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第2章 雄飛の青少年期編

070 見学の打診

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 向上冠中学高等学校は進学校なので、下校時刻は割と早い。
 文武両道ではなく、完全に勉学の方に重きを置いているからだ。
 部活動の時間は平均すると大体1時間半前後。
 幽霊部員以外の生徒でも5時頃には各々帰宅の途につく。
 ちなみに、俺達の帰りの足は車だ。

「今日は学校、どうだった?」
「…………普通?」

 迎えに来た加奈さんの質問に、どこか疑問気味に返すあーちゃん。
 昨日も一昨日も同じ答えだったので、加奈さんは苦笑気味だ。
 まあ、変化がないのは問題がない証拠とも言える。
 あーちゃんが何か変わったことを言い出したら、俺も加奈さんも泡を食って彼女に一体どうしたのかと問い詰めることだろう。

「しゅー君、変なこと考えてる」

【以心伝心】で伝わってしまったのか、ジト目を向けてくるあーちゃん。
 尚、普段の表情とほぼ変わらない模様。

「い、いやいや、そんなことないって。それより加奈さん、いつもありがとうございます。送り迎えして貰って」

 若干誤魔化し気味に、運転席の加奈さんに日頃の感謝を告げる。

「誤魔化した」

 それもあーちゃんにはバレバレな訳だが、感謝の気持ちは本当だ。
 向上冠中学高等学校は家から大分遠い。
 なので、加奈さんに毎日送迎して貰っている。
 行きは一旦家から自転車で鈴木家に向かい、そこから乗っけていって貰う。
 帰りは鈴木家の庭に置かせて貰っていた自転車に乗って帰宅する。
 平日は日々そんな感じだ。

「いいのよ。将来の息子のためだもの」

 気を遣わせないようにするためか、どこか悪戯っぽく言う加奈さん。
 改めてそんなことを言われると、さすがに照れ臭い。

「それより、しゅー君分が足りない……」
「はいはい」

 車の後部座席で隣からしなだれかかってくるあーちゃんを受けとめる。
 バックミラー越しにそれを見て、加奈さんは軽く溜息をついた。
 行きと帰りの車の中だけは黙認されている。
 学校で過度なスキンシップを取らないように、ここで満足して貰う。
 そんな名目だ。
 ……まあ、教室でも好奇の目で見られる程度には距離は近いけれども。
 俺が加奈さんに告げ口しなければセーフ、とでも考えているのだろう。

「すりすり」

 そのまま謎の成分を補充しようと頬擦りするあーちゃん。
 リアルでそんな台詞を言われることがあるとは、前世では夢にも思わなかった。

 しかし、よくフィクションに出てくるその謎の成分。
 依存性のある何かだとすれば、むしろ補充すると症状が悪化しそうだけども。
 まあ、あーちゃんは保育園からだから、もう死ぬまで治らないかもしれない。
 ずっと一緒にいればいい話だけどな。

「ん。すりすり」

 同意するように頬擦りしたまま頷くあーちゃん。
 以心伝心だ。

「あ、そう言えば、おじさんは今日早いですか」
「え? ええ。多分、定時には上がって帰ってると思うわ」
「よかった。ちょっと話があったので」
「……話?」

 加奈さんが少し首を傾げる。
 前々から頼もうと思っていたことだ。

 部活動はまだ目標の13人に届いてはいないものの、順調過ぎる程に順調だ。
 入学してからまだ1ヶ月も経っていないからな。
 今のところ、こちらは一先ず問題ないと判断していいだろう。
 となると、もう少し先の計画のために色々仕込みをしておきたい。

「おじさんとこのクラブチームの練習を見に行きたくて」
「ああ。そういうことなら、多分問題ないと思うわ」

 納得したように言って微笑む加奈さん。

「必要なら、私からもお願いしてあげる」
「ありがとうございます」

 将来のため。
 と同時に、明彦氏が悩み気味だったので、その解決もできればいい。

「むぅ。もう終わり」

 車だと結構早く鈴木家に到着する。
 駐車場に明彦氏の車があるので、加奈さんの言う通り帰ってきているようだ。
 そう思いながら、車から降りて鈴木家の玄関をくぐる。
 車の音で気づいていたのか、明彦氏と暁がエントランスにいた。

「ただいま帰りました」
「……ただいま」

 その家の子よりも俺の方が大きな声で挨拶するのもいつもの風景だ。

「おかえり。2人共」
「おにーちゃん、おかえりなさい!」
「暁、わたしは?」
「おねーちゃんも、おかえりなさい!」
「ん」

 一旦中に入り、小休憩。
 晩御飯はさすがに家で食べるので、後少ししたらお暇する。
 その前に、明彦氏にクラブチーム見学の相談をする。

「ああ。問題ないよ。次の日曜日でいいかな?」
「はい。大丈夫です」
「茜はどうする?」
「勿論、わたしも行く。しゅー君が行くのに行かない訳がない」

 当たり前だろうと言うように父親にジト目を向けるあーちゃん。
 明彦氏は苦笑することしかできない。
 まあ、ともかく。
 すんなりと許可を出してくれてよかった。

 ……さて、そろそろいい時間だ。
 家に帰るとしよう。

「じゃあ、また明日」

 庭に置いておいた古いママチャリに跨り、ヘルメットを被る。
 そうして俺はトレーニングを兼ね、全速力で家路についたのだった。
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