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第2章 雄飛の青少年期編
092 野球部改革⑦
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その日の練習後。
俺は部室棟で1人仕事をしていた虻川先生を訪ねていた。
帰りが一緒のあーちゃんもついてきているが、隣で天井をぼんやりと見ている。
迎えの加奈さんには彼女から連絡済みだ。
「虻川先生、ありがとうございました」
「……プロ野球個人成績同好会とアマチュア野球愛好会のことか?」
「はい。追い詰められたおかげか、少し変化が見えてきました」
「悪いが、俺はまだ特に働きかけていない。職員会議で皆の総意として、補助金を得られなかったら予算削減のために部費が削られることが決まったからな」
そうなのか。
まあ、そうなるのは当然と言えば当然のことではあるけれども。
虻川先生の行動よりも、学校側の判断の方が一歩早かったようだ。
とりあえず結果オーライってことでいいだろう。
「何にせよ、これで1勝はほぼ問題ないと思います」
「……本当に、大丈夫なのか? 野球はそんなに甘いものじゃないぞ?」
【戦績】を見る限り、虻川先生は大学まで野球をやっていた経験者。
だからなのか、随分と悲観的だな。
いや、これが普通の反応か。
「もっと何か、公式戦1勝のためにやれることはないか?」
「そうですね……料理研究部にお願いして、栄養バランスのいい献立を作って貰うのもいいかもしれません。体が資本、ですからね」
「いや、もっと、こうだな……」
ふむ。直接的な補強要素が更に欲しい、というところか。
【マニュアル操作】でステータスを見ることができない者にとっては、まだまだ不安要素しかないように思うのも分からなくもない。
それを解消するには、不可思議な力に依らない根拠や実績が必要になる。
とは言え――。
「人員は揃いました。情報収集、分析も始めています。後は練習あるのみです」
野球部の改革は、分かり易い部分は一通り終えることができたように思う。
既に中学高校双方で1勝できるだけの手札は間違いなくある。
これからは、その1枚1枚の手札を地道に強くしていく以外ない。
「……と言うか、そこまで心配なら先生が指導すればいいのでは?」
と、あーちゃんが冷淡な声で問いかけた。
ちょっと面倒臭くなった俺の気持ちを察してしまったか、何だか睨み気味だ。
「それは……」
対する虻川先生は苦しげに表情を歪めながら言い淀む。
彼にも色々と事情があるのだろう。
まあ、あったところで言ってくれなければ何も分からないけれども。
「まあ、実際のところ、先生にもいずれは指導をしていただきたいです」
「…………いずれ、でいいのか?」
虻川先生の確認に「はい」と1度首を縦に振ってから続ける。
「さすがに今は、諸々面倒があって大変でしょう」
教師というものは相当ブラックな仕事だと聞く。
ましてやスポーツ系の部活動の顧問ともなれば尚更のことだろう。
しかも今は少し前の炎上があって、その対処にも追われているはず。
そこで指導まで求めるのは酷というものだ。
……むしろ、今は余計な口出しをされない方がいいしな。
「まずは俺達がこの向上冠らしいやり方を固めます。可能であれば、虻川先生にはそれを継続していって欲しいんです」
俺達が卒業したら元通りの野球部になりました、では少し困るのだ。
恐らくは異世界現代日本では非常識に当たるこの俺達のやり方。
今後のためにも後世に残しておきたいところではある。
そうすれば選択肢、というかバリエーションが増える。
裾野が広がる。
それは異世界日本野球全体の底上げに繋がるはずだ。
遠い遠い未来、たとえ2度目の人生を終えて【マニュアル操作】を使える者がいなくなったとしても、アメリカを打倒する目も出てくるかもしれない。
「まあ、少し考えてみて下さい」
「わ、分かった……」
頷きながら答える虻川先生。
一先ず今はその返事が聞ければ十分だ。
っと、そろそろいい時間だな。
「では、今日は帰ります」
「ああ……気をつけてな」
「はい。失礼します」
虻川先生に頭を下げ、再びポケッとしていたあーちゃんに目を向ける。
それで彼女は再起動したようで、静かに見詰め返してきた。
俺の言葉を待っているようだ。
「行こうか、あーちゃん」
「ん」
コクリと頷いた彼女と共に部室棟を後にする。
それから俺達は加奈さんの待つ校門へと向かった。
「おかえりなさい」
「ただいまです」
「……ただいま」
そうして車に乗り込み、本日の学校生活は終了。
何はともあれ、これで野球部の体裁はほぼ整ったと言っていい。
さて、まずは秋の大会から始めていくとしよう。
俺は部室棟で1人仕事をしていた虻川先生を訪ねていた。
帰りが一緒のあーちゃんもついてきているが、隣で天井をぼんやりと見ている。
迎えの加奈さんには彼女から連絡済みだ。
「虻川先生、ありがとうございました」
「……プロ野球個人成績同好会とアマチュア野球愛好会のことか?」
「はい。追い詰められたおかげか、少し変化が見えてきました」
「悪いが、俺はまだ特に働きかけていない。職員会議で皆の総意として、補助金を得られなかったら予算削減のために部費が削られることが決まったからな」
そうなのか。
まあ、そうなるのは当然と言えば当然のことではあるけれども。
虻川先生の行動よりも、学校側の判断の方が一歩早かったようだ。
とりあえず結果オーライってことでいいだろう。
「何にせよ、これで1勝はほぼ問題ないと思います」
「……本当に、大丈夫なのか? 野球はそんなに甘いものじゃないぞ?」
【戦績】を見る限り、虻川先生は大学まで野球をやっていた経験者。
だからなのか、随分と悲観的だな。
いや、これが普通の反応か。
「もっと何か、公式戦1勝のためにやれることはないか?」
「そうですね……料理研究部にお願いして、栄養バランスのいい献立を作って貰うのもいいかもしれません。体が資本、ですからね」
「いや、もっと、こうだな……」
ふむ。直接的な補強要素が更に欲しい、というところか。
【マニュアル操作】でステータスを見ることができない者にとっては、まだまだ不安要素しかないように思うのも分からなくもない。
それを解消するには、不可思議な力に依らない根拠や実績が必要になる。
とは言え――。
「人員は揃いました。情報収集、分析も始めています。後は練習あるのみです」
野球部の改革は、分かり易い部分は一通り終えることができたように思う。
既に中学高校双方で1勝できるだけの手札は間違いなくある。
これからは、その1枚1枚の手札を地道に強くしていく以外ない。
「……と言うか、そこまで心配なら先生が指導すればいいのでは?」
と、あーちゃんが冷淡な声で問いかけた。
ちょっと面倒臭くなった俺の気持ちを察してしまったか、何だか睨み気味だ。
「それは……」
対する虻川先生は苦しげに表情を歪めながら言い淀む。
彼にも色々と事情があるのだろう。
まあ、あったところで言ってくれなければ何も分からないけれども。
「まあ、実際のところ、先生にもいずれは指導をしていただきたいです」
「…………いずれ、でいいのか?」
虻川先生の確認に「はい」と1度首を縦に振ってから続ける。
「さすがに今は、諸々面倒があって大変でしょう」
教師というものは相当ブラックな仕事だと聞く。
ましてやスポーツ系の部活動の顧問ともなれば尚更のことだろう。
しかも今は少し前の炎上があって、その対処にも追われているはず。
そこで指導まで求めるのは酷というものだ。
……むしろ、今は余計な口出しをされない方がいいしな。
「まずは俺達がこの向上冠らしいやり方を固めます。可能であれば、虻川先生にはそれを継続していって欲しいんです」
俺達が卒業したら元通りの野球部になりました、では少し困るのだ。
恐らくは異世界現代日本では非常識に当たるこの俺達のやり方。
今後のためにも後世に残しておきたいところではある。
そうすれば選択肢、というかバリエーションが増える。
裾野が広がる。
それは異世界日本野球全体の底上げに繋がるはずだ。
遠い遠い未来、たとえ2度目の人生を終えて【マニュアル操作】を使える者がいなくなったとしても、アメリカを打倒する目も出てくるかもしれない。
「まあ、少し考えてみて下さい」
「わ、分かった……」
頷きながら答える虻川先生。
一先ず今はその返事が聞ければ十分だ。
っと、そろそろいい時間だな。
「では、今日は帰ります」
「ああ……気をつけてな」
「はい。失礼します」
虻川先生に頭を下げ、再びポケッとしていたあーちゃんに目を向ける。
それで彼女は再起動したようで、静かに見詰め返してきた。
俺の言葉を待っているようだ。
「行こうか、あーちゃん」
「ん」
コクリと頷いた彼女と共に部室棟を後にする。
それから俺達は加奈さんの待つ校門へと向かった。
「おかえりなさい」
「ただいまです」
「……ただいま」
そうして車に乗り込み、本日の学校生活は終了。
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