上 下
86 / 287
第2章 雄飛の青少年期編

079 大松君の相談

しおりを挟む
 6月。梅雨の季節の中で珍しくよく晴れた日の放課後。

「野村君、ちょっといいかい?」

 そろそろ部室に向かおうかと思ったところで、大松君に呼びとめられた。

「どうした?」
「いや、ちょっと相談があってサ」

 小声で言いながら、彼はチラチラと4人組を見る。
 うーむ。分かり易い。
 間違いなく、相談の内容は彼女達に関することだろう。

「先に行ってるねー」

 泉南さんがひらひら手を振って、他の3人と共に教室を出ていく。
 大松君はそれを確認してから、俺達と向き直った。

「で、相談って?」
「ああ、ええと……同じ部活に入って早1ヶ月、何の進展もなく、どうすればいいのか分からなくてサ」
「いや、進展も何も。貴方、何のアプローチもしてないじゃない」

 冷酷無比にバッサリと一刀両断する美海ちゃん。
 だけど、まあ、それはそう。
 彼女達がいるところでは借りてきた猫のようになる大松君。
 この1ヶ月でやっていたことと言えば、同じ空間で彼女達を盗み見ることだけ。
 そんなので進展するのなら、この世に片思いなんてものは存在しないだろう。

「折角顔を合わせてるんだから、声をかけなさいよ。下手すると、あの子達の中で印象に残ってないかもしれないわよ?」
「いやあ、それは、分かってはいるんだけどサ」

 恥じ入るように頬をかく大松君。

「どうにも尻込みしちゃってサ」

 それから軽く肩を竦めた彼に、美海ちゃんがイラっとしたのが分かる。
【以心伝心】はなくとも、彼女とも長いつき合いだ。
 ちなみに、あーちゃんは当然のように無関心だ。
 虚空を見詰めている。
 昇二は自分にはどうしようもできないと主張するように黙したまま困った顔だ。

「はあ……もう諦めたら?」

 美海ちゃん自身も諦めたように突き放す。
 気持ちは分からなくもない。

「そう言わずに! そこを何とか!」

 両手を合わせて拝みながら食い下がる大松君。
 その積極性は俺達にではなく彼女達に向けるべきだ。
 否はともかくとして。

 まあ、とは言え、だ。
 アドバイスの1つや2つ、したところで別に減るものじゃないだろう。
 否はともかくとして。

「……まあ、根本的に大松君は自分に自信がないんだろう。だから、意中の相手を前にすると自分を出せなくなるんだ」
「自信がない? むしろ過信しかないように見えるけど」

 美海ちゃんが辛辣で思わず苦笑する。
 大松君が4人組の中の誰を好きなのかまでは知らないけど、誰であっても釣り合いが取れないと思っているのだろう。
 まあ、実際そういう観点だと過信していると言えなくもない。

「うーん。自信だと語弊があるか。弱気が顔を出した時に拠り所になるような芯がないんだ。だから、いざと言う時に腰が引けてしまう」

 何かこれって言う絶対的なものが自分の中にありさえすれば、誰の前であっても堂々としていられるはずだ。
 逆に前世の俺なんかはそれこそ芯がなく、卑屈に惰性で生きているだけだった。
 ハッキリ言って恋愛どころの話じゃなかった。
 なので正直、前世の俺は彼に偉そうに言える立場じゃない。そう思う。
 だが、だからこそ分かる部分もある。

「芯……」
「そう。芯」
「それは、どうすれば得られるんだい?」
「まあ、人によるだろうけど」

 この野球に狂った世界ならば、当然最も分かり易いのは――。

「そりゃ、野球がうまくなれば芯になるんじゃないか?」

 俺の言葉に微妙な顔になる大松君。
 一般論ではあるけれど、無理難題は正答にはならない。
 そう言いたげだ。

「この中学校に入学した子にそれは酷じゃない?」

 合いの手を打つように美海ちゃんが問う。
 別に大松君をフォローした訳ではなく、生徒全般の話だな。

「俺の見立てだと、大松君はうまくなる素質があると思うけどな」
「……小学校で何をしてもうまくならなかったのにか?」

 普段とは違い、声色に苛立ちを滲ませる大松君。
 多分に漏れず、という奴だ。
 それこそ【成長タイプ:マニュアル】ならば彼に限ったことではない。

「それは単に、指導者との相性が悪かっただけだ」

 指導者の指導が悪いとは言わない。
 むしろ【成長タイプ:マニュアル】を教えるとか、罰ゲームに近い。
【マニュアル操作】がなければ、どんな名コーチでも成長させられないのだから。
 しかし、【マニュアル操作】を持つ者が近くにいれば、全てがガラリと変わる。

「なあ、昇二」
「そうだね。僕達もリトルでは全く上達しなかったけど、秀治郎のおかげでうまくなって、兄さんなんか東京プレスギガンテスのジュニアユースチームに入ったし」
「ジュ、ジュニアユースに!? それは、本当なのか!?」
「本当のことだよ。瀬川正樹。聞いたことない?」
「聞いたこと、ある。同じ県、同じ学年のクラブ活動チームが全国優勝したって話の中で。原動力になった選手がそんな名前だったはず。……え? それが――?」
「僕の兄さんだよ」
「それを教えたのが、野村君……?」
「そういうこと」

 昇二の迷いのない返答で、俺の言葉の真実味が増したのか大松君は縋るような視線を向けてくる。
 彼もまたこの世界の住人。
 可能であれば、野球で身を立てたいという気持ちはあったのだろう。

「じゃあ、俺の指導、受けてみるか?」
「ああ! 頼む!」

 一定の信用は得られた様子。
 これで僅かでも明確な成果が出れば、確かな信頼に変わるはずだ。
 そして、行く行くは世界でも通用するぐらいに仕上げてみせよう。

「……ところで結局、誰が好きなんだ?」
「それは秘密サ!」

 調子を取り戻した大松君。
 そんな彼を見て、美海ちゃんがイラっとした顔になっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

処理中です...