘いストライクゾーンのインコースへ。
高くもなく、低くもなく。
球速も120km/h程度に調整している。
中学生としては速い方ではあるが、今バッターボックスに入っているバッターにとっては打ちやすいコースだけに彼は振りに来る。
1球目、2球目とゾーンギリギリへの直球を見逃してしまって簡単に2ストライクを取られた形だから尚更のことだ。
と言うか、既に追い込まれている以上は明らかにストライクゾーンへと投じられたボールは振らざるを得ない。
――キンッ!
しかし、俺が投じた球は直球ではなく変化球。
大きく曲がる球ではなく、小さく鋭く曲がるワンシーム。
恐らくバッターは目で追うことができなかっただろう。
鈍い音と完全なる打ち損じのゴロに、腑に落ちない顔をしながら走り出す。
打球は金属バットだけにそこそこ速く、磐城君が守るショートに転がっていく。
彼は少し横に動いて確実に捕球した。
「セカンッ!」
磐城君に送球先の指示を出す。
ファーストランナーはゴロになったのを確認してから走り出していたため、十分間に合うタイミングだ。
磐城君からセカンドの大松君へとボールが送られる。
フォースプレイでセカンドベースを踏むだけでアウト。
「ファーストッ!」
そこから大松君はファーストの昇二に投げようとしたが、グローブの中のボールを握るのに手間取ってしまったようでタイミングが遅れる。
彼は慌てて握り直して送球したが……。
「セーフッ!」
1塁。バッターランナーの方はセーフに終わる。
「悪い……」
「大丈夫。1アウトは取れた。切り替えていこう」
落ち込む大松君に軽く手を上げて応じ、明るく励ます。
慌てて悪送球にならなかっただけマシだ。
状況は2アウト1塁。
何ら問題はない。
次で終わらせるとしよう。
俺の意思を受け、あーちゃんが左バッターのやや甘めのインハイに構える。
投げる球はカットボール。
ほぼボール球を投げてこなかったので、相手チームは基本的に打者判断で打つように指示されているのだろう。
相手は初球から振ってくる。
だが、前の打者と同じく鋭い変化を目で追えないようだ。
変化によってバットの芯から外れ、打球は詰まったフライになる。
行く先はファーストベース近くのファウルゾーン。
昇二が危なげなく捕って3アウトチェンジ。
7回表は終わり、7回裏の攻撃が始まる。
「後は1点取ってサヨナラだな」
「もう守備を狙って打たなくていいのよね?」
「ああ。好球必打で行こう」
打順は上位からだが、他の子に打席を多く回すために俺達は下位に陣取っている。
先頭打者は諏訪北さん、それから磐城君、泉南さん、大松君と続く形だ。
【成長タイプ:マニュアル】の磐城君や大松君に比べ、諏訪北さん達はバッティングに関わるステータス値は低めだ。
それでも俺がピッチャーとして打撃練習をしているだけに、山形県立第伍中学校のピッチャーを打つことは容易い。
「ミート重視でー、コツンー」
諏訪北さんの細腕でもタイミングよく芯を食えば、内野の頭は越える。
丁度レフトとセンターとショートのトライアングルの真ん中にふらふらとポップフライが上がり、力なく地面に落ちた。
まずはシングルヒット。
続いて磐城君。
改めて自由に打つようにサインを送っておく。
初球。相手ピッチャーはセットポジションから緩い変化球を投じた。
コントロールが甘い。
――カキンッ!!
時間経過による能力の減衰を抑えるために控え目のステータスだが、数多のスキルで最終ステータスは高校生並みの彼。
流した打球は鋭くライトとセンターの間を破り、そのままフェンスに到達。
ボールは跳ね返って角度を変え、勢いよく転がっていく。
更には外野の守備は拙く、クッションボールの処理に手間取ってしまう。
それは決定的な時間を生んでしまった。
磐城君のバットに当たった瞬間に既に走り出していた諏訪北さんは、まだまだ洗練されていないドタバタした走り方でベースを回り――。
「ホームー、インー」
1塁から一気にホームベースに到達。
こうして0-1×のサヨナラ勝ちと相成ったのだった。
「「「ありがとうございましたっ!」」」
整列をして互いに礼をし、俺達は特に感慨もなく撤収の準備を始めた。
ふと相手ベンチを見る。
すると、山形県立第伍中学校チームの面々が心底悔しそうに俯いていた。
特に3年生と思しき選手は目に涙を浮かべている。
彼らは以前の向上冠中学高等学校野球部とは違い、真っ当に汗水を流して練習してきたのだろう。
努力には必ず大小何かしらの成果はある。
それは間違いない。
しかし、だからと言って自分が望んだ形で報われるとは限らない。
試合を練習扱いするような理不尽に捻じ伏せられてしまうこともある。
そうして今日、いくつかの夢がまた潰えたのだ。
「……さあ、帰って次の試合の準備に入ろう」
だが、立ち止まるようなことはしない。
あーちゃんと共に、決して振り返ることなく進むと前に決めた。
俺達がWBWにまで至れば、あるいは己の夢を打ち砕かれた今日という日を彼らが誇れるようになるかもしれないのだから。
そう自分に言い聞かせ、俺は球場を後にしたのだった。
俺達と山形県立第伍中学校との戦いは最終回を迎えていた。
スコアは0-0で7回表、相手チームの攻撃。
1アウトランナー1塁。ノーボール2ストライク。
【戦績】の画面を開き、改めて目の前のバッターの得意コースを確認する。
それを基に投げる球種とコースを決定すると、俺の考えを【以心伝心】で読み取ったあーちゃんが小さく頷いてキャッチャーミットを構えた。
彼女に軽く頷き返し、3球目を投じる。
1塁にランナーがいるので、セットポジションから気持ちクイック気味に。
指を離れた球は、やや甘いストライクゾーンのインコースへ。
高くもなく、低くもなく。
球速も120km/h程度に調整している。
中学生としては速い方ではあるが、今バッターボックスに入っているバッターにとっては打ちやすいコースだけに彼は振りに来る。
1球目、2球目とゾーンギリギリへの直球を見逃してしまって簡単に2ストライクを取られた形だから尚更のことだ。
と言うか、既に追い込まれている以上は明らかにストライクゾーンへと投じられたボールは振らざるを得ない。
――キンッ!
しかし、俺が投じた球は直球ではなく変化球。
大きく曲がる球ではなく、小さく鋭く曲がるワンシーム。
恐らくバッターは目で追うことができなかっただろう。
鈍い音と完全なる打ち損じのゴロに、腑に落ちない顔をしながら走り出す。
打球は金属バットだけにそこそこ速く、磐城君が守るショートに転がっていく。
彼は少し横に動いて確実に捕球した。
「セカンッ!」
磐城君に送球先の指示を出す。
ファーストランナーはゴロになったのを確認してから走り出していたため、十分間に合うタイミングだ。
磐城君からセカンドの大松君へとボールが送られる。
フォースプレイでセカンドベースを踏むだけでアウト。
「ファーストッ!」
そこから大松君はファーストの昇二に投げようとしたが、グローブの中のボールを握るのに手間取ってしまったようでタイミングが遅れる。
彼は慌てて握り直して送球したが……。
「セーフッ!」
1塁。バッターランナーの方はセーフに終わる。
「悪い……」
「大丈夫。1アウトは取れた。切り替えていこう」
落ち込む大松君に軽く手を上げて応じ、明るく励ます。
慌てて悪送球にならなかっただけマシだ。
状況は2アウト1塁。
何ら問題はない。
次で終わらせるとしよう。
俺の意思を受け、あーちゃんが左バッターのやや甘めのインハイに構える。
投げる球はカットボール。
ほぼボール球を投げてこなかったので、相手チームは基本的に打者判断で打つように指示されているのだろう。
相手は初球から振ってくる。
だが、前の打者と同じく鋭い変化を目で追えないようだ。
変化によってバットの芯から外れ、打球は詰まったフライになる。
行く先はファーストベース近くのファウルゾーン。
昇二が危なげなく捕って3アウトチェンジ。
7回表は終わり、7回裏の攻撃が始まる。
「後は1点取ってサヨナラだな」
「もう守備を狙って打たなくていいのよね?」
「ああ。好球必打で行こう」
打順は上位からだが、他の子に打席を多く回すために俺達は下位に陣取っている。
先頭打者は諏訪北さん、それから磐城君、泉南さん、大松君と続く形だ。
【成長タイプ:マニュアル】の磐城君や大松君に比べ、諏訪北さん達はバッティングに関わるステータス値は低めだ。
それでも俺がピッチャーとして打撃練習をしているだけに、山形県立第伍中学校のピッチャーを打つことは容易い。
「ミート重視でー、コツンー」
諏訪北さんの細腕でもタイミングよく芯を食えば、内野の頭は越える。
丁度レフトとセンターとショートのトライアングルの真ん中にふらふらとポップフライが上がり、力なく地面に落ちた。
まずはシングルヒット。
続いて磐城君。
改めて自由に打つようにサインを送っておく。
初球。相手ピッチャーはセットポジションから緩い変化球を投じた。
コントロールが甘い。
――カキンッ!!
時間経過による能力の減衰を抑えるために控え目のステータスだが、数多のスキルで最終ステータスは高校生並みの彼。
流した打球は鋭くライトとセンターの間を破り、そのままフェンスに到達。
ボールは跳ね返って角度を変え、勢いよく転がっていく。
更には外野の守備は拙く、クッションボールの処理に手間取ってしまう。
それは決定的な時間を生んでしまった。
磐城君のバットに当たった瞬間に既に走り出していた諏訪北さんは、まだまだ洗練されていないドタバタした走り方でベースを回り――。
「ホームー、インー」
1塁から一気にホームベースに到達。
こうして0-1×のサヨナラ勝ちと相成ったのだった。
「「「ありがとうございましたっ!」」」
整列をして互いに礼をし、俺達は特に感慨もなく撤収の準備を始めた。
ふと相手ベンチを見る。
すると、山形県立第伍中学校チームの面々が心底悔しそうに俯いていた。
特に3年生と思しき選手は目に涙を浮かべている。
彼らは以前の向上冠中学高等学校野球部とは違い、真っ当に汗水を流して練習してきたのだろう。
努力には必ず大小何かしらの成果はある。
それは間違いない。
しかし、だからと言って自分が望んだ形で報われるとは限らない。
試合を練習扱いするような理不尽に捻じ伏せられてしまうこともある。
そうして今日、いくつかの夢がまた潰えたのだ。
「……さあ、帰って次の試合の準備に入ろう」
だが、立ち止まるようなことはしない。
あーちゃんと共に、決して振り返ることなく進むと前に決めた。
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